第三話:喝采は毒に染まり、月銀の杯は光り輝く②
「……見つけたわ!」
アリシアはハンカチ越しに持っていた聖杯を一度そっと確かめ、周囲を見回した。
驚くカイルやセシルをよそに、彼女の視線は舞台上の『二つの異変』を静かに捉えていた。
一つは、倒れたレオンが持っていた聖杯。
(……ただの銀製じゃないわ。月光のような独特の青い光沢……これは高価な『ルナ・シルバー』特定の魔法波長を受けると、中の液体に触媒効果を及ぼす特殊な金属よ)
そしてもう一つは、天井で怪しく明滅する一基の魔導ライト。
(聖杯の材質を『ルナ・シルバー』にすり替え、あのライトの波長で毒を活性化させた……。なら、これができるのは、この劇の小道具と照明の『両方』を、完璧に管理していた人物だけ!)
アリシアは証拠である聖杯をハンカチでしっかりと包み直すと、優雅な足取りで歩き出した。
そして、舞台袖の暗がりに立ち尽くす一人の生徒を、射抜くような視線で見据える。
「ハンス・ミュラー様。そこから動かないでくださる?」
逃げようとしていたハンスの肩が、びくりと跳ねた。
「僕は、パニックになった観客を落ち着かせるために、明かりを全開にしようと……!」
「そう、あなたは本当に働き者だわ。小道具の修理からライトの調整まで、全て一人でこなしてくださったんですものね」
アリシアは、まだ仄かに熱を帯びた「ルナ・シルバー」の聖杯を手に、ハンスへと静かに歩み寄った。
「ハンス様、一つお願いがあるの。あの一番端の魔導ライトを、今すぐ外してくれるかしら?」
その言葉が投げかけられた瞬間、ハンスの顔から血の気が引いた。
周囲の視線が、一斉に彼と、天井のライトに集中する。
「な、なぜ…僕が……。あれは演出用で、今触ると火傷を……」
「ええ、熱いわよね。だってそれは、演劇用のライトではないもの。特定の魔力波長を放ち、触媒を活性化させるための"励起ライト"…それこそが、聖杯の中の飲み物を、一瞬で魔力枯渇毒へと変質させた"錬成陣"の最後のパーツだわ」
アリシアは聖杯を突き出し、ハンスの目の前で止めた。
「ハンス様、あなたがこれを修理した際、中身を『ルナ・シルバー』にすり替えた。そして特定の光を浴びる瞬間にレオン様が飲み干すよう、緻密な計算を立てた。さあ、そのライトを外して。あなたの"無実"を、私に証明してくださる?」
「……っ、あああああ!!」
ハンスはついに耐えきれず、頭を抱えて叫んだ。
「そうだ! あの完璧なレオンが、無様に泡を吹くところが見たかったんだ! 家柄も、武術も、全てあいつに持っていかれた僕の惨めさが、お前たちに分かってたまるか!」
嫉妬に歪んだ絶叫が、静まり返った講堂に、呪いのように響き渡り、ハンスは学園の治安維持部隊に連行された。
──事件後
レオンは一命を取り留めた。
講堂の喧騒が遠のいた保健室の奥で、ユリウスは青白い顔をして横たわっていた。
「ああ……僕のせいだ。僕の演出のせいで、あんな惨劇が……。僕がもっとしっかりしていれば……僕が……」
ユリウスは脂汗を浮かべ、胃のあたりを強く押さえながら、うわ言のように繰り返した。
激しい胃痛に襲われた彼は、事件直後に倒れ、そのまま動けなくなってしまったのだ。
「お兄様、あまりご自分を責めないで…お薬よ…ゆっくり飲んで……」
「あ…ありがとう…アリシア……」
アリシアは甲斐甲斐しく兄の額を拭い、薬を飲ませ、彼が眠りにつくまでその手を握り続けた。
規則正しい寝息を立て始めたユリウスの寝顔を見つめていると、セシルがユリウスの執事を連れて静かに入ってきたので、保健室を後にした。
日はすっかり落ちて、空を見上げると銀砂を撒いたような星々が浮かんでいた。
学園の治安維持部隊に後の処理を任せ、彼女は夜の静寂に包まれた王宮へと帰路についた。
──王宮テラス
翌日の午後、陽光が降り注ぐ王宮のテラスでは、穏やかなティータイムが設けられていた。
アリシアは、父である国王アルフォンスと、その側妃であり母のソフィア、そして報告のために同席した兄のライアンに向き合っていた。
「……なるほど。ハンス・ミュラーか。他国の将来を担うべき貴族令息が、嫉妬ゆえに他国の地で大罪を犯すとは。実に嘆かわしいことだね…」
気品漂う騎士服に身を包んだライアンが、静かに紅茶のカップを置いた。
彼は第三王子にして近衛騎士団長という重責を担っているが、その所作には常に一分の隙もなく、王族としての優雅さが滲み出ている。
「ライアン兄様、ハンス様の身柄はすでに……?」
「ああ、騎士団が厳重に確保している。他国の貴族が関わる事件だ、外交上の火種になりかねない。アリシアが、その場ですぐに証拠を固め、彼を拘束させたのは実に見事な判断だったね。おかげで我が国の落度を最小限に抑えられたよ」
アルフォンスは、アリシアが大好きなイチゴのタルトを美味しそうに頬張る姿を見ながら、目を細めた。
「パパは誇らしいよ。わが娘ながら、実に見事な洞察力だ!」
「でも、アリシア、あまり危険なことをしてはいけないわ。」
ソフィアが愛おしそうに、自分と同じ美しいピンクブロンドの髪を優しく撫でた。
しかし、アリシアの脳裏には、昨日のルカが残したあの不吉な言葉が鮮明に蘇っていた。
『本物と偽物の区別がつかない奴から死ぬ』
(ハンス様の殺意は『本物』だった。でも、あのルカ様の言葉は何だったのかしら……)
「アリシア? どうしたんだい、タルトを食べる手が止まっているよ」
パパの優しい声に、アリシアはハッとして「なんでもないわ」と、微笑みフォークを進めた。
庭園は、すっかり秋の花に変わっていた。
ライアンはふっと表情を和らげ、妹を見つめた。
「そう言えば、来週からは、例の宿泊研修だったね? 雪山にあるあの洋館は『ノース・スター別館』か…。学園の生徒なら皆、一度はあそこで厳しい冬の洗礼を受けるのが伝統だけど……」
「まあ、あそこへ行くのね。あそこは本当に冷え込みますから、アリシア、準備は入念になさい」
ソフィアが心配そうに、アリシアの手を包み込んだ。
ライアンがそれに頷く。
「あそこの寒さは、魔法の防寒具だけでは足りないこともある。騎士団でも推奨している高純度の『温熱石』を後で届けよう。いや、念のため私の特注マントも持たせようか? 騎士団の防寒魔法が施してあって……」
「まあ、ライアン様ったら。そんな大きなマント、アリシアが引きずってしまいますわ」
ソフィアがクスクスと笑うと、ライアンは「……失礼、少し取り乱しました」と咳払いを一つ。気を取り直すように表情を整えた。
「何事も備えが肝心だからね。もっとも、君のことだ。雪山での研修を、また別の"何か"に変えてしまわないか、少し心配だけど……」
ライアンは冗談めかして微笑んだ
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◆ライアン・アステリア(26歳)
正妃イザベラを母に持つ、アステリア王国の第三王子。
王族という立場に甘んじず、自らの剣で近衛騎士団長の座を勝ち取った若き猛者である。
公の場では常に冷静沈着、非の打ち所がない「完璧な王子」として振る舞うが、その実態はかなり重度のシスコン。
妹のアリシアを溺愛しており、二人きりになると騎士団長の威厳はどこへやら、甘々な兄へと豹変する。
◆ソフィア・アステリア(側妃C)
ユリウスとアリシアの母。
国王アルフォンスが最後に迎えた、一番年少の側妃。
名門貴族の出身ではなく、地方の没落しかけた男爵家の娘でありながら、その圧倒的な美貌と、何色にも染まらない清廉な雰囲気に国王が惚れ込み、後宮に迎え入れられたという異例の経歴を持つ。
第三話【完】
ソフィアの年齢…設定していますが、非公開にしました(笑)
次回、第四話は8/29(土)に公開予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




