第三話:喝采は毒に染まり、月銀の杯は光り輝く①
《ヒュルルル――ドォォォォン!》
その音は、アステリアの澄み渡る秋空を突き破らんばかりに轟いた。
弾けた光の粒子が、太陽の光を反射してダイヤモンドの粉のように降り注ぎ、王立学園の正門には、色とりどりの旗がはためき、魔法で宙に浮く音符たちが軽やかな旋律を奏でている。
魔法大国アステリア聖王国の王立学園が、一年で最も輝く秋の『星辰祭』は、国中から多くの貴族や来賓が集う学園が最も華やぐ瞬間だ。
──星力屋台
「殿下、見てください! あの屋台のチュロス、魔法で虹色に光ってますよ!」
隣を歩くカイルが、子供のように目を輝かせて指をさした。
そこには、星の魔力を練り込んだシュガーが、太陽の光を浴びて七色に明滅する不思議なチュロスが売られている。
「まあ、本当だわ! まるで空の虹をそのままお菓子にしたみたい。セシルも行ってみましょう! 売り切れてしまったら大変よ」
「……はぁ。殿下、先ほど『まずは魔導演劇の激励に行く』とおっしゃったではありませんか。 まったく……」
「え?何か言った?さぁ、早くいきましょ!」
「…あぁもう、そんなに袖を引かないでください。転びますよ…」
星力屋台を堪能した三人は、人混みを縫うように講堂へ向かっていた。
途中、舞台袖へと続く関係者専用の廊下で、一人の少年とすれ違う。
特待生のルカ・エインズワースだ。
彼は喧騒に背を向け、窓際で無造作に劇のプログラムをめくっていた。
アリシアが通り過ぎようとしたその時、風に煽られたページが止まり、殴り書きされた文字が目に飛び込んできた。
『本物と偽物の区別がつかない奴から死ぬ』
「……!?」
アリシアが足を止め、彼に声をかけようとした瞬間。
「ああ、アリシア! 来てくれたんだね。うう、胃が……」
廊下の先から、演出ノートを抱え、片手で胃を押さえたユリウスがふらふらと現れた。
「お兄様!?大丈夫ですか? 顔色が悪いわ……」
「うん……初めての演出監督で、責任が重くてね。でも、生徒たちが本当に一生懸命なんだ……」
ユリウスが、舞台の上で作業をしている男子生徒を指差して…
「特にあの、ハンス君。彼はこの劇のために、寝る間を惜しんで魔導ライトの調整や小道具の修理をこなしてくれたんだよ。彼の努力が報われるといいんだけどね……」
その時、舞台上のハンスがこちらに気づき、作業の手を止めて深く会釈をした。
「あの方がハンスさん…。お兄様、彼は今何を?」
「ああ、今は魔導ライトの《波長調整》をしていたはずだよ。今回の演劇は光の演出が命だからね。彼はどのライトがどのタイミングで、どんな色で光るか…そのすべてを完璧に記憶しているんだ。僕よりずっと頼もしいよ、ううっ……」
ユリウスは情けなく眉を下げ、再び胃を押さえた。
ハンスは遠くからでも分かるほど柔和な笑みを浮かべ、再び黙々と、複雑に絡み合う魔導導線の束へと向き直った。
(ハンスさんのあの丁寧な会釈…。あんなに熱心な生徒さんがいるなら、きっとお兄様の劇は成功するわね…)
──演劇の開演
舞台を一望できる一階の貴賓ボックス席にアリシアが腰を下ろすと、重厚なベルの音が三度響き、ゆっくりと天鵞絨の幕が上がった。
演目は、アステリア聖王国で最も愛され、同時に最も忌まわれている古典悲劇──
『星落としの聖女と銀の毒杯』
あらすじは、泥沼の戦争を終わらせるため、平和を願う聖女が下した苦渋の決断。
それは『自国の星(希望)と称される敵国の英雄』を、自らの毒杯で…その命を奪うことだった。
和解の誓いとして差し出された『月銀の聖杯』
聖女の悲痛な覚悟と杯に仕込まれた毒に気づきながらも、騎士は「自分の命一つで平和が訪れるのなら」と静かに微笑み、躊躇うことなくその毒杯を飲み干す。
悲しい愛と犠牲が紡ぐ、喝采と絶望のクライマックス。
主演のエマ・ブライトは、男爵令嬢ながらその天賦の才で観客を魅了している。
──劇中
戦火に疲弊した世界で、純白のドレスを纏った聖女が、宿敵である騎士に歩み寄る。
その手には、平和への祈りが込められたはずの『月銀の毒杯』が握られていた。
エマが演じる聖女に、敵対する騎士レオン・ヴァン・シュタインが膝をつく。
(レオン様、さすが武門のシュタイン公爵家の方……。舞台上でも、その立ち振る舞いは完璧な騎士だわ)
──物語はクライマックスへ
エマが銀色の聖杯にワインに似せた葡萄ジュースを注ぐ。
「和解の印」として差し出す。
「星の巡りが、ここで果てるというのなら抗いはしない。……聖女よ、銀の杯に映る月影とともに、私の魂を天へ還してくれ」
レオンが聖杯を高く掲げた。
その時、アリシアは気づいた。
客席の最前列、少し離れた席に座っているルカが、舞台の内容など目に入っていないかのように、天井で揺れる魔導ライトを凝視していることに。
(あら?…ルカ様は、何を見ているのかしら?)
ユリウスの演出指示通り、照明が一段と激しさを増す。
「さあ、ここだ。一気に飲み干してくれ、レオン君。最高に美しく!」
客席後方の演出席から、ユリウスの祈るような呟きが聞こえた気がした。
レオンが、一滴も残さぬ勢いで杯を仰いだ。
「あ、…………が…………っ!?」
レオンの喉から、絞り出すような絶叫が漏れた。
聖杯が床に叩きつけられ、深紅の液体が白い舞台に飛び散る。
彼は喉に指を食い込ませ、のたうち回りながら崩れ落ちた。
泡を吹き、全身を硬直させるその姿は、到底"演技"などではない。
「レオン様!? ……レオン様ッ!!」
エマの悲鳴が静寂を切り裂き、舞台裏から演者たちが雪崩れ込んできた。
「毒だ! 本物の毒だ!!」
「誰か、治癒魔法を! 魔法医師を呼べ!!」
誰が叫んだかもわからない怒号が講堂に響き渡り、観客席は一瞬で阿鼻叫喚の渦に包まれる。
幕が下ろされる混乱の中、アリシアは舞台上にいた。
倒れたレオンに治癒魔法を試みるカイルの横で、彼女は床に転がった聖杯を、ハンカチ越しにそっと拾い上げる。
そして、舞台に飛び散った液体を凝視した。
(……おかしいわ。さっきまで真っ赤な葡萄ジュースだったはずなのに……床に広がるのは、不自然なほど鮮やかな"青いシミ")
その瞬間、アリシアの頭の中に、開演前の会話とルカの視線が駆け巡った。
──『ハンス君は、魔導ライトの波長調整をしていたんだ』
──天井の光ばかりをじっと見つめていた、ルカの横顔。
(赤から、青…? まさか、あの照明の光は…!)
脳裏でバラバラだったピースが、カチリと音を立てて繋がる。
アリシアは手に持った聖杯を強く握りしめ、頭上に並ぶ無数の魔導ライトを見上げた。
「……見つけたわ!」
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◆レオン・シュタイン(17)
ローレンス公国でも屈指の武門、公爵家三男。実技に秀でたエリート留学生。
◆エマ・ブライト (16)
男爵令嬢。演劇部のホープ。
◆ハンス・ミュラー (17)
レオンと同じローレンス公国からの留学生。伯爵家の嫡男。
【星辰祭】現代での「文化祭」をファンタジーの世界観重視でオリジナルの名前にしました。そして、魔導演劇や 星力屋台も、ファンタジーの世界観を壊さないように名付けました。
つづきは、また明日。
後書きまで、読んでいただきありがとうございました。




