第二話:魔法図書館の密室 〜白紙の魔導書と自信家の王子〜 ②
「ミリー! 言い逃れはさせない。この結界の魔力残滓がついたスクロールこそが、君の罪の証拠だ!」
シオンの断定に、ミリーは顔を覆って泣き出してしまった。
「シオンお兄様!お待ちください!!」
鋭い声と共に図書館の扉が開いた。
現れたのは、四女のフェリシア王女だ。
彼女は親友であるミリーの側に駆け寄ると、シオンを真っ向から睨みつけた。
「ミリーがそんな不器用な真似をするはずがありませんわ。彼女の魔法理論は、実戦よりも美しさを追求するもの。こんな無骨な焦げ跡を残すような使い方はいたしません!」
「フェリシア、君は黙っていなさい。」
シオンが聞く耳を持たない様子なのを見て、ユリウスが困ったように、近くにいた一人の青年を呼び止めた。
「……弱ったね。あ、テオ君。ちょうど良かった、君からも何か言ってあげてくれないかな? ほら、君は司書としてこの書庫のメンテナンスも手伝っていたし、光の屈折を利用した記録魔法についても詳しかっただろう?」
現れたのは、眼鏡をかけた真面目そうな司書、テオ・エルドレッドだった。
彼は一瞬、ユリウスの言葉に肩を跳ねさせたが、すぐに深々と頭を下げた。
「……はい、ユリウス先生。シオン所長の設計された結界は完璧です。物理的な物質……それこそ空気の振動すら通しません。ただ、光の波長だけは、書庫内の明るさを保つために遮断しておりませんでした。……それを利用すれば、理論上、中の情報を外へ飛ばすことは可能かもしれません」
「光を飛ばす……?」
アリシアの脳裏に、夕日を透かして紙を見ていたルカの姿が、カチリと音を立てて繋がった。
「シオンお兄様、待って。……その『真っ白な本』をもう一度見せてくださる?」
「何の意味がある、アリシア。これはもう、ただの紙の束だ!」
シオンが忌々しげに放り出した魔導書を、アリシアは両手で受け止めた。
指先に触れる紙の感触。冷たい。……けれど、微かに「厚い」。
(……さっき、ルカ様が紙を透かしていたのは、これを確認していたのね)
アリシアはセシルに頼み、書庫の入り口にある特殊な魔導灯を持ってこさせた。
「シオンお兄様、この結界は光の屈折には干渉しない。……だから犯人は、本そのものを盗むリスクを冒さず、中身の映像だけを遠隔転写で外へ書き写した。そして、本物の方には……」
アリシアが魔導灯の波長を切り替え、真っ白なページに照射する。
「白紙に見える"幻惑魔法"を上書きしただけだわ!」
強い光がページを貫いた瞬間、真っ白だった紙面に、青白い炎のような文字がぶわっと浮かび上がった。
「な……文字が、戻った……!?」
絶句するシオン。
その横で、テオの顔から血の気が引いていく。
「ミリー様のトランクにあった焦げたスクロールは、彼女を犯人に仕立てるための偽装品。犯人は、結界の外から『光』として情報を抜き取り、自分の手元にある別の紙へ書き写した……。テオ様、あなたですね? この書庫の光の通り道を、誰よりも熟知していたのは」
アリシアの静かな、けれど毅然とした指先が、震える司書を指し示した。
「…えっ…テオ、君だったのかい?」
ユリウスが、信じられないというように悲しげな声を漏らした。
「……はい。この"忘却の旋律"には、失われた古代の治癒魔法が記されていると聞いたのです。病床の母を救うには、禁断とされるその知識を、どうしても写し取る必要がありました。申し訳ありません、シオン所長。あなた様の結界を、こんな形で汚すことになるとは……」
テオの動機は、私利私欲ではなく家族を想う切実なものだった。
シオンは屈辱と怒りに顔を赤くしていたが、フェリシアがその前にスッと立ちふさがった。
「お兄様、お待ちください! 彼は罪を犯しましたが、その理由はあまりに悲しいものですわ。シオンお兄様の結界が"完璧"すぎたからこそ、彼は中に踏み込むことができず、あんな無茶な方法を取るしかなかったのです……」
「……フェリシア、私に説教をしようというのか?」
「いいえ。ただ、アステリアの王族として、この叡智を"隠す"だけでなく、正しく"救い"に使う方法を、今一度シオンお兄様に考えていただきたいだけですわ」
フェリシアの凛とした言葉に、シオンはぐうの音も出ない。
結局、テオは謹慎処分となり、写し取られた情報は魔術研究所で精査されることになった。
「ふう……一件落着ね、アリシア」
ミリーを優しく抱きしめたフェリシアが、アリシアに向き直って微笑んだ。
「ミリーを信じてくれてありがとう。……このお礼はまた今度、ゆっくりさせてちょうだいね。……さあミリー、行きましょう。少し心を落ち着かせないと」
フェリシアはミリーを連れて、嵐のように去っていった。
「さて、僕たちも行こうか。」
ユリウスに促され、アリシアたちが図書館の長い廊下を歩いていると――。
「あ、アリシア殿下!」
向こうからやってきたのは、ジュリアンと、その隣で少し照れくさそうに微笑むヴィオラだった。二人は手分けして、大きな衣装箱を運んでいる最中のようだ。
「ジュリアン様、ヴィオラ様! お二人とも、仲が良くて何よりだわ」
「お恥ずかしいです。……実は今、来週の星辰祭での魔導演劇の準備で大忙しでして。私は衣装係を志願したのです」
「ヴィオラが、頑張っているので……私も頑張れます」
のろけるジュリアンに、ヴィオラが「もう、ジュリアン様ったら」と頬を染める。そんな二人を見て、アリシアの心もパッと明るくなった。
「星辰祭、楽しみにしているわね!」
「はい、ぜひお越しください。……あ、でも殿下、舞台裏は今、盗難や小道具の破損が相次いでいて、少し物騒なんです。お気をつけて……」
ジュリアンの何気ない忠告を背に受けながら、アリシアはふと、図書館の影を振り返った。
そこには、先ほどまで「紙を透かして」見ていたはずのルカの姿は、もうなかった。
(……舞台裏で、トラブル……?)
アリシアは胸に小さなざわつきを覚えながらも、「アリシア様、今日のおやつは焼きたてのスコーンですよ!」というカイルの声に引かれ、軽やかな足取りで歩き出した。
王立学園は、華やかな祭典の準備に包まれている。
だがその喧騒の裏で、新たな事件の火種が、舞台の幕が上がるのを静かに待っていた。
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◆星辰祭
星の魔力が宿る魔法大国「アステリア聖王国」の王立学園にて、毎年秋に開催される最大規模の祭典。
生徒会が主催し、学園全体が星の光に包まれる。
伝統的な物語を魔法で彩る『魔導演劇』や、星の魔力を込めた珍しいお菓子や魔道具が並ぶ『星力屋台』などが軒を連ね、国中から多くの人々が訪れる学園随一の催しである。
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◆第四王女:フェリシア(22)→側妃Bの子
魔術研究所研究員。第二王子シオンの部下。
実技が苦手なアリシアのために、理論を補佐するような便利な魔道具を作るために研究者となった。
◆ミリー・ウィンスレット(22) →侯爵令嬢
魔術研究所研究員。フェリシアの友人。魔法や魔道具を愛する、魔法オタク。
第二話【完】
いかがでしたでしょうか?
本日も、読んでくださりありがとうございました。
第三話は、週末(8/21)に公開予定です。




