第二話:魔法図書館の密室 〜白紙の魔導書と自信家の王子〜 ①
「……ふふ。パパ、このタルト、ラズベリーの酸味が効いていてとっても美味しいわ!」
「そうだろう、そうだろう! アリシアが喜んでくれると思って、今朝一番に王都で有名なパティシエを呼び寄せた甲斐があったよ」
──アステリア王宮のテラス。
今日は学園もお休み。
アリシアは、昨日の「黄金林檎事件」の詳細を陛下に聞かせながら、のんびりとしたティータイムを楽しんでいた。
パパこと国王アルフォンス陛下は、目に入れても痛くない末娘の活躍に、威厳ある髭を揺らしながら、始終目尻を下げっぱなしだ。
「昨日は大変だったね。だが、あのアリシアが理論を駆使して事件を解決したと聞いて、パパは鼻が高いよ。……どうだい?明日も学園を休んで、パパと一緒に魔法リスの庭園へ行かないかい?」
「まあ、パパったら。明日はシオンお兄様の特別講義がある日ですもの、休むわけにはいかないわ」
アリシアはパパの甘い誘いを(いつものことなので)優しくかわすと、おかわりを注ごうとする侍女に会釈して、少し腹ごなしに城内を散歩することにした。
その廊下の向こうから、カツカツと自信に満ちた足音を響かせて歩いてくる人影があった。
青い魔導師のローブを翻し、眼鏡を指先でクイと押し上げているのは、次男のシオン王子だ。
「やあ、アリシア。昨日の活躍は聞いたよ。だが、あまり危ない事はしないように!」
シオンはアリシアの前で立ち止まり軽く頭を撫でた。
「学園のセキュリティについては、安心しておくれ。王立学園の『零番書庫』の結界は完璧だよ。何しろ、この私!魔術研究所所長のシオン・アステリアが設計したのだからね!」
「シオンお兄様。でも、物理的な侵入以外にも、魔法の穴というのは……」
「ははは! 私の計算に穴など存在しない。あそこは登録された司書の魔力波形以外、空気一つ通さない絶対領域だ。ネズミ一匹、文字一言だって、私の許可なく外へ出ることは不可能なのさ」
シオンは(やれやれ、心配性な妹だ)と言いたげにアリシアの頭を再び軽く撫でると……
「明日の講義を楽しみにしておきなさい」
と言い残して颯爽と去っていった。
──その翌日。
特別講義のために学園の図書館を訪れたアリシアを待っていたのは、昨日の自信はどこへやら、真っ青な顔をして震えているシオンの姿だった。
「……消えた。ない。一文字も、残っていない……ッ!」
厳重に封印されていたはずの『零番書庫』の奥。
シオンの目の前には、昨日まで確かに禁断の呪文が刻まれていたはずの魔導書『忘却の旋律』が鎮座している。
だが、そのページをめくっても、めくっても――。
そこにあるのは、雪のように真っ白な、何も書かれていない紙の束だけだった。
「……あれ。シオン兄さ……いえ、失礼。所長、そんなところでどうされたのですか? 随分と顔色が悪いようですが……」
背後から教科書を抱えて現れたのは、四男のユリウスだった。
いつものように、困ったような、それでいて人当たりの良い微笑を浮かべている。
「……ユリウスか」
シオンは屈辱に顔を歪ませたまま、絞り出すような声で応じた。
「……消えたんだ。魔導書の中身が、一文字残らずな。私の結界の中にあるというのに!」
「それは、穏やかじゃないですね。所長が設計した完璧な結界を潜り抜けて、文字だけを盗むなんて。よほど魔法の概念に精通しているか、あるいは……」
ユリウスはそこで言葉を切り、胃の辺りを押さえながらアリシアを振り返る。
「…ごめんね、アリシア。楽しみにしていた講義の前に、こんなことになって。……でも、大丈夫だよ。シオン兄様は優秀だから、すぐに原因を突き止めてくれるはずさ。……ねえ、シオン兄様?」
「……分かっている! 私に指図をするな、ユリウス!」
シオンは苛立ちを隠そうともせず、ユリウスを跳ね除けた。
そこへ、重そうな魔導具のトランクを抱えたミリー・ウィンスレット侯爵令嬢が、バタバタと駆け込んできた。
「所長! 大変ですわ、私の遠隔転写魔法のスクロールが、一枚足りなくて! 」
「ミリー嬢! 説明したまえ。なぜ君が、紛失したはずの『遠隔転写魔法』のスクロール(巻物)のトランクを持って、この零番書庫の前にいるんだ!」
シオンは、詰め寄られたミリーの肩を掴まんばかりの勢いだった。
エリートの彼にとって、自分の結界が破られたという《理論の敗北》を認めるよりは、身近な侯爵令嬢の”うっかりミス”や”悪戯”であった方が、精神的に救いがあるのだ。
「し、所長、落ち着いてください! 私はただ、昨日ここでフェリシア様と魔法の勉強会をしていて……その時にトランクを忘れてしまったことに気づいて、取りに戻っただけですわ!」
「昨日だと!? 盗難が起きたのも昨夜だ。証拠は十分だ!」
シオンの盲目的な追及に、ミリーは涙目になっている。
その横で、ユリウスが困ったように眉を下げ、アリシアの肩にそっと手を置いた。
「困ったね、アリシア。シオン兄様は一度思い込むと、周りが見えなくなってしまうところがあるから。……ミリー嬢も、普段はあんなに熱心に魔法を勉強している良い子なのに…」
ユリウスの言葉を聞きながら、その騒ぎから少し離れた書架の影に、見覚えのある制服の背中を見つけた。
特待生の、ルカ・エインズワースだ。
彼は騒ぎを無視して、一冊の古い紙の束を、窓から差し込む夕日にかざして、じっと見つめている。その指先が、紙の「厚み」を確かめるように微かに動いた。
(ルカ様……? あんなところで、何を……)
アリシアは、シオンとミリーの言い争いよりも、ルカが静かに見つめている《光を透かした紙》の向こう側に、何かが隠されているような気がしてならなかった。
「ユリウスお兄様、私、ミリー様のトランクの中身を確認してもよろしいかしら?」
アリシアは、シオンに詰め寄られているミリーの足元にある、仰々しい金属製のトランクを指差した。
セシルに手伝わせてトランクを開けると、中には大量の魔法具と、数枚のスクロールが収められていた。
「……あら?」
アリシアの指が、一枚のスクロールの端で止まった。
それはミリーが"失くした"と言っていたはずの、対になるはずのスクロールの一片だった。
「シオンお兄様、見て。このスクロール、端が少しだけ焦げているわ。それも、ただの火ではなく……強力な魔法結界に触れたような、鋭い焦げ跡」
「何だと……? 貸しなさい!」
シオンがひったくるようにしてそれを鑑定する。
「……これは、零番書庫の結界の魔力残滓だ。ミリー嬢!やはり君がこのスクロールを無理やり結界の中に……!」
「ち、違います! 私、そんなこと……!」
シオンが確信を深める一方で、アリシアは違和感を覚えていた。
(……おかしいわ。もしミリー様が犯人なら、わざわざ焦げた証拠を自分のトランクに戻すかしら? それに、シオンお兄様の結界は『空気すら通さない』はず。スクロールを中に通そうとしたなら、焦げるどころか、その瞬間に消滅してしまうはずなのに……)
アリシアの脳裏に、夕日に透かされたルカの指先が、再び鮮明に浮かび上がった。
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◆魔法解説:遠隔転写魔法
これは、対になった二枚のスクロールを使用する魔法。
片方の紙に書いた文字や図形が、もう片方の紙にリアルタイムで複写されるというもの。
ただし、非常に繊細な魔力制御が必要で、複写先の紙が「全く同じ質・厚み」でないと、文字が歪んだり消えたりしてしまう特性がある。
◆第二王子:シオン(27歳)→側妃Aの子
魔術研究所所長。若くして天才の名を欲しいままにする、自信家のエリート。
◆第四王子:ユリウス(24歳)→側妃Cの子
学園教師。魔力も控えめで、兄たちの影に隠れている、お人好しな兄。
◆第五王女:アリシア(15歳) →側妃Cの子
年の離れた末娘。
実は、アルフォンス…正妃(皇后)と側妃が3人居ます(笑)
つづきは、また明日。
後書きまで読んでくださり、ありがとうございます。




