第一話:王立学園の怪 〜消えた魔導具と公爵令嬢の孤独〜②
──教室
教室に戻ったアリシアは、メイドのセシルを外に立たせ、ヴィオラから話を聞く。
ヴィオラの周りでは、取り巻きの伯爵令嬢のクロエと子爵令嬢のサシャが「お可哀想に!」と騒ぎ立てていた。
「ヴィオラ様、昨日の放課後……保管庫の鍵を返す際、どなたかとお会いになりませんでしたか?」
「……ええ。婚約者のジュリアン様が、廊下で待っていてくださいましたわ…」
─ジュリアンとは、ヴィオラの婚約者で、カステラード侯爵家の嫡男であり、王立学園の生徒会役員。
ヴィオラがそう答えた背後で、クロエが
「まあ、ジュリアン様が? でも彼は今、星辰祭の準備で、お忙しいのではなかったかしら……」と意味深な視線を送る。
ヴィオラの瞳に不安が走る。
その時、どこからか「プップー!」と虚しい音が鳴った。
──旧校舎の保管庫
「セシル、行きましょう。犯人は人じゃないかもしれないわ」
アリシアはセシルを連れ、使用禁止の旧校舎へ。
魔法理論に強いアリシアは、保管庫の結界の"縁"を指でなぞる。
「やっぱり……! セシル見て。ここ、結界の網目がほんの少しだけ広げられているわ。これじゃ人間は通れなくても、魔法で操られた小動物なら通れてしまう!」
床に落ちていたのは、焦げた砂糖の匂いがする"誘引シロップ"の瓶の破片。
「これって、調理実習でクロエ様が使っていたものじゃ……」
セシルが呟いたその時、ガチャン!と重厚な鉄の扉が閉まり、外から魔法の錠がかけられた。
「 誰!?まだ、居ますよ!開けてください!!」
扉を叩くセシル。
しかし、旧校舎は防音結界が張られており、叫び声は届かない。
魔法が苦手なアリシアには、この重厚な魔法錠を壊す術はなかった。
一方、アリシアとはぐれて必死に校内を探していた護衛騎士のカイルは、渡り廊下でルカ・エインズワースとすれ違う。
無言で通り過ぎようとするルカを、カイルが呼び止めた。
「待て、エインズワース! アリシア王女殿下を見かけなかったか!」
ルカは足を止め、表情ひとつ変えずに、指先で旧校舎の方向を指し示した。
「…旧校舎に向かった……」
「何だと……!? 」
カイルは、慌てて走り旧校舎へと向かった。
──ドカンッ!
「アリシア殿下!ご 無事ですか!」
粉砕された保管庫の扉から飛び込んできたカイルは、煤にまみれたアリシアとセシルの姿を見て、安堵のあまり膝をつきそうになった。
「カイル、助かったわ。……でも、急いで。犯人が証拠を隠滅してしまう前に、教室へ戻りましょう!」
アリシアの手には、現場に落ちていた"クロエの家紋入りの蓄魔石"と、床にこびりついていた"誘引シロップ"のサンプルが握られていた。
一方、教室では。
「ヴィオラ様、本当に残念ですわ。ジュリアン様も、盗難の片棒を担ぐような女性とは婚約を続けられないとおっしゃっていましたわ」
伯爵令嬢クロエ・マーロウが、勝ち誇ったような笑みを隠しもせず、項垂れるヴィオラを追い詰めていた。隣ではサシャがおろおろと震えている。
「……違います。私は……」
ヴィオラの言葉を遮るように、空中で「プップー!」と無慈悲な音が鳴り響く。
「そこまでよ、クロエ様!」
教室の扉が勢いよく開いた。
アリシアは乱れた髪を直す間もなく、真っ直ぐにクロエを指差した。
「ヴィオラ様が盗んでいないことは、この蓄魔石が証明しています。保管庫の結界を"誘引魔法"で操った魔法リスに通り抜けさせ、中にある黄金林檎を回収させた。その際、あなたの魔力を込めたこの石を使ったのでしょう?」
クロエの顔から血の気が引いた。
「な、何を……そんな証拠、どこに……!」
「この蓄魔石には、あなたの家の紋章が刻印されています。そして、旧校舎の床には、あなたが調理実習で特別に発注したと言っていた最高級ローズシロップの成分が残っていましたわ。魔法は嘘をつきませんが、誰が魔法をかけたか…までは教えてくれない。……そこを突いた、実に見事なトリックでした」
アリシアの整然とした論破に、クロエは言葉を失った。
「……こんな冷徹な女より、私の方がずっと、ずっとジュリアン様を愛しているわ! なぜ誰も分かってくれないの!?」
激しい嫉妬をぶちまけ、泣き崩れるクロエ。
彼女を騎士団が連行していく中、教室には重苦しい沈黙が流れた。
静まり返った教室で、アリシアはヴィオラの前に立った。
「ヴィオラ様。……もう、大丈夫です。一人で平気なフリなんて、しなくていいんですよ」
その瞬間。
ずっと鳴り続けていた「プップー!」という音が止んだ。
ヴィオラの瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼女は初めて、年相応の少女のような顔で泣き崩れた。黄金林檎の透明化が解け、輝く林檎が床に転がった。
アリシアは、床に転がった黄金林檎を拾い上げると、傍らで立ち尽くしていたジュリアンの前へと歩み寄った。
「ジュリアン様。……ヴィオラ様が、なぜ保管庫の鍵を最後に返却したか、ご存知ですか?」
ジュリアンは戸惑いながら首を振った。
「…いいえ。ただ、図書委員の仕事だとばかり…」
「そう?彼女は、あなたが星辰祭の準備で遅くまで残っているのを知って、少しでも長くあなたの側にいたくて……あえて一番最後になるまで、図書室で作業をされていたのですよ。……そうですよね、ヴィオラ様?」
アリシアが微笑みかけると、ヴィオラは真っ赤になって俯いた。
その瞬間、アリシアの手の中にある黄金林檎が、一度も鳴ることなく静かに黄金色の柔らかな光を放った。
「……林檎が鳴らない。ということは、アリシア殿下の言葉は真実なのですね」
ジュリアンは驚きに目を見開いた後、自嘲気味に笑った。
「……冷たいのは、私の方だった。ヴィオラ、君がそんな風に私を想ってくれていたなんて。……すまない、これからは、君の沈黙に甘えず、私からもっと言葉を尽くすと誓うよ」
ジュリアンがヴィオラの手を優しく取ると、彼女の瞳から今度は安堵の涙が溢れ出した。
「……ジュリアン、様……。……はい、私も……もっと、お話ししたいです」
二人の間に流れる温かな空気に、アリシアは満足げに微笑んだ。
「……終わったのかい?」
人だかりの後ろから、ユリウスがフラフラと、今にも倒れそうな様子で現れた。
「はい、無事に解決しましたわ」
「ああ……良かった。アリシア、君が旧校舎に向かったと聞いた時は、心配で心臓が止まるかと思ったよ。あそこは建付けも悪いし、夜は冷えるからね。……僕がもっとしっかりしていれば、君にこんな危険な真似をさせずに済んだのに」
ユリウスは情けなさそうに眉を下げ、アリシアの頭をポンポンと叩いた。その眼差しは、どこまでも妹を慈しむ兄としてのそれだった。
「アリシア殿下ー! 今日のおやつは特製タルトだそうですよー!」
校門の前で、カイルが大きく手を振り、セシルが呆れたようにその隣に立っている。
「今行くわ! お兄様…いえ、先生、また明日!」
「ああ、気をつけて帰るんだよ、アリシア」
ユリウスは情けなく垂れた眉をさらに下げ、妹の背中をいつまでも、いつまでも愛おしそうに見送っていた。
やがて、黄金色に輝く王家の紋章が入った馬車が、パカパカと軽快な蹄音を立てて走り去っていく。
──夕闇が忍び寄り始めた旧校舎
二階の割れた窓硝子の向こうから、じっと見下ろしている影があった。
特待生のルカ・エインズワースだ。
彼は、走り去る馬車が巻き上げる土埃を、感情の消えた瞳で見つめていた。
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★「誘引の魔法」: 甘い香りで小動物を引き寄せる初歩的な魔法。
事件では、学園で飼われていた「魔法リス」に使われた。
★「透明化の魔法」: 物体を透明にする魔法。
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─アリシアと同級生─
◇ヴィオラ・グレイスタック
グレイスタック公爵家のひとり娘(15)
“氷の令嬢”と噂される、孤高で不器用な公爵令嬢。誇り高く完璧主義だが、本質は甘え下手で健気。
◇ジュリアン・カステラード
カステラード侯爵家の嫡男(16)
誠実で品行方正な侯爵令息。ヴィオラの婚約者。論理的で言葉足らずな面がありヴィオラとすれ違っていたが、事件を経て彼女の想いを知り、素直に向き合うようになる。
◆クロエ・マーロウ(16) 伯爵令嬢
執念深く、自分の思い通りにならないものを排除しようとする歪んだ独占欲の持ち主。
第一話 【完】
いかがでしたでしょうか?
第二話は明日、20時頃に公開予定です。
後書きまで読んでくださりありがとうございました。




