第一話:王立学園の怪 〜消えた魔導具と公爵令嬢の孤独〜①
「プップー!」
王立学園の中庭に、およそ高貴な学び舎には似つかわしくない間抜けな音が響き渡った。
「ま、また鳴ったわ……!」
アステリア聖王国の第5王女、アリシアは、手にした魔法理論の教科書を抱きしめながら周囲を見回す。
目の前では、真っ青な顔をした公爵令嬢ヴィオラが、まるで氷像のように固まっていた。
彼女の頭上からは、姿は見えないはずの『真実の黄金林檎』が、無情な音を鳴らし続けている。
「アリシア王女殿下、信じてください……私は盗んでなどいません!」
ヴィオラの悲痛な訴えに、再び重なる「プップー!」の音。
アリシアは小首を傾げた。
(おかしいわ。ヴィオラ様が嘘をついているようには見えないけれど……でも、魔法は正直なはず。……あ!お兄様に教わった『誘引の魔法』の応用かしら?)
ここ、アステリア聖王国は、古くから「星の魔力」が宿るとされる魔法大国だ。
宮廷魔術師による高度な魔法技術は国の誇りであり、その中心にあるのがこの「王立学園」である。
そしてこの国を治めるアステリア王家は、現在、非常に……そう、非常に賑やかな家族構成となっていた。
国王アルフォンス陛下には九人の子がおり、末っ子のアリシアは、兄姉たち全員から"目に入れても痛くない"ほど可愛がられている。
例えば、長男のエドワード王太子。彼は次期国王として厳格な人物だが、アリシアが幼い頃に転んで膝を擦りむいただけで、国中の治癒魔術師を招集しようとした前科がある。
そして、次男のシオン王子は、魔術研究所の所長を務める冷徹な理論派の彼も、アリシアが「魔法の仕組みがわからないの」と首を傾げれば、公務を放り出してマンツーマンで講義を行うほどだ。
三男のライアン王子は、近衛騎士団長という猛者でありながら、「アリシアを傷つけるもの、不安にさせるものは全て排除する」という、知的ながらも少し過激な思考の持ち主。
そんな、愛されすぎて少しばかり息苦しい……もとい、温かい家庭で育ったアリシアは、理論には誰よりも詳しいが、実技の方はさっぱりという"知識だけは一級品"の王女に成長していた。
そして、今目の前で「プップー!」と鳴らされているのは、名門グレイスタック公爵家のひとり娘、ヴィオラ嬢だ。
彼女は"氷の令嬢"と渾名されるほど完璧で気高く、孤独な影を纏っている。
昨日、学園の秘宝である『真実の黄金林檎』が保管庫から消えた際、最後に鍵を返却したのが彼女だったことから、一躍、第一容疑者にされてしまったのだ。
「……ヴィオラ様」
アリシアは一歩踏み出し、宙を見上げた。
音はヴィオラの頭上、正確には彼女の肩のあたりから響いている。
黄金林檎は今、透明化の魔法で姿を消しているはずだ。本来なら"嘘"に反応して赤く光るはずの林檎だが、姿が見えないために音だけが虚しく響く。
「ヴィオラ様、一つだけお聞きしてもよろしいかしら?」
アリシアの問いに、ヴィオラは震える唇を開いた。
「な、何でしょうか、王女殿下……」
「今、ヴィオラ様は"心から"平気だ、と。そう思っていらっしゃいますか?」
「……ええ、私は公爵家の娘ですから。これくらいの疑い、一人で……平気ですわ」
「プップー!!!」
これまでで一番大きな音が鳴り響き、ヴィオラは力なく項垂れた。
アリシアは確信した。この林檎は盗まれたのではない。
"魔法のルール"を逆手に取った、誰かの悪戯……!?……あるいは、もっと悪質な罠かもしれないわ。
次の瞬間、人だかりを割って、一人の青年が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「アリシア! それにヴィオラさんも……なんてことだ、まだ音が鳴り止まないのかい?」
緩く波打つ柔らかな髪を揺らし、困り果てた表情で現れたのは、アリシアの四番目の兄であり、この学園で教師を務めるユリウス・アステリアだった。
彼はいつものように、細い指先で胃の辺りをさすり、大きなうな溜息をつく。
「ユリウスお兄様!」
「学園内では"先生"と呼びなさいと言っただろう? ……ああ、でも今はそれどころじゃないね。さあ、野次馬の皆さんは解散だ。ヴィオラさんも、一旦教室へ戻ろう。このままでは彼女が可哀想だ」
ユリウスは優しくヴィオラの肩に手を添えようとしたが、その瞬間、またしても虚空から「プップー!」と気の抜けた音が響いた。
ユリウスはビクッと肩を揺らし、苦笑いを浮かべる。
「弱ったな。……アリシア、君も知っての通り、この『真実の黄金林檎』には"魔力波形の登録"というルールがある。本来、持ち主以外の魔力には反応しないはずなんだ。それなのに、なぜ透明なまま学園中を飛び回って、あちこちで音を鳴らしているのか……僕の乏しい魔術知識では、まるで見当がつかないよ」
ユリウスは自嘲気味に肩をすくめた。
アステリア王家の中でも、彼はとりわけ魔力量が少なく、実技に関しては妹のアリシアとどっこいどっこい、というのが公然の事実だ。
「いいえ、お兄様…いえ…先生。魔法のルールには必ず"抜け穴"があるはずです。例えば、犯人が自分以外の魔力を込めた『蓄魔石』を使っていたとしたら?」
「ははは、まさか。そんな高度な偽装、一介の生徒にできるはずがないじゃないか。……おっと、これ以上ここで話すのは良くないね。さあ、行こう」
ユリウスに促され、アリシアたちは騒がしい中庭を後にした。
その時、アリシアはふと、校舎の二階テラスに、一人の少年が立っているのに気づいた。
特待生のルカ・エインズワースだ。
彼は壁にもたれ、感情の読めない瞳でじっとこちらを見下ろしていたが、アリシアと目が合う前に、音もなく建物の奥へと姿を消した。
(……変な人。でも、今はそれより『林檎』だわ)
教室へと向かう廊下で、ユリウスはアリシアにだけ聞こえるような低い声で囁いた。
「ねえアリシア。実はね、保管庫の結界には、所長のシオン兄様が施した"特定の魔力以外を弾く"という絶対的な制約があったんだ。それが破られたということは……内部の者の手引きか、あるいは"魔法そのものを無効化する特殊な何か"が使われた可能性がある。……怖いね、誰がそんなことをしたんだろう?」
ユリウスの瞳は、いつも通り優しく、どこか怯えたように揺れていた。
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『真実の黄金林檎』
◆外見: 黄金色に輝く、手のひらサイズのりんご型の魔導具。
◆効果: 近くにいる人間が「嘘」をつくと、その人の頭上でピコピコと赤く点滅し、「プップー!」と間抜けな音を鳴らす。
◆ 保管場所: 旧校舎の地下にある、高度な結界と三重の鍵がかかった保管庫。
この林檎が、消失したことで、学園は大騒動になった。
被害①放課後「一生大切にする!」と告白をする男子生徒の後ろで「プップー!」
被害②宿題を忘れた生徒が「家に忘れました」と言った瞬間に、空中で「プップー!」
被害③教師が「お前の将来を思って言っているんだ!」と熱弁した瞬間、頭上で「プップー!」
被害④「教師という仕事は、金ではなく情熱だ」と言った瞬間に、空中で「プップー!」
やがて、学園中が「嘘をつけない地獄絵図」になり、教師も生徒もパニックに。
新しく連載を始めました。
専門家ではないため、適当な事を言ってる所もあるかと思いますが…生暖かい目で見守っていただきたいと思います。
つづきは、また明日。
後書きまで読んでくださり、ありがとうございます。




