第五話:ルミナリスの王宮と、理論を嗤う透明な殺意②
エリック王子が血に染まって倒れた瞬間、広間はパニックと罵声の渦に飲み込まれた。
「アステリアの者が来てから不吉なことばかりだ!」
「これは我が国の古き呪い…不浄な余所者が触れたからだ!」
ルミナリスの宮廷魔術師たちが、怯えを隠すように杖を構え、アリシア達を包囲しようとする。
その時──
「──静まれッ!!!」
雷鳴のごとく広間を打ち据える、鋭く苛烈な一喝が突き刺さった。
声の主は、階段の上に立つエレオノーラ王妃。
燃えるような赤髪を激しく揺らし、その瞳には最愛の夫の弟が傷ついたことへの激怒と、大切な妹を侮辱されたことへの苛烈な炎が宿っていた。
「私の前で、私の妹に無礼を働くことは許しません!」
魔術師たちは気圧されたが「不浄な外来者の呪いだ」と不満を囁き合う。
そんな騒ぎにも関わらず…アリシアは頭の中で、昼間の景色と会話を思い出していた。
──「ルミナリスの魔法は徹底した圧縮」
──ボリスが回収した、手元に仕込めるような小さな魔導具の破片。
──そして、オスカーが散策中に見せた…右手の不自然な仕草。
脳裏でバラバラだったピースが、カチリと音を立てて繋がる。
(エリック王子は自分が襲撃されたように見せる狂言のために、袖口の魔導具から氷の刃を出す仕掛けを作った。でも…誰かがその魔導具の圧縮率を殺傷能力が出るまで"極限"に書き換えたんだわ!)
「皆様、呪いなどではありません。これは純然たる現象です。」
広間を揺るがすほどの騒然とした空気の中、アリシアは意識を取り戻したエリック王子の右腕を迷いなく取り、その豪華な刺繍が施された袖口を捲り上げた。
そこには、皮膚に食い込むように装着された、親指ほどの小さな魔導具の残骸が、無残に砕け散っていた。
アリシアは、その結晶の破片をハンカチ越しに静かに拾い上げる。
「王子は、自分を襲撃されたように見せかける狂言を計画されたのでしょう。袖口に仕込んだこの魔導具で、自分に向けて氷の刃を飛ばした。本来なら、かすり傷で済むはずでした。ですが、誰かがその魔導具に細工をし、設定を過剰な圧縮へと書き換えたのです…」
「王子が自らを刺したというのか!?」
「なんて…馬鹿なことを……」
魔術師たちが…囁き合う。
「な…何! 狂言だと!?」
ヴィクトール王が、震える声で問う。
「ええ。そして、その設定を書き換えられる立場にあり、ルミナリスの完璧な秩序に執着する人物…といったところでしょうか、オスカー様?」
アリシアの瞳が、青ざめて立ち尽くすオスカー・ヴァルハイトを射抜く。
「ルミナリスの常識では、気高き王子が自らを傷つけるなどという"不名誉"はあり得ないこと。だから、皆様はその盲点に付け込まれ、思考を停止させられた。でも、アステリアの理論でこの現象を紐解けば、残る真実は一つしかありません!」
アリシアは一歩、また一歩と、逃げ場のないオスカーを追い詰めていく。
「な……何を……! 根拠のない妄想だ!」
オスカーが声を荒らげるが、アリシアはそれを冷たく一蹴した。
「根拠ならありますよ、オスカー様。ルミナリスの圧縮魔法は一瞬で周囲の熱を奪う……手袋の上から急いで魔導具に介入したあなたの右手の指先には、今も紛れもない初期の凍傷が残っているはずです。」
オスカーが右手を隠そうとするが、エレオノーラの合図で控えていた騎士が即座にその腕を取り、手袋を脱がせた。
顕わになった親指と人差し指は、不自然なまでに青白く凍りついていた。
オスカーが弾かれたように右手を隠すが、もう遅かった。
広間の視線が、一斉に彼の"手"に集中する。
「王室総務官、オスカー様。あなたは、エリック王子の奔放さがルミナリスの完璧な秩序を汚すことを許せなかった。だから、彼の悪戯を利用して、永久に彼を排除しようとしたのですね…」
「…ッ……ああ、そうだ……! あの男は、この国には不要だ……! 私が……この完璧なルミナリスを、守らなければならないんだ!!」
ついに膝をつき、狂ったように叫ぶオスカー。
「完璧な秩序を守るために、自ら罪を犯して国の秩序を乱すなんて…。完璧な秩序を損ねていたのは、オスカー様!他の誰でもなく、あなた自身ですわ!」
衛兵がオスカーを取り押さえて大広間から連れて行った。
──事件後、王宮バルコニー
ルミナリスの夜空は、アステリアよりも星が鋭く、冷たく輝いている。
エレオノーラは手にした扇をそっと閉じると、隣に立つ妹、アリシアに視線を向けた。
「お見事でした、アリシア。我が国の不始末を速やかに解決してくれて、本当にありがとう」
夜風に赤髪を揺らしながら微かに苦笑するエレオノーラに、アリシアは少し頭を下げた。
「……いいえ、お姉様。私こそ、勝手な真似をしてごめんなさい。でも、どうしても納得がいかなくて……」
アリシアが少し俯くと、エレオノーラはふっと口角を上げ、妹の美しいピンクブロンドの髪を優しく撫でた。
「謝る必要なんてありません。自慢の妹を持てて、私は誇らしいわ……」
──ルミナリス→アステリアへ
ルミナリス王国の国境、白銀の山々を背に、アリシアたちの馬車が止まっていた。
見送りに現れたのは、ヴィクトール王とエレオノーラ王妃。
そして、その少し後ろで、バツの悪そうな顔をして縮こまっているエリック王子の姿があった。
そう、彼は僅かに急所が外れていた事と、宮廷魔術師たちの迅速な治癒魔法により傷自体はすっかり完治していたのだが…そのあとで、彼を待っていたのは、傷の痛みなど比ではない、国王夫婦からの凄絶なお説教だったのだ。
ヴィクトール王は、厳しい表情を崩さず、重々しく謝罪をした。
「……アステリア王国へのお詫びは、後日改めて正式に書面にて送らせていただく。我が国の不始末により、皆様に大変な危険とご迷惑をおかけしたこと、ルミナリス国王として心より深くお詫び申し上げる」
ヴィクトール王の謝罪を受け、まずはクラリスが静かに一礼し、穏やかな微笑みをたたえて口を開いた。
「ヴィクトール陛下。お心遣い、痛み入りますわ。何よりエリック王弟殿下がお元気になられたことが、私どもにとっても一番の救いです…」
その言葉を引き継ぐように、隣のアリシアも優しく微笑む。
「ええ、こうして無事に事件も解決し、お見送りまでしていただけて胸がいっぱいですわ!」
アリシアが素直な笑顔で応えると、エレオノーラは満足そうに目を細め、妹たちの手を取り、そっと握りしめた。
「体に気をつけてね。…またいつでも遊びにいらっしゃい……」
「はい、エレオノーラお姉様も!お元気で!!」
名残惜しさを残しながらも互いに最後の礼を交わすと、アリシアたちは用意された馬車へと乗り込んだ。
御者が手綱を引くと、パカパカと軽快な蹄の音とともに馬車がゆっくりと動き出す。
手を振るエレオノーラたちの姿が、次第に小さくなっていった──
やがて、馬車がガタゴトと心地よく揺れながら、険しい雪山を抜けていく。
窓の外の景色が、鋭い白銀から、次第に柔らかな緑と色とりどりの花々へと移り変わっていく。
空気の刺すような冷たさが消え、肌をなでる風が温かくなってくる。
「……帰ってきたのね、アステリアに」
アリシアが窓から身を乗り出すようにして呟いた。
アステリア王国の王宮の門が見えた瞬間、アリシアは絶句した。
門の前には、まるで戦場に向かうかのような重武装の近衛騎士団─ではなく、「おかえりアリシア!!」と書かれた巨大な横断幕を掲げた、アステリア国王と三人の兄たちが陣取っていたのだ。
「アリシアァァァ! 我が愛しの末娘よ! 無事か! 氷の国で凍えてはいないか!」
国王パパが王冠を放り出す勢いで駆け寄ってくる。
「アリシア、よく頑張ったね! さあ、ルミナリスの冷たい食事で痩せてしまっただろう? 特製のケーキを三段用意させてあるよ!」
そう言って、抱き抱えたのは騎士団長のライアンだった。
「ライアンずるいぞ!」
そう言って魔法でアリシアを奪ったのは魔術研究所所長のシオン。
「お前たち!いい加減にしなさい!」
と言いつつ、アリシアを抱きしめている王太子のエドワード。
馬車が止まるやいなや、こんな感じでアリシアは愛の包囲網に飲み込まれた。
「……ああ、もう! お兄様方、いい加減にして下さい! 私、報告したいことがたくさんありますのよー!!」
アリシアの声が、アステリアの青空に響き渡った─
【 おまけ 】
──見送り直前、ルミナリス王宮の別室。
そこでは、国王夫妻からの凄絶なお説教が繰り広げられていた…!
「まったく! お前は……子供じみた事件を起こして国家間の問題に発展させかけるとは何事だ、この馬鹿者め!」
──バシッ!!
ヴィクトールが机を平手で激しく叩きつけた。あまりの衝撃に、書類の束がパラパラと床へ散らばる。
「ひっ……! ご、ごめ、申し訳ありません、兄上ッ……!」
間髪入れずに、隣のエレオノーラが扇をパチンと音を立てて閉じた。
「身に沁みましたわよね、エリック? 他国のお客様にまで多大なご迷惑をおかけして……次にこんな愚かな真似をしたら、治癒魔法でも治らない目に遭わせますわよ?」
「は、はひぃっ……! あ、義姉上、二度といたしません!!」
完璧な兄と義姉に挟まれ、生まれたての小鹿のように小さく震えるエリック王子であった──。
第五話【完】
いかがでしたか?
次回は、週末9/12(土)に公開予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




