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高比奈吾郎の神隠し  作者: らる鳥
三章 いつもと違う、神隠し
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 人は孤独な生き物だ。

 人は誰かに理解されないし、誰かを理解しもしない。

 何故なら誰かを理解するには、その誰かの身になって、その誰かの人生を歩むくらいの事をせねば、真なる理解には到達しないから。

 そして人は、自分以外の誰かの人生を体験し、背負える程に強い生き物では決してない。

 それ故に理解の道に果てはなく、理解をしようとする心は尊いのだ。

 しかし仮に、真に誰かを理解しうる存在がいるならば、……それはきっと神か悪魔、或いは化け物と呼ばれる存在だろう。


 夏休みが終わって、僕は普段の生活に戻っていた。

 まぁそれは、武装を必要とする特別なお勤めが終わったってだけの事で、僕の普段の生活の中にはもう神隠し自体は不可分だ。


 恵理はあれから、数度の神隠しに巻き込んでる。

 驚いた事に特別なお勤めだけじゃなくて、些細な、僕を労う類の神隠しにも。

 神隠しの最中に誰かを頼れるって経験は、僕にとっても貴重だった。

 彼女は卒業後は、何かの組織に入って実戦に出るらしいから、流石にそうなればもう恵理を神隠しに引っ張り出す訳にはいかないだろう。

 だから今年の冬、彼女にとって最後の冬休みには、また神隠しに付き合ってくれると、僕としてはとても嬉しい。

 もちろん、無理にとは言わないけれども。


「ねぇねぇ、知ってる?」

 昼休み、僕が自分の席でパンを頬張っていると、三つ離れた席で三人の女生徒が噂話に興じてた。

 別に聞き耳を立ててる訳じゃないのだけれど、彼女達は何時も、声が大きい。


「駅裏のビルの、そう、パチンコ屋さんの隣のビルの五階にね、すっごく当たる占いがあるの」

 そんな風に得意気に話すのは、笹見・彩(ささみ・あや)

 クラスにも友人の多い、普通の子。

 ギャルと呼ぶほどに派手でもなく、かといって埋もれる程に地味でもない。

 周囲に対して程々に親切で、でも出しゃばらないから、誰とでも親しく付き合える。


 部活は、帰宅部なのか文化部なのかは知らないけれど、少なくとも運動部ってタイプではなかった。

 彼女の特徴を敢えて一つあげるなら、僕が知るのは噂話が好きって事くらいだろうか。

 何せ僕に関する噂話も、彩が楽しそうに吹聴してたし。


 尤も僕は、別に彼女に対して怒っちゃいない。

 噂の最初の出所は別の誰かで、彩は聞いた噂を広めただけだ。

 彼女は僕に対して自分から憶測を流そうとするほど、度胸のある人間ではなかった。

 むしろ彩の噂好きは、周囲に溶け込む為に気遣いが過ぎて、そのストレスを発散する為の物であるように見える。

 僕に対しての噂を吹聴してたのも、聞いた話だから、他の人も話してるから、自分が話題にしても大丈夫だと、そんな風に考えての事だろう。


「そんな所に占いがあるなんて知らなかったんだけど、行ってみたら私が何も言わなくても、悩んでる事を全部当てられて、どうすれば良いかも教えてくれたの!」

 だからふと、僕は彩の話に違和感を覚えた。

 駅裏の、一階にパチンコ屋の隣のビルって、幾つもの消費者金融が入ってる所だ。

 いや、そうでなかったとしても、彩のような女生徒が近付くには、あの辺りは少しばかりガラが良くない場所である。

 最初から目的があってなら兎も角として、知らなかったのにそんな場所に行くだろうか?


 僕の背筋がぞわりと泡立つ。

 嫌な予感がした。

 神隠しの時、厄介な敵に出くわす感じによく似た、危機感が働く。


「私の全部を理解してくれて、私の道を示してくれたの。ねぇ、皆も行ってみない?」

 盗み聞きをしてる風でばつが悪く、そっぽを向いてパンを食べていた僕だけれど、あまりの怖気に思わず彩達が話す方を、振り向いた。


 すると、彼女と目が合う。

 彩は友達と話しながら、僕をジッと見ていた。

 虚ろな目で、感情を感じさせない伽藍洞の瞳で、口調だけは熱く語りながら、僕を……。


 気が、遠くなる。

 気持ちが、悪い。



 ……でも、ふと気付けば、そこは教室じゃなくて、僕は椅子に座ってなくて、尻の下に何もないから、そのまま後ろにひっくり返った。

 物凄い、痛い。

 でも痛みよりも、自分の間抜けさに、思わずちょっと涙が滲む。

 一体何なんだよ、もう。


 転びながらも、手の中のパンを地に落としてしまう事だけはなんとか避けた僕は、立ち上がって辺りを見回す。

 そこは見覚えのある風景だった。


 辺りにはどこまでも野原が広がっていて、目の前には瓦屋根の古いお屋敷。

 昼休みだった筈なのに、空は夕日の朱に染まってる。

「かみ、かくし?」

 一体、何故あのタイミングで?

 しかもここは、時折だが神隠しで訪れていて、その度に僕に食事を御馳走してくれる鬼女、吉祥婆ちゃんの住まう屋敷だ。


 理解はできない。

 だけどこの場所に来た以上、僕は吉祥婆ちゃんに会うべきなのだろう。


「吉祥婆ちゃん、入るよー」

 ひと声かけてから、僕は勝手口を潜って屋敷へと入る。

 こんなに奇妙で腑に落ちない神隠しは、初めてだった。




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