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高比奈吾郎の神隠し  作者: らる鳥
二章 彼の夏休み
18/25

18


 古来より、冬将軍にはいかなる名将も勝てなかったとされる。

 寒さは兵を弱らせ、時に殺す。

 降り積もる雪は歩行を阻害し、酷くなれば道を閉ざしてしまう。

 そうなると糧食を運ぶ事はもちろん、野営で寒さを凌ぐ場所にも事欠く。


 つまり人間は厳しい自然環境には勝てないという話なのだけれども、魔法はそれにすら打ち勝つらしい。

 恵理の魔法は寒さを凌ぐだけでなく、重さを殆ど打ち消して、足が雪に沈まないようにすらしてくれた。

 但し恵理の実力では広範囲に魔法を掛けるのは無理らしく、僕が彼女を抱える事で二人分の重さを纏めて消してる。


 いやでも、それにしても実に便利だ。

 今回の神隠しは恵理の存在が前提になり過ぎてるというか、彼女が居なければ最初の場所から動く事すらできなかっただろう。

 しかしそれは、同時にこの現象を引き起こしてる何かが、それ程に強大な力を持っているとの証左でもあった。

 恵理は初陣なのに本当に容赦がないというか、それだけ神隠しを起こす守り神に余裕がないって事かもしれない。


 ザクザクと、雪に薄い足跡を残しながら、僕は吹雪の発生源へとひたすら歩く。

 その道中、僕は想定される対象、この現象を引き起こす何かと遭遇した際の対処を、恵理に説明する。

 まぁ吹雪を起こせる様な相手と話し合う余地なんてないというか、そんな事を試みようとすると間違いなく死ぬだろうから、討伐するしかないのだけれども、大切なのはその方法だ。


「初手から火力にリソースを注いでブッパだよ。今回はそれが求められる戦いだからね」

 今回のようなケースでは、使える手札を出し惜しみ、結局はリソースの逐次投入となるのが一番拙い。

 逆に前回のようなパターンだと、持てる手札を惜しみながら、少しずつ効果的なタイミングで使っていく必要があったのだけれど、その辺りは勝利条件、敗北条件、置かれた状況で判断する。

 多分爺ちゃんが、恵理が実戦に出る前に教えたかったのは、その辺りの判断だろう。


 でも今回は初手に火力を注ぐといっても、撤退を可能にする切り札だけは別枠だった。

 切り札は隠し持つ。

 それは万一の際に頼るべき保険であり、戦闘に使うリソースとは別に管理しなきゃならない。

 僕はそういう風に爺ちゃんに教えられている。


 恵理が将来出るという実戦は分からないけれど、神隠しは生きてさえいれば失敗は許されるのだ。

 その結果、何が起きるのかは知る由もないけれど、恐らく守り神が神隠しで派遣してるのは、僕一人じゃない筈。

 日本に、地球には他にいなくても、異なる世界にだって干渉しているのだから、僕一人に全てが任されている訳がない。

 だからこそ高比奈家の守り神は、その都度の神隠しで僕の都合を考慮してくれるのだろうし。

 失敗に対するケア、フォローも、あると考えた方が自然だった。


 そりゃあ失敗なんてしない方がいいし、失敗には悔いが残るけれども、死ねば悔いる事さえできない。

 ……そう考えると前回の僕は、目的は達成したけれど、色々と駄目だったなぁと本当に思う。

 無事に生き残ってこそ、多くの神隠しを解決できるのだから。



 さて今回の目標であろうソイツを、本当にそうなのであろうかはさておき、取り敢えず雪入道と呼称する。

 一本足に一つ目、人のようであり獣のようでもある巨体の化け物なんて、僕は他に呼び方を知らない。

 もしかしたら霜の巨人とかだったりするのかもしれないけれど、間違っていたところで特に問題はないだろう。


 ソイツは、遠目だから正確な所は分からないけれど、体長は四メートル程で、体重の察しは付かない。

 巨体を支える一本の足は太く、一つ目は空を見上げて、両手を天に翳してる。

 吹き荒れる氷雪の原因とみて、十中八九は間違いはなかった。


 その姿はどこか愛嬌を感じさせる物だけれども、見上げるような巨体と、それに見合った太い手足、更に氷雪を操るとなれば、尋常ならざる化け物だ。

 まともに斬り合って、僕が勝てる要素は皆無だろう。

 妖の強さは見た目に比例しないけれども、この状況で相手が弱い事を期待するのは、些か以上に無理があった。

 しかしどんなに大きく恐ろしい姿をしていても、それは僕らが倒すべき相手で、神隠しで向き合う以上、倒す手段も僕らは必ず持っている。


「風よ!」

 恵理が婆ちゃんの作った札を構え、気合を、……恐らく魔力的な物を込めて発動させた。

 彼女は札に頼らずとも自分で魔法を使えるけれど、だからこそ札の力を僕よりも巧みに、強く引き出せる。

 そして同時に、

「炎よ!」

 僕もまた一枚の札を発動させた。


 渦巻く風が、大火を飲み込み炎の竜巻と化して、雪入道を包み込む。

 けれども当たり前の話だが、雪入道だってあっさりそのまま倒れてはくれない。

 天に翳していた両手を横に広げ、吹雪を起こして炎の嵐を押し返そうとする。


 状況は拮抗、いや、こちらが少し押しているが、魔法の効果は永遠じゃない。

 耐え切られてしまえば打つ手はなくなり、僕らはただ蹂躙されるだろう。

 だが既に魔法のコントロールは恵理のみが担当しており、……僕はフリーの状態だ。


 大きく息を吸い、そして止め、僕は全力で走り出す。

 腕で顔を庇って、渦巻く炎の嵐に飛び込んで、ついで凍り付くような吹雪に身が晒される。

 一瞬の熱は鎧兜が遮って、それ等が燃え上がる事は吹雪の冷気が防いでくれた。

 急に間近に表れた僕に、雪入道の一つ目が大きく見開く。


 そして僕は、その大きく開いた目に向かって、拳銃の引き金を引き絞る。

 パァンという発砲音と、悲鳴。

 だけど僕にはそれに耳を傾ける余裕はなく、大急ぎで足元の、雪の中に身を伏せた。

 拮抗していた炎の嵐と吹雪は、雪入道が痛みに集中力を失った事でバランスが崩れ、炎が全てを飲み込んだ。


 巨体の雪入道にとって、拳銃の弾丸は針の一刺しに過ぎなかっただろう。

 でも張り詰めたバランスを崩すには、その針の一刺しで充分だったから。

 渦巻く炎は雪入道を飲み込んで、……跡形もなく消し去った。

 あぁ、いや、雪入道がいた後には、真っ白にも透明にも見える、不思議な水晶のような物が落ちている。

 戦利品、で良いのだろうか。


 まぁいずれにせよ、つまりは僕らの勝利だ。


 戦いの前、恵理は、天候操作なんて真似をできる強敵が、そんなに簡単に倒せるのかって、僕に問うた。

 しかしその考え方は真逆である。

 途轍もない強敵だからこそ、簡単に見えるように倒さなければ、後がない。

 仮に少しでも手間取れば、その時は逆にあっさりと僕らが負けるのだ。

 どんな手を使ってでも先に攻撃を当て、そのまま殺し切るしか、強敵を倒す手段は人間にはない。


 人間は、魔法も含む武器や道具を使う事で、攻撃力は妖や魔物にだって並べるが、防御力や生命力に関しては、どう頑張っても彼らには及ばない生き物なのだから。

 恵理がこの先、どんな相手と戦うのかは知らないけれど、……それだけは覚えておいて欲しいと、僕は思う。


 ただ恵理は、まさか僕が炎の中に飛び込むとは思ってなかったみたいで、後で凄く怒られた。

 だって炎と雪がぶつかり合う外からじゃ、発生した風でとてもじゃないけれど弾丸なんて当たらなかったし、どうしても接近する必要があったのだ。

 勝利を掴む為には躊躇わずに危険に飛び込む必要がある時もある。

 当然、勝算があっての話だが。

 ……だけど恵理には、そんな危険には飛び込んで欲しくないなぁとも思うから、僕はやはり身勝手だ。



2章お終い

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― 新着の感想 ―
[一言] だんだん常人離れしてきた。神隠し、かなりハードですね。
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