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日曜日の特別なお勤めの後、僕は風邪を引いて高熱を出して寝込んだ。
雨に濡れながら体力の限界まで戦うのは、割と体の頑丈さには自信のあった僕でも無茶だったらしい。
「ゴロー、具合はどうだい?」
風邪をひいてから二日目、寝てる枕元に来た婆ちゃんが僕に問う。
正直な所、普段は風邪をひく事なんて滅多にないから、物凄くしんどい。
だけど僕は思い切り気合を入れて体を起こし、
「大丈夫。うつるから、婆ちゃんあんまり近くに来ないで」
覗き込もうとする婆ちゃんを遠ざける。
その言葉に、婆ちゃんはちょっと悲しそうな顔をするが、それでも僕の要求に従って二歩下がった。
いやまぁそれでも十分に近いんだけれども。
ただ僕もそれ以上は言う気力がないから、再び身体を倒して目を閉じる。
ずっと寝てるからこれ以上眠れる気はしないけれど、そうしていた方が少しでも身体は楽だから。
因みに異世界では聖女と呼ばれた婆ちゃんだけれど、魔法で風邪は治せなかった。
治癒の魔法は怪我のみならず、一部の病気にも効果はあるそうだけれど、風邪はその対象外なんだとか。
でも虫歯は欠損扱いにはなるけれど、高位の治癒魔法で治せるそうだ。
……僕にはその辺りの違いが何なのか、いまいち良く分からない。
「何か食べたい物はあるかい?」
再び問いかけて来る婆ちゃんに、僕は少し考える。
体力さえ戻れば多少の不調は抑え込めるから、食べれるなら食べるべきだ。
しかし消化に体力を使う事で余計に弱るなら本末転倒だから、……今の調子なら食べるにしても少量の、消化しやすいお粥位か。
だけど正直、単なるお粥だけだと味気ないなぁとも思う。
僕は自覚はあるけれど、割合に食いしん坊な方だから。
「あー、ちょっとだけ、卵粥が食べたい。とろとろの奴……」
僕がそう言えば、婆ちゃんの表情はパッと明るくなって、頷きながら去って行く。
婆ちゃんは世話焼きで、優しい人だ。
少しでも早く僕に卵粥を届けようと、さっそく調理に向かったのだろう。
本当はゆっくりの方が有難いのだけれど、婆ちゃんが嬉しそうだったから、まぁ良い。
僕は婆ちゃんが粥を持って来る前に、消化の為の体力を得ようと目を閉じて、……その気配に気付く。
部屋の前に佇む気配は、多分恵理の物だ。
爺ちゃんや婆ちゃんの静かな気配と違って、恵理の気配は……、熱量が多いとでも言えば良いのだろうか?
はっきりとしていて違いが分かり易い。
ゲホゴホとひとしきり咳き込んでから、大きく溜息を吐く。
婆ちゃんが居る間は我慢してたから、一度咳をすると連続して止まらない。
ちょっと咳をしただけで、体力を使った事がハッキリとわかる。
体調はやっぱり随分と悪い。
だけど恵理が何か僕に用事があると言うのなら、聞いてあげなきゃならないだろう。
こんな言い方は彼女は嫌がるだろうけれど、恵理は高比奈の家の女子で、僕は高比奈の家の当主だった。
家のしきたりでそうなっただけで、未だ自覚が薄いとは言え、それでも何らかのこう、責任って物がある筈だから。
それに今は仲が良いとは決して言えない間柄だが、それでも小さな頃は良く二人で遊びもしたのだ。
僕は彼女を恵理姉ちゃんと呼んで、まだ小さかったから爺ちゃんに連れられて二人で川遊びをしたり、恵理の婆ちゃん譲りの金髪碧眼の容姿を揶揄った近所のガキ大将と僕が喧嘩したり。
色々と思い出がある。
だからもしも彼女に何かがあるなら、放って置こうと言う気にはならなかった。
息を二、三度吸い、準備を整え、
「何? 用事があるなら、風邪がうつるから入ってとは言えないから、そこで言って」
何とか咳き込まずに、一度に言葉を吐き出す。
声を掛けられたのが予想外だったのか、障子の向こうの恵理がびくりと体を震わせる。
どうやら僕に気付かれてるとは、考えてもなかったらしい。
高校卒業後は実戦に出るらしいけれども、そんな事で大丈夫なのだろうか。
ちょっと心配になってしまう。
「あ、あのっ。……大丈夫?」
そしてまごついた後に発せられたのは、僕の身を案じる問い掛け。
もしかして恵理は僕を心配してたのか?
少し驚いたけれども、僕はもう一度呼吸を整え、
「怪我は治ってるし、単なる風邪だから、心配ないよ」
相手を安堵させるための言葉を吐く。
正直を言えばしんどいのだけれど、そんな風に言って恵理の心配を増やした所で意味はない。
また死ぬ心配はないのだから、大きな視点で見れば大丈夫の部類に入るから、決して嘘でもない筈だ。
「……そう、だったら聞かせて欲しいの。昨日、あの場所から居なくなって帰って来るまでの間に、どんな事があったのかを」
するとその返答を聞いた恵理は安堵の息を一つ吐き、そんな事を言い出した。
何だか本当に珍しい。
恵理はあまり、神隠しの話は好きじゃなかったと思うのだけれど。
本当は声を出すのもあまり楽じゃないのだけれど、恵理が僕の話を聞きたがるなんて珍しいし、一度心配ないと言った手前、今更やっぱりしんどいなんて言えないだろう。
だから僕は枕を掴んで、ゴソゴソと布団を這い出して障子に近付く。
距離が近い方が、少しでも声を届かせるのが楽だから。
後で婆ちゃんが卵粥を持って来てくれた時、ちょっと驚かれてしまうかも知れないけれど、まぁ仕方ない。
「んっ、じゃあ最初からだけど。……今回の神隠しで行ったのは、大きな湖の前だったよ」
障子の前の畳の上で寝転がり、僕は声を抑えて語り出す。
爺ちゃんへの報告を除けば、誰かにこんな風に神隠しの話をするのは本当に久しぶりで、僕はそれが少し嬉しかった。




