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学生には春、夏、冬と、三度の長期の休みがある。
そして今は夏の季節で、夏休みは一年の中で最も長い休暇だ。
けれども残念ながら、僕にはその夏休みの間をゴロゴロと家で食っちゃ寝しながら過ごす事は許されてはいない。
何時神隠しに遭うのかわからないと言うのも勿論だけれど、それ以外にも学校が長期の休みの時は高比奈の家、田舎の爺ちゃんの家に行かなきゃならなかった。
いや、別にそれが嫌と言う訳ではないのだ。
爺ちゃんも婆ちゃんも色々と良くしてくれるし、食事だって実家で食べる物よりもずっと豪勢である。
まぁ爺ちゃんには訓練でしごかれもするけれど、運動部のクラスメイトは毎日練習があって、時には合宿もあるそうだから、多分そんなに違いはないだろう。
但し田舎の爺ちゃんの家に居る時は、高比奈の当主が行うべき特別なお勤めを、僕がやらなきゃいけない決まりだった。
その特別なお勤めをしなきゃいけないと思うと、少しばかり気は重い。
爺ちゃんの家までは先ず新幹線に乗って、その後も在来線を何回も乗り換えなきゃ着かない、割と行き来が面倒な田舎である。
数年前までは父が車で送り迎えしてくれていたけれど、僕が15歳になってからは旅費を貰って新幹線や電車を使う様になった。
勿論、車で送り迎えして貰った方がずっと眠れて楽なのだけれど、どうせ盆と正月には父や母も爺ちゃんの家には顔を出す。
だったら二度も父を車で往復させるのは、僕も流石に申し訳ないと思う。
長い休暇がある僕とは違って、父には仕事もあるのだ。
また確かに何度も乗り換える新幹線や電車の旅は気疲れするけれど、同時に少しわくわく感、解放感もあるし、駅弁を買って食べる等の楽しみだってあった。
駅弁の値段は多少……、いや、大分割高感があるけれど、頑張って長距離を移動してるのだと思えば、少しは自分を甘やかして贅沢しても許される気がする。
それに少しばかり散財したところで爺ちゃんか婆ちゃんが、あるいは両方それぞれが結構な小遣いをくれたりするし。
だから今年の夏ものんびりと、駅弁を二つ食べてジュースを飲んで、それからちょっと昼寝もして、朝には出発したのに午後三時ごろになって漸く、僕は爺ちゃんの家の最寄り駅に辿り着く。
無人の改札を出て駅前の小さな広場をぐるりと見回せば、
「あっ、坂根さん。吾郎です。お久しぶりです」
僕は迎えの車を発見する。
最寄り駅とは言えども、そこからまともに歩けば爺ちゃんの家まで一時間は軽く掛かるので、誰かに迎えに来て貰う必要はどうしてもあった。
「おー、若様。春ぶりだね! また少し精悍になられて、高比奈の旦那様もお喜びになられるよ。さっ、乗ってくだせぇな」
僕を若様なんて風に呼ぶその中年男性は、坂根・藤九さんだ。
何でも坂根の家は昔から高比奈の家を支えてくれていた家系らしく、そんな価値観が時代錯誤の物となった現代でも、藤九さんは爺ちゃんや婆ちゃんを助けてくれている。
助手席に乗り込めば、車の中はひんやりと冷房が利いていて心地良い。
そして僕がシートベルトを締めるのを待ってから、車はゆっくり動き出す。
「いつも迎えに来て貰ってすいません。ありがとうございます」
そう言い僕が頭を下げると、藤九さんはそれを横目に見て嬉しそうに笑う。
僕が新幹線や電車を乗り継いで爺ちゃんの家に来る様になってから、藤九さんは毎回駅まで迎えに来てくれていた。
この辺りは僕の感覚だと大分田舎で、生活には車が必須に思える。
僕も学校卒業後には、こちらで生活をする事になるだろうから、車の免許は取らなきゃいけない。
正直あまりピンとは来ないけれど、今住んでる場所を離れるのは、あまり嬉しくないなと思う。
勿論、爺ちゃんの家やその周辺環境が嫌いな訳ではないけれど、そこで生活する自分はどうしても想像し難かった。
……尤も、七白学院は大学まであるから、僕がこちらに住むのはその卒業後で、まだまだ先の話だけれども。
「お気になさらんで下さいな。この出迎えのお役目はね、成長した若様やお嬢さんを最初に見られるんです。それが何より嬉しいんで」
そんな風に、まるで気の良い親戚のおじさんみたいな事を言う藤九さん。
まぁ実際、僕にとって藤九さんは親戚のおじさんみたいなポジションである。
だけどそれはさて置き、先程の藤九さんの言葉には、聞き逃せない一言が混じってた。
「お嬢さんって、恵理はもう来てるんですか?」
そう、藤九さんがお嬢さんと呼ぶのは、僕より一つ年上の従妹の、恵理に対してだ。
だとしたら真面目だなぁと感心するし、面倒臭いなぁとも少し思う。
恵理が爺ちゃんの家にやって来るのは、僕の様に何らかのお勤め、義務がある訳じゃなくて、婆ちゃんから魔法を習う為の自主的な物である。
だから特に急かされる事もない筈なのに、もう爺ちゃんの家に着いてると言うのは、真面目だなぁと感心するより他にない。
また面倒だと思う理由は、昔はそうでもなかったのだけれど、ここ数年、僕が十五歳を迎えて元服、一人前になったとされて以降は、何かと突っかかって来る様になったから。
何が気に食わないのかは知らないけれど、顔を合わせるたびに噛み付いて来るのだ。
そんな所を見られれば爺ちゃんや婆ちゃんにこっぴどく叱られるだけで、実際に何度も叱られてるのに、恵理の態度が変わる様子はなかった。
だったらせめて爺ちゃんや婆ちゃんに見つからない様にしてくれれば良いのに、隠す風もなく堂々と僕を睨み付ける。
いや別に嫌われるのは構わないのだけれども、他人が叱られてる所を見せられるのは、あまり気分が良い物じゃない。
多分遅めの反抗期って奴なんだろうなぁと、薄っすらぼんやり勝手に思ってる。
恵理は神隠しにこそ遭わないが、婆ちゃんの才を受け継いで魔法を操れる時点で、もう一般人とは程遠い存在だ。
そうなると恵理も、完全に一般人である両親に対しては、遠慮なく反抗する事が難しい。
故にその反抗の対象は、爺ちゃんや婆ちゃん、或いは僕となるのだろう。
でも爺ちゃんや婆ちゃんには見捨てられたくないって気持ちも強いだろうから、最終的な矛先は、自分よりも年下であるにも関わらず、高比奈の家の中では実質的に当主として扱われてる僕に向く。
……とまぁ、そんな所じゃないだろうか。
なのでちょっと面倒臭くも感じるけれど、仕方がないとも思えるし、僕も恵理の事はそんなに嫌いじゃない。
2章スタートで




