34、アドリブの嵐
月一分です!遅れちゃってすいません。
アパートでのセットの撮影も、今日で終わりだ。正直私はホッとしている。これで長かった虐待シーンの撮影が終わる!そして今日はこのセットでの撮影の後、遊園地での撮影もあるのだ。
可愛い風呂敷に包んだクッキーを両手に持ちながら、セットの休憩所に向かった。
「おはようございまーす!今日差し入れ持ってきました!」
このクッキーは、私が我儘言って、予定のなかった昨日大量に作りまくった。お母さんはお菓子作りが趣味なので美味しくできたし、すごい協力的になってくれた。
「おぉ、にしても大きいねぇ。」
「お、色んな種類があるぞ。」
スタッフさん達がずらずらと集まってきた。
「どうぞどうぞ、お好きに。」
そういうとスタッフさん達はさっさとタッパーの蓋を開け、一つづつ手に取っていった。
「みんな何してるの?」
「クッキー食べてます。」
「おお、これ誰が持ってきたの?」
「私です!」
「うわ、頑張ったねぇ。じゃあ私も一ついただきます。」
莉緒さんがこれまたチョコ味のクッキーを口に入れた。なぜここに莉緒さんがいるかというと、今日のシーンは、実母の電話で実母の元へ帰ってしまった美穂を連れ戻す、という、結構ドラマの後半にあたるシーンの撮影をするからだ。こういう風にシーンが行ったり来たりするとやりづらい。台詞を理解しにくいし、なにより感情とか他のキャラクターに対しての感情の変化についていけなくなったりする。まぁ、監督いわく、なるねく順番通り撮影を進めてるらしいけど。
と、いうことで今日演じる美穂の予習だ。私が昨日まで撮影してたのは回想シーンが多く、ストーリーもあまり進んでないので、まだ、ほとんど朋美に心を開いてなかった。でも、今日の美穂は、だんだん実母のことを忘れるように、朋美に対して母親、という感情を抱き始めている。そして時々昔を思い出してなく、等、一番不安定な時期だ。その時にかかってきた母親の電話に、思わず帰ってしまい、美穂の置手紙に気づいた朋美が迎えにくる、そして美穂が最後に朋美をえらび、母親を切り捨てるという残酷な展開だ。
嬉しいことに、今日は母親が優しいという設定なので、虐待シーンはNAI☆
それから台本を読み直し、演技について考えていると、いつの間にか撮影が始まろうとしていた。
「撮影始めまーす!スタンバーイ!」
監督の声で、一気に穏やかだった場の雰囲気が真剣になる。いつもこの瞬間鳥肌がたち、緊張と集中が高まる。
今から撮影するシーンは、美穂が恐る恐る家に入り、見違えるほど優しい母親に戸惑いながら過ごす、という感じのながれだ。美穂が来た昼から夜までのシーンが少しづつ撮られる。実際は全部今(朝)に撮影するのだが、フィルターや編集技術で変えれるらしい。だったら毎回技術を駆使して台本通りに進めろよ!と突っ込みたいところだが、それが出来るなら最初からしてるんだろう。金でもかかるのかもしれない。
「では撮影を始めますー!」
「3、2…」
1、という手の動きと共に演技が始まった。直ぐにスイッチも入った。
「ママ…?」
前半は美穂の気持ちが溢れてこなかったので殆どスイッチは機能しなかった。でも、自信のあるシーンだったので、かなり良くやり過ごせた。なんでいつもよりスイッチが出てこないのかと思いつつ演技を続けていくと、いよいよクライマックスの、朋美が迎えに来るシーンに突入した。
「美穂ちゃん!!」
莉緒さんの、まるでさっき走っていたかのような息切れと、心配の色を帯びた目を見た瞬間、スイッチが入った。よし、昨日までずっとこのシーンのイメージ作り続けたんだから大丈夫だ。いける。そう思い、スイッチを解放した。美穂の気持ちが溢れてくる感じがした。
「おばさん!?」
「おばさん…?」
因みにこのシーンは、朋美の存在を知らない瑠璃子が、いきなりの登場に戸惑ってるっていうシーン。
「美穂ちゃん、何やってるの?」
莉緒さんが私を守るように私の前に立った。おかしいな。台本では玄関で台詞を始めるはずなのに…。動揺のせいか、スイッチがオフになった。
「一体どういうつもりですか?」
ああ、アドリブか…。そういえば莉緒さんって、本番いきなりアドリブタイプの人だったな。と思っていると、グイっと手を引っ張られた。
「あなたこそどういうつもりですか?おばさんって…。」
実さんに手を引っ張られて足元まで引き寄せられたと気づいた時には、もうアドリブの嵐が始まっていた。おお、ヤバい…!!よし、じゃあ私もアドリブで対抗しよう!ということで、スイッチ入れえぇぇぇ!!!!(根性で入れていくスタイル)
美穂が座りだして泣き出した。台本とはかけ離れた展開に、一瞬驚いた素振りを見せたものの、莉緒さんも実さんも演技をリスタートした。
「美穂ちゃん?」
「マ、ママ…。助けて」
そう言って莉緒さんを見上げた。台本では帰り道に初めてママ、って呼ぶ設定だけど、ちょっと時間がズレても大丈夫なはず!
「美穂ちゃん…。」
莉緒さんがそう言い美穂を抱くようにして泣いた。実さんは、その光景をじっと見て、その後台所で水を注ぎ、ボロっと泣き崩れながら水を飲んだ。
「失礼します。」
最終的に莉緒さんが涙を溜めた赤い目で実さんを見つめ、アパートを出るっていうシーンを終え、私を抱きかかえたまま家を出た。その後、実さんがすわりこんで泣き出す、という演技を始めた声が聞こえた。
「はい、カットです。」
その声とともに、集中が切れて、スイッチも切れた。シーンが長かったせいか、スイッチを酷使したせいか、眩暈がして、その場に座り込んだ。すると、
「凜々ちゃん、良かったよ。」
と、莉緒さんに声を掛けられた。
「ありがとうございます!」
まだちょっと眩暈がしたので営業用スマイルでやり過ごす。
「もう、凜々ちゃんはアドリブ女王ねっ。私迷っちゃった。うふ。それも演技の中に入るからいいけどね。」
実さんも笑顔で話しかけてくれた。
この実さんとの撮影も、さっきので最後だったのか。
「実さん、もう、撮影終わっちゃうんですね。本当にありがとうございました…。」
全く言葉のキャッチボールができてなかったが、私の中で寂しさが弾けたのか、疲れていたからか、そんな雰囲気じゃないのに、に泣き出してしまった。
「凜々ちゃん…私も楽しかったよ。」
実さんも少し目に涙を溜めつつ言ってくれた。
「実さん、凜々ちゃん、その涙も演技だったりする?」
しゅんっとなった会場は、莉緒さんのフォローで笑いに包まれた。
「やめてくださいよ~、私そんな腹黒くないですから!」
こうしてわちゃわちゃ話していると、ちょっとした挨拶のようなものが行われ、その後解散になった。まあ私と莉緒さんは昼休憩を挟んでから遊園地で撮影なんだけどね。よし、テンション上げよう。という事で、気合のもつ鍋(福岡のご当地料理なので食べるだけでテンション上がる。)を昼ご飯として食べてロケ地に向かった。
タイトル、結構まよって、結局は、いつもと変わらぬ、ネーミングセンスのなさ…。
学生の皆さんは春休み真っただ中で小説読み放題ですね!そして遊び放題ですね!
私友達少ないから遊ばなかったけど。