第30話 王にされる前に、請求先を変えろ
「王にするための会議、ですか」
俺が呟くと、バルバレアは竪琴飾りを揺らして微笑んだ。
「ええ。たいへん上品な言い方をしますと、冠をかぶせる会議ですね。もっと正直に言うなら、責任を頭に載せる会議です」
「責任の王冠か」
リリが嫌そうに眉を寄せた。
「兄さんに似合わない」
「似合う似合わないではなく、かぶせた者が勝つのです」
第零頁候補は、俺を閉じ込めるだけでは足りないと判断した。
旧マイト家当主。
空白器。
三柱契約済み。
第零頁候補に触れた接触者。
そして、黒冠商会という子供たちの後見組織を持つ者。
その全てを一つに束ねて、俺を「管理責任者」にする。
王とは名ばかりだ。
実態は、鎖を豪華に塗ったもの。
「王冠をかぶせて、玉座ごと檻に入れる気ですね」
ラファネスが静かに言った。
「では、対策は?」
「王にされる前に、相手の王座が盗品だと証明します」
俺は黒い瓶の破片、保管院台帳、カイの返却証明を並べた。
封約議場で問うべきは、俺の管理責任ではない。
第零頁候補を保管していた者の責任。
才能保管院で子供を瓶にした者の責任。
偽造同意書を使った者の責任。
王冠をこちらへ押しつける前に、まずその王冠が血で汚れていると認めさせる。
「兄さん、勝てる?」
「勝てると言うほど軽い相手ではありません」
リリの指が袖を掴む。
「じゃあ?」
「勝ち方を限定します」
俺は三柱の悪魔を見た。
バルナはまだ得意げに腕を組んでいる。
バルミアは「存在の在庫……」と嬉しそうに呟いている。
バルバレアは、数億という言葉を噛みしめるように笑っていた。
まだ気づいていない。
実にありがたい。
◇
朝を待つ間、俺たちは十三号室へ戻った。
シグナは眠れない顔で椅子に座り、証言の順番を何度も確認していた。
「私は、何を話せばいいのでしょう」
「見たままを」
「それだけで?」
「ええ。あなたの価値は、正義感ではありません。記録管理官としての正確さです」
シグナは少しだけ苦笑した。
「褒められている気がしません」
「褒めています。あなたが感情で告発すれば、相手は混乱した職員として処理する。ですが、台帳番号、印章履歴、返却印、保全記録を順に述べれば、無視できない」
「私は、記録で殴ればいいのですね」
「はい」
妙な言い方になったが、本人は少し落ち着いたようだった。
リリは隣で、真剣な顔をして聞いている。
「私は?」
「勝手に前へ出ないこと」
「やだ」
即答だった。
「リリ」
「兄さんを妹から切り離すって話が出たら、黙ってられない」
「感情で動けば、無名墓所脱走個体として再収容の口実になります」
リリは唇を噛んだ。
「じゃあ、いつ喋っていいの?」
「俺があなたを、マイト家の関係者として指名した時です」
「妹として?」
「今は、証言者として」
「……あとで妹に戻して」
「検討します」
「そこは即答してよ…」
少しだけ空気が緩んだ。
その緩みが、ありがたかった。
◇
封約議場へ向かう前に、俺は新しい三柱の権能を使った。
まず、バルミア。
「《不可視幕》」
保管院台帳、黒い瓶の破片、カイの記憶返却証明、シグナの保全記録。
それらが、俺の鞄の中で視覚、魔力探知、契約検査から外れていく。
バルミアは嬉しそうに両手を合わせた。
「今の分、未確認存在が自動計上されました……!」
「良い素材でしょう」
「はい、すごく透明です……!」
リリが小声で言う。
「透明な何かをもらって喜んでる…」
「需要と供給です」
次に、バルナ。
「《王権偽装》」
俺の胸元に、淡い金色の印章が浮かぶ。
王家封印資産臨時監査補助権。
封約議場へ呼び出された旧マイト家当主が、封印資産と危険遺産の扱いについて、資料閲覧と異議申立を行うための補助権限。
完全な嘘ではない。
制度の隙間に、俺が今作っただけだ。
バルナは鼻を高くした。
「また命令権が積み上がったわね!」
「ええ。黒冠商会本部第七塔、臨時巡回係への命令権です」
「巡回係! 夜間管理代表の配下ね!」
「その通りです」
ヴェルゴラが影で笑いを噛み殺している。
三つ目。
バルバレア。
「《真意聴取》」
審理通知へ触れると、耳元で竪琴の弦が鳴った。
聞こえたのは、封約議場の底に沈む意図。
――旧マイト家へ危険遺産を返還せよ。
――ただし監督下に置け。
――クライ・マイトを第零頁候補の管理王とせよ。
――管理王は、逃げられない。
――管理王の周囲を、先に切り離せ。
リリ。
黒冠商会。
シグナ。
カイ。
全てを、俺から切り離すつもりだ。
「なるほど」
「何が聞こえたの?」
リリが尋ねる。
「向こうは、俺を王にしたい」
「嫌な王様?」
「ええ。責任だけが重く、権限のない王です」
「それ、王じゃなくて生贄だよ」
「正解です」
リリの顔が歪む。
俺はその頭を軽く撫でた。
「だから、王様ごっこを始める前に、主催者へ請求書を出します」
◇
王立魔法学園の地下へ続く階段は、図書館の奥にあった。
本棚の裏。
歴代学園長の肖像画が並ぶ通路。
その最奥に、白い扉がある。
扉の前には、銀仮面の警備兵が二人。
魔力検査、契約検査、所持品検査。
全てが始まる前から、こちらを削るための仕組みだ。
「クライ・マイト。同行者を申告しろ」
「リリ。ラファネス。証人シグナ・フェルム」
「悪魔契約者の持ち込み物を検査する」
「どうぞ」
鞄を差し出す。
検査官の水晶が光る。
何も反応しない。
バルミアの不可視幕が、証拠品を透明な空白へ変えている。
バルミアが耳元で小さく喜んだ。
『未確認存在、追加で入りました……!』
本当に助かる悪魔だ。
別の検査官が、俺の胸元の印章を見て眉を寄せた。
「王家封印資産臨時監査補助権?」
「旧マイト家危険遺産の封印責任が議題に含まれています。資料閲覧と異議申立に必要な補助権限です」
「聞いていない」
「審理通知の第三項をご確認ください。王国家門記録院代理官、および財務局封印資産査定官が招集されています。権限照合を拒む場合、議場でその理由を記録していただきます」
検査官は黙った。
正しさではない。
面倒さで勝つ。
封約議場の扉が、ゆっくり開いた。
◇
中は円形の石室だった。
天井は高く、星のない夜空のように黒い。
中央に円卓。
その周囲に、椅子が八つ。
学園長アルベリク・ロズベルは、すでに座っていた。
百年前と変わらない顔で、俺を見て微笑む。
隣には副学園長セリア。
白い髪を整え、青い眼鏡の奥で、リリを一瞬だけ見た。
中央神殿枢機卿エルドラン・フェイス。
黄金の法衣をまとい、俺を人ではなく手続きの対象として見ている。
歴史封緘局の白紙卿。
顔のない白い仮面。
王国家門記録院代理官。
王国財務局封印資産査定官。
そして、空席が一つ。
その椅子の背には、秩序神セレディア代理と刻まれている。
シグナが息を呑んだ。
リリが袖を握る。
アルベリクが静かに口を開いた。
「来てくれて嬉しいよ、クライ」
「招待状ではなく召喚状でしたが」
「似たようなものだ」
「似ていません」
彼は楽しそうに笑った。
議場の中央に、黒い瓶の破片と同じ白い羊皮紙が浮かび上がる。
第零頁候補。
その写し。
白紙卿が淡々と告げる。
「これより極秘契約審理を開始する。議題は、旧マイト家危険遺産、第零頁候補接触者クライ・マイトの管理権限について」
俺は手を上げた。
「開始前に異議があります」
枢機卿が眉をひそめる。
「発言許可はまだ出ていない」
俺は胸元の印章を指で叩いた。
「王家封印資産臨時監査補助権に基づく、議題設定への異議です」
財務局査定官が目を細める。
「その権限はどこから」
「この審理通知の議題からです」
俺は微笑んだ。
「旧マイト家危険遺産の封印責任を問うなら、まず、その危険遺産を百年間、誰が保管し、誰が起動可能な状態で放置し、誰が子供の記憶瓶と同じ棚へ並べたのかを確認する必要があります」
空気が変わった。
俺は鞄を開く。
不可視幕を一部だけ解いた。
石卓の上に、才能保管院の原本台帳が現れる。
シグナの保全記録。
カイの返却証明。
偽造同意書の写し。
一枚ずつ、静かに並べる。
「被審理者として来たつもりはありません」
俺は円卓を見渡した。
「査察に来ました」
アルベリクの笑みが、深くなる。
まるで、それを待っていたかのように。
その時、空席の椅子に白い光が落ちた。
人の形をした影が、ゆっくりと座る。
顔は見えない。
だが、声だけは聞き覚えがあった。
『久しぶりですね、クライ・マイト』
転生の時に聞いた声。
秩序神セレディア。
その代理が、俺の名を呼んだ。
『では始めましょう。あなたを、人類代表王として登録する審理を』




