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第21話 妹を殺せと言われたので、殺す

「これで、二度目だね」


リリア・マイトは、喉元へ短剣を向けられたまま、

まるで昔の約束を確認するように静かに笑った。


その背後では、銀色の鍵穴が空間を裂き、

扉の向こうから巨大な何かが壁を叩いている。


一度。


二度。


打撃のたびに廊下の窓が震え、壁へ刻まれた

学園の保護術式が、青い火花を散らして軋んだ。


周囲には大勢の新入生と教師がいるはずなのに、

誰一人として鍵穴にも、リリアにも気づいていない。


彼らの目には、俺が誰もいない廊下へ短剣を向け、

一人で立ち尽くしているように見えているらしい。


「クライ様、御命令を」


後ろに立つラファネスだけは、リリアを認識していた。


金色の瞳が細くなり、白い手袋の指がわずかに動く。

命令さえ出せば、彼女の首を折るつもりなのだろう。


『殺すなら早くせよ。扉の向こうが出てくるぞ』


影の中から、ヴェルゴラが苛立った声を響かせた。


『ですが、この扉は完成したばかりですのよ。

 開いた瞬間に壊すなど、あまりに勿体ないですわ』


リゼフィアは危機感より、新しく生まれた道への興奮が

勝っているらしく、銀の鍵穴を見ながら頬を染めている。


「全員、少し黙ってください」


俺は短剣を下げず、リリアの銀色の目を見つめた。


百年前の記憶が、まだ頭の奥で燃えている。


炎に包まれた屋敷。泣き叫ぶ母親。血を流す父親。

幼い俺の腕の中で、胸を貫かれていた小さな妹。


俺は確かに、リリアへ銀の鍵を突き刺していた。


しかし、あれが殺意によるものだったのか、

彼女を救うためだったのかまでは思い出せない。


記憶は断片的で、前後が意図的に切り取られている。


「あなたは、百年前のリリア本人ですか?」


「そうだよ」


「十二歳の姿のまま?」


「兄さんも、十二歳になって帰ってきたでしょう?」


質問へ答えているようで、答えていない。


俺が短剣を一センチ近づけても、リリアは逃げず、

むしろ刃が喉へ触れやすいように顎を少し上げた。


死ぬことを恐れていないのではない。


死ぬことを、待っている。


「両親は、なぜ俺へあなたを殺せと命じた?」


「私が説明したら、兄さんは信じる?」


「内容によります」


「それなら、何を言っても同じだね」


正しい。


殺される側が、私は無実だと主張するのは当然であり、

彼女の言葉だけを判断材料にすることはできない。


「では、質問を変えます。あなたを殺さなかった場合、

あの鍵穴から何が出てくるんです?」


リリアの笑みが、初めて僅かに消えた。


「私たちの家族」


扉の向こうから、三度目の衝撃が響いた。


銀色の鍵穴の周囲へ亀裂が広がり、その隙間から

何十本もの白い指が、こちら側へ伸び始める。


指には爪がなく、関節も人間より一つ多い。


それぞれの手首には、古い黒冠の紋章が刻まれていた。


「随分と人数の多い家族ですね」


「百年前、マイト家にいた人たち全員だよ」


「生きていますか?」


「死んでる。でも、終わってはいない」


リリアは視線だけを鍵穴へ向け、平然と答えた。


百年前、旧マイト家が王国史から消された夜、

家族、使用人、兵士、領民の一部まで殺された。


しかし、マイト家が管理していた何らかの禁術によって、

彼らの魂は学園地下へ保存されたのだという。


保存という言葉を使ってはいるが、扉の隙間から伸びる

白い手を見る限り、正常な状態とは思えなかった。


「無名墓所」


俺が呟くと、リリアの目が僅かに揺れた。


歴史封緘局の記憶にあった、学園地下の施設。


旧マイト家の後継者へ《家門帰還誓約》を結ばせ、

七十二禁書の契約者を導こうとしていた場所。


「知ってるんだ」


「少しだけ。あそこには何がある?」


「マイト家が、神を殺すために作った軍隊」


リリアの声には、誇りも恐怖もなかった。


ただ、何度も同じ説明を繰り返してきた者のような、

疲れ切った響きだけが混じっていた。


「死者の軍隊?」


「死ぬ直前の肉体と記憶を複製し、魂を器へ固定した。

 兄さんが契約した無貌公と、少し似た術だよ」


ラファネスの笑みが、静かに消える。


「わたくしの権能を、人間が模倣したと?」


「違う。あなたの前の契約者が協力したの」


ラファネスが完全に黙った。


悪魔は契約者の死後、権能を禁書へ戻す。


百年前のマイト家には、第二十一座と契約した者がおり、

死者の肉体と記憶を複製する技術へ利用したのだろう。


「完成した軍隊なら、なぜ閉じ込めている?」


「失敗したから」


リリアが答えた瞬間、銀の鍵穴から伸びていた手が、

一本だけ彼女の肩を掴んだ。


白い指が制服へ食い込み、布の下から黒い煙が上がる。


リリアは眉一つ動かさなかったが、その顔から血の気が

急速に失われていくのが分かった。


「死者たちは命令を待ち続けた。でも、当主は帰らない。

 百年も待つうちに、何を守るのか忘れてしまった」


「今は?」


「マイト家の血を持つ者を、自分たちへ加えようとする」


扉の向こうにいるのは、俺を守る兵士ではない。


帰還した当主を殺し、同じ死者へ変えようとする軍隊だ。


「では、あなたは扉を閉じるための鍵?」


「私は鍵であり、扉であり、最初の兵士」


リリアは自分の肩を掴む白い手を見ながら、

他人の身体について語るように淡々と続けた。


百年前、軍隊の中核となるため選ばれたのが彼女だった。


マイト家当主の血を持ち、死者の魂を現世へ導ける器。

彼女が完全に死ねば、無名墓所へ続く道も一度閉じる。


だから、百年前の俺は妹を刺した。


軍隊の起動を止め、家族の魂を墓所へ封じるために。


「一度目は失敗した?」


「兄さんは、私の心臓を外した」


リリアは少しだけ困ったように笑った。


「最後まで殺せなかったから、私は扉とつながったまま、

 死ぬことも生きることもできなくなったの」


俺の手が、僅かに震えた。


百年前の俺が、妹を殺せなかった。


今の俺なら殺せるのか。


相手は危険な扉で、死者の軍隊を閉じ込める鍵であり、

両親も、本人さえも、俺へ殺すことを求めている。


合理的に考えれば、迷う必要はない。


短剣を一度動かし、心臓か首を正確に貫けばいい。


それで扉は閉じ、学園と周囲の生徒も守られる。


「クライ様」


ラファネスが、俺の迷いを察したように声をかけた。


「御命令いただければ、苦痛なく処理いたします」


「処理って言わないで」


リリアが初めて少し嫌そうな顔をした。


「では、殺害いたします」


「言い直しても怖いよ、その執事」


「御安心ください。脳と記憶は保存できますので、

 必要であれば外見と人格を再現いたします」


「兄さん、この悪魔と本当に契約したの?」


「交渉時は、もう少し礼儀正しく見えたんです」


「今も礼儀正しいよ。内容が怖いだけで」


意見が一致した。


だが、話している間にも扉の亀裂は広がり続け、

白い腕がリリアの身体を少しずつ引き寄せている。


彼女が鍵穴へ吸い込まれれば、何が起きるか分からない。


「リゼフィア、扉を閉じられますか?」


『現在の所有者は、この娘です。わたくしが外から閉じても、

 内側にいる死者が、彼女を使って再び開きますわ』


「所有権を移せば?」


『扉と娘は、魂の境界で一体化しております。

 切り離すなら、やはり一度殺す必要がございます』


殺すしかない。


リリアも。


両親も。


道を司る悪魔も、同じ答えを示している。


だからこそ、俺は疑った。


詐欺師が相手を急がせるのは、考える時間を与えれば、

用意した選択肢以外へ目を向けられるからだ。


殺すか。


殺さず軍隊を解放するか。


この二つしかないと、誰が決めた?


「リリア、先ほど自分を何と説明しました?」


「鍵であり、扉であり、最初の兵士」


「名前は?」


「リリア・マイト」


「その名前は、誰が決めた?」


彼女は一瞬だけ答えに詰まった。


「お父様と、お母様」


「無名墓所との契約では、あなたを何と定義している?」


リリアの銀色の目が、大きく開いた。


鍵穴の亀裂から、今度は白い顔が半分だけ現れる。


目も鼻もない。


口だけが大きく開き、何人もの声を重ねて叫んだ。


『――リリア・マイトを、返せ』


死者たちは。


彼女の魂ではなく。


名前を呼んでいる。


「契約対象は、リリア・マイトという人物?」


「……そう」


「肉体そのものではない?」


「私の名前、血統、役割を一つにして、扉へ固定した」


「なら、両親の命令は正しい」


俺は短剣を下ろした。


リリアが、驚いたように俺を見る。


「あなたを殺します」


「兄さん?」


「ただし、身体も魂も殺さない」


俺は影の中にいるヴェルゴラへ声をかけた。


「ヴェルゴラ、《虚王顕現》で人間の名前を殺せますか?」


『言葉遊びをしている場合か』


「死者たちが、リリア・マイトという認識を扉としている。

 その認識だけを壊せば、契約対象は存在しなくなる」


ヴェルゴラが金色の目を細めた。


『周囲の認識だけなら容易い。だが、扉の契約は百年分、

 死者たちの魂へ固定されているぞ』


「だから、彼ら自身に信じさせます」


「どうやって?」


リリアが尋ねる。


俺は、銀の鍵穴からこちらを覗く白い顔へ向き直った。


「相手は百年間、当主の帰還を待っていた兵士です。

 命令へ従う性質だけは、まだ失っていない」


俺は胸元から、復元されたマイト家の家門証を取り出した。


王国家門記録院、中央神殿、王立魔法学園が認めた、

第十九代当主クライ・マイトの正式な証明書。


百年前の俺本人である可能性まで、公の場で証明された。


「俺は、マイト家当主です」


白い顔の口が止まった。


扉の奥にいる何百もの存在が、こちらへ意識を向ける。


『当主』


『帰還』


『黒冠』


重なった声が、廊下全体を振動させる。


「ヴェルゴラ、俺が命令を出す瞬間に術を使います。

 リリアという名前が死亡したと、全員へ認識させる」


『代償は安くないぞ』


「見積もりを」


黒い文字が、頭の中へ浮かぶ。


――禁術《虚王顕現》。


――認識対象、無名墓所に属する死者四百三十一体。


――顕現内容、リリア・マイトの社会的、契約的死亡。


――肉体および魂への直接的損傷なし。


――必要生命力、人間寿命換算四百八十日。


高い。


だが、神殿兵から回収した生命力の貯蓄はまだ残っている。


「四百日」


『四百五十』


「死者は命令へ従う準備ができている。認識を一から作る

必要はありません。三百二十」


『百年間固定された契約だぞ。四百四十』


「では、リリア本人にも、自分の死を認めてもらいます。

 三百五十」


『四百二十』


「三百六十。これ以上なら、本人を普通に殺します」


リリアが俺を見る。


「私を値引き材料にしないでくれる?」


「死ぬよりはいいでしょう」


「それは、そうだけど」


ヴェルゴラはしばらく唸った後、黒い炎を吐き出した。


『三百八十日だ。それ以下では、認識が途中で崩れる』


「成立」


俺は魂圧保存瓶から、三百八十日分の生命力を支払う。


黒い炎が床を走り、リリアの周囲へ円を描いた。


「ラファネス、リリアの外見を一時的に変えられますか?」


「観測済みの別人へ近づける程度であれば、毛髪二本分で

実行可能です。ただし、本人の肉体へ触れる必要がございます」


「承認します」


内ポケットから髪を二本抜き、ラファネスへ渡す。


彼がリリアの肩へ触れると、黒髪が白銀へ変わり、

目の色も銀から薄い青へ、顔立ちも少しずつ変化した。


完全な別人ではない。


だが。


少なくとも、リリア・マイトの外見ではなくなった。


「リリア、今からあなたは、自分の死を宣言してください」


「その後、私は誰になるの?」


「後で決めます」


「名前がないまま?」


「一時的には」


「……分かった」


不安そうだった。


百年間。


リリア・マイトという名前だけを支えに存在し続けた彼女へ、

その名前を捨てろと言っているのだから当然だ。


それでも。


彼女は白い手を胸へ当て、扉の奥にいる死者たちを見た。


「旧マイト家第一息女、リリア・マイトは」


声が少し震える。


「百二年前、兄クライ・マイトの手によって死亡した。

 ここにいる私は、もう彼女ではありません」


扉の奥から、低い悲鳴が上がった。


『違う』


『器』


『リリア』


『返せ』


白い腕が一斉に伸び、彼女を奪おうとする。


俺は家門証を掲げ、当主として命じた。


「マイト家当主クライ・マイトが宣言する」


ヴェルゴラの黒い炎が、俺の言葉へ絡みつく。


「我が妹リリア・マイトは、既に死亡している。

 死者を再び殺すことも、墓所へ返すこともできない」


――認識の基礎を確認。


――本人による死亡宣言。


――現当主による死亡認定。


――外見情報の消失。


――契約対象《リリア・マイト》の不存在を顕現。


「承認」


黒い炎が。


鍵穴の向こうへ流れ込んだ。


何百もの声が、同時に叫ぶ。


扉の奥にいた死者たちは、目の前にいる少女を見ながら、

彼女がリリアではないという矛盾へ引き裂かれていく。


外見が違う。


本人が否定した。


現当主も、妹は死んだと認めている。


百年間の契約より。


彼らが従うべき当主の命令が優先される。


『リリアは』


『死んだ』


『器は』


『存在しない…』


一体が信じた。


次に。


十体。


百体。


認識が広がるほど、《虚王顕現》は現実へ近づく。


彼女の肩を掴んでいた白い手が、ゆっくり力を失った。


鍵穴の亀裂も閉じ始める。


『待て』


扉の最奥から。


先ほどまでとは違う、明確な一人の声が響いた。


低い男の声。


死者の軍隊へ混ざりながら。


唯一、正気を保っている。


『クライ』


俺の名前を呼ぶ。


『その女を殺せ』


「どちら様です?」


『お前の父だ』


黒い鍵穴の奥に。


一人の男の輪郭が浮かんだ。


顔は見えない。


肖像画と同じ。


黒い靄によって、認識できないよう隠されている。


『その娘はリリアではない』


「先ほどまで、全員でリリアと呼んでいましたが?」


『我々が呼んでいたのは、器の名だ』


男の声に焦りが混ざる。


『中にいるのは、別のものだ。リリアの肉体と記憶を奪い、

 お前を無名墓所へ導くために作られた悪魔の子だ』


ラファネスが、少女を見た。


「魂の構造を確認できません。外側に強い遮断術式があり、

視覚による内部情報の取得を拒絶されています」


リリアと名乗っていた少女は。


何も言わない。


「否定しないんですか?」


俺が尋ねると、彼女は少し困ったように笑った。


「何を言っても、兄さんは自分で調べるでしょう?」


その通りだ。


扉の男が父親である証拠も。


目の前の少女が妹である証拠もない。


ただ。


黒い炎は止まらない。


リリア・マイトが死亡したという認識は、既に墓所全体へ

広がり、扉との契約を根元から切断し始めている。


『やめろ!』


父を名乗る男が、扉の内側から腕を伸ばす。


『その女を自由にすれば、学園の全てが食われる!』


「なら、先に説明しておくべきでしたね」


『今すぐ術を止めろ! 当主命令だ!』


「現在の当主は俺です」


男の動きが止まった。


「百年前の当主だったあなたに、俺へ命令する権限はない。

 家門記録院へ異議申立てをするなら、書式を送りますよ」


『クライ!』


「それに」


俺は扉の向こうにいる、自称父親へ笑いかけた。


「あなたが本当に俺の父親なら、息子へ命令する前に、

百年間の養育費を支払っていただけますか?」


ヴェルゴラが吹き出した。


リゼフィアまで、口元を押さえながら肩を震わせている。


父を名乗る男は、しばらく何も言えなかった。


「返答がないので、交渉は決裂です」


黒い炎が最後の契約文字を焼き切った。


銀色の鍵穴が大きく歪み、伸びていた白い腕と顔が、

猛烈な勢いで扉の奥へ引き戻されていく。


『待て!』


『リリアを殺せ!』


『そいつに名を与えるな!』


父親の声が遠ざかる。


鍵穴は急速に小さくなり、最後には銀色の点となって、

俺が持つ鍵の内部へ吸い込まれた。


がちり。


銀の鍵が閉じる。


廊下の揺れも。


壁を叩く音も。


全て消えた。


同時に。


少女の身体から、黒冠の気配が消える。


「終わった?」


彼女が自分の手を見ながら尋ねる。


「リリア・マイトは死亡しました」


「私は?」


「契約上は、名前のない別人です」


「本当に、殺さずに済ませたんだ」


「両親の命令には従いましたよ。リリアという人物を、

契約上も社会的にも、完全に死亡させました」


少女は数秒間、俺の顔を見つめた後。


急に。


声を上げて笑い始めた。


百年間の疲れも。


先ほどまでの静けさも消え。


十二歳の少女らしく、腹を押さえて笑っている。


「何がおかしいんです?」


「だって、昔の兄さんは、剣で私を殺そうとして失敗した。

 今の兄さんは、名前だけ殺して助けたんだもの」


「笑うところですか?」


「私にとってはね」


少女の目から。


笑い涙が一筋流れた。


「ありがとう、兄さん」


その呼び方へ。


銀の鍵は反応しなかった。


リリア・マイトは。


確かに、もう存在していない。


◇


「新しい名前が必要です」


俺が言うと、少女は首を傾けた。


「兄さんがつけて」


「自分で決めてください」


「百年間、名前を決める機会なんてなかったから、

どうやって選べばいいか分からない」


「好きな物は?」


「兄さん」


「物ではありません」


「兄さんの困った顔」


「他には?」


「鍵。夜。甘い物。嘘がばれた時の人間の顔」


最後だけ、妹らしさより悪魔らしさが強い。


父親の言葉が本当なら、彼女はリリアの肉体と記憶を奪った

別の存在であり、人間ではない可能性もある。


それでも。


現時点で彼女は、俺へ敵意を向けていない。


百年前の記憶も。


無名墓所も。


学園内部の事情も知っている。


殺すより。


生かして話を聞く方が、圧倒的に利益が大きい。


「では、仮名としてリリを使います」


「リリアから二文字取っただけ?」


「急いで考える必要はありません。正式な名前を決めるまで、

周囲には遠縁のリリ・マイトと説明します」


「マイト家に残してくれるの?」


「家族であると確認できるまでは、保留です」


「冷たいね」


「あなたが百年間生きた人外かもしれない以上、普通です」


「それなら」


少女――リリは俺へ一歩近づき、両手を後ろで組んだ。


「家族だと認めてもらえるまで、兄さんに協力する」


「何を知っています?」


「王立魔法学園で売られた孤児の行き先」


俺の表情から。


一瞬で余計な感情が消えた。


「全員、生きていますか?」


「半分くらいは」


リリは、笑みを消さずに答えた。


「残り半分は?」


「もう、人間じゃない」


廊下の向こうから。


教師たちの足音が近づいてくる。


先ほどの魔力異常を感知し、確認へ来たのだろう。


リリは俺の手を取ると、銀の鍵へ自分の指を触れさせた。


「ここでは話せない。今夜、私の部屋へ来て」


「寮の場所は?」


「学園の地図には載っていないよ」


「どうやって入る?」


リリは。


俺の手にある銀の鍵を指した。


「今夜零時、学園で誰も開けたことのない扉へ、

その鍵を差し込んで」


「誰も開けたことのない扉が、どこに?」


「どこにでもある」


意味の分からない答えを残し。


リリの身体が、徐々に透け始めた。


「待ってください。まだ質問が」


「続きは夜に」


「あなたが罠を用意していない保証は?」


「ないよ」


彼女は嬉しそうに笑った。


「でも、兄さんは罠だと分かっていても来るでしょう?」


また。


俺の性格を知っている。


リリは完全に姿を消す直前、俺だけに聞こえる声で囁いた。


「それと、無名墓所にいた人は、お父様じゃないよ」


「では、誰です?」


「私たちを殺した人」


少女の姿が消えた。


直後。


学園の教師たちが廊下へ駆け込み、俺の周囲を確認する。


彼らには。


リリも。


銀の鍵穴も。


死者たちの手も見えていない。


ただ一人。


廊下の奥に立つ副学園長セリア・ロズベルだけが、

リリの消えた場所を、まっすぐ見つめていた。


俺と目が合うと。


セリアは青い眼鏡を押し上げ、僅かに微笑んだ。


その唇が。


声を出さずに動く。


――妹を、逃がしたのですね。


俺は。


返事をしなかった。


セリアは踵を返し、教師たちの向こうへ消えていく。


今夜零時。


学園で誰も開けたことのない扉。


売られた孤児たち。


人間ではなくなった者。


父親を名乗った、マイト家の殺害者。


そして。


リリの存在を知っている副学園長。


入学初日から。


調べる相手が多すぎる。


俺は銀色の鍵を握りしめ、内側へ新しく刻まれた

一本の細い道を確認した。


行き先の名は。


《第八学生寮・存在しない十三号室》。


王立魔法学園の学生寮は。


第七までしか存在しない。

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