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第五話 ⑮

 リンダの肩がまだ細かに震えているのをマリアは見た。

 きっとリンダは今恐怖に怯えている。一刻も早くこの場から逃げ出したいと思っている。

 けれど、その脚は強く地面を踏み締めていた。

「……な、にを。許さないぞそんな事は! お前を作り上げるのにどれだけの時間をかけたと思っている!」

 ルカードの両腕が伸ばされリンダの肩を掴んだ。

 リンダは、今度はそれを弾くような事をしなかった。

「お前は私の理想だ! 命と言っても良い! リンダ・サンドリヨンを完成させる事こそがこの私の全てだ! まだお前は完成していない。只の失敗作だ! だが、後少しで、後もう少しでお前を理想のリンダ・サンドリヨンに出来る! ゴーレムが主に逆らう気か!」

 その時、マリアは気付いた。

 ルカードの視線が何かおかしい。

 そして、続いて気付いた。

 ルカードの左側頭部に何かをぶつけた様な跡があった。

 マリア以上に間近で見ているリンダもそれに気付いているはずだ。

「逆らいます。あなたの望みはあたしの望みと違うからです」

 リンダはルカードの傷に触れなかった。ただ真っ直ぐにルカードの言葉に応対する。

「逆らう事など認めていない」

「あなたに逆らえるまでにあたしは成長してしまったのです」

 肩は震えていても声は震えていなかった。

 リンダの言葉は辺りにシンと吸い込まれ、その決意の固さを象徴していた。

 マリアは確信した。リンダはもう何があろうともルカードの元へ戻る気は無い。

「ふざけるな!」

 ルカードの両手がリンダの肩を大きく揺らした。

「お前が去ってしまったら私は一体どうすれば良い!? 私は老いた。もう時間が無い! 今更一からリンダを作り上げるなど不可能だ! 後少しでお前は完成なのだ! お前を完成させなければ私の生涯に意味など無いのだ!」

 リンダは何かを間違えた子供を諭すかのように首を左右に振った。

「違う。ルカード様、あなたは間違っているんです。あなたの生涯の目的はとっくの昔に完遂していたんですよ」

 ルカードの手の動きが止まった。

「な、にを言っている? 私はまだ一度も完成品を創り上げていない」

 リンダは両手をルカードの頬へと当て、虚ろなルカードの視線を自分へと合わせた。

「親元から巣立つ事を望むなんて人形にはできません。自由に焦がれるなんて土塊には出来ません。あたしはあなたの完成品。ルカード・サンドリヨンが創り上げた完璧な〝少女〟なんです」

 息を飲んだ音が聞こえた。果たしてそれは自分が出した物なのかルカードの物なのか、マリアには分からなかった。

 ルカードの手から力が抜け、ストンとリンダの肩から落ちる。

 そして、そのままルカードは糸が切れた人形の様にリンダに正面から抱えられて両膝を付いた。

 ルカードとリンダはまるで抱き合っている様な体勢に成った。

「許さん。許さないぞ。リンダ、私の側から離れるなんて」

「ごめんなさい。ご主人様。あたしは自由を望みます」

 か細い声の応答だった。

「離れないでくれ。ずっと私の側に居ておくれ」

「お世話に成りました。ご主人様、あたしは遠くの地でもあなたの事を思います」

 そこに居たのは稀代の錬金術師等ではない。ありふれた只の老人だった。

「……お前まで私の元から去ってしまうのか?」

「いいえ、あたしはあなたの元から巣立つのです。ルカード様、あなたはリンダ・サンドリヨンという少女を見事に創り上げ、そして、育て上げたのです」

 ギュウッとリンダはルカードの体を抱き締めた。

「ルカード様。リンダをここまで育ててくれありがとうございました」

「……」

 リンダの言葉を聞いてルカードは数拍の沈黙の後、眼を閉じた。

 意識を手放したのだろう。ルカードの両腕はダランと地面に落ちる。リンダはガラス細工を扱う様にルカードを比較的綺麗な部分の床に横たわらせた。

 そしてスッとルカードの額を一撫でした後立ち上がり、リンダは未だ立ち上がれないで居るマリアへと振り返る。

「……マリア、行くわよ。着いて来なさい」

 その命令は絶対的な響きを持っていた。

 有無を言わせぬ口調。眼下を射抜く様な目つき。

――ああ、そうだ。

 マリアは改めて思い出した。

 自分達が憧れ、その身を焼いた至高の〝少女〟に至ったゴーレム。

 それがリンダ・サンドリヨンと言う存在だった。

「はい。お嬢様」

 マリアの脚部に力が戻る。右肩は完全に溶解し。体の平行バランスが崩れているがマリアは確かに立ち上がった。

「もうお嬢様じゃないわ。リンダと呼びなさい」

「……ええ、リンダ」

 早足で歩き出したリンダの隣。

 思えば、隣で歩くのは初めてだったと、マリアは気付いた。

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