第五話 ⑭
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サンドリヨン邸の中庭の中央にナックルは居た。
その体がまた変形している。
右眼はスコープの様に成り、爆発用に開いていた右足の土踏まずの穴からは太さ一メートオルはあるかと言う巨大な楔が地面へと深々と突き刺さり、そして、巨人の如き右腕は肘の辺りに直径一メートル半程の大穴が開いていた。
その拳はサンドリヨン邸の三階、たった今スマートフォンが投げ飛ばされた窓へと向けられている。
これはナックルの最後の奥の手。
正真正銘の切り札。
リトルハーフジャイアント第二形態、ファイヤーキャノン。
ナックルは一歩右足とのサイズ差で宙ぶらりんに成っていた左脚を倒れ込むように踏み出し、その勢いを引き金にして右の拳を全力で放った。
「発射ァ!」
ダアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアァァァアアアアァァァァァァァアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!
瞬間、突き出されたナックルの右腕は肘から強烈な爆発を見せた。
爆発の反作用はナックルの体を逆方向へと飛ばそうとするが、地面に打ち込まれた右足の巨大な楔がそれを止めた。
轟音はサンドリヨン邸を包み、まだ形を保っていた窓ガラスの全てを粉々に破壊する。
爆発によって強烈な推進力を得たナックルの右腕は肘から先が切り離され、激烈な砲弾と成った。
その拳が行き着く先は決まっている。
***
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアァァアアアアアアアァァァン!
マリアは何が起きたのか分からなかった。
マリアの視線の先。
一瞬前までリンダの体を覆い隠していた巨人体の体が、強烈な破砕音と共に消失していた。
大きな何かが目の前を通り過ぎた気がする。
バラバラと穴が開いた天井から破片が落ちてくる。
その光景をマリアは呆然と見つめていた。
だが、視界の先に居るリンダは動きを止めなかった。
タタタとリンダは瓦礫を物ともせず真っ直ぐにマリアへと走り寄り、その勢いのままマリアを抱き締めた。
マリアはその衝撃を受け止め切る事が出来ず、尻餅を着いた。
マリアはリンダを引き剥がそうとしたが、左腕一本ではリンダを上手く放す事はできない。
「リン、ダ。放してください」
「馬鹿。マリア、あなたは馬鹿よ」
「放し――」
「うるさい!」
リンダの語気にマリアはビクッと肩を竦ませた。
灰髪を振り乱し、リンダはマリアの両肩を掴もうとし、そして、右肩が既に無くなっている事に気付いて、その左手をマリアの右頬に当てた。
「あたしが焦がれた自由は、あなたを犠牲にした物じゃないわ! あたしを救いたいと言うのならもっとちゃんと救いなさい!」
その眼の力強さにマリアは何も言い返す事が出来なかった。
マリアは何故だか嬉しくなった。
ああ、いつ以来だろうか。リンダとこうして真正面から向かい合うのは。
「――」
マリアは何かをリンダに言おうとした。
だが、それを言う前にマリアの眼にある男の姿が映った。
「やっと見つけたぞ」
そこには白髪の初老の男が居た。
マリアもリンダも聞き慣れた声。
「ご主人、様」
マリアの口から自然と言い慣れた言葉が出てきた。
リンダが後ろを振り向く。
「リンダ。お前は誰にも渡さん」
狂気の眼をした錬金術師、ルカード・サンドリヨンがリンダを見つめていた。
マリアは立ち上がろうとした。リンダをルカードから守らなければ。
リンダとルカードの間に立つのだ。
しかし、それは叶わなかった。
「マリア、何もしなくて良いわ」
マリアの左肩を抑えるリンダの手の力は想像以上に強く、マリアは立ち上がる事ができない。
その代わりと言う様にリンダがスッと立ち上がった。
そのままリンダは澱みなくルカードへと振り返る。
灰髪がフワリと落ちる背中はマリアが思っていたよりも小さく、考えていたよりも真っ直ぐな物だった。
リンダの視線が自分に向いた事に気付いたのだろう。ルカードが瓦礫を避けながらリンダへと近付き、ルカードとリンダの距離が触れ合うほどに近くなる。
「リンダ、お前は失敗だった。もう一度創り直す。着いて来い」
ルカードの視線は剣呑で、有無を言わせぬ口調だ。
リンダは返事をせず、ルカードを見上げている。
カタカタ。
マリアはリンダの手が震えている事に気付いた。
「何をしている? 早く来い」
痺れを切らしたのかルカードがリンダへと右手を伸ばす。
パンッ。
だが、リンダの左手は自身へと伸ばされた創造主の手を弾いた。
そしてリンダははっきりと口にする。
「断ります」
「……何?」
「あたしはもうあなたの人形として生きられません」
ルカードが信じられない物を見るかのような眼でリンダを見ていた。
マリアも同じだった。ルカードの理想の少女として創られたリンダがルカードに逆らう事など考えられない事だったからだ。
「ふざけるな、お前の意見など聞いていない。お前は私の理想であれば良いのだ」
パンッ。
伸ばされた手を再びリンダは弾いた。
「リンダ・サンドリヨンは自由を望みます」
それは明確な拒絶だった。




