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第二章 《学生時代》

「ベルサイユのばら」を知る前、漫画としては「楳図かずお」の恐怖漫画に

幼稚園の頃から、ハマっていた。

通院していた眼科に名前は忘れたが、週刊漫画雑誌が置いてあったのだ。

病院を出る時は、いつも夕方だった。

何故かふと他の世界が垣間見えるそんな時間だった。

だから、そのような現実離れした怪奇小説・心霊・YMA・UFOなど

幼少からとても興味を持っていた変な少女だった。

新聞に記載されていた記事、当時はイギリスのネス湖の「ネッシー」とか

UFOの記事他色々全部スクラップして今でも取ってあるし、

TVも夏など心霊関係の放映に興奮し見ていた。

映画も「エクソシスト」からの流れで色々見ていた。

自分自身、恐怖というか不思議な小説を書いてみたいと

幼心ながら考えていた時期もあった。

その関連の本も沢山購入し、親にも内緒で楽しみに読んでいた。

五島勉の「ノストラダムス大予言」、ユリ・ゲラーの超能力、凄く憧れた。


前後するが、小学校2年生で転校し、同級の友人の影響で推理小説にはまり、

エラリー・クイーン、アガサ・クリスティー、江戸川乱歩、横溝正史、松本清張、

森村誠一、平井和正、星新一、筒井康隆、中井英夫・・・

誰かが言ってたけど、私が小学校か中学校の時、図書館の本を全部読破した?

と聞いたけど、自分では覚えていない。

でも図書館員をずっーとしていたので、読める時間は十分あったはずだ。

当時から恋愛小説には見向きもせず、「赤毛のアン」、「嵐が丘」、

シェイクスピアの名立たる小説は眼中に無かった。

それも、女の子らしい選択肢ではなかった。今になって思えば・・・


同じ友人の影響で、洋画の全盛期中、

映画雑誌「スクリーン」「ロードショー」というカラーの月刊雑誌が書店に並び、

高額なので時々購入し、

アラン・ドロン、ジュリア―ノ・ジェンマ、クリント・イーストウッド、

チャールトン・ヘストン・・・

カトリーヌ・ドヌーヴ、ソフィア・ローレン、オードリー・ヘプバーン、

グレース・ケリー・・・

チャールトン・ヘストンが好きだった。マカロニウエスタンの全盛期、

素敵だった。

お小遣いをはたき、よく映画館へ通っていた。

そこで、「ベニスに死す」監督ルキノ・ビスコンティの

「ビョルン・アンドレセン」、あーオスカルがいた。

男子ではあるが、白黒の映画ではあるが、

直ぐ、この人がオスカルのモデルと直感し、感動した。

平行に「天井桟敷の人々」、「ドクトル・ジバゴ」、「戦争と平和」

暗く重い映画にものめり込んでいた。でもとても好きだった。

ドクトル・ジバゴのバラライカの音楽、心に染み入る素敵な曲だ。


小学校高学年の時「カーペンターズ」が来日し、コンサートを聴きに行った。

レコードは今も取ってある。

ビートルズは時代では無かったが、ポールマッカートニー、クイーン、

ミシェル・ポルナレフ、ビリー・ジョエルなどの曲が好きだった。

歌謡曲には興味がなかった。

小さいころから、クラシックは好きで、昔、百科事典ブームの時、

シングルレコードが付いていて、

ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」から始まり、

ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、ショパン、シューマンなど、

音楽室に飾ってある音楽家の写真の音楽は大体聴いていた。

自身もピアノを小さいころから習っていて、

中学で才能が無くやめたが、音楽好きは今でも変わらない。

大好きなのは、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、

絵も、ギュスターヴ・モローの「オルフェウスの首を持つトラキアの娘」が

一番好きで、20代横浜市立美術館で「ギュスターヴ・モロー展」があり1泊して、

見に行き、画集他大体のグッズを購入してきた。

未だにあれほど大々的なモロー展は日本では開催されていないと思う。

本当に行ってきて良かったと今でも思っているし、画集など全部取ってある。


それなのに、なぜ「ベルサイユのばら」は漫画として初めて読破したのか、

途中から書店での立ち読みで内容・絵柄にとても感動し、これは漫画でなく、

劇画だと当時凄い衝撃を受けた。

そして、最初から単行本を読みは始めた。

恋愛も描かれているが、歴史に基づいての「フランス革命」にのめり込み、

マリー・アントワネットの生涯と当時の事実を知りたくて、

ツヴァイクの「マリー・アントワネット」やその時代の本を読み漁り、

夏休みの読書感想文で何か賞をもらった。

その時池田理代子先生には悪いが、オスカルの言葉を感想文の中に入れさせてもらい、

自分自身感動していた。


絵を描くのが好きだった。

母の影響もあり、中学の美術の先生が日本水彩画協会の会員でもあった為、

中学には、美術の時間の初めの10分は、生徒が順番でモデルになり、

鉛筆でのクロッキーがあり、自分にはとても新鮮で好きな時間だった。

私は先生に気に入られ、交通安全、火災予防のポスターや年賀状コンテスト、

デザインの公募展とか色々出品し賞を貰っていた。

でも、母から聞いて、先生の素行の悪さで先生自身は好きではなかった。

絵の才能を見出してくれたのに・・・

それと当時の私の作品が何も手元に残っていない。

クロッキーブックも没収されていた。

なので、「ベルサイユのばら」の漫画の描き方の卓越した表現方法に感動し、真似していた。

漫画家にはなりたいとは思っていなかったけど・・・

高校の美術の先生は県の美術協会に所属していたが、私とは相性が悪く、

いや先生自体生徒に対して、中学時のような情熱が無く、

淡々と美術の授業がされ、勉強不足の為、美大は落ちた。

家との約束で就職することになった。

当時は売手市場で、高校には企業からの多数求人がきていて、

直ぐ簡単な試験を受け、就職することが出来た。

「ベルサイユのばら」が宝塚で上演するようになり、あの煌びやかな世界と、

演劇の大袈裟な表現が好きにはなれなかった。

実写映画もあったが、オスカル役に幻滅したし、あらすじが全然違っていたので、

がっかりしてしまい、テレビのアニメ化も絵が「アルプスの少女」的で

あらすじも、とても良いところが、違う内容になっており、幻滅し、

社会人になると忙しくなり、段々「ベルサイユのばら」から離れて行ってしまった。


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