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狩人賛歌  作者: 戯演
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3/7

3話 歓喜の初陣と、兎の血

※イラストは生成AIによるものです。

木漏れ日が、幾筋も斜めに差し込んでいる。


俺は大剣の柄に手を添えたまま、下生えを踏みしめて、林の奥へと分け入っていった。


(さて……気配を殺して、慎重にいくか)


足音を立てないよう、地面の様子を確かめながら、一歩ずつ進む。


(この静けさ……たぶん、この先だな)


小鳥や小動物の気配が、ぱたりと途切れている。捕食者がいる証拠だ。俺は足を止め、意識を研ぎ澄ませた。


(よし――視覚強化、聴覚強化)


体の奥で、魔力がわずかに減る感覚。次の瞬間、世界が一変した。


薄暗かった木立の陰が、くっきりと像を結ぶ。木の葉の一枚一枚、樹皮の裂け目の一つまで、鮮明に浮かび上がる。同時に、耳がざわめくほどの情報を拾い始めた。風が葉をなでる音、遠くの梢のきしみ、土の下を這う虫の蠢きさえも。


(うん、いい感じだ。やっぱり、この二つは鍛えておいて正解だった)


視覚強化と聴覚強化。前世の記憶を取り戻してから、俺が真っ先に鍛え上げたスキルだ。


(この世界じゃ地味だって理由で、まるで重要視されてないみたいだけどな)


派手な炎や雷を撃つ魔術や、肉体を底上げする身体強化に比べれば、確かに華はない。索敵なんて、魔獣探知機に任せればいい、という考えもある。


(でも、BHじゃ話は逆だった)


BHの上級者のあいだでは、まずこの二つを上げるのが定石だった。理由は単純。相手より早く気づいた者が、戦いの主導権を握るからだ。


(先に見つけて、先に仕掛ける。あるいは、不意打ちを避ける。索敵能力ってのは、そのまま生存率に直結するんだ)


死んだら終わりのこの世界なら、なおさらだ。派手さはなくても、この二つは何よりも命を守ってくれる。


俺は研ぎ澄ました感覚を頼りに、慎重に歩を進めた。


――そのときだった。


(……ん?)


右の後方。かすかに、草がこすれる音。


(来る……っ!)


考えるより先に、体が動いていた。振り返りざま、視界の端に飛び込んできたのは――


挿絵(By みてみん)


角を光らせた、三匹の兎。血のように赤い目を吊り上げて、まっすぐ俺の顔面めがけて突っ込んでくる。


(三匹!? 受けは間に合わない!)


俺は地を蹴って、横っ飛びに跳んだ。先頭を駆けた二匹の角が、頬のすぐ横を、風を切って過ぎていく。


(かわした……!)


だが、安堵する間もなかった。


一拍おくれて飛び込んできた三匹目が、着地の隙を狙って、真横から突っ込んできていた。もう避けきれない。俺はとっさに、大剣を地面と水平になるよう、体の前に寝かせた。


ガンッ、と鈍い衝撃が、両腕を痺れさせる。


アルミラージの角が、大剣の腹に激突した。硬い毛皮の塊が、刃に弾かれ、右手のほうへと跳ね飛んでいく。


(っ、重い……! これがリアルの感触か! ゲームとは全然違う!)


よろめいた体を、足を踏ん張って立て直す。強化した視界で、素早く周囲を捉えた。


(一匹は弾いた! 残り二匹は!?)


振り返ると、先に躱した二匹がくるりと方向転換していた。そして再び、こちらへ向かって加速し始める。


(不意を打たれたのは癪だが――もう、同じ手は食らわない)


一度冷静になれば、どうということはない。俺はアルミラージの動きを、目でしっかりと追った。


(こいつらの攻撃は、角を突き立てる直線の一撃だけ。小細工はない。脅威なのは、そのスピードだけだ)


なら、話は簡単だ。避ける必要すらない。真正面から、まとめて叩き潰す。


(――身体強化)


全身の魔力回路に、ぐっと魔力を流し込む。


かっと体が熱を持ち、筋肉という筋肉が、内側から膨れ上がるように力を増した。常人には出せない、桁違いの出力。


その膂力に任せて、俺は寝かせていた大剣を、渾身の力で薙ぎ払った。


(――行けっ!)


質量の塊が、ありえない速度で唸りを上げる。


そこへ、二匹のアルミラージが、飛び込んできた。


回避も何もあったものじゃない。加速しきった刃と、突進する兎が、真正面から激突する。


ぐしゃり、と鈍く嫌な手応え。


二匹のアルミラージは、大剣の腹に殴りつけられ、血しぶきをまき散らしながら、宙高く放物線を描いて吹き飛んだ。


(よし、二匹――!)


だが、まだ終わりじゃない。さっき弾き飛ばした三匹目が、体勢を立て直し、なおもこちらへ突っ込んでくる。


(――これも、予想済みだ)


俺は横薙ぎの勢いを殺さず、その流れのまま、大剣を頭上へと振り上げた。そして、突っ込んでくる兎の脳天めがけて、斜め下へと全力で叩きつける。


ズドンッ、と地響きがした。


大剣は、アルミラージの体を、地面ごと深々と抉り抜いていた。角の生えた兎は、びくりとも動かない。一撃で、絶命していた。


(……仕留めた)


三つの骸が、俺の足元に転がっている。まだ温かい体から、湯気のような魔素が、うっすらと立ちのぼっていた。


(これが……初めてこの手で殺した命、か)


前世の俺は、生き物どころか、虫の一匹すら手にかけたことがなかった。ゲームの中でなら何万という魔獣を狩っていたが、それはあくまで画面の向こうの、データの死だ。


(返り血の熱さも、骨を断つ手応えも、こんなにも……生々しいんだな)


胸の底で、何か重たいものが、ぐらりと揺れる。吐き気が込み上げてくるかと、俺は思わず身構えた。


(……)


不思議と、それは来なかった。


BHで数えきれないほど魔獣を屠ってきた経験故なのか、それとも転生によって心のどこかが麻痺しているのか。相手が、人を喰らう魔獣だと分かっているせいもあるだろう。


(こんなにあっさり殺せてしまう自分に、少しだけぞっとするな)


その小さな違和感には、あえて蓋をした。今は、感傷に浸っている場合じゃない。


濃い血の匂いが、あたりに立ち込めていく。すると、林全体が、ざわり、と色めき立ったような気がした。


(この気配……まだ、かなりの数がいるな)


強化した聴覚が、四方の茂みで蠢く、いくつもの気配を捉えていた。血の匂いに興奮しているのか、あるいは、仲間の死に殺気立っているのか。


(さてと。ここからが本番だ)


俺は、一度ここで身体強化を解いた。かっと燃えていた体から、すっと熱が引いていく。


(序盤は、とにかく魔力量が心もとない。スキルの垂れ流しなんて、絶対にできない)


魔力が尽きれば、身体強化も、視覚強化も、何もかもが使えなくなる。そうなれば、この体はただの非力な子どもだ。囲まれて、なぶり殺しにされて終わる。


(索敵中は身体強化を切って、感覚強化だけ。これを徹底しないと、長くは戦えないからな)


魔力量がやっかいなのは、魔力回路を使うだけで自然に成長するものではないからだ。


(増やす方法は、ひとつだけ)


魔獣が絶命する瞬間に放つ、濃厚な魔素。それを浴びると、魔力回路が刺激され、魔力の器そのものが少しずつ押し広げられていく――この世界ではそう説明されていた。


(狩れば狩るほど、器は育つ。つまり――魔力を増やす一番の近道は、魔獣を狩りまくること。それはBHと同じだ)


だからこそこの林は、俺にとって格好の道場になる。


(存分に狩らせてもらうさ……一匹残らず、な)


俺は次の獲物の気配へと、静かに歩き出した。



そこからは、無心の狩りだった。


強化した目と耳が、茂みに潜むアルミラージの位置を、正確に教えてくれる。


(見つけた。二匹……いや、三匹か)


相手が気づく頃には、すでに間合いを詰めている。そして、飛びかかってくるその刹那にだけ、身体強化を焚く。


一閃。


たいていは、それで事足りた。角を構えて突っ込んでくる相手ほど、大剣の一振りにとって、いい的はない。向こうの突進力が、そのまま刃の威力に上乗せされるからだ。


ある個体は、跳躍の頂点を狙い、下から掬い上げるように両断した。またある個体は、突進を半歩で躱し、すれ違いざまに首を刎ねた。相手の勢いを殺さず、そのまま刃へ乗せてやるのがコツだった。


(BHでやり込んだ、小物相手の立ち回り……体が、ちゃんと覚えてる)


前世じゃ、コントローラー越しの操作だった。それが今は、自分の腕で、自分の脚で、寸分違わず再現できる。頭で思い描いた通りに、この体が動いてくれる。


(ああ、くそ……楽しいな、これ)


不謹慎かもしれない。でも、抑えきれなかった。走って、跳んで、剣を振るう。ただそれだけのことが、涙が出そうなほど嬉しかったのだ。


(さて……大物の気配のほうへ、詰めていくとするか)


散らばった獲物を狩り減らすうち、残る気配が、林のさらに奥――一点へと、寄り集まっていくのがわかった。数は減っているのに、その一角だけは、やけに濃い。


(あそこが、根城だな)


一匹、また一匹と仕留めながら、俺はその濃い気配を目指して、木立の奥へと分け入っていった。


(魔力は……そろそろ心もとない。無駄撃ちは、できないな)


飛びかかられる、その刹那だけ身体強化を焚く。そう徹底しながら、俺は林の最奥へと、慎重に歩を進めた。


木立を抜けた先に、ぽっかりと開けた、草の窪地があった。


アルミラージの根城――巣穴らしき、土の掘られた一角。そこに、それはいた。


(でかい……!)


犬ほどだった他の個体とは、まるで格が違う。そいつは、猪ほどもある巨体だった。


額から伸びる角は、ねじくれて太く、幾度もの争いを物語るように、先端が黒ずんでいる。落ちくぼんだ赤い目が、じろりと俺を睨めつけた。


(群れのボス、か。歴戦の面構えだな)


そして、そのボスを守るように、四匹の取り巻きが、俺との間に立ちはだかっている。明らかに、これまでの個体とは、統率が違った。


(ボス個体が配下を指揮して襲ってくる……BHでもよくあったな)


じり、と間合いを計る。緊張が、背中を伝う汗に変わった。


(正直、魔力はもう、そんなに残ってない)


十匹以上を狩って、身体強化を焚くたびに、器の中身は着実に削れていた。使える魔力は、あと数回、渾身の一撃を放てるかどうか。


(――だが、やることは決まってる。取り巻きを、先に片づける)


ボスは、まだ動かない。その赤い目で、じっとこちらを値踏みしている。四匹に俺を削らせて、弱ったところを喰らうつもりだ。


(なら、その思惑ごと、叩き潰す)


俺が腰を落とした、その瞬間。


ボスが、低く吠えた。


それを合図に、四匹の取り巻きが、左右に散って、次々と襲いかかってきた。


(――ばらけて来たか!)


真正面からの突進とは違う。左右から、時間差で。囲んで、崩す気だ。


(でも、直線の一撃だってことは、変わらない!)


俺は右から迫る一匹を、身体強化を乗せた横薙ぎで捉えた。刃が胴を断ち割り、血を噴かせて草地に沈める。一匹。


だが、その隙を、左の二匹が突いてきた。


(しまっ――!)


一匹目は、寝かせた大剣の腹で、辛うじて受け止める。骨の芯まで響く衝撃に、奥歯を食い縛った。だが、二匹目の角が、俺の脇腹をかすめる。


ぴりっ、と焼けるような痛み。革鎧が裂け、うっすらと血が滲んだ。


(くっ……浅い。まだ動ける!)


痛みを噛み殺し、受け止めた一匹を力任せに押し返す。そのままの勢いで大剣を返し、脇をすり抜けた二匹目の背へ、渾身の一撃を叩き込んだ。


鈍い音を立てて、骨が砕ける。これで、二匹。


(残りは……押し返したやつと、もう一匹!)


押し返した個体が、体勢を崩したまま、なおも角を向けて突っ込んでくる。俺は半歩を踏み込み、その脳天へ、刃を落とした。三匹目。


残る一匹は、深追いを嫌ってか、後ろへ大きく跳びのいた。間合いの外へ逃れ、機をうかがっている。


(――逃がすかよ)


ここで見逃せば、また群れを増やす。ボスと決着をつける前に、取り巻きは一匹残らず、必ず片づける。


(魔力は、もう底が見えてる。けど――これで、打ち止めにしてやる)


俺は、器の底に残ったなけなしの魔力を、脚へと叩き込んだ。身体強化。かっと熱を持った脚が、地を蹴る。


跳びのいた兎が、身を翻すよりも速く、俺は間合いを詰めていた。


(――ここだ!)


逃げ腰の背へ、大剣を振り下ろす。刃は狙い違わず、兎の胴を、地面ごと縫い止めた。


四匹目。断末魔もなく、絶命する。


(……ふう。これで、取り巻きは、全部だ)


強化した耳を澄ませても、もう、こちらへ牙を剥く小物の気配はない。残るは――窪地の中央に、どっしりと構える、あの一匹だけだ。


だが。


(……やっちまった。魔力、ほとんど空だ)


取り巻きを狩り切るのに、なけなしの魔力を使い果たしてしまった。身体強化を焚けるのは、あと一回――それも、ほんの一瞬が限界だろう。


(この状態で、あのボスとやり合うのか)


ごくりと唾を飲み、大剣を構え直した、その瞬間。


ボスが、ついに動いた。


(――速いっ!?)


取り巻きの比じゃない。地を蹴る一歩で、そいつは俺の眼前へと肉薄していた。ねじくれた黒い角が、俺の心臓めがけて、一直線に伸びてくる。


(間に合わ……いや、まだだ!)


とっさに、俺は大剣を盾にした。切っ先の背に付いた握りを、逆手でしっかりと掴む。武器屋で見抜いた、あの造りが――ここで生きた。


(最後の一滴だ……ここで、使い切る!)


底に残ったなけなしの魔力を振り絞り、全身に身体強化を巡らせる。大剣の刀身が、ボスの眼前を遮る。


ガギィンッ!!


凄まじい衝撃。強化されたはずの両腕が軋みを上げ、ずるりと足が後ろへ滑る。


(重っ……! これがボスの一撃!)


だが――受け切った。


角を突き出し切ったボスの体は、いま、反動で動きを止め、無防備に俺の眼前で泳いでいる。


(――もらった!!)


魔力は、もう一滴も残ちゃいない。それでも、動きの止まった急所へ刃を通すのに、強化なんていらなかった。


俺は受けの体勢から、体重を丸ごと乗せた一撃を、跳ね上げる。がら空きになった、太い首元めがけて。


(これで、終わりだ――!!)


刃が、ボスの喉笛を、深々と斬り裂いた。


どう、と。


その巨体が、断末魔の声もなく、草の上に崩れ落ちた。太い角が、力なく地に転がる。


(……やった、のか)


俺は肩で息をしながら、そいつの様子をうかがった。ぴくり、とも動かない。完全に、絶命していた。


その骸から、これまでとは比べ物にならない、濃密な魔素が噴き上がった。


もやが俺の全身を包み込み、体の芯へと、どっと染み込んでくる。


(うわ……っ、すごい……!)


魔力の器が、めきめきと押し広げられる感覚。今までの、塵のような蓄積とは桁が違う。長く濃く生きた個体ほど、放つ魔素も濃いのだろう。


(器が、一回り……いや、二回りは、大きくなった)


もっとも、広がったばかりの器の底で、残った魔力は、もう尽き果てかけていた。


(ふう……終わった。これで、本当に一段落だ)


俺は大剣を地面に突き立て、その場に、どかりと腰を下ろした。


脇腹の傷が、じくじくと痛む。全身は汗と返り血にまみれ、腕はもう、まともに上がらない。


(――でも)


不思議と、気分は晴れやかだった。


(初仕事、上々だ。文句なしの、上等な一日だな)


強化を解いた視界に、木漏れ日が、きらきらと降り注いでいた。前世の、ガラス越しに眺めるだけだった光とは、まるで違う。


この林の匂いも、風の音も、体の痛みさえも――何もかもが、俺が今、確かに生きている証だった。


(さて。アルミラージの骸から魔石と角を回収するとしよう)


俺は、痛む体に鞭打って、ゆっくりと立ち上がった。


二度目の人生の、初めての狩り。確かな手応えを噛みしめながら、俺は倒したアルミラージのもとへと、足を向けた。

ここまでお読みいただき有難う御座います。戯演です。

戦闘シーンを書くのって、楽しいですね。


もしお気に召しましたら是非ご評価いただき、気長に次話をお待ちいただけますと幸いです。

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