2話 鈍らの大剣と、狩り場の村
※イラストは生成AIによるものです。
ギルドを出た俺は、その足で武器屋を探した。
大通りから一本入った路地に、それらしい店はすぐに見つかった。軒先に錆びた剣を吊るした、間口の狭い店だ。
(さて……先立つものが心もとないけど)
俺の懐にあるのは、母さんがくれた千ゴールドの残り。ギルドの登録料で半分が消え、手元には五百ゴールドしか残っていない。この金で、武器も防具も遠出の支度も、全部そろえなきゃならないのだ。
店に足を踏み入れて、俺は思わず眉をひそめた。
(うわ……これはまた、ひどい品揃えだな)
壁に立てかけられた剣は、どれもこれも刃こぼれと錆だらけ。柄の革が擦り切れたもの、明らかに一度へし折れて打ち直したもの、血脂の匂いがこびりついたもの。出所を尋ねるのが怖くなるような中古品ばかりだった。
(そりゃそうか。貧民街の武器屋なんて、まともな新品が並んでるわけがない)
死んだハンターの得物が巡り巡って、こういう店に流れ着くのだろう。値札のついていない品の来歴なんて、考えないほうが精神衛生上よさそうだ。
(正直、この店の武器の切れ味に命を預けるくらいなら……自分で素材を集めて、まともな鍛冶屋に持ち込むほうが、よっぽどマシだよな)
とはいえ、その素材を集めるための最初の一本が、今の俺には要る。アルミラージを狩れるだけの武器が、どうしても必要なのだ。
(切れ味もギミックも、この店じゃ期待できない。だったら――)
俺は、店の奥へと視線を巡らせた。頭の中にあるのは、仮想世界で数えきれないほど握った、あの得物の感触だ。
(BHで、俺が一番愛用してたのは大剣だった)
大剣。両手で振るう、身の丈ほどもある長大な剣。一見すると鈍重で、扱いにくそうに見える武器だ。
(でも、実際は違うんだよな)
両手で扱えるぶん、慣れれば思いのほか素直に振れる。剣の腹を盾代わりにして攻撃を受け流すこともできるし、いざとなれば背中に背負って全力で走ることもできる。短剣と盾の組み合わせに比べれば、確かに取り回しは悪い。だが――攻撃力は、比べるべくもない。
(切れ味が期待できないなら、重さと質量で叩き斬ればいいしな。大剣なら、鈍らでも仕事はできる)
急所を狙って一撃で仕留めるより、多少手荒でも確実に数を減らす。今回の依頼にはそのほうが向いている。
俺は錆びついた大剣を一本ずつ手に取り、重心を確かめていった。刃筋が歪んだもの、重心が先に寄りすぎたもの、柄がぐらつくもの――どれも即座に戻す。
そうして選り分けるうち、埃をかぶった一振りが目に留まった。
(これは……)
刃はやはり錆だらけの鈍らだ。だが、握ってみて驚いた。刀身と柄の重量のバランスが、見事に取れている。しかも、切っ先の背に逆手で掴むための握りがついていた。
(これは……盾代わりに使うときに丁度いいな。作り手は、大剣の使い方をよくわかってたみたいだ)
錆さえ落として研ぎ直せば、化けるかもしれない。
(見た目はボロボロだけど……骨のいい一本だ)
俺が刃を検めていると、しわがれた声が飛んできた。
「坊主、目が肥えてるじゃねえか。そいつは掘り出しもんだぜ。三百ゴールドでどうだ」
でっぷりと太った店主が、カウンターの奥からにやついている。
(三百……ふっかけてきたな)
錆だらけの中古の大剣に、三百ゴールドは高い。相場を知らない子どもだと見て、足元を見ているのだろう。
(けど、こっちも黙って払うつもりはないぞ)
俺は大剣を軽く掲げ、わざとらしく刃の錆を指でなぞってみせた。
「この錆、芯まで来てますよね。研ぎ直しに手間がかかる。三百は、いくらなんでもふっかけすぎです」
「ほう、言うじゃねえか」
「――こうしましょう。この大剣に、そこのへたった革鎧と、へこんだ小手、それと解体用のナイフを一本。ぜんぶまとめて、三百ゴールド」
店主が、ぐっと言葉に詰まった。
「おいおい、坊主。それじゃ儲けが出ねえよ」
「どれも売れる当てのないボロばかり。不良在庫がまとめて捌けるなら、店としては上等じゃないですか?」
しばらく睨み合いが続いた。やがて店主は、はぁ、と大きく息を吐いた。
「……わかったよ。持ってけ、この悪ガキ。口だけは達者だな」
苦笑いしつつ、俺は革鎧と小手、解体用のナイフを受け取った。どれもへたっているが、身を守り、獲物を捌くには十分だ。
(ふう。これで、装備はどうにか整った)
*
武器屋を出た俺は、残りの金で狩りの支度を整えていった。
飲み水を詰めた革袋。一食分の保存食。この一帯の農地を描いた粗末な地図。狩った獲物を入れて持ち帰るための素材袋。それと、傷薬を少しばかり。
(これで、財布はほとんど空っぽだ)
情けない話だが、初めての依頼で稼がなきゃ、明日の飯にも困る有り様だった。日帰りのつもりで支度を切り詰めたのも、半分は懐事情のせいだ。
(まあ、退路がないってのは、悪いことばかりじゃない。腹をくくれる)
背に負った大剣の重みを確かめる。ずしり、と肩に食い込むその重さが、不思議と心地よかった。
(前世の俺なら、この重さに一歩も歩けなかっただろうな)
生まれつき体が弱くて、家から出ることもままならなかった。思いきり走ったことも、バットを振ったことも、ただの一度もなかった。
(それが今は、この重い剣を背負って、自分の足で歩いてる)
たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
(よし。行くか)
俺は農地へと続く、貧民街の門をくぐった。
*
門の外には、見渡すかぎりの農地が広がっていた。
エツァの街は、中心の貴族街から外へ向かって、平民街、貧民街、農地と、同心円状に広がっている。それぞれを別つように、円状の城壁が幾重にも囲い込んでいるのだ。俺がくぐったのは、貧民街と農地とを隔てる、三つめの壁の門だった。
麦の穂が風に揺れ、その先には牧草地が続く。遠く霞んだ地平の際には、農地を守る壁――都市と外界を分ける壁がうっすらと横たわって見えた。ここから壁の際まで、農地はゆうに十キロを超えて広がっているという。
(すごいな……これだけの農地が、丸ごと壁の内側なのか)
俺は乗合所へ向かい、目的の集落へ行く馬車を探した。
だが、そんな辺鄙な農地行きの便は、荷馬車が一台あるきりだった。
「悪いが、客車じゃねえぞ。荷物の上でいいなら、乗せてってやる」
御者と交渉して、俺は積み荷の麻袋の上に腰を落ち着けた。座り心地は最悪だが、贅沢は言っていられない。
がたごとと車輪が石を噛むたび、尻に振動が突き上げる。それでも、頬をなでる風と、鼻先をくすぐる土と草の匂いが、俺には何よりのごちそうだった。
(生身で風に吹かれるって、こんなに気持ちいいんだな)
俺は三時間ほど荷馬車に揺られ続けた。最外壁がぐっと近づいたころ、質素な家々が寄り集まった、小さな集落が見えてきた。
*
馬車を降りて、俺は集落を見渡した。
麦畑の合間に、粗末な柵で囲われた一角がある。その中では、痩せた羊や山羊が、のんびりと草を食んでいた。
(麦だけじゃなく、牧畜もやってる村か)
なるほど、と俺は納得した。
(この家畜が、アルミラージに狙われてるんだな)
BHでも、農地に侵入するF級魔獣の依頼は、たいていこんな内容だった。作物を荒らし、家畜を襲う。現代日本でいえば、里に下りてくるクマのような存在だ。人里にとっては、十分すぎる脅威となる。
俺が村の入口に足を踏み入れると、見すぼらしい麻服を着た男たちが、数人、こちらへ近づいてきた。
(そりゃ、警戒もされるか)
背丈に不釣り合いなボロの大剣を背負った子ども一人。どこの馬の骨とも知れない余所者だ。訝しがられて当然だった。
「おい、坊主。ここは見世物小屋じゃねえぞ。何の用だ」
先頭の、日に焼けた顔の男が、ぶっきらぼうに言った。
「ハンターです。ギルドの依頼で、アルミラージの討伐に来ました」
俺がそう告げると、男たちは顔を見合わせ、露骨に笑った。
「ハンター? お前がか」
「冗談だろ。まだ乳臭いガキじゃねえか」
「その錆びた鉄くずで、あの兎どもをどうにかできるってのか?」
(うん、まあ、そう言われるよな)
想定内の反応だ。俺はいちいち腹も立てず、まっすぐに男たちを見返した。
「信じてもらえないのはわかります。でも、依頼はちゃんと受けてきました。村長さんに話を通してもらえませんか」
俺が受付の印の押された依頼書を見せると、男たちは毒気を抜かれたように黙り込んだ。
「……ちっ。まあ、村長に会わせるくらいはしてやるよ。あとは、あの人の判断だ」
日に焼けた男が、渋々といった様子で顎をしゃくった。
*
村長は、集落のいちばん奥にある、他より少しだけ大きな家に住んでいた。
出てきたのは、腰の曲がった白髪の老人だった。落ちくぼんだ目で、じろりと俺を、そして背中の大剣を見つめる。
「ギルドのハンター、とな。こんな幼い子が、ひとりで来たのか」
「テオドールといいます。駆け出しのF級ハンターです。アルミラージの討伐依頼を受けてきました」
村長は、しばらく黙って俺を眺めていた。俺を侮っている――というより、危なっかしいものを見る目だった。
「……坊主。分かっておろうが、この依頼は成功報酬制じゃ。狩れた頭数ぶんしか、金は払えん。腕試しに来るのは構わんが……」
そこで村長は、深く皺を刻んだ。
「ボロボロの装備の新入り、しかも子供ひとりじゃと? 悪いことは言わん。命は一つきりじゃぞ」
(心配してくれてるみたいだな)
その声には、余所者に向けるにしては、確かな気遣いがこもっていた。
「それにな」
村長は、声を落とした。
「下手に手を出して、あの兎どもを興奮させるのが、いちばん怖い。半端に刺激すれば、群れで村に押し寄せてくるかもしれん。そうなれば、家畜どころか村の者に死人が出る」
(なるほど。ただ狩ればいい、って話でもないのか)
村人にとっては、俺が仕損じたときのリスクのほうが、よっぽど切実なのだ。
俺は、少し考えてから尋ねた。
「村長さん。そのアルミラージの群れは、普段どこを根城にしているんですか」
「ん……村の裏手の、丘のほうじゃ。あそこに小さな林があってな。あの兎どもは、そこを根城にしとる。腹を空かせると、群れで下りてきて、家畜を襲うんじゃ」
(林を根城に、か。だったら、話は早い)
俺は、村長の目を見て、はっきりと告げた。
「わかりました。それなら俺は、その林の中まで行って、狩ってきます」
一瞬、その場が静まり返った。
「……なんじゃと?」
村長が、聞き間違いかという顔をした。周りの村人たちも、ざわめき始める。
「坊主、正気か。わざわざアルミラージの縄張りに踏み込むだと?」
「家畜を襲いに来たところを、追い払ってくれりゃそれでいいんだ」
村人たちは、口々に驚きの声を上げた。てっきり彼らは、村に下りてくるアルミラージを、柵のそばで迎え撃ってもらうつもりだったのだ。
(気持ちはわかる。でも、それじゃ根本的な解決にならないんだよな)
俺は、静かに首を振った。
「下りてきたやつだけを追い払っても、意味がないんです。林に残った群れは、また腹を空かせて下りてくる。それに――」
俺は、あえて声を低くして、脅すように続けた。
「あいつらは、放っておけば、どんどん数を増やす。中途半端に狩れば、生き残りが繁殖して、来年にはもっと大きな群れになって戻ってきますよ。そうなったら、この村じゃ手に負えない」
(実際、BHでも兎系の魔獣は繁殖が早かった。完全に狩り切らないと、湧いて出るように増える)
村長の顔が、さっと強張った。俺の言葉が、単なる子どもの強がりでないと悟ったのだろう。
「だから、狩るなら、根城ごと。群れを、一頭残らず狩り切ります」
(とはいえ、村長が気に病んでるのは、そこじゃないよな)
俺は、村長の懸念を思い返して、言葉を継いだ。
「刺激した群れが村に押し寄せる、って心配は、もっともです。だから――もし旗色が悪くて撤退することになっても、俺はこの村には戻りません。引くときは村と反対側へ、そのまま駆け抜けます」
しん、と静まった村を、乾いた風が吹き抜けた。
(狩り切るにせよ、しくじるにせよ――村に火の粉は飛ばさせない。それだけは、約束できる)
村長は、しばらく俺を見つめていたが、やがて、ふう、と長い息を吐いた。
「……そうまでして依頼を受けたいというのか。それなら……好きにするがよい。じゃが、無理と思うたら、迷わず引け。死んでは、元も子もないぞ」
「肝に銘じておきます」
俺は頭を下げると、背中の大剣を握り直し、アルミラージが巣食う丘へ向けて出発した。
(さあ……二度目の人生の、初仕事だ)
日銭を稼ぐため、自分の存在を証明するため。そんなものは、本当の動機に比べれば些細なことだった。
(この健康な体で、思いっきり暴れられる。それだけで――上等だ)
俺は、丘の斜面をぐんぐんと登っていった。息が上がっても、脚は軽い。生きて動く、この体が、どうしようもなく嬉しかった。
やがて眼前に、鬱蒼と茂った林が、その口を開けて待ち構えていた。
(この林の奥に、アルミラージの根城がある)
村からは距離がある。ここでなら、思う存分やれる。
俺は大剣の柄を握りしめ、薄暗い木立の中へと、一歩を踏み出した。
ここまでお読みいただき有難う御座います。戯演です。
よくあるファンタジー武器屋に、一度でいいから入ってみたいきょうこのごろです。
もしお気に召しましたら是非ご評価いただき、気長に次話をお待ちいただけますと幸いです。




