1話 転生と勘当、新たなる一歩
※イラストは生成AIによるものです。
俺の横を、荷物を担いだ男が「どいたどいた!」と叫びながら駆け抜けていった。
負けじと、串焼きを売る女が声を張り上げる。値切る客と店主の怒鳴り合い、駆け回る子どもたち、香辛料と煙と汗の匂い。狭い路地は人と荷物で溢れかえり、むせ返るような熱気に満ちていた。
(うわ……すごい活気だ。貧民街ってのはもっと陰気で、静まり返った場所だと思ってた)
貴族街で暮らしていたころから、貧民街という区画があることくらいは知っていた。だが、その実情までは、何ひとつ分かっていなかった。
軒の傾いたあばら家が、身を寄せ合うように折り重なり、その隙間を縫って洗濯物がはためいている。貧しく、乱雑で――それでも、どこを見ても、人が力いっぱい生きていた。
(これからは……俺も、貧民街の住人ってわけだ)
乾いた笑いがこぼれた。ほんの数日前まで、俺は絹の敷布の上で目を覚ましていたというのに。
俺の名は、テオドール。都市国家エツァの貴族、シュトラル家の側室の子として生まれた。
もっともそれは、「今の」俺の話。
物心がつくころから、俺の頭の中には、少しずつ、まったく別の人生の記憶が滲み出していた。前世――日本という国で暮らしていた、ひとりの大学生の記憶だ。
(生まれつき体が弱くてさ。ほとんど家から出られなくて、大学だって通信制で……)
(外を出歩くこともできない俺の、唯一の生きがいがゲームだったんだ)
その名も「BH」。魔獣を狩り、世界を巡る、VRのアクションオンラインゲーム。俺は寝食も惜しんでのめり込み、そしてついに――世界ランク一位に、指先が触れた。
(触れたその瞬間に心臓発作。あっけないもんさ)
そうして俺は、この世界の赤ん坊として生まれ直したらしい。前世の記憶と人格は、成長とともに少しずつ形を取り戻し、やがて俺は、ひとつの事実に気づいてしまった。
(この世界……前世で遊んだBHに、そっくりだ)
中世ファンタジー、城塞都市、魔獣、ハンター。どれもこれも、俺が飽きるほど遊んだあの世界の焼き直しみたいだった。
(でも、完全一致ってわけじゃないんだよな)
都市国家エツァなんて名前も、この地方の地図も、BHでは一度も見た覚えがない。それに、「スキル」の仕組みが全く異なっていた。
BHでは各々がスキルポイントを割り振って、思い思いのビルドを構築していた。だがこの世界では勝手が違う。スキルの発現には才能と鍛錬の両方が必要で、特に魔法と癒術には血統の影響が色濃く反映されていた。
(転生できたことに比べれば、そんな違いは些細だよな)
だってそうだろう。生まれつき自分の足で走ることすらできなかった俺が、今度こそ健康な体で、憧れのハンターになれるかもしれない。そう思っていた。
シュトラル家は代々、優れた雷魔法を操るハンターを輩出してきた名家だ。当主である父ギルベルトも、正妻の子である姉や他の異母兄弟も、みな雷を操る。側室の子とはいえ、俺の血にもその才が流れているはずだった。
だが。
(成人の儀で、才能儀に手をかざした瞬間――はっきりしちまった)
俺には、雷魔法の才が、これっぽっちも無かった。
シュトラル家に代々伝わる、上等な才能儀。その水晶は、戦士の才を示す鈍い光を灯すだけで、雷はおろか、魔法のきらめきを一片も返さなかった。ざわめく大人たち。露骨に顔を歪める父。魔法の才を持たぬ側室の子など、名家にとっては汚点でしかない。
俺は、その日のうちに勘当された。
(母さんは……何も言えなかった)
当主である父に、側室が逆らえるはずもない。母リリアンはただ、震える手で、なけなしの金貨を俺の手に握らせた。
「……達者でね。私の可愛いテオドール……」
それだけ言って、目を逸らした。
俺を追い詰めた家の人間の中で、あの人だけは、最後まで俺を子として見てくれていた。
だから俺は、何も言わずに、その手を握り返したのだ。
こうして俺は、身分も家も失った。貴族街を追われ、平民街からも追い出され、流れ着いた先が――この貧民街というわけだ。
(普通なら、絶望するところなんだろうけどな)
俺は、拳を握った。この逆境のなかで、BHに熱中していたころの闘志が湧き上がってくるのを感じた。
(俺は戦士極振りのビルドで一位にタッチしたんだ。戦士の才だけあれば……十分さ)
この世界でも、戦士の才があればハンターになれる。ハンターになれば、都市の外へ出られる。前世じゃガラス越しにしか見られなかった世界を、今度は自分の足で歩ける。
(そして――もう一度、頂点を目指せる)
ゲームの中で、俺は世界一のハンターだった。この体で、この世界で、もう一度それを掴んでやる。
(うん。悪くない。むしろ、上等だ)
俺は顔を上げ、貧民街の雑踏へと足を踏み出した。
*
まず向かうべきは、ハンターギルドだ。
貴族街にあるギルド本部なら、俺も何度か遠目に見かけたことがある。小さな城のような、堂々とした建物だった。だが当然、勘当された今の俺は貴族街に立ち入ることはできない。
幸い、ギルドには平民街と貧民街にも、それぞれ分署が置かれている。俺は迷わず、貧民街のギルドを目指した。
目当ての建物は、大通りの交差点に、すぐに見つかった。
(これが……ギルドの分署?)
広いだけの、貧相な平屋だった。貴族街で見かけたあの本部とは、比べるのも申し訳ないほどだ。目の前にあるのは、ただの大きな倉庫にしか見えない。
建物のすぐ外では、魔獣の解体や素材の受け渡しが、堂々と行われていた。生々しい血の匂いが、香辛料の匂いに混じって鼻をつく。
俺は覚悟を決めて、扉をくぐった。
(これは……ギルドっていうより)
中は、巨大な大衆酒場だった。
昼間だというのに、あちこちで男たちが酒をあおり、怒鳴り、賽を投げている。傷だらけの顔、剣呑な目つき。とてもまともな職業斡旋所には見えない。
(それもそうか)
少し考えて、納得した。この都市では、D級以上のハンターは平民街への居住を許される。つまり、わざわざ貧民街の分署に屯しているのは、E級とF級――最下級のハンターばかりということだ。
(まあ、中には上級の物好きも紛れてるかもしれないけど……)
どっちにしろ、俺には関係ない。人混みを押しのけて、俺は奥の受付を目指した。
受付には、目つきの鋭い女性が一人、頬杖をついて座っていた。俺の姿を認めると、あからさまに面倒くさそうな顔をする。
「……何」
「あの、ハンターに、登録したくて」
「見ない顔ね。どこの通りから流れてきたの」
「いえ、貧民街じゃなくて……その、貴族の家から勘当されて」
言った瞬間、彼女の眉間の皺が、さらに深くなった。
(うわ、露骨に嫌な顔された)
「元・貴族様、ね」
受付嬢は気だるげにため息をつくと、指を一本立てた。
「登録料、五百ゴールド」
「――五百⁉」
思わず声が裏返った。
(五百って……この貧民街なら、数か月は暮らせる額じゃないか?)
吹っ掛けられている。そう直感したが、口には出せなかった。ここでギルドの職員を糾弾したところで、追い出されて終わりだ。今の俺には、後ろ盾も何もない。
(手持ちは、母さんがくれた千ゴールドだけ……その半分が一瞬で消えるのか)
それでも迷ってはいられなかった。ハンターにならなければ、俺は前に進めない。
「……払います」
俺は金貨を数えて、カウンターに置いた。
「……あんた、正気?」
受付嬢が初めて素の表情を見せた。まさか本当に払うとは思っていなかったらしい。
彼女はしばし俺を睨むように見ていたが、やがて金貨を手元に引き寄せ、羽根ペンを手に取った。
「才能は?」
「戦士です。戦士の才だけ」
「……戦士ねぇ」
彼女は、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
(この反応……やっぱりな)
前世のゲームでは、戦士こそがパーティーのメイン火力だった。だがこの世界は違う。死んだら終わりの、リアルな世界だ。魔獣を相手に近接戦を挑む戦士は、あまりに過酷で、極める者などいやしない。
だからこそ、遠くから安全に攻撃できる魔術士こそが優れたハンターとされていた。とりわけ魔術士に加えて戦士の才を持つ者が、最上級ハンターとして持て囃される。
(けど、俺には戦士の才しかない)
戦士の才のみのハンターは下級に溜まり、中級に上っても魔術士や癒術士の護衛や囮、果ては荷物持ちが役目になるのだった。
(それでも――諦める気は、これっぽっちも無いからな)
受付嬢は、しぶしぶといった様子で、羊皮紙に俺の名を書き込んだ。
「はい、これで登録完了。今日からF級ハンターよ」
「ありがとうございます。えっと……」
「……イルゼよ。……せいぜい、無駄死にしないようにね」
こうして俺は、晴れて最下級のハンターとなった。
*
登録を済ませた俺は、壁際へと足を運んだ。
ギルド――もとい酒場の壁には、依頼書とパーティー募集の紙が、乱雑に重なり合って貼り出されていた。
(さて、と)
俺は、順に目を走らせていく。当然ながら、応募できそうなパーティー募集は見当たらない。
(実績なし、F級、戦士……そんな新人を誘うパーティーなんて、一つも無いよな)
パーティー募集はどれも魔術士か癒術士、それか経験者の戦士を求めるものばかり。俺のような素性の知れない最下級の戦士はお呼びではない。
(なら、ソロでやれる依頼を探すしかない)
俺は、依頼書を舐めまわすように読んでいった。
家の訓練場で、剣術だけは仕込まれている。そのころから、いくつかの身体強化スキルが使えることも確認済みだ。自分の実力と、前世で叩き込んだゲームの知識。それを合わせれば、簡単なF級の依頼なら、ソロでもこなせるはずだ。
そうして探すうち、一枚の依頼書が目に留まった。
(兎角獣アルミラージの討伐……できるだけ多く、か)
アルミラージ。犬ほどの大きさの、角の生えた肉食の兎だ。額から突き出た一本角と、赤い目。群れれば厄介だが、一頭一頭はさほど強くない。
(毛皮も、そう固くはなかったはずだ)
なまくらの剣でも、しっかり打ち込めば仕留められる。討伐場所は、都市の最も外側――農地の周辺。危険は増すが、その分、腕を試すにはちょうどいい。
俺は、その依頼書を剥がして、受付へ持っていった。
「……これ、受けたいんですけど」
「アルミラージ? あんた、まさかソロで行く気?」
イルゼの顔が、また険しくなった。
「新人がF級とはいえソロで依頼を受けるのは、危険すぎるわよ。群れに囲まれたら、あんたみたいな戦士、あっという間に――」
「わかってます。それでも、行きます」
俺は、まっすぐにイルゼを見返した。
(自信過剰の死にたがり、とでも思われてるんだろうな)
イルゼは何か言いかけて、けれど結局、諦めたように口を閉じた。ここで止めたところで、俺のような人間は勝手に外へ出ていく。そう判断したのだろう。
「……好きにしなさい。受諾するわ。死んでも、ギルドは責任取らないから」
「はい。ありがとうございます」
依頼書に、受諾の印が押される。俺は、確かにそれを受け取った。
(よし……まずは第一歩だ)
俺は、ギルドの喧騒を背に、扉を押し開けた。
(それじゃ、武器屋に向かうか)
外に出ると、貧民街の熱気が、また俺を包み込んだ。饐えた匂いも、怒号も、子どもの笑い声も――さっきまでとは違って、なぜだか嫌いになれなかった。
俺の、二度目のハンター人生が――ここから、始まる。
はじめまして、戯演と申します。
ここまでお読みいただき感無量です。
もしお気に召しましたら是非ご評価いただき、気長に次話をお待ちいただけますと幸いです。




