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転生したら俺が神になっていた件――なお教義はだいたい後世の解釈  作者: 後世の解釈


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第46話 掃除する神さま

 教会の外にいる意味を考えた翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた。


 早く神社へ行きたい。そう思った。


 だが、すぐに起き上がらなかった。


 早く行きたい時ほど、少し待つ。来たすぎるやつも危ない。


 爺さんにそう言われていた。


 俺は布団の中で少し待った。


 天井を見る。ホテルの白い天井。


 神社ではない。田村家でもない。教会でもない。ただの宿。


 それでも、ここで寝た。


 人間部分は、飯を食った場所、寝た場所、掃除した場所に少しずつ置かれる。


 爺さんの言葉を思い出す。


 俺はここにも少し置かれている。


 そう思うと、宿の天井も少し悪くなかった。


 朝食の席で、榊原さんが言った。


「今日は、試行期間の最終評価前確認です」


「最終評価前確認」


「はい」


「かなり段階がありますね」


「必要です」


「つまり、まだ最終ではない」


「はい」


「でも、かなり進んでいる」


「はい」


「今日は何を確認するんですか」


「通常作業、来訪者対応、箱周辺の管理、あなたの状態、地元側の反応です」


「多いですね」


「多いです」


「俺は何をすれば」


「いつも通り掃除してください」


「いつも通り」


「はい」


 いつも通り。それが一番難しい日もある。


 何かの評価があると、いつも通りができなくなる。


 神を証明しろと言われるより、普通に掃けと言われる方が、今は難しい。


 神社へ着くと、爺さんがいた。いつも通り。箒を持っている。


「おう、評価前」


「おはようございます」


「硬い顔してるぞ」


「評価されるので」


「掃除を評価するんだろ」


「はい」


「なら掃け」


「はい」


「評価されようとするな」


「難しいです」


「難しいなら、葉っぱを見ろ」


「はい」


 箒を受け取る。参道を見る。落ち葉がある。昨日より少ない。でも、ある。


 俺は掃き始めた。


 奥から手前。人が通る場所を先に。完璧にしない。力を入れすぎない。評価されようとしない。


 葉っぱを見る。掃く。


 しばらくすると、少し落ち着いてきた。


 やはり掃除は強い。


 掃除中は、俺が何者かを問わなくていい。


 神の子か。人の子か。伊佐留神か。ナザレさんか。外来種か。掃除見習いか。


 そんなことより、そこに葉っぱがある。だから掃く。


 それで十分だった。


 午前の途中、地元の女性が来た。いつもの野菜の人だった。


「今日も掃除?」


「はい」


「見習い、板についてきたねえ」


「そうでしょうか」


「うん。前より自然」


 自然。その言葉が少し嬉しかった。


 俺は榊原さんを見そうになったが、見なかった。


 評価を求めすぎるのもよくない。


「ありがとうございます」


 俺は答えた。


 女性は爺さんに野菜を渡し、社に手を合わせて帰っていった。


 榊原さんは、少し離れた場所で記録していた。


 たぶん、地元側反応、良好。そう書かれるのだろう。


 その次に、観光客が一組来た。夫婦らしい。


 俺を見ても、特に反応しない。社に手を合わせ、境内を少し見て、帰っていった。


 写真も撮らなかった。質問もなかった。


 それが、とてもありがたかった。


「何も起きない参拝、良いですね」


 俺が言うと、爺さんが頷いた。


「一番いい」


「そうなんですか」


「毎回何か起きたら、場所がもたん」


「はい」


「神社も、だいたい何も起きない方がいい」


「神社なのに」


「神社だからだ」


 かなり深い気がした。


 だが、今日は掃除の話だ。俺は頷いて、また掃いた。


 昼前、箱の確認をした。


 社の裏。小さな空き地。書類箱。御神体ではない。仮設置。


 箱は昨日と同じようにあった。


 榊原さんが状態を確認する。爺さんが周囲を見る。俺は少し離れて待つ。


 今日は開けない。外から見るだけ。


「問題ありません」


 榊原さんが言った。


「箱も安定してきましたか」


 俺が聞くと、爺さんが言った。


「箱は最初から安定してる」


「俺が?」


「お前が揺れてる」


「はい」


 否定できない。


 箱は置かれている。俺が意味を乗せたり、下ろしたりしている。


 だから、揺れるのは箱ではなく俺だ。


「今日は、箱の前で何もしなくていい」


 爺さんが言った。


「はい」


「見た。それで終わり」


「はい」


「触らない。祈らない。意味を足さない」


「はい」


 俺は頷いた。


 見るだけ。確認するだけ。それで終わり。


 これもかなり大事な練習だった。


 社務所へ戻ると、田村さんが来ていた。奥さんも一緒だった。


 田村さんは少し得意そうに、奥さんはいつも通り落ち着いていた。


「おう、評価前」


「みんなそう呼ぶんですね」


「だって評価前だろ」


「はい」


「緊張してるか」


「少し」


「飯食え」


 田村さんは、いつものように戻す。


 奥さんがお弁当を広げた。


 おむすび。卵焼き。焼き魚。小さな煮物。漬物。


 今日は少し多い。


「これは祝いですか」


 俺が聞くと、奥さんが答えた。


「昼ご飯」


「昼ご飯ですね」


「そう。評価前でも昼ご飯は昼ご飯」


「はい」


 かなり強い。


 俺たちは食べた。爺さんも食べる。榊原さんも食べる。田村さんも食べる。


 社務所の机は、書類と茶と弁当でいっぱいだった。


 神社の社務所というより、かなり田村家に近い。


「榊原さん」


「はい」


「ここ、少し田村家みたいになっていませんか」


「生活支援の影響が出ています」


「硬いですね」


「ただ」


「はい」


「悪いことではないと思います」


 珍しい。


 榊原さんが、こういう柔らかい判断を口にすることが増えた。


 奥さんが笑った。


「玲子さんも、だいぶ柔らかくなったわね」


「そうでしょうか」


「そうよ」


「記録はしません」


「しなくていいの」


 奥さんは本当に強い。


 昼食のあと、榊原さんが今日の確認事項を読み上げた。


「地元住民との通常応答、問題なし」


「はい」


「観光客対応、問題なし」


「箱周辺の確認、問題なし」


「はい」


「作業中の集中、初期緊張はありましたが、途中から安定」


「はい」


「午後作業なしの条件も遵守予定」


「はい」


「総合的には、非常に良好です」


 非常に。俺は少し動きを止めた。


「非常に、ですか」


「はい」


「嬉しいです」


「高揚に注意してください」


「はい」


 田村さんが笑った。


「よかったな、掃除する神さま」


 場が少し止まった。


 掃除する神さま。かなり直接だった。


 榊原さんが反応しかけた。だが、爺さんが先に言った。


「まだ神さまじゃねえ」


「候補だろ」


「候補だ」


「でも、掃除はしてる」


「してる」


「じゃあ、掃除する神さま候補」


「長いな」


 榊原さんが言った。


「外では使用しないでください」


「外ではな」


 田村さんが言う。


「内でも慎重にお願いします」


「はいはい」


「はいは一回」


 奥さんが言う。


「はい」


 いつもの流れだった。


 だが、俺は少し黙っていた。


 掃除する神さま。その言葉が、胸に残った。


 救う神。裁く神。赦す神。奇跡を起こす神。


 そうではなく、掃除する神さま。


 かなり小さい。でも、とても良い。


「俺は」


 俺は言った。


「掃除する神さまになりたいんでしょうか」


 全員が少し静かになった。


 まずい。また重くしたかもしれない。


 だが、今日は逃げない。


 田村さんは黙った。奥さんも黙った。榊原さんは、こちらを見ている。


 爺さんが茶を置いた。


「神さまになりたいのか」


「分かりません」


「掃除はしたいんだろ」


「はい」


「なら、今はそれでいい」


「はい」


「神さまかどうかは、後から人が言う」


「はい」


「お前が先に決めるな」


「はい」


「掃除しろ」


 かなり爺さんだった。かなり正しい。


「掃除する神さまになりたい、ではなく」


 榊原さんが静かに言った。


「掃除を続けたい、でよいのではないでしょうか」


「はい」


「神さまかどうかは、定義を急がない」


「はい」


「ただ、あなたが掃除をすると安定する」


「はい」


「場所も少し整う」


「はい」


「来た人も、少し落ち着くことがある」


「はい」


「今は、その事実を積み上げる」


 事実を積み上げる。


 書類もそうだった。戸籍もそうだ。祈りもそうかもしれない。


 いきなり神になるのではなく、掃除した事実を積む。茶を飲んだ事実を積む。箱を見た事実を積む。来訪者に答えすぎなかった事実を積む。


 そうして、あとから名前が追いついてくる。


「紙は後から追いつく」


 俺が言うと、爺さんが頷いた。


「名前も後から追いつく」


「はい」


「じゃあ、今日は掃除見習いで」


「はい」


 奥さんが言った。


「でも、掃除する神さまって、ちょっといいわね」


 榊原さんが少し困った顔をした。


「奥さんまで」


「外では言わないわよ」


「お願いします」


「でも、いい言葉よ」


「危険な言葉でもあります」


「そうね」


 奥さんはあっさり頷いた。


「いい言葉は、危ないものね」


 かなり強い。


 いい言葉は危ない。それは本当にそうだ。


 俺の言葉も、よいものとして広がり、危ないものにもなった。


 だから、いい言葉ほど扱い方がいる。


 掃除する神さま。この言葉も、外では危ない。


 でも、ここで少し置いておくには悪くない。


「では」


 俺は言った。


「掃除する神さま、という言葉は」


「外では使わない」


 榊原さんが言う。


「内でも慎重に」


「はい」


「でも」


 俺は少しだけ笑った。


「少し、置いておきます」


 爺さんが頷いた。


「置いとけ」


 その日の午後は休みだった。


 だが、すぐ帰るのではなく、少しだけ社務所で過ごした。


 作業はしない。書類も出さない。


 茶を飲む。奥さんが持ってきた果物を食べる。田村さんがくだらない話をする。爺さんが適当に返す。榊原さんがたまに訂正する。俺は笑う。


 かなり普通だった。


 そして、その普通さが、たぶん一番大事だった。


 夕方前、田村さんたちが帰る準備をした。


 奥さんが俺に言った。


「明日は評価?」


「はい」


「よく寝なさい」


「はい」


「張り切らない」


「はい」


「掃除は逃げない」


「爺さんにも言われました」


「じゃあ、大丈夫ね」


 田村さんは言った。


「掃除する神さま候補、明日は寝坊するなよ」


「しません」


「寝坊したらどうする」


「榊原さんに報告します」


「偉い」


「評価ですか」


「評価だ」


 榊原さんが言った。


「寝坊はしないでください」


「はい」


 みんなが帰ったあと、爺さんと榊原さんと俺だけが残った。


 爺さんは、社の裏の方を見た。


「明日、評価が通っても、いきなり変えるな」


「はい」


「通らなくても、全部なくなるわけじゃねえ」


「はい」


「掃除は明後日もある」


「はい」


「落ち葉は勝手に落ちる」


「はい」


「だから、落ち着け」


「はい」


 かなり効いた。


 明日、何が決まっても、落ち葉は落ちる。なら、掃く。


「榊原さん」


「はい」


「明日の評価で、もし継続できなかったら」


「はい」


「俺は、かなり落ち込むと思います」


「はい」


「その時は、困っていますと言います」


「はい」


「もし継続できたら」


「はい」


「かなり嬉しいと思います」


「はい」


「その時は、嬉しいですと言います」


「はい」


「どちらでも、重くしすぎないようにします」


「はい」


「評価は」


 榊原さんは、少しだけ微笑んだ。


「非常に良好です」


「嬉しいです」


 帰りの車で、俺はあまり話さなかった。


 でも、重い沈黙ではなかった。明日のことを考えている。


 掃除する神さま。危ない言葉。でも、少し良い言葉。


 俺は神になりたいのではない。少なくとも、今は違う。


 ただ、掃除を続けたい。場所を整えたい。祈りが乱暴に扱われないように、少し離れていたい。


 誰かが来たら、答えすぎず、茶を出し、箱の前に置く分だけ置いてもらう。


 それができるなら、かなりいい。


 宿に戻り、ノートを開いた。今日は短く書いた。


 評価前。


 非常に良好と言われた。


 掃除する神さま、という言葉が出た。


 危ないけど、少し良い。


 今は、掃除を続けたい、でいい。


 名前は後から追いつく。


 明日、困ったら困っていますと言う。


 嬉しかったら嬉しいと言う。


 明日も掃くかもしれない。


 以上。


 ノートを閉じる。


 赤い鶴は、まだ立っている。少し歪んでいても、立っている。


 俺も、たぶん少し似ている。


 神の子、家なき子。


 伊佐留神候補。


 掃除見習い。


 今日は、掃除する神さまという危ない言葉を、外へ出さずに少しだけ置いた。


 明日は評価の日。


 それでも、葉っぱは落ちる。


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