第37話 見習いにも休日があります
試行期間が始まってから、俺の朝は少し変わった。
宿で起きる。顔を洗う。朝食を食べる。榊原さんの確認を受ける。
そのあと、神社へ向かう。掃除見習いとして。午前中だけ。
かなり限定的だ。だが、限定的だからよかった。
朝から晩まで神社にいると、たぶん俺はすぐに意味を重くする。
神社に住むとは何か。伊佐留神とは何か。祈りを置くとは何か。教会との関係は。自分は神なのか、人なのか。
そういう方向へ行く。
だが、午前中だけなら、まず掃除で終わる。
落ち葉を掃く。社務所の戸を直す。古い棚の歪みを見る。茶を飲む。昼前に終わる。
それくらいがちょうどよかった。
初日。二日目。三日目。
俺は、かなり真面目に掃除をした。
爺さんからは、
「真面目すぎる」
と言われた。
「真面目なのは悪いことですか」
「悪くはない」
「では」
「重い」
「掃除も重くなりますか」
「お前がやると、何でも重くなる」
「かなり厳しい評価ですね」
「評価だ」
「嬉しくないです」
「必要な評価だ」
爺さんは、榊原さんみたいな言い方をするようになった。
榊原さんは、爺さんみたいに「今日は掃除の話です」と言うようになった。
二人とも、少しずつ混ざっている。俺は、それを見て少し嬉しかった。
だが、嬉しいと言うと記録されるので、半分だけ言った。
「少し嬉しいです」
「半分にしても記録します」
榊原さんが言った。
「厳しい」
「必要です」
四日目の朝。俺はいつものように準備をしていた。
すると、榊原さんが言った。
「今日は神社へ行きません」
俺は止まった。
「なぜですか」
「休養日です」
「体調は悪くありません」
「体調だけの問題ではありません」
「掃除はできます」
「できますが、今日は休みます」
「爺さんが?」
「はい。爺さんとも確認済みです」
「俺抜きで?」
「必要な調整です」
「そうですか」
少し寂しかった。いや、かなり寂しかった。
言っていいのか迷った。だが、奥さんに言われたことを思い出した。
困っている時に、困っていると言いなさい。
「榊原さん」
「はい」
「少し寂しいです」
「記録します」
「はい」
「ただし、寂しいこと自体は自然です」
「そうですか」
「はい」
「行きたいです」
「今日は行きません」
「はい」
「行きたいと言えたことは良いです」
「評価ですか」
「評価です」
「嬉しいですが、やはり寂しいです」
「はい」
榊原さんは、予定表を見せた。
今日は神社へ行かない。代わりに、午前中は宿で休養。昼は近くの定食屋。午後は散歩と買い物。夕方に神社関係の資料確認を少しだけ。
かなり普通の日だった。
「見習いにも休日があります」
榊原さんが言った。
「見習いにも」
「はい」
「神の子にも?」
「はい」
「伊佐留神候補にも?」
「はい」
「外来種にも?」
「はい」
「掃除するやつにも?」
「はい」
「全部、休日があります」
「あります」
俺は少し考えた。
「神さまにも休日はありますか」
「宗教的には慎重な質問です」
「はい」
「ただ、あなたには必要です」
「はい」
休日。
昔にも安息日はあった。働かない日。休む日。神のための日。
だが、今の俺に必要なのは、神のためというより、人として休む日だった。
午前中、俺は宿の部屋で本を読んだ。
図書館で借りた、地元の民話集だった。
神社へ行かない日に神社のことを読むのは、休んでいるのかどうか少し怪しい。
榊原さんもそう思ったらしく、途中で本を見た。
「内容は」
「民話です」
「神社関係ですか」
「少し」
「休養になっていますか」
「たぶん」
「たぶん」
「物語として読んでいます」
「研究ではなく」
「はい」
「神学にもしていません」
「今のところは」
「信用が低いですね」
「あなたの場合、念のためです」
俺は本を閉じた。
「では、別のことをします」
「無理にやめなくても構いません」
「でも、休養が難しいです」
「そうですね」
「何もしないのが難しい」
「はい」
榊原さんは少し考えてから、鞄から小さな道具を出した。
折り紙だった。
「これは」
「折り紙です」
「知っています」
「やったことは」
「ありません」
「では、鶴を折ります」
「鶴」
「はい」
「なぜ」
「手を使う作業で、危険性が低いからです」
「危険性が低い」
「はい」
「紙をワインにしません」
「しないでください」
榊原さんは、折り紙を一枚俺に渡した。
正方形の紙。薄い。片面が赤く、片面が白い。
「これを折るんですね」
「はい」
榊原さんは、ゆっくり折り方を説明した。
半分に折る。開く。反対側も折る。角を合わせる。線をつける。形を作る。
俺はかなり苦戦した。木を削るより難しい。
「紙は、かなり素直ではありませんね」
「力を入れすぎです」
「また」
「折り紙も敵を倒すものではありません」
「掃除みたいですね」
「はい」
紙を折る。ずれる。戻す。また折る。少し破れそうになる。
「優しく」
「はい」
「角を合わせて」
「はい」
「急がない」
「はい」
折り紙は、かなり修行だった。
だが、悪くなかった。
祈りでもない。救いでもない。奇跡でもない。
ただ、紙を折る。それだけなのに、集中できる。
「榊原さん」
「はい」
「これは、休養ですか」
「はい」
「かなり難しいです」
「難しい休養もあります」
「現代、難しいですね」
「はい」
ようやく鶴らしいものができた。
首が少し曲がり、翼もずれている。だが、鶴に見えなくもない。
「できました」
「はい」
「評価は」
「初回としては良好です」
「嬉しいです」
「ただし、力が入りすぎです」
「掃除と同じですね」
「はい」
俺は、折り紙の鶴を机に置いた。
赤い鶴。少し歪んでいる。だが、立っている。
「これは、どうしますか」
「持っていてもいいです」
「祀りません」
「祀らないでください」
「奉納もしません」
「しないでください」
「普通に置く」
「はい」
普通に置く。それが、かなり大事だった。
昼は、近くの定食屋へ行った。
神社へ行かないので、俺は少し落ち着かない。だが、腹は減る。
人間は、寂しくても腹が減る。かなり現実的だ。
定食屋では、焼き魚定食を頼んだ。榊原さんはうどんだった。
「胃に優しいですね」
「今日は少し軽めにします」
「疲れていますか」
「少し」
「俺のせいですか」
「一部は」
即答だった。
「少しは迷ってください」
「ただし、あなたが悪いという意味ではありません」
「はい」
「案件の性質上です」
「俺は案件ですか」
「はい」
「人でもありますか」
「もちろんです」
俺は味噌汁を飲んだ。
「榊原さんも休日が必要ですね」
「はい」
「取っていますか」
「十分ではありません」
「それは、問題では」
「問題です」
「自分で言うんですね」
「はい」
俺は少し考えた。
「俺が神社で掃除するようになったら、榊原さんは休めますか」
「少しは」
「本当に?」
「完全には無理です」
「そうですか」
「ただ、生活の中心が定まれば、移動管理の負担は減ります」
「はい」
「来訪者対応や制度面の負担は増えます」
「増えるんですか」
「増えます」
「では、あまり休めないのでは」
「だから、役割分担が必要です」
「爺さん、田村さん、奥さん、神父様、山辺先生」
「はい」
「教皇様は」
「増やさないでください」
「はい」
榊原さんは、うどんを食べた。少しだけ、表情が柔らかくなった。
「温かいうどんは、かなり強いです」
「そうでしょう」
「評価ですか」
「感想です」
「珍しいですね」
「休日なので」
休日。その言葉は、榊原さんにも必要だった。
午後、商店街を歩いた。神社とは逆方向だ。意図的に距離を取っているのだろう。
小さな文具店があった。榊原さんが入る。
「何を買うんですか」
「ノートです」
「書類ではなく?」
「ノートです」
「違いますか」
「違います」
店内には、ノート、ペン、封筒、のり、はさみ、折り紙、手帳が並んでいた。
紙が多い。現代は画面が強いのに、紙もまだ強い。
「このノートは、あなた用です」
榊原さんが言った。
「俺用」
「はい」
「何を書くんですか」
「掃除記録でも、作業メモでも、感じたことでも」
「記録なら榊原さんが」
「これは私の記録ではありません」
「では」
「あなた自身の記録です」
俺は少し黙った。
「俺が書く」
「はい」
「何を」
「自分で決めてください」
「難しいですね」
「はい」
「でも、必要ですか」
「必要だと思います」
榊原さんは、薄いノートを一冊選んだ。
派手ではない。灰色の表紙。普通の罫線。
「このくらいがいいと思います」
「なぜ」
「重くなりすぎないので」
「ノートにも重さがあるんですね」
「あります」
俺はそのノートを受け取った。
軽い。だが、少しだけ緊張した。
自分の記録。
福音書ではない。教義でもない。聖書でもない。証言でもない。
ただの、俺のノート。
「これは、誰かに見せますか」
「原則として、見せなくていいです」
「榊原さんにも?」
「必要があれば確認しますが、基本はあなたのものです」
「俺のもの」
「はい」
俺のもの。それも少し久しぶりだった。
俺の言葉は、すぐにみんなのものになった。俺の名前も、みんなのものになった。俺の死も、みんなのものになった。
だが、このノートは、俺のものらしい。
「買います」
「はい」
「自分で払います」
「どうぞ」
俺は現金を出した。店員が受け取り、レシートをくれた。
「領収書は」
言いかけて、止まった。榊原さんが少し笑った。
「今日はレシートで十分です」
「学習しています」
「はい」
宿へ戻ってから、俺はノートを開いた。
最初のページ。何を書くべきか迷った。
神の子、家なき子。伊佐留神候補。掃除見習い。仮採用。休日。
どれも書くと重い。
俺はペンを持った。少し考えて、こう書いた。
今日は神社へ行かなかった。
少し寂しかった。
折り紙の鶴を折った。
うどんは温かかった。
ノートを買った。
以上。
かなり短い。だが、良かった。
教義ではない。救いではない。ただの日記。
俺はそれを榊原さんに見せるか迷った。見せなくていいと言われた。だから、見せないことにした。
それも少し大事な気がした。
夕方、榊原さんが部屋に来た。扉は開けたまま。
「ノートは書けましたか」
「はい」
「見せなくて大丈夫です」
「はい」
「書けたことだけ確認します」
「書けました」
「よろしいです」
「評価ですか」
「評価です」
「嬉しいです」
その時、爺さんから榊原さんに連絡が来た。短いメッセージだった。
「『明日は来い。葉っぱが多い』」
俺は少し笑った。
「行っていいんですか」
「予定上は可能です」
「午前中?」
「はい」
「嬉しいです」
「記録します」
「はい」
続けて、田村さんからもメッセージが来た。
「『見習いにも休日はある。休めたか』」
榊原さんが読む。
「返事は?」
俺は少し考えた。
「『少し寂しかったけど、休めました』」
榊原さんが入力した。すぐに返ってきた。
「『上出来』」
かなり短い。だが、嬉しかった。
「評価ですね」
「評価です」
「嬉しいです」
夜、俺は机の上の折り紙の鶴を見た。
少し歪んでいる。だが、立っている。
今日は神社へ行かなかった。掃除もしなかった。戸も直さなかった。祈りも聞かなかった。
でも、休んだ。
折り紙を折り、うどんを食べ、ノートを買い、短い日記を書いた。
見習いにも休日がある。
神の子にも、たぶんある。伊佐留神候補にも。掃除するやつにも。外来種にも。
俺は、少しずつ生活を覚えている。
生活には、掃除する日だけでなく、掃除しない日も含まれる。
それを、今日は折り紙の鶴で学んだ。




