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転生したら俺が神になっていた件――なお教義はだいたい後世の解釈  作者: 後世の解釈


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第36話 神の子、仮採用です

 翌朝、榊原さんはいつもより書類が少なかった。


 少ない、と言っても、普通の人から見れば多い。


 だが、榊原さん基準では少なかった。


 机の上には、厚い束ではなく、数枚の紙だけが置かれていた。


「今日は、これだけですか」


「はい」


「少ないですね」


「重要な書類です」


「少ないのに重要」


「はい」


 榊原さんは、一枚目を俺の前に置いた。そこには、こう書かれていた。


 伊佐留神社内作業・滞在試行案。


「試行案」


「はい」


「決定ではなく」


「試行です」


「便利ですね、試行」


「便利です」


 俺は紙を見た。内容は、かなり具体的だった。


 一、ナザレ・ヨシュアは、当面、神社内の掃除・軽微な修理補助を行う。


 二、作業は無償の奉仕ではなく、生活支援・保護計画の一部として扱う。


 三、金銭の授受は、榊原管理下で名目を明確化する。


 四、参拝者対応は原則として行わない。


 五、宗教的相談、祈祷、治癒、予言、赦し、裁きは行わない。


 六、本人の希望、精神状態、地域側の受け入れ状況を一定期間観察する。


 七、問題が発生した場合は即時中止する。


「仮採用みたいですね」


 俺が言うと、榊原さんは少しだけ頷いた。


「近いです」


「神の子、仮採用」


「その表現は外では絶対に使わないでください」


「はい」


「ただし、内部的には近いです」


「内部的には、神の子、仮採用」


「言わないでください」


「はい」


 俺はもう一度紙を見た。


 仮採用。かなり良い言葉だった。


 本採用ではない。決定ではない。でも、完全な保留でもない。


 ここで掃除したい。その希望が、少しだけ形になっている。


「榊原さん」


「はい」


「これは、俺の希望が通ったんですか」


「通った、とはまだ言えません」


「では」


「試行する価値があると判断しました」


「かなり法務ですね」


「はい」


「でも、前に進んでいますか」


「進んでいます」


 その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなった。


 進んでいる。


 安全確保のための一時的移動は、二年続いた。


 ホテルを移り、旅館に泊まり、花火を見て、電車に乗り、海を見て、墓を見て、教皇様にメールを返し、神社で掃除をした。


 その結果が、試行案。


 かなり現代らしい。奇跡ではない。書類で少し進む。


 俺たちは神社へ向かった。車の中で、榊原さんは何度も確認した。


「今日は、試行案の説明です」


「はい」


「正式決定ではありません」


「はい」


「過度に喜びすぎないでください」


「はい」


「過度に落ち込まないでください」


「はい」


「爺さんや田村さんが茶化しても、乗りすぎないでください」


「はい」


「特に、神の子、仮採用、という言葉は」


「外では言いません」


「内でも控えてください」


「はい」


「水を」


「ワインにしません」


「水上」


「歩行しません」


「願いを」


「聞きすぎません」


「よろしいです」


 神社へ着くと、爺さんと田村さんがすでに待っていた。


 爺さんは箒を持っている。田村さんは軽トラックの荷台に座っている。


 完全に待ち構えていた。


「おう、仮採用」


 田村さんが言った。


 榊原さんが即座に反応した。


「その表現は外では使わないでください」


「外じゃねえだろ」


「ここも外です」


「厳しいな」


「必要です」


 爺さんが笑った。


「神の子、仮採用か」


「爺さんまで」


 俺は少し困った。


「俺が言ったわけでは」


「お前が言いそうな顔してる」


「言いそうでした」


「だろ」


 榊原さんは、書類を社務所の机に置いた。


「説明します」


「はいはい」


 田村さんが座り直す。爺さんは茶を淹れ始めた。


「お茶代は」


 榊原さんが言いかける。


「今日は関係者会議だろ」


「はい」


「なら茶は会議用だ」


「……分かりました」


 少しずつ、榊原さんも神社の名目処理に慣れてきている。


 いや、慣れているというより、適応している。強い。


 社務所の机を囲んで、説明が始まった。


 榊原さんが一項目ずつ読む。爺さんが短くする。田村さんが生活に戻す。


 俺は、だいたい黙って聞く。


「ナザレさんは、当面、神社内の掃除および軽微な修理補助を行います」


「掃除と修理だな」


 爺さんが言う。


「はい」


「重い言い方するな」


「書類なので」


「次」


「作業は無償の奉仕ではなく、生活支援・保護計画の一部として扱います」


「飯食って掃く、でいいだろ」


 田村さんが言う。


「よくありません」


「でも中身はそうだろ」


「より正確に言うと違います」


「法務さんが正確にすると、だいたい長い」


「必要です」


 俺は聞きながら、少し笑った。


 この人たちは、俺を神として決めようとしているのではない。


 俺が掃除しても壊れないように、話している。俺が修理しても、変な信仰にならないように、話している。


 それがありがたかった。


 やがて、爺さんが言った。


「で、いつから掃く」


 かなり直接だった。


 榊原さんは少し息を吸った。


「今日から、午前中のみ試行します」


 俺は、思わず顔を上げた。


「今日から?」


「はい」


「今日から掃いていいんですか」


「午前中のみです」


「はい」


「作業内容は爺さんの指示に従ってください」


「はい」


「無理はしない」


「はい」


「参拝者対応はしない」


「はい」


「質問されたら」


「私は掃除中です」


「よろしいです」


 爺さんは箒を俺に渡した。


「ほれ、仮採用」


「はい」


 俺は箒を受け取った。


 いつもの箒だった。だが、今日は少し違って感じた。


 ただ借りているだけではない。試行として、俺が掃く。


 仮採用として。いや、その表現は控える。


 でも、嬉しかった。かなり嬉しかった。


「顔が緩んでるぞ」


 田村さんが言った。


「嬉しいので」


「よかったな」


「はい」


 榊原さんが少しだけ見ていた。


「過度な高揚は」


「注意します」


「はい」


「でも」


「はい」


「嬉しいこと自体は、問題ありません」


 俺は頷いた。


「はい」


 参道へ出る。


 朝の空気がある。鳥居の向こうに道が見える。社の方へ向かって、石段が続いている。


 落ち葉は少しだけ。今日は晴れている。掃きやすい。


 爺さんが横に立った。


「まず、いつも通りだ」


「はい」


「特別に掃くな」


「はい」


「仮採用だからって、張り切るな」


「はい」


「神さまみたいに掃くな」


「神さまみたいな掃き方とは」


「今のお前が考えてるやつだ」


「すみません」


「普通に掃け」


「はい」


 俺は箒を動かした。


 奥から手前。人が通る場所を先に。全部を完璧にはしない。通れるくらいに整える。


 落ち葉が小さく集まる。石の隙間の土が少し見える。


 昨日もやった。一昨日もやった。


 でも、今日は少しだけ違う。


 ここで掃除したい。その希望が、今日の掃除に混ざっている。


 力が入りそうになる。


 爺さんが言う。


「力入ってる」


「はい」


「抜け」


「はい」


 力を抜く。落ち葉が軽く動く。


 その時、参道の下から地元の女性が上がってきた。


 見たことがある。以前、野菜を爺さんに持ってきた人だ。


「あら、今日も掃除?」


「はい」


 俺は答えた。


「真面目ねえ」


「試行中です」


 言ってから、しまったと思った。


 榊原さんが少し離れた場所からこちらを見た。


 女性は首をかしげた。


「試行中?」


 爺さんがすぐに言った。


「新入りの見習いだ」


「ああ、そういうこと」


 女性は笑った。


「頑張ってね」


「はい」


 女性は社に手を合わせて、爺さんに小さな袋を渡して帰っていった。


 中身は野菜らしい。


 榊原さんが近づいてきた。


「ナザレさん」


「はい」


「試行中、は少し硬いです」


「すみません」


「外では、見習い、の方が自然です」


「見習い」


「はい」


「俺は、神の子、見習いですか」


「神の子は不要です」


「はい」


「神社の掃除見習いです」


「かなり良いです」


「良いですが、浮かれないでください」


「はい」


 神社の掃除見習い。それもかなり良い。


 仮採用より、さらに地面に近い。


 俺はそれから、地元の人に聞かれたら「掃除見習いです」と答えることにした。


 何度か練習した。


「掃除見習いです」


「はい」


「神社の掃除見習いです」


「はい」


「外来種の掃除見習いです」


「外来種は不要です」


「はい」


 午前中、俺は参道と社の裏を掃いた。


 爺さんは途中で少しだけ休んだ。田村さんは社務所の戸の状態を見ていた。榊原さんは、俺の作業時間と状態を記録していた。


 途中、二組の参拝者が来た。


 一人は地元の男性。もう一組は観光客。


 俺はどちらにも、必要以上に話さなかった。写真を撮られそうになった時は、榊原さんが止めた。


 宗教的な質問は出なかった。


 概ね良好。たぶん、そう書かれる。


 昼前、爺さんが言った。


「今日はここまで」


「もうですか」


「午前中のみだろ」


「はい」


「仮採用は時間を守れ」


「はい」


 箒を片付ける。少し残念だった。もっと掃きたい気持ちがあった。


 だが、ここで続けると、たぶん良くない。決められた時間でやめる。それも大事なのだろう。


 神さまは、終わりを覚える必要がある。いや、俺が覚える必要がある。


 社務所に戻ると、爺さんが茶を出した。田村さんが持ってきたおむすびも出た。


 榊原さんは、作業記録をまとめていた。


「評価は」


 俺が聞くと、榊原さんは紙を見た。


「初回試行としては良好です」


「嬉しいです」


「ただし、作業開始直後に過度な高揚傾向が見られました」


「はい」


「地元住民への『試行中です』発言は不自然でした」


「はい」


「その後、見習いに修正できました」


「はい」


「作業指示への従順性は良好」


「従順性」


「はい」


「少し犬みたいですね」


「言い換えます」


「いえ、大丈夫です」


 田村さんが笑った。


「神の子、従順性良好」


「田村さん」


 榊原さんが言った。


「そういう言い方は避けてください」


「はい」


 最近、田村さんも榊原さんに怒られるのが早くなった。慣れている。


 爺さんは茶を飲みながら言った。


「まあ、初日としてはいいんじゃねえか」


「爺さんの評価は」


「見習いとしては、まあまあ」


「嬉しいです」


「喜びすぎるな」


「はい」


 俺はおむすびを食べた。


 汗をかいた後のおむすびは、かなりおいしい。


 神学よりおむすび。今日は本当にそう思った。


 食事のあと、榊原さんは爺さんと田村さんに試行期間について説明した。


「まずは二週間」


「短いな」


 田村さんが言った。


「最初の評価期間です」


「その後は」


「問題がなければ、一か月単位で延長します」


「神社の掃除にも契約更新があるのか」


「契約ではありません」


「じゃあ何だ」


「試行期間の延長です」


「似てるな」


「違います」


 爺さんが言った。


「二週間で根づくかどうか見るわけだ」


「根づくという表現は慎重に扱いたいですが、概ねそうです」


「外来種だからな」


「比喩としては有効です」


「法務さん、完全に使いこなしてるな」


「限定的です」


 俺は笑った。


 笑いながら、少しだけ胸が温かかった。


 二週間。短い。でも、今の俺には十分長い。


 二年間、行き先を知らされながら移動してきた。明日の宿すら分からないこともあった。


 それに比べれば、二週間ここで掃除できる可能性があることは、かなり大きい。


「榊原さん」


「はい」


「二週間、ここへ来られるんですか」


「毎日ではありません」


「そうですか」


「休養日も入れます」


「はい」


「作業時間も限定します」


「はい」


「それでも、試行期間中はここを中心に予定を組みます」


 ここを中心に。


 その言葉が、胸に落ちた。


 中心。教会ではない。ホテルでもない。田村家でもない。


 この小さな神社。


 仮ではある。試行ではある。


 でも、中心ができる。


「それは、かなり嬉しいです」


「記録します」


「はい」


「高揚しすぎないよう注意してください」


「はい」


「でも、嬉しいこと自体は問題ありません」


「はい」


 午後は、作業しない予定だった。


 その代わり、神社の周辺を短く歩く。


 榊原さんが、生活動線の確認をしたいらしい。


 近くの道。バス停。商店。診療所。郵便局。避難場所。交番までの距離。水害時の経路。山道の危険箇所。


 かなり現実的だ。


「神さまの居場所を考えるのに、避難場所も必要なんですね」


「人として暮らすので」


「はい」


「災害時の避難は重要です」


「日本ですね」


「はい」


 近くの小さな商店に入った。


 古い店だった。菓子、飲み物、日用品、野菜が少し並んでいる。


 店番の女性が、俺を見て言った。


「神社の新しい人?」


 来た。俺は少し緊張した。榊原さんが横で見ている。


「掃除見習いです」


 俺は答えた。


 女性は笑った。


「そうなの。若い人がいると助かるわね」


「はい」


「日本語上手ね」


「勉強しました」


「偉いねえ」


「ありがとうございます」


 かなり自然だった。


 店を出たあと、榊原さんが言った。


「非常に良好です」


「非常に」


「はい」


「嬉しいです」


「掃除見習い、は自然でした」


「爺さんのおかげです」


「はい」


「見習いという言葉は強いですね」


「強いです」


 見習い。その言葉は、かなり俺を小さくしてくれる。


 小さいと言っても、悪い意味ではない。


 学んでいる途中。まだできないことがある。先輩がいる。間違えても直せる。


 それは、かなり人間らしい。


 神の子には、見習い期間がない。でも、ナザレさんにはある。伊佐留神候補にも、ある。


 それは、かなりありがたい。


 夕方、神社へ戻ると、爺さんが社務所の前で待っていた。


「どうだった」


「掃除見習いで通りました」


「だろ」


「かなり自然でした」


「見習いは便利だ」


「はい」


「神さま見習いじゃねえぞ」


「はい」


「掃除見習いだ」


「はい」


 田村さんは軽トラックに乗る準備をしていた。


「仮採用初日、終わりだな」


「はい」


「疲れたか」


「少し」


「いい疲れか」


 俺は少し考えた。


「はい」


「ならいい」


 榊原さんが言った。


「帰ったら休養です」


「はい」


「今日の振り返りは短くします」


「はい」


「過度な内省も避けます」


「それも?」


「はい」


「法務さん、俺の考えすぎまで止めますね」


「止めます」


「助かります」


「はい」


 帰りの車に乗る前、俺は鳥居の前で振り返った。


 今日は、午前中だけだった。それでも、初めて試行として掃除をした。


 神社の掃除見習いとして。ただの旅行者ではなく。ただの保護対象者でもなく。


 少しだけ、役割があった。それが嬉しかった。


「ナザレさん」


 榊原さんが言った。


「はい」


「帰ります」


「はい」


 車が動き出す。神社が遠ざかる。


 俺は窓の外を見ていた。


「榊原さん」


「はい」


「今日は、仮採用でしたね」


「その表現は」


「外では使いません」


「内でも控えてください」


「はい」


「ですが」


「はい」


「初回試行としては、良好でした」


 俺は少し笑った。


「嬉しいです」


「はい」


「神の子、初回試行良好」


「言わないでください」


「はい」


 夕方の道を車が走る。


 俺の手には、まだ箒の感触が残っている。


 神の子、家なき子。


 伊佐留神候補。外来種。掃除見習い。


 今日は、仮採用された。いや、試行が始まった。


 かなり長い逃避行の先で、俺はようやく、午前中だけ掃除する場所を得た。


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