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転生したら俺が神になっていた件――なお教義はだいたい後世の解釈  作者: 後世の解釈


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第28話 願いを聞きすぎるな

 翌日、俺は神社へ行かなかった。


 爺さんに言われたからだ。


 ここでは俺が先輩だしな。そう言われた以上、従うしかない。


 いや、従う必要があるのかどうかは分からない。だが、従った方がいい気がした。


 榊原さんも、当然のように予定を変えた。


「今日は神社へは行きません」


「はい」


「爺さんの指示です」


「はい」


「加えて、距離を取る意味でも妥当です」


「距離」


「はい」


「また距離ですね」


「今回のすべてです」


 懐かしい言葉だった。最初の逃避行の頃にも聞いた。


 教会と距離を取る。期待と距離を取る。名前と距離を取る。祈りと距離を取る。


 今は、神社とも距離を取る。


 近づきすぎると、また意味が重くなる。


 俺は、すぐ重くする。だから、離れる。


「今日は何をするんですか」


「生活用品の整理と、休養です」


「休養」


「はい」


「業務ではなく」


「保護計画の一部です」


「業務ですね」


「はい」


 午前中、俺はホテルの部屋で洗濯物を畳んだ。


 かなり上達してきたと思う。袖を折り、形を整え、四角くする。


 シャツは、まだ少し歪む。だが、以前ほどひどくない。


 榊原さんが確認した。


「改善傾向です」


「嬉しいです」


「まだ不安定ですが」


「はい」


「ただし、前よりかなり良くなっています」


「かなり」


「はい」


「評価が上がりました」


「評価です」


 俺は少し笑った。


 神学の評価より、洗濯物の評価の方が今は嬉しい。


 それは、かなり良い変化かもしれない。


 昼前、榊原さんは俺に小さな紙袋を渡した。


「これは」


「おむすびです」


「田村さんの奥さんから?」


「はい。昨日の帰りに預かりました」


「まだあったんですね」


「朝食後に食べる量ではなかったので、昼に回しました」


「管理されていますね」


「健康管理です」


 紙袋を開ける。塩むすび。梅干し。卵焼き。小さな漬物。


 俺は少し黙った。


 田村家の匂いがする。


 帰る場所にはできない。だが、包みだけが追いかけてくる。


「食べましょう」


 榊原さんが言った。


「はい」


 ホテルの部屋の小さな机で、二人でおむすびを食べた。


 コンビニの食事でも、旅館の食事でも、ワイナリーの土産でもない。


 田村家のおむすび。かなり強い。


「おいしいです」


「はい」


「榊原さんも食べますか」


「いただきます」


 榊原さんは、卵焼きを一つ食べた。少しだけ表情が緩んだ。


「おいしいですね」


「はい」


「田村さんの奥さんは、かなり強いです」


「はい」


「料理で人を黙らせます」


「それは少し違いますが、近いです」


 食事をしていると、俺は少し落ち着いた。


 神社に行けないことが、少し残念だった。だが、今はおむすびがある。


 人間は、願いをすぐ叶えなくても、昼食で少し落ち着くことがある。


 それは、かなり大事なことかもしれない。


 午後、俺たちは町の図書館へ行った。


 榊原さんが言うには、人が多すぎず、少なすぎず、静かで、休養と調査の両方ができる場所らしい。


「図書館」


「はい」


「知識の場所ですね」


「はい」


「静かにする場所」


「はい」


「祈らない」


「声に出さないでください」


「奇跡は」


「不要です」


「本は増やしません」


「お願いします」


 図書館は静かだった。


 本棚が並び、机があり、人が小さな声で歩いている。


 子ども向けの本。郷土史。小説。新聞。雑誌。検索用の端末。


 ローマの図書館とは違う。教会の書庫とも違う。


 だが、本が並ぶ場所には、どこか似た空気がある。


 人が言葉をしまっておく場所。


 榊原さんは郷土史の棚へ向かった。神社のことを調べるらしい。


 俺は少し離れた席で、地元の民話集を読んだ。


 山の神。川の主。狐。狸。天狗。妖怪。不思議な石。夜に歩くもの。人を助けるもの。人を迷わせるもの。


 読んでいると、かなり自由だった。


 善悪がはっきりしない。神か妖怪か分からない。助ける時もある。悪さをする時もある。人間が失礼をすると怒る。丁寧に扱うと、なんとなく許される。


「榊原さん」


 小声で呼ぶ。


「はい」


「妖怪は、かなり曖昧ですね」


「はい」


「神にも近い」


「ものによります」


「分類しないんですね」


「分類はありますが、厳密に固定しない場合も多いです」


「便利ですね」


「便利です。ただし、研究上は分類します」


「また両方」


「はい」


 両方。


 法的には人間。地元では分からん。研究上は分類。運用上は曖昧。


 この国は、いくつもの箱を同時に持つ。


 それがずるくもあり、強くもある。


 俺には、そのずるさが必要なのかもしれない。


 民話集を読み進めると、願掛けの話が出てきた。


 願いが叶う石。願いが叶う木。願いが叶う神社。


 ただし、願いすぎるとよくない。約束を破るとよくない。欲張るとよくない。


 そういう話が多かった。


 俺はページを閉じた。


「願いは、だいたい危険ですね」


 俺が言うと、榊原さんは顔を上げた。


「何を読みましたか」


「願いが叶う話です」


「はい」


「でも、欲張ると失敗します」


「昔話ではよくあります」


「人間は、昔から分かっていたんですね」


「何をですか」


「願いを全部叶えるとまずいことを」


 榊原さんは少しだけ黙った。


「そうですね」


「爺さんも言っていました」


「願いを全部聞くな、ですね」


「はい」


「明日、その話を詳しく聞く予定です」


「かなり重要そうです」


「重要です」


 図書館を出る頃には、夕方になっていた。


 神社には行かなかった。それでも、一日が終わりそうだった。


 行きたい場所へ行かない日。答えたい問いに答えない日。助けたい人を助けない日。


 それでも、洗濯物を畳み、おむすびを食べ、図書館で本を読む。


 そういう日もある。


 翌日、俺たちは神社へ向かった。


 一日空けただけなのに、少し久しぶりに感じた。


 鳥居が見えると、胸のあたりが少し軽くなった。


 俺は、それを榊原さんに言うか迷った。


 言うと重くなる気がした。だが、隠すのも違う気がした。


「榊原さん」


「はい」


「少し、ほっとしました」


「神社が見えて?」


「はい」


 榊原さんは、すぐには答えなかった。


「記録します」


「記録するんですか」


「重要です」


「そうですか」


「ただし、過度な依存の兆候としても確認します」


「ほっとしただけなのに」


「念のためです」


「念のため、強い」


「はい」


 鳥居の前に着くと、爺さんは今日も掃除していた。


「おう。ちゃんと一日空けたか」


「はい」


「来たかったか」


「はい」


「なら、少しは脈がある」


「脈」


「嫌なら来ねえだろ」


「そうですね」


「ただし、来たすぎるなら危ない」


「榊原さんにも言われました」


「だろうな」


 爺さんは、箒を俺に渡した。


「掃け」


「はい」


「今日は願いの話だ」


「お願いします」


「願いを聞きすぎるな」


「はい」


「まず、神さまに来る願いは、だいたい勝手だ」


 かなり直接だった。


「勝手」


「そうだ」


「祈りは、勝手なんですか」


「勝手だろ。商売繁盛、病気平癒、合格祈願、縁結び、勝負に勝ちたい、あいつに負けたくない、金がほしい、健康でいたい」


「はい」


「人間が、自分の都合を持ってくる」


「はい」


「悪いわけじゃない」


「はい」


「でも、勝手ではある」


 俺は参道を掃きながら聞いた。


 勝手な願い。それは、悪いという意味ではない。


 人間は、自分の立場から願う。それしかできない。


 病気の子を持つ親は、治ってほしいと願う。受験する子は、合格したいと願う。商売をする人は、客が来てほしいと願う。


 それは当然だ。


 だが、当然だからといって、全部が叶うわけではない。


「神さまは、それをどうするんですか」


「聞く」


「聞く」


「まず聞く」


「はい」


「だが、全部は叶えない」


「なぜ」


「ぶつかるからだ」


 爺さんは、昨日と同じことを言った。


「願い同士がぶつかる。人間同士がぶつかる。叶えると、別の誰かが困る。叶えないと、願ったやつが困る」


「はい」


「だから、神さまは便利屋じゃない」


「はい」


「便利屋にすると、神さまも人間も壊れる」


 榊原さんがメモを取る音がした。かなり重要らしい。


「俺は、便利屋にされそうですか」


「もうされてるだろ」


「はい」


「水をワインにしてくれ。病気を治してくれ。答えをくれ。裁いてくれ。赦してくれ。俺の側についてくれ」


「はい」


「全部聞いてたら、お前が壊れる」


「はい」


「それに、人間も腐る」


「腐る」


「頼むだけになる」


 爺さんは、参道の先を見た。


「願うのはいい。願うしかできない時もある」


「はい」


「でも、願ったあと、飯を食う。働く。寝る。謝る。話す。病院へ行く。勉強する。掃除する。そういうのをやめたらだめだ」


 かなり強かった。


 願う。でも、その後に生活する。


 神さまに任せて終わりではない。


「つまり、祈りは行動の代わりではない」


 俺が言うと、爺さんは頷いた。


「そうだ」


「支えではある」


「そうだ」


「でも、丸投げではない」


「そうだ」


 榊原さんが静かに言った。


「かなり整理されています」


「だろ」


 爺さんが少し得意げに言った。


「長く掃除してるからな」


「掃除と関係ありますか」


 俺が聞く。


「ある」


「どう」


「祈りだけで参道はきれいにならん」


 俺は黙った。それは、かなり分かりやすい。


「神さまに、参道がきれいになりますようにって願っても、葉っぱは落ちる」


「はい」


「だから掃く」


「はい」


「でも、掃く前に手を合わせるやつもいる」


「はい」


「それはそれでいい」


「はい」


「ただ、手を合わせただけで掃かないなら、落ち葉は残る」


 爺さんは俺の手元を見た。


「だから掃け」


「はい」


 俺は掃いた。


 落ち葉が寄る。通る場所が少し整う。


 祈りだけではきれいにならない。


 でも、祈りが無意味というわけではない。


 祈ったあと、掃く。


 それは、かなり良い。


「俺は、願いを聞きすぎる顔をしているんですよね」


「してる」


「どうすればいいですか」


「まず、全部を自分宛てだと思うな」


「自分宛て」


「人間は、神さまに向かって言っているようで、自分の中を整理していることもある」


「はい」


「聞いてやるだけで済む願いもある」


「叶えなくていい」


「叶えなくていい」


「聞くだけでいい」


「そうだ」


 聞くだけ。それは、少し難しい。


 俺は、聞くと動きたくなる。願われると、応えたくなる。困っている人を見ると、助けたくなる。


 だが、願いは必ずしも行動命令ではない。


 祈りは、俺への業務依頼ではない。


 かなり現代的に言えば、問い合わせではない。


「祈りは、チケットではないんですね」


 俺が言うと、榊原さんが顔を上げた。


「チケット」


「仕事でいう、対応依頼のようなものです」


「かなり現代に馴染んできましたね」


「はい」


「祈りはチケットではありません」


「では、キューにも入れない」


「入れないでください」


 爺さんが首をかしげた。


「何の話だ」


「現代の仕事の話です」


「分からん」


「分からんまま置いておいてください」


「便利に使うな」


「すみません」


 爺さんは笑った。


「次に、叶えない理由を全部説明しようとするな」


「説明しない」


「そうだ」


「なぜ」


「説明したら、納得するとは限らん」


「はい」


「むしろ、説明が次の争いになる」


「はい」


「叶わなかった理由を言葉にすると、人間はそれを殴り合いに使う」


 俺は箒を止めた。


 それは、よく分かる。


 病が治らなかった理由。祈りが届かなかった理由。助からなかった理由。


 それを、人は欲しがる。


 でも、理由を渡すと、誰かの罪にされる。


 信仰が足りなかった。正しく祈らなかった。神が見捨てた。あの人が悪い。


 そうなる。


「俺は、説明しすぎたんでしょうか」


「知らん」


 爺さんは言った。


「二千年前のことは知らん」


「はい」


「でも、今は説明しすぎるな」


「はい」


「法務さんが止めるだろ」


「止めます」


 榊原さんが言った。


「強いですね」


「必要です」


 爺さんは頷いた。


「よし」


「よし、なんですね」


「止めるやつがいるなら、少し安心だ」


「俺はそんなに危ないですか」


「危ない」


 二人同時だった。


 爺さんと榊原さんが同時に言った。


 俺は黙った。


 評価として受け取るべきだろうか。たぶん違う。


「願いを聞く時は」


 爺さんは続けた。


「相手の願いを、そのまま叶えるな」


「そのまま」


「商売繁盛を願うやつがいる」


「はい」


「本当は、食っていける安心がほしいのかもしれん」


「はい」


「合格祈願をするやつがいる」


「はい」


「本当は、努力が無駄じゃなかったと思いたいのかもしれん」


「はい」


「病気平癒を願うやつがいる」


「はい」


「本当は、怖いと言える場所がほしいのかもしれん」


 俺は、何も言えなかった。


 願いの表面と、その奥にあるもの。


 人は、願いを言葉にする時、必ずしも正確に言えない。


 商売繁盛。合格祈願。病気平癒。縁結び。


 それは便利な名前だ。


 だが、その下にはもっと個別の不安がある。


「では、神さまは何を聞くんですか」


「表の願いじゃなく、奥の困りごとを聞く」


「難しいですね」


「だから、全部叶えようとするな」


「はい」


「聞く場所を作る。願いを少し置かせる。置いたら、その人間がまた歩けるか見る」


「歩けるか」


「そうだ」


 爺さんは、参道を指した。


「参道と同じだ。全部の落ち葉は取らん。でも、人が歩けるくらいにはする」


 俺は、手元の落ち葉を見た。


 全部は取らない。通る場所を整える。


 願いも、そうなのかもしれない。


 全部を叶えるのではなく、願った人がまた歩けるようにする。


 それは、かなり良い。


「爺さん」


「何だ」


「祈りが届きますように、というのはどうですか」


「何だそれ」


「願いを叶えますように、ではなく」


「はい」


「その人の祈りが、どこかに届きますように」


 爺さんは少し黙った。榊原さんも黙った。


「悪くない」


 やがて爺さんが言った。


「叶えるとは言わない」


「はい」


「でも、捨てない」


「はい」


「届くってのは、便利だな」


「便利ですか」


「叶うより軽い。無視より温かい」


 俺は、少し胸の奥が温かくなった。


 祈りが届きますように。


 それは、俺がここでできることかもしれない。


 願いを叶える神ではなく。祈りを聞きすぎて壊れる神でもなく。


 祈りが、乱暴に扱われず、どこかに届くことを祈る神。


「伊佐留神は」


 榊原さんが静かに言った。


「願いを叶える神ではなく、祈りが届くことを祈る神、という整理が可能かもしれません」


「かなり回りくどいな」


 爺さんが言った。


「はい」


「でも、こいつには合ってる」


「はい」


「願い叶えます、だと便利屋になる」


「はい」


「祈りが届きますように、なら、少し距離がある」


「はい」


 榊原さんは、メモを取った。


「由緒書きに使えるかもしれません」


「由緒」


「はい」


「俺に由緒が作られるんですね」


「慎重に作ります」


「作るものなんですか」


「言語化は必要です」


「明文化」


「はい。ただし、書きすぎないようにします」


 俺は少し笑った。


 分からないまま置く。でも、責任を取るところは決める。


 明文化しすぎない。でも、何も書かないわけにはいかない。


 榊原さんにとっては、かなり難しい作業だろう。


「榊原さん」


「はい」


「怒りながら由緒書きを作りますか」


「怒りながらではありません」


「では」


「慎重に作ります」


「そうでした」


 爺さんが笑った。


「法務さんが由緒書き作る神社か」


「かなり変です」


 俺が言った。


「変でいいだろ」


 爺さんは、あっさり言った。


「お前を置こうとしてる時点で変だ」


「それはそうですね」


「変なもんは、変なまま丁寧に置け」


 変なまま丁寧に置く。


 それもかなり良い言葉だった。


 昼過ぎまで掃除と話を続けた。


 願いを聞きすぎるな。願いを全部叶えるな。叶えない理由を説明しすぎるな。表の願いではなく、奥の困りごとを聞け。祈りはチケットではない。祈りが届きますように。


 俺は、その言葉を何度も心の中で繰り返した。


 帰る前、爺さんが言った。


「外来種」


「はい」


「お前は願いを聞きすぎるな」


「はい」


「法務さん」


「はい」


「こいつが聞きすぎそうになったら止めろ」


「止めます」


「聞いた分だけ背負う顔してる」


「承知しています」


「背負わせるな」


「はい」


 俺は二人を見た。


「俺の前で、俺の扱いが決まっています」


「必要です」


 榊原さんが言った。


「必要だ」


 爺さんも言った。


 俺は頷いた。


「では、お願いします」


 帰りの車の中で、俺は榊原さんに言った。


「祈りが届きますように、は使えますか」


「使えます」


「危険ですか」


「使い方によります」


「外では」


「慎重に」


「神社では」


「由緒や説明として整えれば」


「俺自身は」


「声に出しすぎないでください」


「はい」


 榊原さんは、しばらく運転に集中していた。


 それから言った。


「でも、良い言葉だと思います」


「評価ですか」


「評価です」


「嬉しいです」


 俺は窓の外を見た。山が流れていく。


 願いを叶える神ではない。祈りが届くことを祈る神。


 それは、少しだけ俺に合っている気がした。


 神の子、家なき子。


 外来種。新入り。掃除するやつ。伊佐留神候補。


 願いを聞きすぎないために、祈りが届くことを祈る。


 少しずつ、置き方が見えてきた。


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