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転生したら俺が神になっていた件――なお教義はだいたい後世の解釈  作者: 後世の解釈


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第27話 ここでは俺が先輩だしな

 翌朝も、俺たちは神社へ向かった。三日連続だった。


 安全確保のための一時的移動は、いつの間にか、神社へ通う日々になりつつあった。


 一時的。移動。安全確保。


 そのどれも間違ってはいない。


 だが、最近は少し違う言葉も混ざり始めている。


 下見。確認。掃除。相談。


 そして、候補地。


 榊原さんは、まだ何も決まっていないと言う。


 だが、彼女の資料には、すでに「伊佐留神関連検討事項」という見出しがあった。


 かなり決まっていない時の資料ではない。


「榊原さん」


「はい」


「伊佐留神関連検討事項と書いてありました」


「仮称です」


「かなり具体的な仮称ですね」


「仮称です」


「便利ですね、仮称」


「便利です」


 車は山道を上っていく。窓の外の景色にも少し慣れてきた。


 鳥居が見える。小さな駐車スペース。古い石段。参道。


 そして、いつもの場所に爺さんがいた。


 今日も箒を持っている。昨日と同じように。一昨日と同じように。ずっと前からそうしていたように。


「おう、外来種」


「おはようございます」


「今日は早いな」


「榊原さんが早く出ると言いました」


「尻に敷かれてるな」


「その表現は不適切です」


 榊原さんが即座に言った。


 爺さんは笑った。


「毎回同じ顔で怒るな」


「怒っていません」


「怒ってるだろ」


「不適切な表現を訂正しています」


「それを怒ってるって言うんだよ」


 俺は黙っていた。このやり取りには参加しない方がいい。学習している。


「今日は、願いを聞きすぎるな、の続きですか」


 俺が聞くと、爺さんは首を振った。


「その前に、お前がここでどう振る舞うかだ」


「振る舞い」


「そうだ」


「神としてですか」


「違う」


「人として」


「それも違う」


「では」


「新入りとしてだ」


 新入り。


 俺は少し黙った。


「俺は、新入りなんですか」


「当たり前だろ」


 爺さんは箒を肩に担いだ。


「この神社では、お前が一番新しい」


「はい」


「外から来た」


「はい」


「何も知らん」


「はい」


「掃除の仕方もまだ下手だ」


「はい」


「なら新入りだ」


「分かりやすいですね」


「分かりやすい方がいい」


 爺さんは社の方へ歩き出した。俺たちはついていく。


「お前が昔どれだけ偉かろうが、教会でどう呼ばれていようが、世界で何億人に祈られていようが、ここでは関係ない」


「はい」


「ここでは俺が先輩だしな」


 爺さんは、当たり前のように言った。


 かなり強い言葉だった。


 神の子に向かって、ここでは俺が先輩。


 ローマでは絶対に出ない言葉だ。教皇様でも言わないだろう。山辺先生が聞いたら胃を痛める。


 だが、この神社では妙に通る。


「先輩」


 俺は繰り返した。


「そうだ」


「爺さんが」


「そうだ」


「俺の」


「そうだ」


「かなり不思議です」


「不思議でも、そういうもんだ」


 爺さんは、落ち葉の溜まった場所を指差した。


「まずそこを掃け」


「はい」


 俺は箒を持った。


 最近は、少し慣れてきた。


 落ち葉を端へ寄せる。全部を取ろうとしない。通る道を整える。


 昨日より少し上手くなっている気がする。


「力を入れすぎるな」


 爺さんが言った。


「はい」


「掃除は敵を倒すんじゃねえ」


「はい」


「葉っぱを追い詰めるな」


「追い詰める」


「そういう顔してる」


「掃除にも顔が出るんですね」


「何にでも出る」


 榊原さんが横でメモを取っていた。


「今のは、記録するんですか」


 俺が聞くと、榊原さんは頷いた。


「振る舞いに関する指導として有用です」


「掃除の話ですよ」


「掃除の話です」


「本当に?」


「はい」


 爺さんが笑った。


「法務さんは、何でも書類にするな」


「必要です」


「まあ、必要か」


「はい」


「こいつ、放っておくと何でも救いにするからな」


「その通りです」


「榊原さんまで」


「評価です」


「嬉しくない評価です」


 俺は掃除を続けた。


 爺さんは、俺の掃き方を見ながら言った。


「神さまってのは、だいたい人間に持ち上げられる」


「はい」


「持ち上げられると、足元が見えなくなる」


「はい」


「だから、掃除させる」


「掃除させる」


「足元を見るからな」


 俺は、箒を止めた。


 足元を見る。落ち葉。石。土。苔。小さな虫。参道の段差。


 神学では見えないものがある。教義では見えないものがある。


 高い場所にいると、足元は見えない。


「神さまに掃除をさせるんですか」


「神さま本人が掃くなら、一番いいだろ」


「そういうものですか」


「偉いやつほど掃け」


 爺さんは言った。


「掃かない偉いやつは、だいたい厄介だ」


 榊原さんが、少しだけ頷いた。


「かなり実務的です」


「だろ」


「はい」


 爺さんは満足そうだった。


 俺はまた掃いた。


 偉いやつほど掃け。それは、かなり分かりやすい。


 俺は偉くなりすぎた。少なくとも、人々が俺をそう扱った。


 だから、掃く。足元を見る。通る道を整える。


 それくらいなら、俺にもできる。


「爺さん」


「何だ」


「ここでは、俺は神さまではなく新入りなんですね」


「そうだ」


「伊佐留神でもなく」


「それは置く時の名前だ」


「はい」


「ナザレさんでもなく」


「それは人が呼ぶ時の名前だろ」


「はい」


「ここでは、外来種の新入りだ」


「かなりひどい」


「だが、分かりやすい」


「はい」


「分かりやすくしないと、お前はすぐ重くなる」


 爺さんは俺を見た。


「重い神さまは、人間が疲れる」


 俺は黙った。


 その言葉は、かなり痛かった。


 俺自身が疲れていた。


 だが、それだけではない。


 俺を信じる人たちも、俺を背負う人たちも、俺の名前で戦う人たちも、俺を否定する人たちも、みんな疲れているのかもしれない。


 重い神は、人間を疲れさせる。


「軽くした方がいいんですか」


 俺が聞くと、爺さんは首を振った。


「軽すぎると粗末になる」


「はい」


「重すぎると潰れる」


「はい」


「だから、扱える重さにする」


「扱える重さ」


「そうだ」


 榊原さんが、またメモを取った。


「かなり重要です」


「書類向きだろ」


「はい」


「神さまを扱える重さにする」


 爺さんは、少し笑った。


「それが社だ」


 社。


 神を閉じ込める場所ではない。


 神を扱える重さにする場所。


 人が近づける距離に置く場所。


 それは、かなりすごい仕組みかもしれない。


「教会も、そうだったのかもしれません」


 俺が言うと、爺さんは箒を止めた。


「そうだろうな」


「でも、重くなりすぎた」


「大きくなれば、重くなる」


「はい」


「だから、お前は小さいところからやり直せ」


「この神社で」


「候補だ」


 爺さんは榊原さんを見た。


「法務さんが、まだ決めてねえ顔してる」


「決まっていません」


 榊原さんは言った。


「問題が多すぎます」


「多いだろうな」


「地元合意、宗教的誤認、教会側との切り分け、本人の生活、金銭管理、外部対応、名称使用、報道対応」


「多いな」


「非常に」


「でも、無理とは言わねえんだな」


「現時点では」


「勝ちだな」


「勝負ではありません」


 爺さんは笑った。俺も笑った。


 榊原さんは笑わなかったが、少しだけ口元が緩んだ。


「今日は、社の裏も掃くぞ」


 爺さんが言った。


「はい」


「人が見える表ばかり掃くな」


「裏も」


「神さまは裏が汚いと面倒だ」


「かなり実務的ですね」


「裏を放っておくと虫が湧く」


「本当に実務でした」


 社の裏へ回る。


 昨日見た空き地がある。古い石と木。伊佐留神を置くかもしれない場所。


 今日は、そこに少し落ち葉が溜まっていた。


 俺は掃いた。昨日より、少し丁寧に。


 榊原さんは、周囲の写真を撮っていた。


 ただし、俺は写さない。位置情報を切り、保存方法を分け、共有範囲を限定するらしい。


 写真一枚にも、かなり手続きがある。


「ここに祠を置くなら」


 榊原さんが言った。


「はい」


「動線を整理する必要があります。参拝者が増えた場合、既存の参道に負荷がかかります」


「増えますか」


「増やさない設計が必要です」


「神さまなのに」


「増やしません」


「強い」


「外来種なので」


 榊原さんが言った。


 俺は少し驚いた。


「榊原さんも、外来種と言いました」


「比喩としては有効です」


「不適切では」


「人間に対して直接使うのは不適切です。設計上の比喩としては有効です」


「法務さん、強いですね」


「必要です」


 爺さんが笑っていた。


「染まってきたな、法務さん」


「染まっていません」


「染まってる」


「用語を限定的に採用しただけです」


「それを染まったって言うんだよ」


 俺は黙って掃いた。このやり取りも、少しずつ慣れてきた。


 昼近くになり、爺さんが社務所で茶を出してくれた。


 今日も湯呑みは欠けている。今日も茶は温かい。


「茶の礼に掃除したので、対価性は」


 榊原さんが言いかけた。


「今日は先に掃いたから、茶は休憩だ」


 爺さんが言った。


「なるほど」


 榊原さんが少しだけ納得している。慣れてきている。


「榊原さん」


「はい」


「今、納得しましたか」


「限定的に」


「かなり神社に馴染んできています」


「必要な範囲で」


「便利ですね」


「便利です」


 爺さんは茶を飲んだ。


「外来種」


「はい」


「お前、教会では偉いんだろ」


「俺が偉いというより、俺についてのものが大きいです」


「面倒な言い方だな」


「すみません」


「ここでは、そういうのは置いてこい」


「はい」


「お前が何をしてきたとか、何を言ったとか、誰が祈ってるとか、そういうのを全部持って入るな」


「はい」


「入る時は、箒持て」


「箒」


「神さまでも、箒持ってりゃだいたい掃除の人だ」


 俺は少し笑った。


 かなり良い。


 救い主でも、主でも、神の子でも、箒を持っていれば掃除の人。


 人は、持っている道具で少し変わる。


 十字架を持てば重くなる。聖書を持てば語りたくなる。スマホを持てば拡散される。箒を持てば、掃く。


「榊原さん」


「はい」


「俺は、ここへ来る時は箒を持ちます」


「良いと思います」


「評価ですか」


「評価です」


「嬉しいです」


 爺さんは、俺と榊原さんを見比べた。


「完全に先生と生徒だな」


「そうですか」


「いや、もっと面倒か」


「面倒とは」


「神さまを人間サイズに畳む先生と、畳まれて喜んでる神さま」


 榊原さんが茶を吹きそうになった。


「その表現は」


「不適切か」


「非常に」


「でも合ってるだろ」


 榊原さんは黙った。俺も黙った。


 合っている気がした。


「爺さん」


「何だ」


「俺は、畳まれて喜んでいるんでしょうか」


「そう見える」


「なぜ」


「広がりすぎて疲れてたんだろ」


 俺は、何も言えなかった。


 広がりすぎて疲れていた。かなり当たっていた。


 俺の名前は広がりすぎた。俺の言葉も、俺の像も、俺の死も、俺の誕生も、俺の物語も。


 世界中に広がりすぎて、俺自身の置き場所がなくなった。


 だから、畳まれると安心する。


 ナザレさん。旅行者。掃除するやつ。外来種の新入り。


 それくらいの大きさなら、息ができる。


「そうかもしれません」


 俺は言った。


「俺は、広がりすぎて疲れていたのかもしれません」


 榊原さんは、静かにこちらを見た。


 爺さんは、茶をすすった。


「なら、しばらく畳まれとけ」


「はい」


「法務さんに」


「はい」


「ただし、畳まれすぎるな」


「はい?」


「小さくなりすぎてもだめだ」


「難しいですね」


「神さまを扱える重さにするんだ。消すんじゃねえ」


 榊原さんが、ゆっくり頷いた。


「重要です」


「また書くのか」


「書きます」


「好きだな、書類」


「必要です」


 午後、俺は爺さんに連れられて、神社の倉庫を見た。


 古い木材。壊れた棚。使わなくなった道具。祭りの時に使うらしい台。


 ところどころ傷んでいる。


「大工なら、直せるか」


 爺さんが言った。


「見てみないと」


「見てみろ」


 俺は棚に近づいた。


 木の割れ。釘の緩み。湿気。


 古いが、直せないほどではない。


「道具があれば、ある程度は」


「奇跡なしで」


「はい」


「よし」


 爺さんは笑った。


「法務さん」


「はい」


「こいつに修理させるのはどうだ」


「労務、報酬、安全管理、保険、責任範囲の確認が必要です」


「面倒だな」


「必要です」


「でも、できるか」


「条件を整えれば」


 条件を整えれば。


 それは、かなり良い言葉だった。


 無理ではない。ただ、条件が必要。


 俺は昔、大工だった。木を直すことなら、救いより分かりやすい。終わりがある。直ったかどうかが見える。


「やりたいか」


 爺さんが聞いた。


「はい」


 俺は、すぐに答えた。


 榊原さんがこちらを見た。


「かなり即答ですね」


「はい」


「無理していませんか」


「していません」


「なぜ、やりたいんですか」


「直せるものがあるからです」


 それ以上、説明はいらなかった。


 榊原さんは少しだけ黙った。


「分かりました。条件を確認します」


「ありがとうございます」


「まだ感謝しないでください」


「保留します」


「はい」


 夕方、神社を出る前に、爺さんが言った。


「外来種」


「はい」


「明日は休め」


「休む」


「三日続けて来たら、根づいた気になる」


「だめですか」


「早い」


「はい」


「一回離れろ。戻りたいかどうか見ろ」


 俺は、少し驚いた。


 離れる。戻りたいかを見る。


 それは、かなり大事なことかもしれない。


「分かりました」


「法務さん」


「はい」


「明日は連れてくるな」


「承知しました」


「こいつが来たいって言っても」


「止めます」


「よし」


 爺さんは箒を肩に担いだ。


「ここでは俺が先輩だしな」


 また言った。


 俺は、今度は素直に頷いた。


「はい。先輩」


「よし」


 榊原さんが少しだけ笑った。笑ったと思う。確認はしない。


 車に乗る。神社が遠ざかる。


 今日は、昨日より少し離れがたかった。


 それは悪いことではないと思いたい。


 だが、爺さんの言う通り、一度離れた方がいいのだろう。


 戻りたいのか。置かれたいのか。ただ、逃げたいだけなのか。


 それを確かめる必要がある。


「榊原さん」


「はい」


「明日は、本当に行かないんですね」


「行きません」


「俺が行きたいと言っても」


「止めます」


「法務さんに怒られるので」


「はい」


「分かりました」


 俺は窓の外を見た。


 神社はもう見えない。でも、箒の感触が手に残っている。


 ここでは俺が先輩だしな。


 神の子にそう言える場所。それは、かなり貴重かもしれない。


 俺は、少しだけ笑った。


 神の子、外来種の新入り。先輩に掃除を教わる。


 悪くなかった。


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