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転生したら俺が神になっていた件――なお教義はだいたい後世の解釈  作者: 後世の解釈


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13/48

第13話 偽装上は交際関係です

 榊原さんの運転は、静かだった。


 急に曲がらない。急に止まらない。速度も変に上げない。山道を下りながら、必要な分だけハンドルを切り、必要な分だけブレーキを踏む。


 運転にも、その人の性格が出るらしい。


「榊原さん」


「はい」


「運転にも法務が出ますね」


「出ません」


「安全確認が多いです」


「運転では必要です」


「やはり出ています」


「安全運転です」


「法務さんらしいです」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 車は山を下り、少し広い道へ出た。


 神父と山辺先生がいなくなると、車内はずいぶん静かになった。


 神父の祈りの気配も、山辺先生が胃薬の箱を触る音もない。前の座席に誰もいない。ただ、榊原さんが運転し、俺が助手席に座っている。


 世界宗教の中心人物かもしれない青年と、その保護担当者。


 外から見ると、たぶんただの男女二人に見える。


 それが良いのだろう。


 そして、たぶん少し危ない。


「先ほどの話ですが」


 榊原さんが言った。


「関係性の整理ですね」


「はい」


「旅館の玄関先で話す内容ではない、と言っていた」


「はい」


「今は車内です」


「はい」


「話せますか」


「話します」


 榊原さんは前を見たまま、少しだけ息を吸った。


「ここから先、対外的には、私たちは交際関係にあることにします」


 車内が静かになった。


 いや、車は走っている。エンジン音も、タイヤの音も、風の音もある。


 だが、俺の中では一度静かになった。


「交際」


「はい」


「関係」


「はい」


「交際関係」


「はい」


「男女の?」


「はい」


「偽装上」


「はい」


 榊原さんは、まっすぐ前を見たまま答えた。


 俺はしばらく考えた。


「恋人、ということですか」


「対外的には」


「恋人」


「偽装上です」


「偽装上の恋人」


「はい」


 現代は難しい。


 名前を変えたばかりなのに、今度は関係まで変わるらしい。


「理由を聞いても?」


「もちろんです」


 榊原さんは、少しだけ速度を落とした。前方の信号が赤になった。


「まず、保護対象者と担当者という実態は出せません」


「はい」


「宗教関係者と同行者という説明も危険です」


「はい」


「仕事関係だと、勤務先や業務内容を聞かれる可能性があります」


「なるほど」


「兄妹設定は、見た目上かなり不自然です」


「それはそうですね」


「友人同士でも成立はしますが、宿泊先や移動先で詮索される場合があります」


「友人ではだめなんですか」


「だめではありません。ただ、説明が増えます」


「説明が増える」


「はい」


 信号が青になり、車が進む。


「男女二人で旅行している場合、交際関係として受け取られる方が、説明コストが低いです」


「説明コスト」


「はい」


「愛ではなく」


「説明コストです」


「分かりました」


 分かってはいない。


 ただ、榊原さんがそう判断したのなら、たぶん必要なのだろう。


「俺は、何をすればいいんですか」


「基本的には、これまで通りで構いません」


「これまで通り」


「不用意な発言をしない。奇跡を起こさない。行き先を聞きすぎない。教会関係の話題を外で出さない」


「それは交際関係というより、保護対象者ですね」


「実態はそうです」


「偽装上は?」


「自然にしてください」


「普通に続いて、自然が来た」


「はい」


「一番難しいものが二つあります」


「慣れてください」


 榊原さんは、道路沿いのコンビニを横目で確認した。


「具体的には、人前で私を法務さんと呼ばないでください」


「榊原さん」


「はい」


「玲子さんは」


「段階を踏んでください」


「偽装上は恋人なのに」


「偽装と呼称の段階は別です」


「難しい」


「社会生活です」


「社会生活、難しいですね」


「はい」


 俺は窓の外を見た。


 山が少し遠くなっている。道沿いに田畑が広がり、ところどころに古い家がある。二人で旅行している男女。


 そう見えるのだろうか。


 俺は神の子と呼ばれ、救い主と呼ばれ、主と呼ばれ、今はナザレさんと呼ばれ、偽装上の恋人になった。


 人間の関係は、名前と同じくらい増える。


「必要に応じて、手をつなぐ場合があります」


 榊原さんが言った。


「手を」


「はい」


「つなぐ」


「はい」


「必要に応じて」


「はい」


「どのような場合に必要ですか」


「人混み、詮索回避、移動誘導、迷子防止」


「最後は子ども扱いでは」


「あなたは行動が読みにくいので」


「否定できません」


 俺は自分の手を見た。


 昔、人に触れることはよくあった。病人に触れた。子どもに触れた。友人と食卓を囲んだ。足を洗った。裏切る者とも同じ卓についた。


 だが、偽装上の交際関係として手をつなぐ、というのは初めてだった。


 同じ手でも、意味が違う。


 人間は、同じ行為にずいぶん多くの意味を入れる。


「榊原さん」


「はい」


「俺は、あなたに迷惑をかけていますね」


「はい」


 即答だった。


「少し迷ってもよかったのでは」


「事実です」


「そうですね」


「ただし、迷惑だからやめたいという話ではありません」


「では」


「必要だからやっています」


「それも、少し寂しい言い方ですね」


「必要でなければ、ここまではしません」


 榊原さんは、横断歩道の前でゆっくり止まった。


 小学生らしき子どもたちが、列になって渡っていく。黄色い帽子。ランドセル。誰かがこちらを見た。俺と目が合い、すぐにそらした。


 普通の車。普通の旅行者。そうであればいい。


「榊原さんは、なぜここまでしてくれるんですか」


「昨日も似た質問をされました」


「名前を聞いたから、もう少し聞いてもいいかと思いました」


「段階を踏んでいるんですか」


「たぶん」


 子どもたちが渡り終え、車が動き出す。


 榊原さんは少し黙ってから言った。


「最初は、変な外国人の対応だと思っていました」


「かなり正直ですね」


「事実です」


「今は?」


「今も、変な外国人ではあります」


「そこは変わらないんですね」


「はい」


「では、何が変わったんですか」


「放っておいていい人ではないと分かりました」


 車内に、また少し静けさが落ちた。


 俺は彼女を見た。榊原さんは前を見ていた。


「あなたは、選べない状況にいます」


「神の子なのに」


「はい。だからです」


「俺の選択は、俺一人のものにならない」


「はい」


「榊原さんは」


「私も、もう選べない側にいます」


 その言葉は、思ったより重かった。


「なぜ」


「最初にリスクを見てしまったからです」


「見なかったことには」


「できません」


「法務だから?」


「それもあります」


「それ以外も?」


 榊原さんは、すぐには答えなかった。


 車は橋を渡った。下に川が流れている。昨日の旅館の川とは違う川だ。だが、水の音は少し似ている気がした。


「あなたが誠実だからです」


 榊原さんは言った。


「誠実だと、危険なんですよね」


「はい」


「でも、放っておけない」


「はい」


「それは、職務ですか」


「職務です」


「それ以外は」


「今は、職務です」


 今は。


 その言葉を、俺は聞き逃さなかった。


 だが、聞き返さなかった。


 聞き返すと、何かが進みすぎる気がした。


 距離が、今回のすべてだ。


 近づきすぎても、遠ざかりすぎてもいけない。


「分かりました」


 俺は言った。


「偽装上、俺たちは交際関係です」


「はい」


「外では、俺はあなたを榊原さんと呼ぶ」


「はい」


「必要に応じて手をつなぐ」


「はい」


「俺は、自然にする」


「はい」


「自然とは」


「普通にしてください」


「難しいものが二つ並びました」


「慣れてください」


 しばらくして、車は小さな町に入った。


 古い宿場町のようだった。道の両側に古い建物が並び、観光客が歩いている。土産物屋。甘味処。古民家を改装した店。看板。石畳に似せた道。


「ここで少し歩きます」


「観光ですか」


「はい」


「安全確保なのに」


「人目のある場所の方が安全な場合もあります」


「昨日も聞きました」


「何度でも言います」


「法務さんも繰り返しを嫌がりませんね」


「必要なら」


 駐車場に車を停め、俺たちは外へ出た。


 榊原さんは周囲を確認する。人の流れ、カメラ、出口、駐車場の位置。俺はそれを見ていた。


「榊原さん」


「はい」


「旅行者は、こんなに周囲を確認しますか」


「しません」


「では、自然ではないのでは」


「私が自然を担当すると不自然になります。あなたが自然にしてください」


「役割分担が難しい」


「はい」


 歩き始める。


 町並みは、静かだった。観光客はいるが、大声を出す人は少ない。古い木の家が並び、軒先には暖簾が揺れている。店先で団子を焼いている。甘い匂いがした。


「これは」


「五平餅かもしれません」


「ごへいもち」


「地域によって違いますが、米を潰して串に付け、味噌だれなどを塗って焼くものです」


「食べ物ですね」


「はい」


「食べたいです」


 榊原さんは、少しだけ俺を見た。


「昨日から、食べたいと言うのが早くなりましたね」


「良いことですか」


「たぶん」


「たぶん」


「食べましょう」


 店先で五平餅を買った。


 熱い。香ばしい。味噌の匂いがする。手で持つと、少し重い。


 一口食べる。


「これは、米なんですか」


「米です」


「米、形を変えすぎでは」


「日本ではよくあります」


「日本、米が強い」


「はい」


 榊原さんも一口食べた。


 その姿が少し普通だった。


 いや、普通に五平餅を食べているだけなのだが、いつもの端末や書類を持っていない分、少しだけ榊原さんが榊原さんに見えた。


「何ですか」


「いえ」


「また見ています」


「自然確認です」


「不自然です」


「難しい」


 歩いていると、店の前にいた年配の女性が声をかけてきた。


「あら、外国の方? 彼女さんと旅行?」


 来た。


 俺は口を開かず、榊原さんを見た。学習している。


 榊原さんは、一瞬だけ止まった。そして、少しだけ笑った。


「はい。少し旅行で」


「いいわねえ。日本語上手ね」


「勉強しました」


 俺は答えた。天啓とは言わなかった。


 榊原さんの足が、今回は俺を踏まなかった。たぶん合格だ。


「仲良くね」


 女性は笑った。


「ありがとうございます」


 榊原さんが言った。


「ありがとうございます」


 俺も言った。


 女性は満足したように店の中へ戻っていった。俺たちは少し歩いた。


「今の対応は」


「良好です」


「やりました」


「ただし、嬉しそうにしすぎないでください」


「嬉しそうでしたか」


「少し」


「褒められたので」


「評価です」


「褒めではなく」


「評価です」


 榊原さんは前を向いていた。


 だが、耳が少し赤い気がした。


 気のせいかもしれない。


 確認すると問題行動になりそうなので、確認しないことにした。


 しばらく歩くと、小さな橋があった。


 橋の下には細い川が流れている。水は浅い。石が見える。子どもが一人、川べりで何かを探していた。


「ここなら、歩いて渡れそうですね」


 俺が言うと、榊原さんがすぐに反応した。


「渡らないでください」


「水上歩行ではありません。浅瀬です」


「念のためです」


「靴が濡れるだけでは」


「濡らさないでください」


「はい」


 水を見ると、昔のことを思い出す。


 湖。嵐。船。怖がる弟子たち。水の上を歩いた時のこと。


 あれは、今なら動画に撮られるのだろう。


 そして、何度も再生され、切り取られ、疑われ、信じられ、真似され、誰かが溺れる。


 榊原さんが止める理由は、やはり正しい。


「ナザレさん」


「はい」


「何か考えていますね」


「昔、水の上を歩いたことを」


「歩かないでください」


「今は歩きません」


「今後も、事前確認なしには歩かないでください」


「事前確認があれば」


「原則ありません」


「文書上の表現ですね」


「はい」


 俺は橋の上で川を見た。


 水は、ただ流れていた。


 歩かれることも、祈られることも、証明に使われることも求めていない。ただ流れている。


 少しうらやましかった。


 昼を過ぎる頃、榊原さんは俺を小さな喫茶店へ連れて行った。


 木の扉。古い椅子。窓際の席。コーヒーの匂い。


「休憩ですか」


「はい」


「安全確認ではなく」


「安全確認も含みます」


「含むんですね」


「はい」


 席に座る。店員がメニューを持ってくる。


「ご注文は」


 榊原さんはコーヒーを頼んだ。俺はメニューを見た。


「これは」


「クリームソーダですね」


「知っています」


「飲みますか」


「飲みたいです」


「昨日から甘いものが続いています」


「現代の甘いものが強いので」


「それは否定しません」


 クリームソーダが来た。


 緑色の飲み物。泡。上にアイスクリーム。赤いさくらんぼ。


「これは、かなり祭りですね」


「飲み物です」


「飲み物に氷菓が乗っている」


「はい」


「現代人、境界を越えますね」


「食文化です」


 一口飲む。甘い。冷たい。しゅわしゅわする。


「これは、少し危険です」


「なぜですか」


「楽しいです」


「それは危険ではありません」


「俺にとっては、少し危険かもしれません」


 榊原さんは、コーヒーを置いた。


「どういう意味ですか」


「楽しいと、忘れそうになります」


「何を」


「自分が逃げていることを」


「逃げているのではありません」


「安全確保のための一時的移動」


「はい」


「でも、少し逃げています」


「はい」


 榊原さんは、今回は否定しなかった。


「逃げることが、必要な時もあります」


「法務さんがそれを言うんですね」


「撤退も危機管理です」


「なるほど」


「ただし、逃げ続けることはできません」


「いつか決める必要がある」


「はい」


 俺は、クリームソーダの上のアイスを見た。少しずつ溶けている。


 甘いものも、溶ける。


 当たり前のことなのに、少しだけ寂しい。


「榊原さん」


「はい」


「俺は、いつかどこかに定住できるんでしょうか」


「そのために移動しています」


「移動しているのに」


「はい。居場所を作るための時間です」


「居場所」


「はい」


「教会ではない場所に?」


「おそらく」


 榊原さんは、窓の外を見た。


「まだ分かりません。ただ、教会の中では近すぎる。完全に外だと遠すぎる。どちらでもない場所が必要です」


「そんな場所がありますか」


「探します」


「俺も探すんですか」


「はい」


 俺は頷いた。


 居場所を探す。


 神の子なのに。


 神の子だから。


 喫茶店を出る頃には、午後の光になっていた。


 駐車場へ戻る道で、若い男性がこちらを見ていた。


 スマホを手にしている。


 榊原さんの歩く速度が、ほんの少し変わった。


「ナザレさん」


「はい」


「自然に」


「普通に」


「はい」


 男性はこちらへ近づいてきた。


「あの、すみません」


 俺は足を止めそうになった。榊原さんが、半歩だけ前に出た。


「何でしょうか」


「外国の方ですよね。写真、いいですか」


 写真。


 普通の観光客として珍しかったのか。どこかで見た顔だと思ったのか。分からない。


 榊原さんは、すぐに答えた。


「すみません。写真はお断りしています」


「あ、そうなんですか」


「はい」


「彼氏さん?」


 男性は軽い調子で聞いた。榊原さんは、ためらわなかった。


「はい」


 俺は反応しなかった。よく耐えたと思う。


「そうなんですね。すみません」


「いえ」


 男性は去っていった。


 榊原さんは、しばらくその背中を見ていた。


「大丈夫ですか」


 俺が聞く。


「はい」


「写真は危険」


「危険です」


「彼氏さんという答えは」


「説明コストが低いです」


「なるほど」


 車に乗る。しばらく二人とも黙っていた。


 エンジンがかかる。駐車場を出る。


「榊原さん」


「はい」


「先ほどの、はい、は上手でした」


「評価しないでください」


「すみません」


「いえ」


「でも、助かりました」


 榊原さんは、前を見たまま言った。


「私も、あなたが反応しなくて助かりました」


「学習しています」


「良いことです」


「褒めですか」


「評価です」


「評価でも嬉しいです」


「そうですか」


 車は町を出た。夕方が近づいている。山の影が少し長くなってきた。


 俺は、助手席で今日のことを考えていた。


 偽装上、交際関係。


 説明コストが低い。


 手をつなぐ可能性がある。


 写真は断る。


 彼氏さんと聞かれたら、状況によって否定しない。


 現代の旅は、奇跡より難しい。


「榊原さん」


「はい」


「これは、いつまで続きますか」


「分かりません」


「偽装上の交際関係も?」


「必要な間は」


「必要がなくなったら?」


「解除します」


「解除」


「はい」


「契約みたいですね」


「偽装ですので」


「なるほど」


 俺は窓の外を見た。


 夕方の光の中で、田んぼが金色に見える。


 必要がなくなったら解除される関係。


 それは、少し寂しい気がした。


 だが、そう思ったことは言わなかった。


 言えば、何かが進みすぎる気がした。


 距離が、今回のすべてだ。


 近づきすぎても、遠ざかりすぎてもいけない。


 俺は、ナザレさんとして、日本を移動している。


 隣には、榊原さんがいる。


 偽装上は、交際関係。


 実務上は、安全確保のための一時的移動。


 そして俺は、クリームソーダが少し好きかもしれない。


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