96.ぼ、ぼく、冒険者になる…
何日か寝泊まりして、ご飯食べて、子供たちと遊んで、弟子たちに稽古つけて、ついでにウルサイわんこどもを追い払って、院長先生とギャーギャーワイワイやってた、だけだけど。
修理がまだ中途半端なんだけど、そのうち直る。職人さんたち、頼んだわよ。
ホント、そんなに日数も経ってないのに、なんかもう、すっかり我が家に思えてしまった教会に帰ってくる。
玄関を開けると。
「おかえりー!」
「おかーりー!」
ちびちゃんたちが、いち早く飛びついてくる。
「おーよしよし、いい子にしてた?」
二人とも軽々と抱き上げて、肩車してあげる。
髪の毛をイジられながら中に入ると。
「師匠、カッコよかった!」
「うん、すごかった……」
男の子の弟子たち二人が、パレード見物の報告をしてくれる。
どこにいたっけ? 分かんなかったわ。
「ホント、すごかったです」
「聖女って、スゴイんですね」
こっちの女の子二人も、みんな一緒にパレードに来てたのね。
「お帰りなさい、聖女ミヨ、付き人イクミ」
ニコニコしながらマム院長が後ろからやってくる。
半分は歓迎、半分は稼ぎはどうだったの? デスヨネ。
「報告を伺います。院長室へ。みんなもいらっしゃい」
「はーい!」
子供たちもなんか嬉しそうだ。ああ、君らの純粋さが、お金で汚されていかないか、オネーサンは心配だよ……
「報告致します。わたしたちは契約と隷属の管理者アストレージの管理下の元、オークコマンダー1頭、オーク34頭を討伐し、報奨金として、大金貨1枚、金貨34枚を受け取りました。別に、ポーター制度参加者として、金貨合計6枚も受け取っています。ご確認ください」
そっと、院長室の机に置かれた金貨袋。みーよが開けて並べてみせると、みんなの目の色が変わる。
「す、すげぇ……」
「ぼ、ぼく、冒険者になる……」
みーよはにっこり笑って、男の子たちに言う。
「命がけのお仕事なのよ? でも、郁ちゃんは平気な顔であの中に突っ込んでいくのよね」
ほわあ、という顔で、見られてもねぇ。
好きでやってるからねぇ。
「院長先生、奉納の儀式を行っても、宜しいでしょうか?」
「え、ええ……」
思った以上の戦果に、ちょっと気が抜けているらしいマムちんが、気を取り直した。
二人で屈み込み、みーよの杖が光ると、机の上の金貨が左右に均等に割り振られていく。
大金貨は金貨10枚分として、お互い金貨25枚分の取り分になるのね。
教会側に分配された金貨は、使いやすいようにかな? 机の上の分はたくさんの大銀貨に変わっていくね。
「なんか、お金に対する概念が、変わっちゃいそうです」
「これで、いいんだっけ、って思っちゃう……」
アリとリコットが、顔を見合わせる。
「聖女は、それに見合うお仕事だから。二人とも、慣れておいてね」
みーよが、優しく諭すように言う。
「は、はい!」
うん、いい返事だね。
「聖女ミヨ、付き人イクミ。本当に感謝します」
マムちんの笑顔が、満たされた者のそれだね。金の亡者というか、追い込まれていた当初の顔はどこに行ったんだろうね?
ま、そういうもんだよね。
「子供たちは下がって宜しい。ミヨとイクミはもう少し話があります」
「は、はい」
「はーい」
人払いするってことは……
子供たちが出て行ったのを確かめてから、マムちんはおもむろにお金を仕舞い、居住まいを正す。
「オークの捕虜になっていた女性たちの件ですが、二人の意見を聞きたいのです」
ん-あたしに意見を聞くの?
みーよだけで良くない?
「はい。アオイの教会で保護しているはずですが、全ての面倒は見られないと思います。あそこも経営は苦しいはずですので」
みーよも、姿勢を正して話し始める。
「お手伝いできることがあれば良いのですが、わたしたちでは専門外ですので」
「そうですね。本来なら領主様が手を差し伸べる筋合いなのですが」
「はい。あまり期待はできないと思います」
ふたりで話が終わっているように思うけど。
「それで、イクミはどう思いますか?」
あたしに聞かれてもねぇ。
「んと、あたしこの世界の常識が無いのよね。なにがどーしてどーなってるのか、説明してくんないと分かんない」
マムちんとみーよが、顔を見合わせる。
あなた、説明していないんですか?
ええ、郁ちゃんは関係ないものだと思っていました。
はぁ、全くこの子は。
えーわたしのせいですかぁ?
みーよの瞳が、表情が雄弁に語っている。あんた、ホントに優等生辞めたんだね。
ま、マムちんは最初から分かりやすかったけどね。
「“青き清浄の調べ”は聞いていますか?」
「ん-なんとなく」
「あそこは理念系の教会で、精神汚染された人族の治療や葬還を主に行います。宗派としては信徒が少なく、専門性が高く、なり手があまりいないのですが、人族の世界にとって、無くてはならない教会と私は考えております」
「んと、理念系って、なに?」
あーもう頭がこんがらかってきた。難しい話はキライなのよね。
マムちん、少し考える。あたしに合わせてレベルを落とさなきゃ、とか思ってるんだろうね。
「魔力ではなく、理力を用いる神官や僧職者には、私たちのように人格をもつ神さまを奉る宗派と、この世界の理念、概念、法則を研究し理解し活用する宗派の2種類があるのは、分かりますね?」
「ん-なんとなくは」
とは言ってみたけど、正直、よく分かんない。
「マクロン閣下は魔法使いで、魔力を使うんだよね。ヴァラミンやみーよは、理力を使うんだけど、その源が、その、神さまや法則とかから来る、って感じで合ってる?」
「大体その通りです。理力は、人族の思念や意思の広さや深さや人数を束ねて行使される力なのです」
うわぁ、なんか分かんないことを言い始めちゃったよ。
「難しいんだけど、広い範囲で知られていたり、深く考える人がいたり、たくさん信徒がいたりすると、色んなことができちゃうよ、って事?」
「……おおむね、その通りです。はぁ」
何よーそのため息。
あたしだって足りない頭を一生懸命廻して、マムちんの話を理解しようと頑張ってるんだゾ。
微分積分はとっくに諦めたけど、こっちの話はまだアキらめてないんだゾ。
アアん、みーよに“ちゃんと教えときなさい”みたいな顔で見るのヤメテ。
みーよもみーよで“わたし、知らないもーん”みたいな顔するのヤメテぇ。
細かいことを言っても、この子には伝わらない。
そう、諦めたらしい。マムちんの口調が少しぞんざいになる。
「その一つが“青き清浄の調べ”なのです。人々にはあまり知られていない、というより日々の暮らしで使われることがないのですが、携わる僧職者は深い理解と同調、勇気と慈愛が求められます。私も、あの時は世話になりました」
あの時。あぁ、マム先生が現役の大聖女時代、オークどもに襲われた時の事ね。
「ですので、何かして上げたいのですが、出来ることが思いつかないのです。イクミ、なにか意見はありませんか?」
ん-
「とりあえず、様子を見に行くのは?」
ごく当たり前の、差し障りのない辺りから、言ってみる。
「何もできない、何をしていいかも分からないのに、ですか?」
あー頭が固いね、マムちん。
「分かんないから、様子を見て、そんときにまた考えればいいんじゃないの?」
あたし、速戦即決だし。動いてから考える派なんだよね。
「かなり悲惨なものを見なければならないかもしれませんよ?」
んーだと思う。
「そうだよね。でもあたし、直にもう見ちゃってるからね。直接助けたの、あたしとデンだし」
え?
なんでそんなビックリした顔するの?
デンから聞いてないの?
アンタの膝で、ワンワン泣いてたじゃん。
マイアミからも、何も聞いてないの?
「い、いえ、オークの集団に突進していったのは、分からなくも、いえ、分かりませんが、分からなくも無いのですよ。ただ……」
分かってるのか、分かって無いのか、分かんないけど?
「直接、救出など……不可能です」
「そんなこと言われても、実際、助け出したわけだし」
「い、いえ、それはそうなのですが、前に聞いていた話と違う……あれ、そういう意味なのですかぁ⁈」
ですかぁ、とか言われても。
あーまーあたしの話ってか、報告が結構いい加減なのか。
「てっきり、捕虜の荷車ごと、星落としから聖女ミヨが守護したのかと思っていましたよ」
「その辺はデンに聞きなおして。あたしより説明は上手いと……」
ン、思えない。
「とにかく、あたしはデンの指示に従っただけだよ。ホントは撤収しようって言ったのは、報告してるよね?」
「そ、そうですね。そうですか、そんなことが……」
マムちん、なにかブツブツ言って、考えをまとめているみたい。
「分かりました。付き人イクミ、聖女ミヨと共に、明日、青き清浄の調べ教会に出向き、何か出来ることが無いか、聞いてきて下さい。わたくしも、及ばずながら支援すると伝えるように」
「おっけー」
「承知しました、マム先生」
なんかお疲れなマムちんを置いて、あたしたちは院長室を退出した。




