68.一応、立場的には、叱らないとダメなんだろうね
談話室兼食堂から、キャッキャと華やかな笑い声。
みーよが、何かしてあげているようだ。
「入るよ?」
一応、声は掛けるけど、どうせ最初から敷居も扉もない。
隠すみたいなことは、最初からしてないみたいだ。
談話室のテーブルに置かれているのは、三面鏡の簡易バージョン。
正面に鏡、左右に角度を付けた、同じく鏡。
旧時代によく出てくる家具だ。
現代のモニター全盛時代でも鏡は使われるけど、こういうのは、さすがにない。
意外なものを知ってるんだね、みーよ。
「お疲れ様」
優しく声を掛けながら、アリちゃんを鏡の前に座らせて、おさげが解かれた髪に串を入れてあげている。
となりでリコットちゃんが、自分の順番を待っているようだ。
この世界には、ガラスが無い。だから、当然鏡もない。
ただ、あたしが一日一回必ず入るシャワールームには当然鏡が備え付けられている。だから、違和感は感じない、んだけど。
いや、感じる。この世界の人に鏡なんか見せて、大丈夫なものなの?
と、思ったけど。
魔法も理力もある世界で(いや、実は未だによく分かんないけど)、鏡に代わるものの一つや二つ、あってもおかしくはない。
祈ったら杖が光って色んなものを出し入れしたり、知らない言語でも適当に翻訳してくれる理念がある世界なんだよ?
気にする方が、負けなんじゃないの?
で、気にしていたみーよは、今までかなり苦労を重ねて来たんだね。
肩の力が抜けて、頭の中に変な声が聞こえなくなって。
とてもスッキリした、穏やかな顔してるよ、みーよ。
~ ・ ~
夜、食事が終わって、珍しいんだろうね、みーよの方からマム院長を晩酌に誘った。
子供たちも来たがっていたけど、大人の時間だからダメ、なのだそうで。
あたしらも、まだ子供でしょ?
ま、いっか。
で、あたしも付き合う。
何事なの? と戸惑うマムちんの前に。みーよが杖を振るう。
光と共に出てきたのは、ガラス瓶に入った高級そうなブランデーと、グラスが3つ。
ついでに燻製ハムとチーズ、ウインナー、サラミ。
「な、なんということを、聖なる力を私欲のために使うだなん……て……」
一応、立場的には、叱らないとダメなんだろうね。
「いらないなら、片づけますよ? めったに手に入りませんので、きっと喜んで頂けると思ったのですが……」
うわぁ、ズルい言い方。
そーだね、今までのいい子ちゃん聖女だった時は、絶対にやらなかったんだろうね。
「そ、そんな事は、言ってません、言ってないんですよ……」
うろたえながら、ブランデーのきらめきに目が離せないマムちんの前に、みーよがグラスを置き、トゥクトゥクといい音を立てさせて、中身を注いでいく。
「郁ちゃんも呑むでしょ?」
「もちろん。でも、こんなのどこで見つけて来たの?」
「パパの書斎。こっそり吞んでた」
うわぁ、可愛い顔して、悪いヤツめー
みーよの記憶の中にある、美味しいお酒って事ね?
女神さまにお願いして、お取り寄せってわけか。
ん-世界の理は、どーなったんだ?
女神ちゃん、基準を緩くしたのかしらん。
まさか、あたしのせいじゃ、ないよね?
「バレナイ程度によ? パパは色んなものを貰ってくるけど、実際はあんまり封を開けないのよね。家政婦のナオコさんが、勿体ないからってパパに吞ませるんだけど、あまり好みじゃないみたいなの」
好みじゃないなら、貰わなきゃいいのにね。
まあ、立場上、そうもいかないのかー
みーよは、自分のグラスにも高級ブランデーを注いで、マムちんの前で飲み方をレクチャーする。
細い脚のようになっている、グラスの下部に掌を廻し、そのままグラスごと回転させて、香りを揺蕩たせる。
うわぁ、なんていい香り!
ブランデーは、ワインを蒸留させたお酒だから、香りも濃厚。
昨日呑んだ赤ワインも美味しかったけど、これは別格の香りだね。
香りを堪能したら、むせないように少しずつ、舐めるように口に入れる。
口中に広がる甘くむせ返るような香りと味わい。
良いブランデーだねぇ。
お酒なんてあんまり知らないけど、大人が好んで呑む気持ちがよく分かる。
父ちゃん、これが好みじゃないだなんて、舌がお子ちゃまだわね。
あら、マムちん、慌てて呑んだらダメだよ、むせかえってるわ。
落ち着いて。みーよ、お水、あ、出してくれるのね。便利ね、光の奇跡。
マムちん、落ち着いた? 息が荒いよ?
むせて苦しいの? 美味しくて感動したの?
ン、感動したのね。良かった良かった。
これで院長先生も共犯者だねぇ。
え、みーよ、あたしそんなに“悪い顔”してんの?
すっかり楽しくなっちゃって、ボトル1本を3人で開けちゃった。
スゴク美味しかった。
みーよの話では、連続して沢山は出せない、インターバルが必要、本当に貴重なのよ、ということですが。
別の種類なら、いいんでしょ?
なによ、その素知らぬふりしての“悪い顔”は。
期待しても、いいんだよね?
マムちんも、同じことを思ってるぞー
~ ・ ~
ボチボチ寝る支度と思って、女部屋に入ったら、誰もいない。
男部屋から、声。
あらあら、子供は子供で、はしゃいでるのね。
どーする?
先にシャワー浴びちゃって。私が見てくる。
はいよー
一日の汗を洗い流して、サッパリして。
お着換えして出ると、みーよが交代でシャワーを浴びるんだって。
そういえば、アンタがシャワー使うの、見たことないや。
「そうよね。どうして使おうとしなかったのかしらね、あの頃は、考えもしなかったんだよね」
だよね。やっぱり、精神支配系の影響だったと思うよ。
女神ちゃん、やっぱり非道いやつだ。
女の子にシャワー浴びさせないだなんて。
「あ、あの……」
「なに?」
「これって、私たちは、使えないんでしょうか……?」
アリちゃんと、リコットも、そう思うよね。
「んーどうなんだろうね。資格というか、世界の理に反さなければ大丈夫だと思うけど」
ま、みーよが使ってるんだから、大丈夫な気もするけど。
「今までは、どうしてたの?」
「たらいにお湯を入れて、清拭していました。そうやって聖女は身を清めるものと、教わりました」
「お湯が無いときは、冷たい水を使ってたよね」
「だよね」
んーシャワー自体はお湯じゃないから、なんとも言えない、かなぁ。
「仕組み自体は、そこまで難しいものじゃないから、自分たちで作ってみるのは?」
そういうと、女の子たちの顔が嬉しそうになった。
「そうですね。考えてみます」
思いつくのは、滝で水に打たれるイメージだけど、それじゃ量が多すぎる。
旧時代で見た、じょうろに水を入れて花壇に水を遣る、あの感じだよね。
もう限界、眠くてしょうがない、お兄ちゃんお姉ちゃんたち、今日は夜更かしなの?
みたいな、おちびたちを抱えて寝床に着くと、あたしも急に眠くなる。
やっぱり、みーよの事がプレッシャーになってたのかなぁ。
明日から、しばらく野宿生活なんだから、少しは気持ちを引き締め……
引き締めることもなく、チビたちを抱えたまま、すぐにあたしは眠りに落ちた。
(つづくっ!)




