66.コーヒーは、豆からじゃないと、やっぱり美味しくないね
明日の打ち合わせ、という理由で、みーよがあたしを外に誘う。
ことさらに仲良さげに出ていくあたしたちに、とりあえず子供たちも安心したようだ。
おねーちゃんたち、仲直りしたんだねー
シスターマム、仲直りさせてくれてありがとー
みたいなこと、おちびちゃんが言ってた。
んーその純真さは尊いよ。
建物の脇にある、ちょっとした広場に、みーよが杖をかざすと、アウトドアテーブルと背もたれ付きのアウトドア用イスが、光と共に出現した。
「コーヒー淹れるね」
二人分、きちんと用意してくれる。ポット付きで、お代わりも頼めそう。
まだ明るいので、灯はいらないね。
「タープも出せるよ」
日よけのタープは、無くてもいいけど、あるとありがたい。
子供たちと院長先生が、離れた処で、何事かと見つめている。
チラホラと、スラムの住民も何人か、こちらを覗き込んでいる。
こらこら、見世物じゃないぞー
「消音の結界を張っているから、声ははっきりとは聞こえないよ」
「丸見えの、ナイショ話ってこと?」
「まーそんなとこ」
便利なもんね。そして、あんた、周囲の事を気にしなくなったのね?
「世界の理とかは、どーしたの?」
「ん-あれは、わたしじゃないもん」
何でもないようにみーよは言って、にやりと笑った。
「女神さまと、取引したの」
取引?
ホント、何でもない事のように言うのね、みーよ。
「どんな?」
あ、ホントに元のみーよだ。
さりげなく、淡々と、しなやかに過ごす、あのみーよだ。
あたしとも普通に接してくれる、力まず、焦らず、静々と暮らす、あのみーよだ。
「とりあえず、今まで通り、じゃないけど、聖女のお仕事は続けます。
聖女を継いでくれそうな後釜も探しますし、教えます。
なんなら、マム先生を聖女に復帰させてくださいとお願いしたけど、さすがにそれは無理みたい。穢れすぎちゃったんだって。
でも、アリやリコットを育てるのは構わないし、わたし一人に聖女を押し付けないで、分担する分には構わないって」
「ふむふむ」
「で、わたしはわたしの意思でアーリューシャイン様にお仕えしますから、操るような事はお止めください、ともお願いしたよ」
「へー」
やっぱり、操られてたんだ。だとは、思ってた。
完全に操り人形じゃないけど、かなりの部分、精神支配はされてたと思う。少なくとも、精神誘導は、やられてたよね?
「でも、女神さまをあんまり悪く思わないでね? あそこまで感応できたのは、わたし以外にはいなかったんだから。アーリューシャイン様、ちょっと焦ってたんだと思う」
いやーそんな理由で許してなんかあげないよ?
気持ちを落ち着かせたいので、コーヒーを口に含む。
あれ、これ、インスタントじゃない。
豆から挽いたコーヒーだ。多分、モカだと思う。
なによ、随分とサービス良いじゃないの?
みーよもあたしと同じように、コーヒーを飲む。
「わたしも、この世界に召喚された時“元のわたし”だったら、精神的に色々と面倒な事になってたと思う。
いじめどころか、暴力や殺戮や、怖い魔物や、裏切りや、婦女暴行や、飢えや病気で野垂れ死にとか、ホントに沢山見て来た。
聖女だから全てをありのままに受け入れる必要があって、そのために聖女としての精神的なフィルターを掛けられていたからこそ、受け入れることができたんだよ」
ただ、と、前置きして。
「コーヒーは、豆からじゃないと、やっぱり美味しくないね」
「え、普通にインスタント淹れてたでしょ?」
「あれは、わたしじゃないもん。妥協よ妥協。あれでも、女神さまは結構渋ってたんだよ?」
妥協でしたか。美味しかったけどね。
「コーヒーだけだと物足りないでしょ? この世界、砂糖が高すぎるしね」
ちょこっと杖を振るい、個包装のチョコレートバーの入った容器を出してくれた。
あらん、美味しー!
こういうの久しぶりに食べたわ。やっぱ甘いものよねー
コーヒーにピッタリ。お代わりしてもいい? ありがとー
「でもさ、世界の理とか、どーすんの?」
「ふふふ、わたし、操り人形の真面目聖女じゃ無くなったから、その辺は深く考えなくてもいいんじゃない?
とりあえず、郁ちゃんといる時だけの限定ってことで、話を合わせて貰っていい?」
まー今まで通りだね。それで大抵は通ってきたからね。
「食べ物もアイテムも、もしも盗まれたりとかしても、わたしの光の届く範囲から離れると消えちゃうから、問題ないよ。わたし自身を欲しがられる危険はあるけど、その辺は郁ちゃんが守ってくれるでしょ?」
「そりゃね。付き人ですしー」
「ありがと」
「それと、郁ちゃん」
「なに?」
「わたし、自分の意思で、本気でマム先生の後継者を目指してみるよ」
何かを決めた時の、みーよの瞳。
そんなに短くも無い付き合いだけど、こんな顔のみーよは、初めて見るかも。
「現代には帰るよ。郁ちゃんと一緒に帰る。でも」
「でも?」
「マム先生が失ったものを、全部取り戻して見せる。だから……」
「だから?」
「それまで、一緒にいてくれる?」
なんだ、そんなこと?
「いいよ」
「ありがとう」
あたしたちは、少しの間、互いの絆を確かめ合う。
言葉は、もう、いらなかった。
みーよは軽く微笑むと、空になったコーヒーとお菓子を一か所に集めた。
「じゃ、そろそろ行こっか。みんな心配してるし」
「ん」
みーよはイスから立ち上がり、杖をかざして軽く振る。
光と共に、タープもテーブルもイスも、上に乗っていたコーヒーセットもお菓子の入っていた器も、光と共に消えていった。
「オーク討伐の遠征中も、これ、出してくれるの?」
「当然でしょ? わたしたち、現代人だよ? なんでこっちの理屈に合わせなきゃならないの?」
「優等生のセリフじゃないよ?」
「やーよ、そういうのめんどくさいもん。郁ちゃんが赤点を気にしないのと一緒だよ」
「そりゃそーだ」
二人で笑いあってるのを見て、みんな安心したみたい。
ちびちゃんたちが走り寄ってきた。
「おーどした? コワかったの? もう大丈夫だよー」
二人とも抱き上げて、両肩に乗せてあげる。
年少さんも思春期も、次期聖女候補ちゃんも、安心したような笑顔だ。
まーねー、コミュニティのエース二人が仲 たがいって、そりゃどうしていいのか分かんなくなるよねー
そして、一番救われたらしい、マム院長の、憑き物でも落ちたみたいな笑顔が、とても印象的だった。
みーよもだけど、マムちんも相当、精神的にキツカッタんだろうね。
ホント、女神ちゃん、気の使い方が下手くそ過ぎだね。




