50.名前覚えるの、大変なんだよね
新章開幕。
翌朝。
今日は何の用事もないし、ゆっくり寝ていていいはずなんだけど。
体に染みついた習慣は、簡単には抜けてはくれない。
起きだして、着替えて外に出ると。
男の子たちが修行していた。
さすがに、あたしも仮想の敵を作って鍛錬というわけにはいかないかな、と思ったけど。
それは師匠の大切なお勤めなので、構わないと言われてしまった。
そんなんでも、ないんだけどね。
適当なんだけどねー
まあ、お言葉に甘えて、昨日武器屋に借りたショートソードを振ってみる。
アギト・ナイフよりちょっと長いね。
諸刃だけど、刃の鋭さはあんまりない。武骨で、斬るというより殴るといった感じ。先端だけは尖らせているので、とどめとして突き刺す分には問題なさそう。
重心は柄のちょっと上、手元に近い感じ。振り回して切りつけるというよりは、手元で受け止める方が向いてそう。
2、3度振って感触をなじませて。
剣の舞をイメージして、踊りだす。
踏み出しと共に突きを入れ、1歩下がりながらコンパクトに振る。
横にスライドしながら逆方向に剣を廻し、溜めた力を解放して旋回斬りを3連続。
すぐにしゃがんで下から上に斬り上げ、斬り降ろし。
んー刃先が短いから、これは入りづらいかな。もうちょいコンパクトにまとめないとダメだね。
しゃがみ自体はたぶん入ると思うんで、水車蹴りを入れてからにしようかな……
気が付くと、汗で制服がびっしょりだった。
みーよの声で、現実に引き戻されるまで、気が付かなかった。
ゴハンできたよ、らしい。
男の子たちが、凄いものをみた、と夢中で話している。
いや、これ、練習だからね?
ただのイメトレよ?
みーよに渡されたタオルで、制服の下から軽く体を拭く。
なによ、体を拭く位、普通の事でしょ?
みーよが、あっちいってなさいと男の子たちを促して連れて行ってしまった。
それと、もう一つの視線。
花束配達人が来てる。いつから?
「お前、ホントに、すげえな」
誰が敷地の中に入って良いって言ったの?
マズいなぁ、全然気が付かなかったわ。
「これから朝ごはんなの。あんたに構う暇も気持ちも無いの。花束だけ貰ってあげるから、とっとと帰って」
えーじゃないわよ、えーじゃ。
ナニコレ、毎朝来るつもりなの?
「稽古つけてくれるんじゃ……」
「するわけないでしょ馬鹿らしい」
「俺の嫁になってくれるんじゃ……」
「なるわけないでしょアホくさい」
シレっと、なんてこと言うのよ。
「俺、お前に惚れちゃったんだよ……」
「知らないわよ、とっとと帰って」
ホント知らないわよ、そんなの。
シュンとして、トボトボと帰っていく革ジャンボス。
駄目よ、そんなことであたしの心は絆されたりなんかしない。
……でもなー昨夜の事もあるし。
あたし、結構流され得やすい性格なんだよね。気を付けないとね。
花束を抱えたまま彼を見送るあたし、なんてシチュエーションは、ホントいらないんだけどね。
~ ・ ~
「花束、また貰ったんですか?」
「勿体ないから飾ってくれる?」
「ん-受け取っちゃうから、その気があると思われるんですよ、それ」
アリちゃんに恋愛の指南を受けるとは、思わなかったわ。
だってー勿体ないでしょ? 花に罪はないのよ?
実際、食卓がとても華やかになるのは、間違いない。
院長先生も、朗らかな笑顔を浮かべている。
んで、昨日の教会の修理費用見積もりを簡単に説明する。
先生、少しというか、結構悩んだけど。
多分、先生の分の手持ちじゃ足りないよね?
あの食品庫を満タンにするのに、かなりの額を使ってるんだもんね。
預かった金貨は全部使いきったんで、手元には大金貨1枚と金貨2枚しか残っていないはず。
建物の修復に廻すと、心もとなくなる。
でも、お金なんて、使ってナンボと思うけどね。
でも、お年寄りは、本能的に貯めておきたいんだよねぇ。
わたしたちも半分出しますよ、と、みーよが言うと、隠しきれない嬉しさをなんとか隠そうと奮闘している表情になった。マムちん分かりやすいなー
んで、建物の修復が終わってからでいいけど、長らく行ってこなかった炊き出しを再開したい、らしい。
本来はそういう善行を周辺住民に施して、光の女神さまの慈愛を広めていくべきなんだけど、そんな余裕などトンデモなくて、今日を生きるのに精一杯、が随分長く続いたのだそうで。
その辺の話は、修復が終わってから改めて話し合いましょう、ということで。
子供たちに衣服を買ってあげたいんだけど、と先生に許可を貰う。
ちょっと渋い顔をされたが、お金はあたしたちが出すというと、それなら構わないそうです。ホント、分かりやすいなー
スラムの住民の炊き出しより、身内の身なりの方が先だと思うんだけど、余計な事は言わない。マムちん、頭固いからね。
~ ・ ~
食べ終わって、身支度して、みんなでお出かけ。先生とちびちゃんたちはお留守番ね。
荷車を年長の男の子が引いて、アリちゃんと年少の男の子と女の子が乗り込む。
あたしたちは歩きだね。
「師匠、俺の名前、いい加減に憶えて欲しいんですけどー」
ん-印象に残らない子は、名前覚えられないんだよね。
たしか、シレン、シュレン、シャラン……
「シュラン、ですよ!」
シュラン、酒乱、しゅらん。
ん-覚えられるかな、自信ないなー
「僕もー!」
こっちは簡単カンタ君。
「あたちもー!」
噛み噛み年少さんはリコットちゃん。お利口リコット?
名前覚えるの、大変なんだよね。
あたし、頭の出来はまるで自信ないからさ。
あ、アリちゃんだけは、すんなり覚えたわ。




