49.そんな風に肩を叩かれると、泣きたくなるでしょ
だいぶ暗くなってきたんで、教会に急いで帰る。
暗がりに乗じて襲い掛かってくる輩なんかいないかなーとか思ったけど、いないみたい。
代わりに、ランタンに火を灯して建物の角に立つ女たちを何人か見かけた。
娼婦だ。
ま、それがアンタらの生きる道なんだから、しょうがないんだけどさ。
いかにも、危ないよね。アンタらも、お相手の男どもも。
何されるか分かんない連中しか、こんなスラムには来ないよ?
ほらーそこの角でなんかモメてるしー
見ないふり見ないふり。
なんか叩かれてるけど、見ないふりー
ん-できない。
あたし、なんにも関係ないんだよねー
そういうの見せるの、ヤメてよね。
なのに。
なんで、あたし、首を突っ込んじゃうのかなー
「取り込んでるところ、ゴメン。女の人を叩くの、見苦しいからヤメてくんない?」
「ああん?」
出来るだけ穏便に丁寧にお話したけど。
酔っ払いの中年男が、酒臭い息を吐きかけてきた。
「俺様の勝手だろうが!」
「そうだね。アンタがそれでいいなら、あたしも勝手にするけどね?」
警告。
イエローカードのうちに、引っ込みなよ。
「あ、あの、私は……」
「なに? ほっといていいならそーするけど?」
「い、いえ……」
何よ、優柔不断だねぇ。
「お値段を、半額にしろと言われたので、それは困ると言っただけなんです。
……この人は、悪くないんです」
ああ、値切り交渉なのね?
でも、そういう事じゃないんだけどね。
「それはどーでもいい。あたし、女の人が黙って殴られるを見るの、我慢ならないの。そんだけ」
ホント、ただそんだけ。
それでイイなら、あたしも遠慮なくアンタを殴るよ?
それでイイんだよね?
「けっ、変な格好しやがって。なんならお前から抱いてやろうか、ああん?」
「へえーあたし高いよ?」
はい、殴って良い確定。レッドカード。退場してね。
「しょ、商売の、邪魔、しないで、下さい……」
おっと、娼婦ちゃん、間に割り込んできたよ。
まあ、客を横取りしようとしてる風に、見えないこともないか。
なんかシラけたなー
「ゴメン、余計な事だった」
ま、それならそれで、どうでもいいか。
我慢して頭を下げて、聞かなかったことにして。
その場を離れたあたしの、塞いだはずの耳に。
パシーンという音が聞こえた。聞こえちゃった。
「余計なことしやがって、この売女がっ!」
人の倒れる音。うめき声。
はぁーもー
くるりと振り返り、ツカツカと男に近寄る。
「仁義を通したつもりなんだけど、アンタがそういう態度なら、もうイイよね?」
弱い者いじめは嫌いだけど。
アンタが弱い者いじめするなら、別の話なんだよね?
十分に手加減して、デコピン一発。
ああん、とあたしを睨んできた、その汚いおでこに食らわせてやった。
男は、ギャッとかいって、その場に崩れ落ちた。
うーん、うかつに力入れると、殺しちゃいそうだね。
証拠は隠滅しよう。うん、そうしよう。
んで、あたしは悪くないもんね、と言うことにしましょーかねー
「みんなーコイツ悪いヤツだから、全部剥ぎ取っていーよー」
薄暗がりの中、優しく可愛く声を掛けてあげる。
こんなこと言っても誰も来ないのも知ってる。
だから。
「早い者勝ちねー」
といって、叩かれて倒れている女の人を抱えて、その場を立ち去る。
あたしは何もしていない。何も見ていない。何も聞こえないっと。
ガサゴソとゴキブリの集団がはい回るような音なんか、聞こえたりしない。
~ ・ ~
薄暗がりだから、傷がよく見えない。
みーよの所に連れていきたいけど、叱られそうだねー
「ゴメン」
安全かどうかわかんないけど、大丈夫そうな所に寝かせて……
できない。
あーあたしの甘ちゃん。あたしのバカ。
しょうがない、叱られるかー
とぼとぼと、彼女を教会まで連れ帰って、しまった。
~ ・ ~
「遅かったねー」
出迎えてくれたみーよが、彼女を見て、あたしの顔をみて、あぁあ、という顔をする。
「ゴメン」
なんか、あたし、謝ってばかりだな。
「いいよ」
みーよは何でもないようにそう言って、癒しの奇跡を施してくれた。
気が付いた彼女は。
あたしの顔を複雑そうな顔で睨んで。
治療費なんか払えないと言って。
みーよが、わたしの付き人に大切な事を教えてくださり、ありがとうございました。治療は、そのお礼です、と言って。
それで、なんか納得してもらえて。
お帰り頂きまし、た。
「ゴメン」
「なんて顔してんのよ。いつもドヤ顔でいるのが郁ちゃんなんじゃないの?」
そんな風に肩を叩かれると、泣きたくなるでしょ。
「とりあえず、ゴハン食べよ? 話は、後で聞くから」
「うん」
あたしのしょげた顔をみても、みんな、なんにも言わなかった。
楽しそうに食事をしている子供たちの顔を見てると、あたしもそのうち、忘れたわけじゃないけど、普通に過ごせるような気がしてきた。
女部屋に戻って、シャワー浴びてスッキリして、お着換えして。
「イクミねーちゃん、ありがとー」
「ありがとー」
ちびちゃんたちに、なぜか頭をなぜられてお礼を言われた。
もしかして、あたし、慰められてる?
あ、でも、それでも、いっか。
なんか、心が温かくなるから。
「わ、わたしからも、ありがとう……」
年少さんもかー
あたし、そんなに落ち込んだ顔してたかー
子供に同情されてんのかー
そんなあたしの様子を、みーよとアリちゃんは微笑んで見守っていた。
(つづくっ!)




