250.それがみーよだもんね
これはさすがに、巡礼の続きは無理なので。
守護結石の塔に戻り、コーヒーを飲んで一息入れていると。
執事さんがイソイソとやってきた。
面会希望者が4名。みな、ポートビリアから逃げ出して、魔導帝国軍に助けを求めたのかな? の人たちだ。
さっき、みーよの防御結界で保護した、偉そうな人達の事だね。
「領主様からは、元守護者のみ、面会するように命じられております」
「それは承知しておりますが、皆様、是非に新しい守護者様にご挨拶したいと申されているのです」
「わたしが服するのは現領主様のみです。領主様の許可が出ればお会いできますが、それでは不服ということでしょうか?」
みーよが鋭い目をして、執事さんを問い質す。
「い、いえ、そのような事は、ございません」
少し汗をかいている執事さんが、手をブルブルと震わせて答えた。
「では、元守護者の方だけ、通してください」
執事さん、一礼して部屋を下がった。
まもなく、かなり豪華な服を着た、あたしより一回り大きいかな、しかも顔の大きな(それも福耳)男を連れてきた。
眉は太いのに目は細い。
ニタニタと笑う顔が、なんか気持ち悪い。
細い口髭と、控えめな顎鬚。
脂ぎった顔の張りは、贅沢な食習慣のせいかしらん。
赤とオレンジと黄色を混ぜ合わせた、二重仕立てのローブ。
金ぴかの杖の上には、高級そうな大きな宝石が鎮座している。
頭は同じく金ぴかのターバン。
「ご機嫌麗しゅう、大聖女様。此度の御務め、誠に感服致しましたぞ」
深々と頭を下げられたけど、その間も目線はしっかり、上から下までみーよを観察しているね。
なんだこの小娘? って感じかな。
「御身がご無事で何よりです。そちらにお掛け下さい」
応接セットのソファーを指して、みーよは柔らかく笑った。
こっちも戦闘準備は万全、という所か知らん。
みーよは、執事さんにコーヒーを淹れさせる。
執事さんは、そのままターバン男の後ろで待機。まるでそっち側のお付きみたいね。
あたしも同じように、向かいのソファーに座るみーよの背後で待機。あたしはみーよのお付きなんで、これで正解よ。
うん、ほぼ間違いなく、この執事さん、それに他のメイドさんたちも、以前はこのターバン男に仕えていたんだろうね。
「わたしの付き人が故郷で飲んでいた飲み物です。お口に合えば宜しいのですが」
ターバン男、怪訝な顔でコーヒーを眺めていたけど、後ろの執事の方を見て、毒とかは入っていないと確認でもしたのか、そっと口を付ける。
おお、美味しいなこれ。
顔に出てるね。まあ、美味しいものは美味しいよね。
「それで、御用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」
みーよが、会話を切り出した。
「いやいや、要件ということでもないのだよ。私が戻ったからには、もう安心したまえ。今まで、守護結石の正規守護者の役割を果たすのは大変だっただろう。もう安心だよ。よくやってくれた」
ん?
何をどう安心すると?
「お褒めのお言葉、恐れ入ります。して、御用件は?」
みーよが、澄ました顔でそう言い、コーヒーを口にする。
「いや、だから、私が戻ったので、もう安心だということだよ」
「それが、御用件ということで宜しいでしょうか」
何だコイツ、話が通じないな。
そんな顔で、ターバン男がみーよを睨む。
「他に無いのであれば、どうぞお引き取り下さい。わたくし、他にも仕事が残っておりますので」
執事に合図し、連れていくようにとサイン。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。元の正規守護者が戻ったからには、君が持つ権限を引き渡すべきだろうが。だから安心したまえと言ったのだ」
「筋が、違うのでは?」
なにぃ、という顔のターバン男。
「正規守護者を決めるのは領主の役割であり、わたくしでは御座いません。そのようなお話でしたら、どうぞ領主様にお話しください。他に用件がなければ、お引き取り下さい」
「こ、この、黙って聞いておれば!」
お、お怒りですか。その気持ち悪いニタニタ顔、案外あっさりと剥がれちゃったね。
「わたくしは、筋を通したまでですが?」
平然と答えるみーよ。男の怒鳴り声にも、少しも動揺していないね。
「その筋がオカシイと言っているのだ。君の方から領主殿に、元の正規守護者が戻ってきたのだから、権限をお返しすると頼むのが本当の筋だろうが!」
バン、とテーブルを叩いて威嚇してくる男。
あたしの出番?
あ、違うのね。軽く手で遮られちゃった。ちぇっ。
「わたくしには、そのつもりは全く御座いませんが?」
「こ、この強欲女が! そんなにまでして守護結石の正規守護者となり、大聖女の座にしがみつきたいかっ!」
「相応しい方がおられるなら、この地位はいつでもお譲りいたします。ただ、あなた様がこの地位に相応しい方とは、到底思えないだけで御座いますが」
男、みーよの言葉に、顔が真っ赤になった。
「な、なんだと、この、このゴーダ様に対して、なんたる、なんたることを……」
太い眉毛がV字型に上がり、細かった目が大きく見開かれている。
頬っぺたのプルプルが、怒りで震えているね。なんか可愛い。
「そ、そうか、隷属の首輪だな! その首輪でそのような失礼な事を言わされているだけなのだな!」
「違います」
きっぱり言われて、目がぎょろぎょろと左右に動くターバン男。
何探してるんだろ?
活路?
「君のような小娘に、このような重大な役職が務まるはずはないのだ!」
「先ほど、上級防御結界で皆様を御守護致しましたが、覚えておられませんか?」
ぐ、と言葉に詰まるターバン男。
「少なくともわたくしは、領主様に守護を任じられたこの都市が魔物に襲われている最中に、我が身可愛さで守護結石を見捨てて逃げ出したりは致しません。資格について仰られるのであれば、あなた様がそれに相応しい行動を起こされたとは、到底思えません。
……他に無ければ、お引き取りを」
今度こそはっきりと、執事さんに、この男を帰すように指示を出すみーよ。
執事さん、わたしの言うこと聞けないなら、無能ということで職務を外すよ?
そんな迫力さえ感じてしまう。
「ゴーダ様、どうぞお引き取りを」
それが分かったのね。執事さん、お仕事モードの声で退出を促す。
男、立ち上がってみーよの方に向き直る。
「わ、私の地位を、名誉を、財産を、暮らしを、根こそぎ奪い去るというのか!」
「命を得たのではありませんか? ご自身の、判断で」
みーよは、真っ赤な顔で怒りに震える男に対しても、全く動じなかった。
「こ、この、小娘がぁ!」
はい出番ね。
テーブルを踏みつけて迫る男。
振り上げられた拳を、ソファー越しに身体を伸ばしてそのまま掴まえる。
「お行儀が悪いね」
男が、放せぇとか、わめいている。
こっちに引っ張ると抵抗して引っ張り返すんで、そのまま放してやると、面白いように向こうのソファーに向かってひっくり返った。
みーよの座るソファーから回り込んで、無様に寝っ転がる男の前に立つ。
「もう帰った方がいいと思うよ。それともここからは、あたしが相手をしてあげようか?」
顔を近づけ、息がかかるような距離で、そう忠告してあげる。
「な、なんだ娘、そんな変な格好して……」
あらまあ、怯えないんだ。
へえ、言い返すんだ。
へえ、へえ、へえー
「ご、ゴーダ様……」
あらなによ執事さん。コイツをかばうの?
「この方は、この付き人様は、この都市を襲ったオーク・キングを討伐なされた英雄ですぞ」
え?
は?
へ?
ひっくり返ったままのゴーダ様、執事さんを見て、あたしを見て、もう一回執事さんを見る。
「これが? まさか?」
ひどいなぁ。このあたしを“これが”扱いかぁ。
ついさっき、あたしと竜人との華麗な闘いぶりを、かぶりつき席で観てなかったっけ?
ああ、それどころじゃなかったのかな?
うん、これはもう、思い知らせてあげないとダメだね。
「本当です。聖女ミヨ様も、その時に同行しておられます」
「……ありえない、だろう……」
なんか、男の力が、怒りが、みるみる萎んでいくね。
「故に、現領主様は、ミヨ様を守護結石の正規守護者として任命し、大聖女と成られたので御座います。そうでなければ、都市の住民の支持を得られないのでは御座いませんか?」
「そ、そうなのか……」
ああ、都市を占拠した皇龍公国の騎士団が、どっかからそれっぽいのを拾って守護結石の守護者に任じちゃったとでも思ったのかな?
この仕組みって、そんなに甘いもんでもないんでしょ?
いや、オラクルでは領主の娘だから大聖女を名乗れるらしいので、案外甘いもんなのかもしれないけどね。
「ゴーダ様。正規や代理の守護者としては、お務めになるのは無理と思われますが、補佐としてなら任じることは出来ますよ?」
みーよが、少し優しい顔で譲歩を切り出す。
コイツ、それなりにはお仕事出来るということなのかしらん。
でもなぁ、人格的には、少し怪しいんじゃないの?
「いや、あ、うむ……少し考えさせてくれないか」
「宜しいですよ。では、今日の所はお引き取り下さい」
失意のまま、執事さんに背中を押されながら、部屋を出ていくターバン男。
みーよは、軽くため息をつくと。
「このまま、すんなりと正規守護者の座を譲って、オラクルに帰っても良かったんだけどね」
「できるの?」
「できない」
そうだよね。それがみーよだもんね。
引き受けたことを、途中で投げ出したり出来ないんだよね。
いい子ちゃんを辞めても。
優等生を辞めても。
根が真面目なんだよね。
それがみーよだもんね。
あたしは、なんでもいいよ。
最後まで、みーよが納得するまで、側にいるよ。




