248.「竜人は詰まる所、災厄が翼を生やしているようなものだ」
昨日の巡礼の続きをしに、街を出ようと準備している最中に。
サーリット領主さまからお呼び出し。
しかも正門前集合。
丁度近くにいたんで、都合はいいんだけど。
何かあったの?
「早いな」
いや、たまたま。
「とにかく、門の上に上がろう」
そういえば、昨日修理が終わったばかりの門が閉じてるね。
人や馬車の出入りが活発な時間なだけに、ちょっと混雑しているみたいだけど、それにしては人々の文句が全く出ていない。
皇龍公国の騎士たちの誘導で、整然と並んでいるのが印象的だね。
正門の上に登ると、城壁の向こう側に軍隊が並んでいるのが見える。
掲げられた大きな軍旗は、剣と杖が交差して、その中央に炎が象形化されている紋章。
オラクルでたくさん見たことがある。ここポートビリアの領主館でもよく見かける。
魔導帝国の紋章だね。
展開されている軍は、歩兵が中心。横に広い長方形の隊列が10段組まれている。1列につき200人位かな。なので全部で2000人。
皮鎧と長槍で武装してるね。
その左右の端に騎馬隊がみえる。こっちはそれぞれ100騎程。
で、後方には、4頭引きの大きな馬車が10台ほど見える。
陣容はそこそこ。
戦意は、まだない。
と、遅れてポートビリアの行政高官たちがやってきた。
「来たか」
「ようやくですね」
「皇龍公国の騎士団がおられなければ、廃墟の街だったのだがな」
彼らの口ぶりからすると、この軍の到着は遅かったみたいね。
向こうの軍から、比較的小さな馬車が2台、歩兵たちの隊列を乱しながらやってくる。わざわざそこを通るの?
中から、例の外交官と、偉そうな格好の人たちがぞろぞろと現れた。
4人いる。
もう一台の馬車からは、お付きの人たちかしらん? が6人降りてきて、偉そうな人たちの背後についた。
「ポートビリアを脱出した領主や守護結石の守護者、行政長官、あれは宮廷魔導士だな」
テイルが目を細めて観察している。アンタ、いつからそこにいたの?
「全軍はまだ揃っていない。規模は報告通り、5000だ」
「うむ」
サーリット司令官と何か打ち合わせ。
城壁の外にいる新人外交官が、声を上げる。
「都市の引き渡し交渉を行いたい。開門を願う!」
開門……
うかつに開けると、あの歩兵たちがどっと襲って来るんじゃないの?
「許可する。門を開けろ!」
サーリット司令官が叫ぶと、大きな門がゆっくりと開き始めた。
外の軍に、変化はない。
「戦になるんじゃないの?」
よく分かんないのでみーよに聞いてみる。
「向こうも、皇龍公国が都市を占拠し続けるはずはないと分かってるから。無駄な争いはしないわよ?」
そ、そういうもんですか……
あたしたちも城壁を降りようとした時。
ハッとした顔で、みーよが叫ぶ。
「強大な存在が接近! 緊急対応して下さい!」
「門を閉じよ!」
サーリット司令官が叫ぶ!
そのままスゴイ勢いで階段を駆け下りていく。
その後をテイルが追って走る。
「わたしたちも!」
ほい来た!
みーよをお姫様抱っこして、あたしも後を追いかける。行政長官たちは後から来てね。
あら、みーよ、キャーキャー叫ばれてもねえ。
階段を3段飛びして、あっという間にテイルに追いつく。
「お先っ!」
後ろからなんか言われたような気がするけど、聞こえないもん。
サーリットに追いついて、そのまま地上へ。
「何事?」
「竜人だ。このタイミングで来るか」
閉じつつある門を、そのままサーリットがすり抜けた。
あたしたちもその後ろに続く。
テイルは、間に合ったみたいね。でも、息が切れてるよ?
門の側まで来ていた外交官や偉い人たちが、何事かという顔であたしたちを見つめる。
「竜人が来る! みな、ひと固まりに集まれ!」
偉い人達、みるみる顔が青ざめて、一斉に一か所に固まった。
「門が閉じました。結界を展開します」
「頼む」
珍しく急いだ口調でサーリットが礼を言い、魔導帝国軍に向かって叫んだ。
「おーい! 竜人がくるぞぉ!」
その声に反応して、一斉にどよめく歩兵の隊列。
なによ、竜人って?
あ、今、あたしも感じた。
上からだ。すごい存在感。
まっすぐ、こっちに向かって来る。もう到着する。
「光の女神アーリューシャイン様よ、我が元に庇護を求める人々に、守護の光を差し伸べ賜え。ライト・プロテクション!」
みーよを中心に、光の障壁が生まれて、あたしたちや外交官や馬車から降りてきた偉そうな人たちやそのお付きや乗ってきた馬車たちを包み込んだ。
「竜人って、アンタたちの味方じゃないの?」
「竜人に敵味方の区別はない。己の意志のままに行動するだけだ」
な、なによそれ?
「彼らはただ皇龍のみに従う。聖女にのみ忠誠を尽くす付き人と同じだ」
あ、それはなんかワカル。
解説ありがと、テイル。
って、だからそれが何?
来た。
体長の半分ほどある長い尻尾を入れて、全長10メートル。
背中から大きな、蝙蝠のような翼。
太い二本の脚。
肩から、人間のように生える二本の太い腕。
全身が緑の鱗で覆われている。
顔は爬虫類。旧時代の動画で観た鰐に近い。ただ、頭の後ろ方向に二本の白い角が生えている。
あたしたちの前に、大きな蝙蝠の翼をはためかせて突風を起こしつつ、二本の脚で立ち上がったままの状態で着陸した。
高さ5メートル。まるで建物だね。
翼がたたまれ、背中側で二つの塊になる。
ギロリ、とあたしたちを睨む金色の大きな瞳。瞳孔が縦に割れている。
「皇龍公国準騎士団隊長・サーリット・ド・メルボン。前へ」
太く、響く声。威圧されてる。
「御意」
サーリット司令官が、臆せずに前に進む。
みーよの光の結界を出た。
あたしもついていこうとしたけど、みーよに止められた。
あ、テイルにも。
「……何考えてる。今はおとなしくしておけ」
珍しく、キツイお言葉。
えーダメなの?
「吾の意向に反し、軍をみだりに用いたな」
ホントにデカい声。恐竜の吠え声に近い。恐竜も旧時代の動画で観た。こんなイメージだったと思う。
「拙者はただ大公殿下にのみ忠義を尽くす故、貴殿の意向など知らぬ」
堂々と、きっぱりと、平然と。
サーリット司令官が、こっちも負けず劣らずの大声で宣言する。
「吾に逆らうか」
竜人の目が細くなった。獲物を見るように、サーリット司令官を睨みつける。
「道理は拙者にある。貴殿が引け」
負けじと、サーリットが睨み返した。
「人族の分際で、竜人に歯向かうか!」
圧が強くなる。とても強くなる!
「テイル!」
「おう!」
サーリットがかざした左腕に、愛用の大盾が瞬時に現れる。
右腕にも、大きくて太くて短めの剣が生え出ている、異質な金属で出来ている大型の手甲が現れた。何、そのカッコイイ武装!
構わず振るわれた、大きくて長い尻尾の攻撃!
でも、でも!
サーリット、がっちりと大盾で受け止めた!
う、うそでしょ?
身じろぎも小揺るぎもしないで、そんな巨大な質量を受け止めちゃうの??
「貴様ぁ!」
デカい建物のような身体が膨れ上がり、真上に近い角度で振るわれる腕!
それも、それさえも、大盾でがっちりと受け止めちゃった……
竜人も化け物だけど、こっちの騎士様も化け物だわ!
うわぁ、ワクワクしすぎる!
「もう行っていいんでしょ?」
戦闘が開始された。なら!
言葉だけを残して、あたしも飛び出す!
「ウチの領主様に、何すんのよ!」
お、こっちに気づかれたけど、遅い遅い!
振るわれた腕をあっさりかわして(意外に鈍臭い)、そのまま丸太のような腕を駆け上りながら、アギト・ナイフを抜いた。
狙いはその金色の瞳よ、覚悟しな!
ん?
眼が、光り始める。何かエネルギー充填中の予感。
眼からレーザー、あり得る。
でも、気づかない振りで構わず突っ込んでいく。
来る、いま、殺気!
頭を振って、そのまま竜の腕から落ちる。
アギト・ナイフを突き刺すように引っ掛けたけど、かろうじてぶら下がれただけで、刺さる手ごたえがないね。
今、あたしがいた場所を見ると、黄色い光線が通り抜けていく。
そのままポートビリアの城壁に命中、爆発音。
どういう仕組みよ!
どんな威力よ!
でも、気にしてる暇なんか無いの。
ナイフを握る手に力を込めて、そのまま身体を引き上げる。
あら、腕を振るのが遅いのよ。もう登っちゃったよ。
「これをかわすかぁ!」
そりゃそうでしょ。かわすに決まってるでしょ。
あたしを誰だと思ってんのよ。
それよりそのレーザー、連射は効かないんでしょ?
じゃあ、目ん玉一個、頂きだねっ!
渾身の力を込めて、アギト・ナイフを突き刺しに掛かったあたしに。
「イクミ殿、待たれぃ!」
サーリットの声で、ピタリと動作を止めた。
なによぉ、今いい所だったのに!
「周囲に被害が及ぶ故、ここは拙者に任されよ!」
えーそうなの?
「だってさ。シラケちゃうよね?」
ナイフで突き刺す代わりに、デカい竜の瞼の上をポンポンと手で叩いて。
そのまま、ヤツの身体から飛び降りた。
「貸し一つね」
サーリットに指を差して、とっととみーよの元に戻る。
と、竜人っていうか、もう竜そのものじゃん、の動きが止まった。
「待たれぃ!」
なによぉ、あたしに言ってんの?
「命拾い出来て、良かったじゃん?」
振り向いて、睨みつけてやる。
「それが吾への態度かぁ!」
「知らないわよ、そんなもん。あたし、アンタの国の人間じゃないし」
「ふざけおってからにぃ!」
「文句はウチの領主様に言ってよね。あたしは待てという命令に従っただけよ?」
あ、そういえば、もう隷属の首輪してないんだから、いちいち言う事を聞かなくてもイイんだっけ?
いや、あの首輪は関係ないか。ただ、あたしが迂闊に暴れると、みーよが困るんだよね。
……多分。
じゃ、そういうことで。
振り向いて戻ろうとした時。
身体がぞわッとする。
何だっけ、この感じ。
あ、オークの先遣隊を討伐した時に、マクロン閣下の星落としを感じた時だ。
なに?
何が来る?
あたしは急いでみーよの所へ。
「みーよ、なんか来る」
「うん、分かってる。サーリット様、お早く!」
司令官、こっちに向かって走ってくる。
「間に合いそうだ」
テイル卿が、少しホッとしてた様子で呟く。
竜人も、気がついた様子。
奥の方で展開している軍隊の方を向いている。
こっちも、なにか物凄いエネルギーをため込んでいる感じ。
向こうの軍隊の奥のほうから、強い光が竜人の方に向かって放たれる!
竜人も、口から炎を吐き出した!
光と炎がぶつかり、激しい爆発が起こった!
まるで、本当に星落としに出逢ったみたいだ!
「光の女神アーリューシャイン様よ、あなたの信徒とその庇護を求める者たちの守護の光を、アドバンス・プロテクション!」
みーよがものすごい早口で祈りながら跪き、杖を掲げる。
こっちも強い光が周囲を明るく照らし、爆発の衝撃と爆風を完全に止めてくれた。
「危なかったな……」
「撃ってくるとは思っていたが……」
テイル卿とサーリット司令官が、顔を見合わせている。
「皆、今のうちだ。ポートビリアに入るぞ」
恐れ、怯えている偉そうな人たちに、サーリットが声を掛ける。
「歩けるものは徒歩だ。急げ、巻き込まれるぞ」
彼の声に我に返り、一斉に動き出す。
しんがりを務めながら、同じく最後尾に付くサーリットに尋ねる。
「なんなの?」
「竜人は詰まる所、災厄が翼を生やしているようなものだ」
なんでそんなのが、この街にまで?
「ポートビリアが都市として機能しなくなれば、彼らにとってはただの餌場にしかすぎぬ」
餌場?
何を食べるためって……人間しか、いないね。
ありえなく、は、ないか。
でも、それって、ちょっと酷すぎない?
「じゃあ、魔法攻撃で竜人を討伐しようとした向こうの軍隊の方が正しいの?」
「彼らは、都市としての機能を失ったポートビリアの住民を、奴隷として連れ去るために来ただけだ」
は?
なにそれ?
「故に、竜人とあの軍隊とは、利害が重なる」
ちょっと、話についていけないんですけど……
「竜人の意識が向こうに向いているなら、ちょうど良い」
そういって、全てを理解しているような司令官殿は、わずかに開いた正門の隙間に、その大きな体をねじ込んだ。
あたしも一緒に入り、門を閉じる手伝いもする。




