245.あたし、狼狽えてたの?
修復中の正門は、もう形としては出来上がっていた。足場が組まれ、素朴なクレーンとウインチで重そうな門を持ち上げている最中だった。
周囲の人夫達や職人たちが、あたしたちを見て頭を下げている。
みーよも、杖を掲げ、女神ちゃんに祝福を願い求めた。
杖が光り、そのまま門も光り始める。
周囲のどよめきと、やがて歓声が響く。
そんな中を、あたしたちは外に出ていった。
10人位の、ポートビリアの衛兵たちが見守るなか。
みーよの奇跡で、ピックアップトラックが参上。
なんだそれは、な、好奇心を置き去りにして、あたしたちは周辺の町や村への巡礼に出かける。
街道にも、街や村にも、オークや他の魔物の死体がかなり転がっていた。
特にオークの死骸は、腐り始め、異臭を放っている。そして例外なく魔石が抜かれていた。装備品も剥ぎ取られているので、あたしたちには何の見返りもなかった。
それでもみーよは、杖を振るい、丁寧に葬送や浄化を行っていく。
それが、大聖女の務めだから。
そして、無人の荒れ果てた町や村に設置されていた結界石にも理力を込めて回っていく。
そこに住んでいた人が安心して戻れるように、心を込めていく。
何回か、群れからというか、軍からはぐれたっぽい、単独行動のオークを見かける。
見つけ次第、片っ端から討伐した。
逃げ出す奴もいたけど、車で追いかけまわすから無理だね。奴ら、そもそも足も遅いし。
ポートビリアを中心にした、半径10キロ位だろうか。
一通り巡礼を終えると、もう日が落ち始めている。
地域全部を見てまわるには、もう何日か掛かりそう。
相当疲れているみーよを乗せて、街に戻る。
修復を終えた正門の前で、ポートビリアの兵士たちと、皇龍公国側の騎士たちが、それぞれ20人位、整列して出迎えてくれた。
車を降りて、そのままみーよが杖を振るって、車を消した。
あら、なんか倒れそうだね、みーよ。大丈夫?
気丈に笑顔を浮かべて、そのまま歩いて門の中へ。
これ、城まで持たないね。
みんな見てるけど、いいよね?
お姫様抱っこでみーよを抱えると、恥ずかしがっていたけど。
ものの何分も経たないうちに、寝入ってしまった。
みーよの杖をあたしの背中の、腰袋の付近に刺して、そのままスタスタと城まで歩く。
内郭の兵士も、城の入り口の門番もビックリしているけど、そんなのはどうでもいい。
みーよを何とかしなくちゃ。
守護結石の塔に入ると、ここの執事さんとメイド長とメイドさんたちが整列して出迎えてくれた。そしてかなりビックリしていた。
こういう時どうしていいのか、あたしにも、実は分かんない。
マムちんでもいてくれたらねぇ。いっそ、呼び寄せちゃいたいよね。
皆の顔も見たいし。教会の様子も気になる。
オラクルに、帰りたいなぁ……
なんて、そんな事言ってる場合じゃない。
ここで、みーよと理力が関係ありそうなところといえば、守護結石だよね。
とりあえず、石が置かれている部屋までみーよを連れていく。
後からゾロゾロ付いて来る、執事さんとメイドさんたち。
まあ、ご主人さまのピンチなんで、何か出来ないか、という気持ちは分かる。
分かるけど、君らはこういう時、何の役にも立たないんでしょ?
「ごめん。ちょっと二人にしておいて」
執事さんとメイドさんたちは、互いに顔を見合わせ、頷き合って、部屋を出ていった。何の意思疎通なんだろう?
まあいいや。
敷物もないので、みーよを直接床に寝かせて。
あ、なんか持ってきて貰えば良かったね。まあいいや。
んと、みーよを媒介にして、この守護結石は現代へと繋がるモニターと思って。
思い込んで。
「“ただいまパパ”」
声紋認証を唱えてみる。
なんか、頭の中に雑音が聞こえた気がしたけど、すぐに消えた。
おかしいな、繋がらない……
あ、みーよの出力が全然足りないのか。
そういえば前にパパと繋がった時、みーよ、すごく疲れてたんだった。
うわ、逆効果じゃん!
チラッとみーよを見ると、なんか苦しそうな顔。
ゴメンッ!
ん-シロウトじゃ、こんなんどうしようもないよぉ!
マムちーんっ! アンタの愛弟子がピンチなの! なんとかして!
なんて言ってもダメだよね。
女神ちゃんは当てになんないし、そもそもあたしとは仲が良いわけじゃない。
お祈りしても、答えてくれないよね。
困った。本格的に困った。
このまま下の部屋で寝かせといたら、翌朝には回復しないかしらん?
とか、気を失ったままのみーよを抱き上げながら考えてると。
外からノック。
「今忙しい。後にして」
「そうもいかんだろう」
勝手に入ってきたのは、テイル卿。
鎧や兜など、他の装備は脱いじゃって、生地が繊細で高級そうなチュニックの上に薄いローブを着ている。
「ナニしにきたのよ」
「執事殿に呼ばれたのだ」
そっか、あの人たち、コイツを呼びに行ったのか。
大丈夫なの?
だってコイツ、アンタたちにとっては余所者というか、敵国の人間なんじゃないの?
「そんな顔をするな。今のポートビリアには、高位の聖職者がワシとミヨ殿しかおらぬのだ」
あ、そうなんだ。
みーよと一緒に、あたしの暴れた後の尻ぬぐいをしに来た法服組は、高位じゃないんだ。
傷病兵の慰問で訪ねた生命と死のなんとか教会の人たちも、高位じゃないのね?
高位高位って、なによぉ、自慢なの?
変な方向で考えをまとめようとしているあたしを、怪訝そうな顔で見るテイル卿。
そんなにあたしの顔、ヘンな事考えてるように見える?
「構わなければなのだが、ワシが診よう」
テイル卿があたしの側に屈み込んで、腕を差し出された。
みーよを寄こせって事?
ん-、みーよはあたしのものよ?
誰がお前みたいな、うさん臭いおっさんなんかに……
でもなぁ。あたし、こういう時、何の役にも立たないしねぇ。
でも、でも、みーよに変な事したら、承知しないんだからね!
テイル卿はそっと、とても丁寧に、あたしからみーよの身体を受け取る。
「こんなに細くて小さいのに、丹力がスゴイのだな」
腕でみーよの上半身を支え、もう一方の手でみーよの頭を軽く撫でながら、そんなことを言い出すテイル卿。
な、なによ、その誉め言葉……
みーよの外見じゃなく、中身を褒めてんの?
そ、そうよ、見かけによらず、みーよは度胸が据わってるの!
そう、そうなのよ、あたしみたいな最強番長に対しても気軽に臆せず付き合ってくれる、気さくで飾らない、あたしの自慢の親友なのよ!
って、何を頭ナゼナゼしてんのよ?
そりゃ、みーよは美少女の部類に入るとは思うけど。
どっちかというと、可愛い方だよね、とは思うけど。
お嬢様だし、身だしなみは何時も整ってるし、髪の毛は長くてツヤツヤだし。
いや、だからってネェ、アンタみたいなおっさんが勝手に触っていいわけじゃないんだよ!
止めようと思った矢先、テイル卿はみーよのおでこの髪の毛を分けて、綺麗な宝冠を外し、そのまま顔を近づけた。
ちょ、ちょ、ちょっと待って、キスする気!
違った。
自分のおでこと、みーよのおでこをくっつけて。
何事か呟いた。
テイル卿の身体と、みーよの身体が、ほんのり光り始める。
守護結石がゆっくりと回る薄暗い空間を、柔らかく、二人の身体が照らしている。
気を失った美少女を力づけるように、額を寄せ、そっと抱き寄せる、誠実そうな顔をした男性。
絵に、なる。
なんか、すごく絵になってる。
うわ、写真、写真撮りたい!
これ、スチルに欲しい!
なんて、なんて綺麗なんだろう!
……ついさっきまで文句をつけてたのに、なんかそんなの、全部吹っ飛んじゃった。
テイル卿が額を放す。
みーよの顔に、ほんのりと紅が浮かんできた。
「終わったぞ。付き人イクミ、オヌシの大切な聖女殿をお返し致そう」
「は、はい……」
いけね、ぼぉーっとしてた。
うん、イイもん見ちゃったぁ。
「聖女殿はもうすぐ気が付くだろう。ワシの腕に抱かれていては、びっくりさせてしまうからな。これは、ワシとオヌシの秘密にしておこう」
秘密……
秘密!
アタシとテイルの秘密!
なんて甘美な響きなんだろう。
みーよ、ゴメン。あたし、イケナイ秘密を持ってしまったわ……
みーよの身体を受け取り、抱き寄せていると、まもなく目を覚ました。
ぼぉっとして、周囲を見回して、あたしを見て。
そして、テイル卿を見て。
「理力を分けて下さり、ありがとうございます……」
あれ、秘密に気が付いてるの?
テイルが、ニヤニヤとあたしを見る。
あ、あたし、弄ばれた?
お、乙女の純情な感情を、弄ばれた?
も、もぉー!
このおっさん、ただもんじゃないわっ!
きー! 悔しい!
でも、そうでも、ないか。
あたしが勝手にこんがらがっただけで。
この人は、特に何か悪いことしたわけじゃないっていうか。
助けてくれただけ、なんだよね……
うーん、あたし、どうもこういうタイプのおじさんに、なんか弱いなぁ……
「大聖女殿。成り立てで気負っているのは分かるのだが、もう少し肩の力を抜いて、周囲を頼ると良いぞ。そうしないと、オヌシの付き人が狼狽えてしまうようだからな」
え、そうなの?
あたし、狼狽えてたの?
みーよが、あたしを見つめる。
「そのようですわね。忠告、ありがたく頂戴致します」
あ、そうなんだ……
うーん、女優志望なんだけどなぁ。あたし、マダマダだなぁ。




