243.え、あたし、解放されちゃった?
キッチリ運動したんで、キッチリお腹が空いて、キッチリ朝ごはんを食べて。
執務室に戻ってコーヒーを飲みながら、本日のご予定を執事さんからお伺いする。もちろん執事さんの分もあるよ。
遠慮されたけど、そういうのはいいから、とみーよ。
なんならメイドさんたちの分も淹れておくので、好きな時に飲んでね。
あーだこーだはナシ。それとも、わたしが淹れた飲み物は口に合いませんでしょうか?
皆さんの働きに感謝を表したいのです。ご迷惑でしょうか?
いえそんな、滅相もない、承知致しました。
……なによーみーよだって、結構やりたい放題じゃないのさ。
……だって強制的に皆さんにコーヒーを飲ませようとしてるじゃないのさ。
……なんて、言わない。一緒にするなって叱られるのが、分かってるからね。
で、ご予定。
向こうからやってくる面会が3件。
こっちが出向く案件も3件。
あとは、諸々の書類決裁などです。
いかがなさいますか?
1件だけ、面会をお受けいたします。残りは後日で。
緊急の案件ではない限り、巡礼を優先させて頂きます。
承知致しました。ところで、この飲み物、本当に美味しゅう御座いますね。
……さいですか。
で、最初の外回りは、この城の中、というより、地下牢です。
昨日暴れた大根役者の処分だね。
廊下で待機していたメイドさんの案内で、再び渡り廊下を通って城の本館へ。
なぜか、サーリット領主様とテイル卿がお待ちかね。
君ら、暇なの?
え、割と大事な案件なんですか、そうなんですか。
あたしに勝手に任せといて、やっぱり任せきりは良くないと思い直したのかな?
んなもん、逆らうならずっと閉じ込めとけばいいし、なんなら殺しちゃってもいいんだけどね?
偉い人たちがそろい踏み、ということで、衛兵から緊張しながらの敬礼を受けて。
薄暗い地下階段を降りていく。
みーよが杖をかざし、明かりの奇跡を掛けてくれた。
なんか、地下迷宮に潜っていくような気分。
中を守る衛兵に、施錠されている大きめの通用口を開けてもらう。
4人、衛兵が付き添ってくれた。厳重だね。
鉄格子の中に入れられている囚人たちが、うさんくさげにあたしたちを見つめてくる。でも、話しかけてくるものは、誰もいない。
じめじめした通路の先で、叫び声。
元気だね。
檻の向こうで、簡素な囚人服に着替えさせられた大根役者があたしたちを見つけて、何やらわめいている。
「き、貴様ら、よくもこのトゥーンカ様をこんな目に逢わせおってからに!」
いや、自業自得でしょ?
「命令だ! “ここから出せ”」
あたしたちの存在、というより、隷属の首輪に向けて、指を差しながら叫ぶ大根役者。
しーん。当然だけど、何も起こらない。
「今のオヌシの立場では、何の命令権もないと思うのだが?」
テイル卿が、厳かに告げた。
「う、うるさい!」
恥ずかしそうになって、それでも地団駄を踏む大根役者。
まだまだヤキが足りてないみたいね。
「あたし、中に入ってもいい?」
「構わんよ。おい」
「はっ!」
衛兵が鉄格子の施錠を外してくれる。
飛び出してこようとする大根役者の胸倉を捕まえて、そのまま一緒に檻の中へ。
「な、何をするか! 放せ!」
「昨日の続き。拘束の首輪で動けなくしたあたしたちを寝室に運び込んで、何をするつもりだったの?」
「な、何をするかなど、決まってるであろうが!」
当然だという顔のナントカ様。
軽く、ホントに軽く、ビンタ。
目を見開いて、あたしを見つめてくる。
そんなロマンチックなもんじゃないのよ。あら、鼻血が出てきたわね。
「そうやって女を喰いものにしてるわけね?」
「と、当然であろうが! このトゥーンカ様の情けを注いでやるのだぞ。むしろ光栄であろうが」
この、ゲスがぁ!
壁に向かって思い切り叩きつけてやろうと、振り上げたけど。
一応、手加減はしておいた。
それでも、かなりキイタらしく、意識が半分跳んでいる。
おーい、起きろぉ!
2、3発ビンタを食らわすと、ハッとなって目を覚ました。
「力で無理やりとか、それはオークどもの理屈ね。
あたしはオーク・キラーなんで、悪鬼は絶対に殺してやるの。
お前は悪鬼。
分かったら、死んで」
アギト・ナイフを抜く。
「な、なにをするかぁ……お前たち、この高貴なるトゥーンカ様を早く助け出せ……」
あたふたと鉄格子の奥へ助けを求める、オークもどき。
ようやく、よーやく、自分の置かれている立場が分かってきたらしい。
「助けても良いが、条件がある」
サーリット司令官が、冷たい目でオークもどきを見つめる。
「貴殿が拘束の首輪を用いている、あの男たちを解放してやって頂きたい」
「な、何を勝手な事を」
「出来ねば、助けぬ」
立場をわきまえろ。そういう態度を示すと。
「わ、分かったからトゥーンカ様を助け……」
「もう一つ」
「まだあるのか」
「拙者に忠誠を誓って貰う。ちょうど拘束の首輪がある故、それを嵌めて頂こう」
「なんだと!」
憤るオークもどき。
しかし、出来ぬなら助けぬ……の態度に、うなだれた。
「わ、分かった……分かったから……」
サーリットは、あたしに向かって頷いた。
「イクミ殿。そういうことで、その男、拙者に預けて頂きたい」
なによぉ。うぬぅ。
うわ、みーよに睨まれちゃった。
ちぇ、分かったわよぉ。
「まあ、元はそっち側の男だしね」
そのまま、牢から引きずりだしてやった。
ホント、やり過ぎなんだから。
みーよにそういう顔をされたけど、これでもかなり手加減してるんだよ?
「お怪我を癒して差し上げます」
治癒の奇跡で顔に光をかざされて、ようやく一息ついたオークもどき。
「き、貴様らごときが、こんなことをしてタダで済むと思って……」
「まだヤキ入れが足りないかしらん?」
後ろから頭をガッチリ掴んでやると、あ、いや、とか言っておとなしくなった。
そう、付き人に隷属の首輪は通用しないってこと、ようやっと分かったみたいね。
「では、貴殿の権限である隷属の首輪の解放を」
「う、うむ……“解放する”」
「良かろう。イクミ殿、こちらへ」
え、あたし?
「“解放する”」
あたしに付けられている首輪が、身体を通り抜けて、胸もとに落ちそうになる。
え、あたし、解放されちゃった?
「これほど純度の高い隷属の首輪は、それほど数も無いのだ」
サーリットが受け取って、オークもどきにそのまま突き出す。
「トゥーンカ殿、自らの意志で嵌めよ。
首輪の権限は、大聖女殿と同じ“ポートビリアの領主”に対してである。不満はあるまい?」
「わ、分かった……」
しぶしぶだけど、オークもどきが首輪を自分の喉に当てる。
「“隷属を受け入れる”」
首輪が身体を通り抜けて、男の喉に収まった。
「良かろう。貴殿には皇龍公国の代表者の一人として、外交を担って頂く。都市の引き渡しが済んだら解放する故、職務に励むがよい」
「……承知した」
さっきまでの勢いが消えて、なんかもう、操られているみたいになったね。
「あたしに対しては、もう隷属の首輪は嵌めなくてもいいの?」
「構わぬであろう。貴殿の事は、皆に周知されたのであるからな」
「それに、聖女の付き人には隷属の首輪など意味は無いと、知っておる者はみな知っておるからな。聖女殿本人にさえ首輪が付いていれば、本来は構わぬのだよ」
サーリットとテイルが丁寧に解説してくれる。
「コイツが持ってた首輪の権限って?」
「ああ、本人が隷属の首輪の権限者であると、自分自身には掛けられないのだ。当人が掛けた分は、先ほど解除して貰った。元権限者である当人に、元の隷属者が近づくと、自然に首輪は落ちる」
へえ、そうなんだ。
「それって悪用されないの?」
「首輪自体への所有権は残されているからな。他の者に譲り渡さぬ限り、ただのアクセサリーでしかないぞ?」
なるほどねぇ。
「にしても、コイツ、使いもんになるのかしらね」
「どうせ使い捨てにするから、全く問題はない。外交官とはそういうものだ。それがイヤなら、自身の才覚で道を切り開くしかあるまい」
そういうもんなの?
ああ、使者として遣わしたら相手が怒っちゃって、見せしめで処刑するとか?
使者が死者になっちゃった、って感じかしらん。うん、面白くないわね。
なによテイル、そんなにこの話、面白いの?
あたし、ただ単に、こういう理解でいいのって聞いただけなんだけどな。




