232.あたしは、大人の女だし
傷病兵の慰問に行く予定をずらして、再び練兵場へ。
軽く動いて、ビールを呑んだ分を汗で流すあたし。
そっか、そういう流れになるのか。ま、いっか。
練兵場は、どこから聞きつけたのか、大勢の兵士たちが集まって熱気が凄いね。
周囲の城壁や窓からも、人々が集まって、鈴なりになっている。
闘えるスペースは、ちゃんと用意されてるね。
あたしとサーリット司令官が、そのスペースを挟んで向かい合う。
その横で、みーよと、重武装のなんちゃって僧職者・テイルも向かい合う。
「一応、聖戦は勝った方が負けた方の言う事を一つ聞くというしきたりになっておりますが、如何致しましょう」
みーよが、司令官に尋ねている。
「では、拙者が負けた場合は、貴殿らを隷属の首輪から解放するということで」
「……宜しいのですか?」
「いずれは解放するつもりである故、全く構わぬよ。
勝った場合は、見合う条件が必要であったな。では、とびきり旨い酒を飲ませて貰うということで如何かな?」
随分、緩い条件だねぇ。
みーよが、とっておきのモノをご用意いたしましょう、と応じた。
ただ、この司令官、聖戦のしきたりを、すでに知っているね。
恐らく、何度も闘ったことがあるんだね。
副官も手慣れた様子で、メイスを掲げている。
もしかしなくても、これは相当に手ごわい相手なのかもね。
「聖戦は成立した! 聖なる領域よ、顕われ示せ!」
「聖戦は成立した! 聖なる領域よ、顕われ示せ!」
みーよとテイルの声が、練兵場全体に響き渡る。
不可視の壁があたしたちを覆い、舞台が整った。
「光の女神アーリューシャインよ、あなたの信徒に勇気と祝福をお与えください。シャイン・ブレス!」
みーよが、あたしに光の祝福を授けてくれる。
以前より、光が強い。大聖女になったんで、力が増しているんだ。
その初戦か。これは負けられないね。
「悠久を流れる時と次元の法に基づき、彼の騎士に燦然たる栄光をもたらしたまえ、時空の祝福!」
あら、向こうも結構強そうな光を帯びているね。
光の強さは互角、だと思う。
で、司令官の武装が違う。
全身甲冑なのは同じ。
ちゃんと兜を被っている所は違う。
武装はブロード・ソード。片手剣だね。刃渡り90センチ。もう抜いている。
で、一番違うのは、大きな、全身を覆う大盾だね。
カイト・シールド。上下に長く、主に騎乗兵が用いているね。
マッチメーカーでも、よく使われている盾。実体でもビーム素材でも、同じ形状のものがあった。サイズがSとLの2種類あるんだよね。
こっちは間違いなくL、つまりラージサイズ。
S・スモールの方が、ブロード・ソードとの相性が良さそうなんだけどね。
コイツと初めて出会って握手した時の事を思い出す。
機械みたいな手だった。
多少重くても、全く苦にしないで振り回せそうな腕だった。
だから大盾を選択か。
それなら、防御型でカウンター狙いのタイプだと思う。
追い足は、多分だけど無いね。
でも、重量があるので、タイミングを合わせての突進には注意が必要。
ざっと観察を終えて。
取りあえず、スリング。片手にはいつもの石を3つ。
一個、セット。
向こうは、まだ様子見。
周囲に緊張と静寂が漲ってるのが、分かる。
そんな中を、ソロソロと近づくあたし。
ン、背中が、チリチリとし始めてきた。
エロハゲの時みたいに、ハッキリとは感じない。
でも、確かに感じる。
この人、相当強い。
んと、サーリットだったね。
ド、が付いてるから、貴族なんだろうね。
何でお貴族様が、こんなに強そうなオーラをまとってるのさ。
ま、一撃お見舞いすれば、分かるでしょ!
ダッシュ、真正面!
足元すれすれ、低空飛行でスリング射出!
大盾に隠れて、見えない死角でしょ?
と、盾を地面に当てて弾いてきた。
ってことは、上部にスキができるはず。
ジャンプして、そのまま次弾を装填、即射出!
ちょっとサイド気味、大盾を迂回する感じで。
おお、軽く大盾をひねって弾いてきた。
それでいい。当たったらもうけ、位だし。
こういうのは、相手を動かすのが大事。
三個目をセット。大盾を持つ右側にどんどん回り込んでいく。
あたしに合わせて大盾を回していくけど、あたしもどんどんと回り込みながら、スリングもビュンビュン回しながら、接近していく。
全身甲冑にこの武器はあんまり意味ないように見えるけど、当たればそれなりの効果はある。
剣士なんでしょ?
組み付けるだけの隙さえあれば、あたしの勝ちだもんね。
まして、デカい盾を持ってるんだから、掴めそうなところは沢山あるんだしね。
手が届きそうなところまで近づけた。
ま、向こうのブロード・ソードも当たる位置なんだけどね。
大盾の裏側にスリングを、石を入れたままで直撃させたいんだけど。
サーリットの身体が大盾に完全に隠れていて、やりにくいことこの上ない。
認めたくないけど、大盾の使い方がやたらと上手い。
なんかヤバそう。あまり気は進まないけど、試しに掴んでみるか。
スリングの石を、真上に射出!
そのままスリングは捨てて、大盾を抱えるように掴まえてみる。
思った通り、ビクともしない。
これは、力勝負じゃ話にならないね。小さいシュランとか非力なマイアミだったら、ガンガンぶん回せるんだけどね。
ま、そっちがあたしを振り回しに来るはずなんで、そん時に武芸で対抗しましょうかね。
さ、来い!
横から殺気!
ブロード・ソードの突きが来る!
カイトシールドなんで、左右が細い。なので、剣を持つ手が回り込めるスペースがあるんだよね。よく知ってる。
あたしの方も大盾に隠れて、サーリットには見えないはずなんだけど。
その辺はさすが盾使い。熟知しているらしいわね。
頭をわずかにずらして、突きをかわす。
同時に剣を持つ腕に、左腕の掴みをシフトチェンジ。
即、右腕もヤツの剣を持つ腕を捉える。
大盾をずらしてきた。同時に面頬に覆われたお顔を、ようやく発見!
この恥ずかし屋さんめ!
腕にぶら下がった状態から、スカートがめくれるのも構わず、両足を奴の肩の辺りに絡めていく。
あたしの体重を、ぶら下げたままじゃいられないでしょ?
このまま引き倒して、腕ひしぎ十字固めで決めちゃう!
と!
あたしがぶら下がってるのに、ビクともしないの?
剣を持つ腕を伸ばしたまんまなのに!
いや、少し、腕を左にずらした。
わかる。自分で真上に射出したスリングの石。
このままだと、アレ、あたしの頭に直撃する。
いくらあたしでも、アレが直撃すると、頭がザクロになる。
そっちは装甲で覆われてるから平気でもね。
うわぁ、そこまで分かるのか。
しょうがない。
あたしは絡みつきを解いて、とっとと撤収。
サーリット、大盾を頭上に掲げて、スリングの石を弾いた。
仕切り直し、と言いたいけど。
こんなたくさんの兵士たちが見ているなかで、ギアを上げて奥義を見せる程、あたしの武芸は安くはないんだよね。
ま、多分、そっちもまだまだ何か隠し持ってそうな気はするけどね。
すごく、強い。
それが分かれば、今回は充分かな。
「ちょっと、これ以上は手が出ない。降参するよ」
「もう良いのか?」
あら、そっちは遊び足りなさそう。この化け物め。
両手を上げて降参の意志を示すと。
周囲が騒然となった。
兵士たち、すごく嬉しそう。自分たちの団長が、はっきり実力を見せつけたんだからね。
うん、でも、そんなに悔しくは、ないかな。
一応、隷属の身なんだし。
花を持たせるって事だし。
あたしは、大人の女だし。
嘘だ、割と悔しい……
そんなあたしの肩を叩くみーよ。
お疲れさま、とか言われた。なんか嬉しそう。
なによー
あたし負けたのよー
もう少し、こう、慰めてよ!
「いや、郁ちゃん、大人になったなぁと思って」
いやまあそうなんだけど。
こんな部下たちが見守る中で、司令官を叩きのめしたら、この人の立場がないだろうなという大人の配慮が必要だって、分かってはいるんだけど。
でもね、コイツ、本当に強いんだってば。
そこが悔しい。あたしの方が強いはずなのにぃ!
でも、結果は結果なの。
こういう時、あたしは素直になれるの。
なれるんだけど、なれるんだけど。
なんか、こう、モヤッと、悔しいのよぉ!




