230.覚えとかなきゃ、ダメな気がしてきた
一人にしておくと、何するか分からないんだから。
わたし、忙しいの。
お願いだからおとなしくしていて!
で、談話室で一人、みーよが出してくれたビールセットで、昼間っから飲んだくれてます。
いいのかなぁ、こんなんで。
もっと緊張感を持つべきなのよねぇ。
それにしても、ビール美味しいなぁ。
おつまみも美味しいんですけど。サラミ大好き。チーズ鱈最高!
と、執務室に通じる扉が開いて、中から出てきたのは司令官付きの副官ですね。
頭のてっぺんにもじゃもじゃ生えてる、淡い茶色の髪。
同じ色の瞳と、濃い目の眉毛。
彫りの深いまなざしと、やや頬がこけた造形。痩せてるとかじゃなく、そういう骨の造りなんだね。
口の周囲と顎髭を、下に向けてまっすぐ伸ばしている。
生える所にはたっぷりと生えて、生えない所は全く生えない。そんな髪と髭だね。
チェーンメイルの上に、ローマ数字の大きなアナログ時計の文字盤が金色で描かれた白いベストを羽織っている。
やや大きめの丸盾が背中に。腰にぶら下げた武装は、なぜかメイス。
予備武器は持ってないのかな?
「暇そうだな」
「うん。兵士たちと訓練してたら、やり過ぎだって叱られちった」
アハハ、って笑い事じゃないんですけど。
って、アンタこそ暇そうなんじゃないの?
「呑む?」
「頂こうか」
こりゃ、本格的にこの人も暇なのね。
ビールの開け方は、分かるみたいね。
おつまみの事も、知ってる感じ。
司令官は人当たりのいい丁寧なタイプだったけど、こっちは好奇心旺盛な、どこにでも顔を突っ込みそうな感じねぇ。
名前?
テイル・フューチャーという。こう見えて、実は僧職者だって?
うそだぁ、どこをどう見ても、騎士じゃないのさ。
……いや、そういう格好の聖職者、何か知ってるわ。
マイアミと同じかぁ。
ってことは、アンタも武神信奉な方なの?
強いの?
でもなぁ、自分で言い出している割に、実はたいしたことないって口なんでしょ?
それでアイツったら、あたしと勝負して、参ったって感服して、結婚してくれとか言い出すの。やだわぁ、もうそういうパターンはコリゴリなのよ。
なに笑ってるの?
この話、そんなに可笑しい?
いやまあ、気持ちよく笑ってくれる人は、そんなに嫌じゃないのよ。
もう一本呑む?
頂こうか。
んで、何を信奉してんの?
「ワシは“時と次元”を探求しておる」
「なにそれ?」
「この世界の時空の流れを管理し、その源を探求するのだよ」
「魔法使いの“転移術”みたいなもん?」
マクロン閣下の魔法みたいなもん?
「いや、ワシの研究は魔力に基づくものではない。この学術を信奉する同士が理力の粋を集めて行使する、理論に基づく事象なのだよ」
また変なのが出てきたなあ。
「それって、何が出来んの?」
「オヌシの言っておる転移術と亜空間収納、そして“次元跳躍”じゃな」
ニヤリと笑うおっさん。
ん、それって、まさにあたしたちの事じゃないのさ。
「といっても、コッチはまだ全く分からんのだ。ソコにあることは分かるのだがな」
ソコって、異世界転移の事だよね。まさにあたしたちの事だね。
「他に出来る事はあるの?」
一応、警戒はして、話を逸らしておこうかな。人の良さそうな顔をしているけど、実際は腹の中では何考えてるか、分かんないもんね。
「防御結界は人並み以上に使える。世界の理が許すのであれば、加速と減速も得意だ。だが、治癒や浄化、解毒や精神回復などは苦手というより、下手だな」
使えないわけではないけれど、という感じらしい。みーよもそんな事を言ってた気がする。
「そんな人が、なんで軍隊の高い立場なんかやってるの?」
普通は教会所属でしょ?
ああ、ソッチから遣わされたとか?
「いや、司令官殿のサーリットは、ワシの幼馴染なんじゃ」
幼馴染?
「幼い頃から、ずっと一緒だったからな。今更、他には行かぬよ」
「ふぅん。でも、そんな甘いものが通る軍隊じゃないんでしょ?」
「通らねば、通すまで。副官としてふさわしい実力を示せば、誰も文句は言わぬよ」
ま、それはそーだけど。
まあ、ある程度何でも出来て、時と次元? の才覚があって、一定の力があれば、望みは通るか。
軍隊として統率されてるし、それなりに鍛えられてはいるけど。
まあ、あたしの目からは、所詮はそれなりにしか見えないしね。
オークの軍よりはマシだと思うけどさ。
さっき手合わせした感触としては、あたしとみーよになんかあった時、二人だけなら喰い破れそうだね、という感じ。
ま、隷属の首輪を何とかしなきゃならないんだけどね。そっちはみーよの担当だねぇ。
そもそも、みーよにその気がないなら、あたしとしてはおとなしくしてなきゃダメだけどね。
「それで、守護結石の守護者代理として、先ほど大聖女殿から任命されてきたわけじゃ」
ああ、僧職者だから?
「それって、結構レベルが高くないとダメなんじゃないの?」
「ワシ、それなりにレベルは高いぞ?」
そうなんだ。あんまりそんな風に見えないんだけどね。
「少なくともレベルに関しては、サーリット司令官とは同格なんじゃぞ?」
そ、そうなんですか。まあ、そうじゃないと副官は無理か。
なんだっけ、アンタの名前。
覚えとかなきゃ、ダメな気がしてきた。
えっと、テイル。テイル・フューチャーだった。
ま、この都市にいる間だけの関係だろうし、そこまで深く考えなくてもいいとは思うけど。
現代に戻るために、知恵を借りられそうな人ではあるね。
ちゃんと信用できるかは、別の話だけどさ。




