181.「Aryu Shine」
シュランに剣と盾の基本的な使い方を叩き込んだんで、初心者フィールドに連れて行くために、冒険者ギルドの掲示板で依頼探し。
あたしと、というよりも聖女のみーよがいるんで、もうシュランはカモ扱いにはされない。
やはり、男の付き人というものは、扱いというか、見る目がちょっと違うらしい。
で、Gランクの初心者用依頼は、定番の薬草採取と、犬の散歩と、ゴミ屋敷の清掃と、どぶさらいだね。この4つは、常にあるね。そして、薬草集め以外は誰も受けない。報酬が安いもん。
「薬草集めの依頼を受けつつ、他の獲物を探すのは?」
「一定数の薬草を集めないと、依頼失敗になるよ?」
そうか、そういうものなのか。簡単そうに見えても、結構大変なお仕事なんだね」
「師匠、俺一人でも、薬草採取やりますよ?」
「それでもイイんだけどね……」
あたしとしては、シュランはとっとと実戦に放り込みたい。この際、稼ぎはどうでもイイんだよね。
「これは?」
オノ村 ゴブリン集団退治 報酬 金貨1枚
「前に行った、街道の中継村だね。馬車で片道3時間。報酬がもう少しあればね」
ああ、木の柵で覆われた村ね。熊とオオカミを寄贈? したんだっけ。あたしが子供たちに“あかずきん”を語って聞かせた村だね。
「あと、こういう依頼は、斥候が必要なの。ゴブリンどもがどこにいるのか、探る専門家がいないとダメね」
「そうなんだ。じゃあ、こういうのって引き受け手がいないんじゃないの?」
「だから、まだ依頼が残ってるんじゃない?」
当たり前のことだけど、郁ちゃんだから、丁寧な説明が必要でしょ?
みーよが、あたしの目をしっかり見つめてる。
うーん、表情を観察されてるね。
「だよね」
知らない村じゃないし、引き受けてはあげたいんだけど。
みーよが無理だというなら、無理かもね。
「行きたいの?」
ま、まあ。
「判った」
へ?
みーよは、依頼の羊皮紙を剥がして、そのまま受付に持って行ってしまった。
だ、大丈夫なの?
受付嬢も同じように思ったみたい。
でも、新人の付き人を訓練する機会だし、聖女としては、魔物に苦しむ村人たちを放っておくわけには行かない、というと、納得して承認してくれた。
「馬車はギルドでは出せませんし、村の馬車も、今日は到着していませんが」
「それで結構です。移動は、自前で行います」
そのまま“おいで”されて、建物の外へ。
~ ・ ~
大通りを歩き、大きな城門の前で、衛兵にギルドカードを見せる。
例の、身体の中から出てくるカードだ。
あたしたちは銅色。C級の証し。イーシュだけは、G級だから、木製。
ちなみに普通の市民は、透明な水晶のようなカードらしい。
門番はカードではなく、横に長い、立体的な水晶の塊を持っている。
これから行く村の門番も、これのもっと小さいのを持ってたね。
自分の持つ水晶の塊を見て、門番の態度が、きちんとしたものになる。
「任務、お疲れ様です。いってらっしゃいませ!」
そういうもんかと思いつつ、鷹揚に軽く手を振って歩きだす。
最初にオラクルに入った時は、酷い態度を取られたんだけどね。
ま、張り倒したけどね。
「全然、態度が違うんですね……」
シュランも同じことを思ったらしい。
薪拾いで、街の外に何度も出てるんだもんね。
「アンタが一人で外に出る時は、どんなんだったの?」
「機嫌が良い時は、ああ、とか、ふうんとか。
普段は無言。
機嫌が悪いときは、難癖付けられるか、絡まれます」
ああ、やっぱりね。
「街を出る時より、街に帰ってくるときの方が割と面倒です。ワイロを寄こせとは言われませんけど、難癖付けて中に入れてくれない事も結構ありました」
「へえ」
こんな子供苛めて、何が楽しいんだろうね。
いや、こういう連中にとっては絶好の憂さ晴らしなのか。
「夜になる前に街の中に入れないと、結構困るんで。まあ、何とかはしますけど」
そういう場合でも、生き延びる手段を持ってるんだね。
城門の外に出ると、例によってというか、懲りずにというか。
中に入れてくれ、な馬車がずらっと並んで、門番と何か言い合いをしている人たちが多いね。
「気になるの?」
みーよが、再びあたしの表情を伺う。
ホントにもう、なんにでも首を突っ込んで。
あたしは、そういう表情をしている、らしい。
みーよが、そういう表情をしているので、自分の考えが分かる。
まるで、みーよはあたしの“もにたぁ”だね。
待っててあげる。行っといで。
初めてオラクルに来た時に出逢った、兜になんか飾りを付けた、偉そうな細面の門番。
門の安全を預かる自分たちへの感謝の気持ちは無いのかと、偉そうに講釈を垂れている。
商人たちが5人。胡散臭そうに、それを聞いている。
「よっ、久しぶり」
後ろから肩を叩いてやると、なんだウルサイな、という顔をされて。
あたしだと分かって。
顔が青ざめている。
「もめごと? なんか手伝おうか?」
ニヤリと笑って見せると。
「め、め、滅相も御座いません! オ、オイお前ら、通って良し、とっとと行け!」
商人たちはいぶかしげにしながら、馬車に合図を送る。
やがて、渋滞していたのが急に流れ始めた。
「解決して、良かったわ。これからも、スムーズにお仕事してね」
「は、はい!」
ウンウン。素直で宜しい。
「あっさり解決したね」
「ま、あたしが見てない所では、またヤルんだろうけどね」
こうしてみーよの側を離れても、安心できている。
シュランが付き人に加わったので、みーよの安全確保をそれほど気にしなくても良くなった、かな?
で、村までは馬車をヒッチハイクするんでしょうか?
朝のうちは、オラクルから出ていく馬車ってそんなにいないと思うけど?
「郁ちゃんは、“自動車”運転できるんでしょ?」
自動車。そうきたかー
「天才だもん。操縦系は何でも出来ると思うよ」
でも自動車、奇跡で、出せるの?
シュランも、なんですかソレって顔してるよ?
「良かった。こういう奇跡は基本的に付き人への恩寵扱いだから、付き人本人が扱えないものは無理なのよね」
両膝をついて、跪く。杖を立て、いつもより深く真剣に祈っている。
みーよの綺麗な祈りの声が、周囲にも響く。
道を歩く旅人や農夫たちが幾人か、何事かと立ち止まっている。
と、杖が光り始める。
光の線が、何もない空間に何かを描き始める。
かなり細かく線が動き、線が重なり、交わり、面となって形を造る。
でかいボンネット付きの車体。幅2メートル以上、高さも2メートル越え。
前方座席と後方座席に、大きな窓が左右に備え付けられている。
大きなブロックタイヤが四つ。ホイールは銀色。
後ろに長さ2メートルほどの荷台。
車体側には、小さなクレーンも備え付けられている。
ごついグリルガードとフロントルーフの上には、強力な光を放ちそうなフォグランプがそれぞれ4連。
ボディの色は白。そこに黒のフォントで「Aryu Shine」と鮮やかに描かれている。
「な、な、なにこれ……?」
「移動手段。荷台にアウトドア用品一式載せて、キャンプするの。車中泊系にしようか迷ったんだけど、郁ちゃんはこっちの方が気に入ると思って、アンロックしたよ」
アンロック。なにそれ?
「気に入らなかった? 失敗したかなぁ」
「いや、いや、ちょっと待って」
外見、結構好き。かなり好きかも。相当好きだと言ってもいい。
旧時代の、憧れの車らしいのは知ってる。大きな国から大きな車が渡来してきた、その名も何とか、みたいなコマーシャルは観た。
あたしたちのコロニーでは、こんなのは見かけないし、当然走ってなんかいない。
ただ、地球ではこういう車が趣味として残されているのは、聞いたことがある。
名称、なんていったかなぁ?
「ピックアップトラック。乗ったことは、ないよね?」
「うん、無い」
コロニーで動いている車には、タイヤなんかついてないもん。みんな反重力で浮いてるしね。
なんならハンドルやペダルさえない、全自動で動くツマラナイ車ばっかりだよ。
ただ、ドーリングで乗り込むAKは腕の代わりに車輪が付く装備もあるし、ローラーを足に履かせて機動力を増すこともある。
なんで、理屈は知ってるだよね。そういう意味では、動かしたことはある。
「いったい、どうしたのよ?」
「女神さまにローン審査が通ったんで、買っちゃった」
買っちゃったって、そんなお嬢様みたいに。
あ、みーよ、お嬢様だったか。
「いくらするの?」
「大金貨10枚」
……1000万円か。だよねぇ。
「ローンだし、払いきれなかったら車をお返しするだけだから、郁ちゃんは心配しなくていいよ。女神さまの信用を得られたので、ローンでの支払いが出来ているので、大丈夫だよ」
だって、さ。
生きるのが大変なのは、あたしたちも同じ。
稼ぎは教会に半分取られて、さらに女神ちゃんにも使った分はお支払い。
みーよ曰く、お金を直接じゃないけど、奉納という形で支払っているんだって。
なので、基本的にパーティーの残りの収入のうち、半分は経費。
あたしが結構飲み食いしてるんで、あたしの分も経費へ。
シュランの取り分は、そのままあげることにしている。アリちゃんとの、将来の結婚資金とか生活資金とかあるでしょ?
で、この車。面白そう。
「乗ってみても?」
「もちろん」
うわぁ。
ドアノブを引くと、意外に軽く扉が開いた。
ハンドル、レバーの操作系。計器類はシンプル。
足元にペダルが三つ。真ん中のはブレーキだと思う。
左右のペダルで、車輪の左右の出力調整かな?
でも、ペダルの形が違うんだよね。
右は踏みやすく、繊細。左は蹴っ飛ばしやすい感じ。
乗り込んで、ペダルを踏んでみると、あ、これ、用途が違うわ。
出力は右ペダル一択。真ん中は遊びが少ないのでブレーキ。
で、左ペダル。これ、なんだろ?
みーよたちも、乗り込んできた。前も後ろも3人掛けだけど、後ろにみーよ、前の助手席? にシュランが乗り込む。
「な、なんですか、これ?」
目を回しそうな、その気持ちはよく分かる。
「さすがに街中だと、これを走らせたらマズイでしょ?」
うん、マズいと思う。色んな意味で。
周囲に結構な人だかり。門番たちも、仕事をほっぽりだしてこっちを注目している。
あたしは、実はそれどころじゃない。頭をフル回転。
んと、これの動かし方、動画で観たことあるんだよね。
うん、そうだ、左ペダル、クラッチとか言うんだ。
旧時代の中でも、かなり昔。廃れた技術だと思う。普通はコンピューターに操作させるもん。人間がギアをコントロールする時代の話だね。
ギアを適当にいじると、スムーズには動かない。入りきらない感じ。
で、クラッチを踏んでから入れると、ちゃんと入る。“繋がる”感じ。
うん。いいね。マシンとの、この一体感。
起動スイッチは、と。
この手のマシンは、利き腕の下の方って決まっている。
なんか目立つボタン。あった。
押すと、ヒューンという起動音。ボンネットがわずかに震えている。
「理力をエンジンに注いで動くの。理力はわたしが供給してるけど、しばらくは予備タンクでも動かせるよ」
「オッケー」
コクピットに、それらしい表示があるね。
あとは、スピードメーターと、モーター回転を表すタコメーターかな。
ハンドルの横のレバーは、方向指示器と、反対側はフロントの窓を拭くためのワイパーね。レバーの上についているツマミは、ライトと、後ろの窓を拭きとるワイパーか。
だいたい、分かった。
ギアを一番奥に入れて、クラッチを外すと、そろっと前に動いた。
前を塞ぐ群衆が、びっくりして道を開けてくれる。
ハンドルの前についている大きなボタンを試しに押してみると、大きな“くらくしょん”が鳴り響き、群衆がわっとびっくりして我先に散っていった。
共通語にクラクションという言葉はないらしい。竜の咆哮、が、それに近いみたいね。そんなオーバーなもんじゃないと思うけどね。
ハンドルを切って、街道にトラックを乗り入れる。
クラッチを踏んでギアを一段上げ、クラッチをそっと離すと、スムーズにスピードが上がる。
うん、分かってきた。さすが、あたし。
初見でこれを動かせちゃうなんて、ホントに天才だね。
「慣れてきた。スピード、上げてもいい?」
「操縦に関しては、とても信頼してる。任せるよ」
「ありがと」
あたしは、さらにギアを一段上げた。




