170.「一つ、貸しですわよ」
頑丈そうな長テーブルに据えられた背もたれ付きの椅子に、各宗派の代表者が座る。
オーク討伐の時の記録官じいちゃんが真ん中。
右には白黒法服の長帽子。生命と死の……なんだっけ?
左はヴァラミン。偉そうな二人と並んで座っても、見劣りしない法服の豪華さだね。顔の造りだけでいうなら、圧倒している。アンタが真ん中でもイイんじゃないの?
右の白黒の偉そうな人の横に、エロハゲ親父が面白くなさそうに座る。
ヴァラミンが、意図的に逆側に付いたのかもしんない。
で、その逆、ヴァラミンの横に、我らがみーよ様!
その横に、ちょこんとした格好で緑の法服ミドリちゃんが座る。
付き人のあたしとシュランは、当然みーよの背中を守る。
他の偉い人たちの背中も、お付きの人たちが立っている。
真ん中の記録官じいちゃんは、近衛騎士だと思う、全身鎧の兵士が二人、張り付いている。
白黒は、弟子の若いのが二人。
ヴァラミンの背中は、んと、メロー、だったよね。黄色の野良聖女が立っている。
そういえば、あたしらの周辺、聖女だらけだね。アオイはホスト側だけどね。
で、裏切り者のマイアミと愛人二人は、エロハゲの後ろに。
マイアミ、明日からウチらの教会に出入り禁止ね。
さっきからこっちをチラチラ見てるけど、関係ないよ。
お前の立場なんか、知るもんか!
~ ・ ~
青の教会の主宰者のお父さんと、聖女アオイ、付き人の弟君が教会の中から出て来た。
「皆様。本日はご多忙の中、ようこそおいで下さいました。
オークの捕囚となっていた娘たちが、本日、人族の元へ正式に帰還致します。見届け人を引き受けて下さった皆様に心より感謝申し上げます」
流暢でよどみない、お父さんの開催スピーチ。
各宗派の代表者たちが、拍手を送る。
みーよの背後に控えるあたしたちも、同じように拍手する。
弟君を引き連れたアオイが、以前にあたしがオークジェネラルと闘った時に円形闘技場? を、杖の青い光で、地面から引き揚げていく。
円形の舞台に、薄く青い光の壁がつくられた。
壁の一部が通路のように伸びて、教会の入り口にたどり着く。
そこに、おっかさんが、教会内から入院していた女性たちをゾロゾロと引き連れて来た。
全部で8人。大体見知っている。
入院中に来ていた白いポンチョのまま。
で、裸足。ただ、床も青い光で覆われているので、問題はないらしい。
たしか10人いたはず。
残りの2人は、結局ダメだったんだね。なんかそんなこと、言ってた。
全員、円形の舞台に歩いていくと、通路が消えて、青い光が壁となって塞いだ。
おっかさんは、そのまま舞台から出てくる。
青い光の中に閉じ込められた、白いポンチョ姿の8人の女性たち。
お父さんの元に、おっかさんとアオイと弟君が集う。
4人並んで、改めて深く頭を下げた。
「では、人族への還元儀式を行います。承認し、参加される方々は、恩恵をお願いいたします」
恩恵?
なんか昨日、マムちんがそんなことを言ってた気が……
恩恵って、なんだっけ?
と、真ん中に座る記録官じいちゃんが、懐から大金貨を1枚出して、テーブルの上に置いた。
横に座る白黒も、ヴァラミンも、エロハゲも、同じように大金貨を1枚置いた。
そして、みーよも同じように、大金貨を置いた。
なにこれ?
参加費、とか?
高くない?
ん、ミドリだけは、恥ずかしそうにしながら、硬貨を置いたけど。
大銀貨を1枚、だった。
金じゃない、銀だった。
価値で言えば、100分の1。
うん、アンタ、お金無さそうだもんね。
だったら来なきゃいいんじゃ、という訳にも、行かないんだろうね。
でも、特に誰も、何も言ってこないよ?
じゃあ、みーよも大銀貨でいいんじゃないの?
なんて、あたしが口出しするもんじゃないよね。
シュラン、あたしに聞いてもダメだからね。今、コッチ見たでしょ?
そうそう、何でもない事のように前を見てればいいのよ。
置かれた大金貨(一枚、銀だけど)は青い光に包まれて、空中に浮かび上がった。
宙を飛んで円形の舞台に来ると、一人の少女の手元に集まった。
あたしが最初に助けた娘だ。挨拶にも来てくれたっけ。
彼女が、前に出てくる。青い光からは出られないんだけどね。
「最初に選ばれた娘。何方がこの娘を救済致しますか?」
お父さんの呼びかけに、偉い人たちが互いの顔を伺い始める。
全員、無言。
青い光に包まれた大金貨たちが、次の女性を選ぶ。
女性が前に出てくるけど、こちらも、全員無言。
同じことが8回、繰り返された。
ナニコレ……
いや、意味があるよね、これ。
多分だけど、一回目は顔見せなんだと思う。
「一度、休憩に致しましょう」
お父さんの呼びかけで、少しだけ緊張が和らいだ。
イーシュが、長テーブルの前の方に椅子を何脚か出してきて、向かい合って話が出来るようにしてくれた。
みーよとミドリが移動して前に回る。
「救済者は六名、虜囚女性は八名。緑の安らぎは、救済の力はあるか?」
記録官じいちゃんが、場を仕切るみたいね。
ミドリは、小さな声で無理デスみたいなことを言う。
「宜しい。各々が各一名を救済して、残りを如何致そうか」
「いつも通りで宜しかろう? 生命と死の裁定者は、今一人、引き受けよう」
白黒が、少し投げ槍な態度で言う。本当にいつもの事らしいね。
「大地母神も、それで構いません。今一人、お引き受け致します」
ヴァラミンも、予定調和だという態度。
これで話は終わり、という雰囲気が漂う中。
「光の女神アーリューシャイン様は、もう一人救済しても良いと託宣されました」
みーよが、はっきりと聞こえるように、みんなに告げる。
注目が一気に集まった。
「其方、独断でそのような事を決めて良いのか?」
「はい。わたくしはマム・エンデバスの名代として出向いております。わたくしの言葉はマム先生のお言葉です」
確信に満ちたみーよの声に、記録官じいちゃんが唸る。
「無理をしなくても、良いのだぞ?」
「いいえ。お気遣いは有難く頂戴致しますが、今一人、お引き受け致します」
白黒の長帽子の気遣いも、無用との事。
「そうですわね。大聖女を目指すのであれば、この程度の事は当然ですわね」
ヴァラミンの言葉には、ただ無言で頷いた。
「……生意気だな、娘」
エロハゲが、ギロッと睨んでくる。
「儂も、もう一人引き受けるぞ」
は?
なんでお前がしゃしゃり出てくる?
いいから引っ込んでろ!
「これはこれは。困りましたな」
「そうですね、困りましたね」
記録官じいちゃんと白黒長帽子が、二人してニタニタと笑っている。
「わしらが譲っても良いのじゃが、立場というものがあるでのう」
二人して、みーよを睨む。
「予定調和というものを、知っておるか?」
「若者はまだ先があるだろうに。何を慌てることがある」
二人の言葉にも。
「いえ、彼女たちは正しく救済されるべきですので」
みーよが譲らない。
ふむう、困ったのぉ。
偉い人達、腕を組んじゃったよ。
「話が長引きそうですので、コーヒーでもお淹れしましょうか?」
「コーヒー?」
急に、何の話を?
一同が疑問に思う中、ミドリちゃんだけは、うわー飲めるの! と嬉しそうだ。
「付き人の故郷で飲まれるものなのです。賄賂や贔屓では御座いませんので、宜しければ」
と言いつつ立ち上がり、空いているテーブルに杖を振るってコーヒーメーカーセットを召喚し始めるみーよ。
これは、なんだ?
そんな疑問に答えるまでもなく、慣れた手つきでマシン・ミルに豆を入れ、コーヒーメーカーに水を注ぐ。
ミルが稼働すると、コーヒーのいい香りが周囲に漂い始めた。
粉を入れ、スイッチを入れると、粉が蒸れた香りがなんとも心地よい。
ポットに淹れ終わるまでの間、各々の前にコーヒーカップを出していく。
「付き人や護衛の方たちも、宜しければ、交代で如何でしょうか」
少し離れた処にテーブルを出して貰って、そこにもカップをセットする。
「あたしらも、貰えるのかい?」
「もちろんですよ」
青の教会の方々にも、準備万端。
「青い光の奥で待っている女性たちにも、飲ませてあげたいね」
「人族に戻したらね。あの中は音も匂いも、なんなら時間もこことは違うから」
へえ、そうなんだ。じゃあ、待たされてるという感覚も無いって事?
イーシュに聞いたら、そういうことらしい。
みーよが、出来上がったコーヒーをみんなに振舞っていくと。
それぞれが、感嘆の声をあげた。
「な、なんだこの旨さは!」
「美味しすぎる……」
「素晴らしいぞ!」
「お茶菓子もありますので」
みーよが、クッキーも大きな器にたくさん出してくれた。
「甘くておいしい……」
「コーヒーと交互に食べると、味が際立つな」
「これを、付き人が毎日飲んでいる、というのか!」
「はい。そして付き人に関係する方は、誰でも飲めますよ」
「!」
みーよの言葉に、一同がどよめく。
でも、じゃあ俺も付き人に成る! というアホは、さすがにいなかった。
イーシュ、アンタ位だよ、そんな奴は。
「オークの捕虜になった女性たちを人族に還すときに、こちらの付き人には優れた働きをして頂きました。本当に優秀な方なのです」
お父さんに褒められて、なんか照れるなぁ。
「その時に、私たちはこのコーヒーのご相伴に預かっていたのです」
おーなんたること!
うらやましいぞ、お前たち!
じいちゃんたち、顔に出てるよ。あさましいな。
「わたくしの神格が上がり、城での御勤めを行う場合は、こちらのコーヒーメーカーセットを談話室に常設しようと考えております」
なに?
なんだって?
すごい顔で見つめてくるね、じいちゃんたち。
「もちろん皆様にも、日ごとの感謝の気持ちを込めて振舞わせて頂きます」
「!」
「!!」
そこまで驚くことかなぁ?
「あ、もしも宜しければなのですが、寄進をして頂けるなら、喜んで頂戴致しますよ。これら全てはアーリューシャイン様の恩寵で御座いますので」
そりゃそうだろう、こんなのが飲めるなら金など惜しくない、んですか。
マムちんと同じで判りやすいね、君たち。
「今回、オークの捕囚となってしまった彼女たちを救済するに辺り、今一名をこの飲み物を扱う専門の職に任じようと思っておりまして」
みーよが、周囲をぐるっと見渡して、ゆっくりと、そう言った。
だから、邪魔しないでね。
そう、彼女の顔に書いてある。
ぬう……
じいちゃんたちが、唸った。
「……あなた、本当に変わりましたね」
ヴァラミンが、ジトッとみーよを見つめる。
「そうでしょうか? お褒めに預かり、光栄です」
圧の強い視線にも、みーよはたじろかない。
「儂にはなんの益も無いわな。だが、お前を儂のモノにすれば済む話だな」
横から、エロハゲがまた訳の分からんことを言い出す。
「ザイモン、無碍な話はアストレージの名に掛けて許されんぞ」
「生命と死の裁定を御身に受ける事を望まれるか?」
あらん、じいちゃん二人が、ぎろりとエロハゲを睨む。
みーよ側に付いてくれるのね?
味方は多い方がいいからね。
あ、でも、エロハゲ、何にも気にしてないね。
本当に世界が自分を中心に回っているんだね。許されないね。
「ザイモン様、この奇跡は、付き人に対する恩寵ですので」
「ふん、ならばそこの巨乳娘も一緒に儂のモノにすれば済む話……」
このヤロッ!
殴りに行こうとしたら、シュランに羽交い絞めにされた。
「師匠!」
ぬう、シュラン、あたしの性格、よく分かってるじゃないのさ。
でもね、この程度の力であたしを止められるとでも?
振りほどこうとしたら、みーよに手で制止された。
ん?
「ザイモン様。野に咲く花をたわむれに手折るなら、やがて萎れて枯れてしまいますよ」
「それがどうした」
「力ある者に相応しい振舞いを身に着けられないというのであれば、それは知性の欠片も見当たらない野生の獣と成り下がるのだとは、思われませんか?」
じっと、みーよはエロハゲを見つめる。
「そのような戯言に乗る儂では無いわっ!」
「では、ご自分がそのような獣であると御認めになられるのですね?」
みーよに掴みかかろうとした手が、ピタッと止まる。
「振る舞いが、そのように申しているようですが?」
エロハゲは、みーよをしげしげと眺める。
「小娘が、随分と偉そうな口を聞く」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
一歩も引かないみーよに、エロハゲ、振り上げた手を、降ろした。
「ふん。トルモルトは降りる。一人引き受ければ良いのであろう」
緊張が漲った空気が、急に弛緩した。
「そういう事でしたら、大地母神も降りさせて頂きます。一人はお引き受け致しますわ」
「お姉ちゃん!」
「メロー、ここでは司教様と呼びなさい。トルモルトが降りるのであれば、特に問題は御座いません」
そういって、ヴァラミンはみーよを見つめる。
「一つ、貸しですわよ」
「謹んで」
みーよも、言葉少なく答えた。




