166.兄ちゃんばっかりズルイズルイ
パンが焼ける匂い。スープから立ち上る湯気。
ちらっと台所を覗くと、いつも通り、アリちゃんとリコットが夕食の支度をしていた。
こっちは、とりあえずは、大丈夫かな?
と、男部屋から叫び声。あっちは、ダメだね。
行ってみると、顔を真っ赤にしたカンタが、兄ちゃんばっかりズルイズルイと、床の上で手足をばたばたさせて泣き叫んでいた。
でも、シュランは委細構わず、皮鎧と手甲を脱いで、ぼろきれで丁寧に汚れを拭いている。うるさくないのかな?
あたしに気づいたシュランが、軽く首を振る。
自分で解決するのね。
ま、多少うるさいのは、我慢してやるか。
談話室に行くと、みーよが待っていた。
「お疲れ様。シュランはどう?」
「初日だからね。まずは実戦に連れて行ってからだね。連れていけるようにはするよ」
「そうだね」
「あと、シュランを冒険者に登録した」
みーよは、ああ、と今気が付いた、みたいな顔をした。
「パーティーの名前を付けるように言われなかった?」
「言われた」
知ってるんだ。そりゃそうか。
「なんて名前にしたの?」
ん?
みーよ、あたしが勝手に決めるとでも?
……受付のトロ子ちゃんに止められなかったら、そうしてたね。
「みーよに相談するって言っといた」
みーよが、固まった。
「え、ちょ、あたしだって常識位、弁えてるよ? リーダーに何も言わずに勝手に大事なことを決めたりしないよ?」
「大事じゃない事は、すぐに決めちゃうでしょ?」
あ、戻った。
「ああ、シュランか受付の子に止められたのね?」
……鋭いな、みーよ。正解だよ。
「郁ちゃんが決めていいよ。わたしよりセンスあるし」
へえ、いいのかー
「よろしくね」
そうだよね。みーよって、その辺はコダワリなさそうだもんね。
ん-、何にしよっかなー
パーティーの名前を考えながら。
みーよが出してくれたビールセットで一杯やっていると、武装の整備を終えたらしいシュランがやってくる。
後ろに、泣き疲れたらしいカンタもついてくる。
「呑む?」
「はい」
ブリキバケツのビールを渡してやり、開け方が分かるか、尋ねた。
大丈夫らしい。
開けて、一気に飲み干した。
「うわぁ、これ、身体に染み渡りますね!」
「だろ? これが生きてるってことよ」
いい飲みっぷりだね、シュラン。
「にいちゃん、ずーるーいー!」
まだいたのか、カンタ。アンタも相当頑張るね。
もう一本、シュランに渡すと、カンタも欲しがった。
「アンタは昨日、飲んでひっくり返ったでしょ?」
「だ、だって……」
まだグズグズ言ってる。
「カンタ。今日、俺は冒険者ギルドで登録して貰った」
「う、う、うわぁー! ずるいー!」
再び泣き叫ぼうとするカンタの頭を、シュランは優しく抑えた。
「荒くれ者ばかりで、仕事にあぶれた奴らがいっぱいいた。師匠がいなかったら、俺はいいカモにされてたらしい」
カモ、に反応したカンタ。ピタッと収まった。
「もう、カモにされないように、コソコソと人目を気にしなくて済むように、俺は強くなりたいんだ」
「だ、だ、だって……」
また、目に涙をいっぱいに溜めるカンタ。
「師匠に教わるには、俺はちょっと遅いらしい。だから俺は、お前の方がズルイと思うぞ」
「だって、だって……」
「帰りに、スラムの、一緒に薪拾いをしていた仲間たちにも、ズルイって言われたよ」
「え……」
目を見開くカンタ。
「お前と同じことを言われた。でもな、俺たちは親がいないんだ。アイツらとは違う」
そうだろ、と見つめられて。
カンタは、唇を咬んだ。
「ズルイとわめくのは簡単だけど、今出来ることをやった方がずっといい。お前は何が出来る?」
「わ、わかんない……」
「じゃ、何が出来るか、探せ。俺は探した。考えた。うんと、悩んだぞ」
「兄ちゃんは、意地悪だ……」
何か言うのか、と思ったら、それっきり、カンタは男部屋に戻っていった。
「いうねえ、お兄ちゃん」
「アハハ、やだなぁ師匠。そんなんじゃないですよ」
照れながら、シュランは、今度は味わうようにビールを飲んだ。




