15.……もしかして、食べられないかな
光の奇跡でテントとタープも張って貰って、夕飯何がいい? と聞かれながらチェアに座ってゴロゴロしてると。
森の奥から、なにやら気配がしてきた。
まっすぐ、こちらに近づいてくる。
「みーよ、結界石を設置したら、魔物は寄ってこないんだったよね?」
「わたしたちを認識しにくくなったり、嫌がったりするんだけど」
みーよは作業の手を止めて、あたしの側に来る。
「なんか、来た?」
「うん」
もう、近い。
やがて、あたしたちがキャンプしてる開けた場所から100メートルほど離れた森の奥から、熊さんが現れた。
いや、熊さん、なんて可愛いもんじゃないね。立ち上がったら、体高2メートル後半、3メートル近いかもね。体重は少なく見積もって300キログラム級。昨日蹴散らしたオークどもより一回り大きいわ。
ちょっとデカすぎるんで、魔物化してるんじゃないかとは思う。
でもね、肉が食べられるかどうかはスゴク重要なんだけどなー
まあ、野生でこの大きさがいても、おかしくはないと、思いたいんだけど。
「……このへんの、森の主、みたいだね」
「うん」
「……もしかして、食べられないかな、とか思ってる?」
「思ってる」
「……こっちが、の話だよね」
「ンにゃ、逆」
そんな命がけのコントを(?)している間に、熊さんはノッシノッシとこっちに向かってくる。
いいニオイがするじゃねえか。俺様にも喰わせろ。ついでにお前らも喰ってやるって感じかな?
それとも、オオカミどもの内臓を埋めたり、解体したりしたから、肉や血の匂いでも嗅ぎ分けたのかしらん?
……こんだけデカいと、結界石が通用しないんだねえ。
いや待って、結界石を無視できるって事は、魔物じゃないって事でいいんだよね?
やった、食べれるじゃん!
「ウフフって……」
みーよに指摘されちゃった。無意識にハミングを聞かれたらしい。
だって、夕飯が向こうからやってきたんだよ?
「みーよ、いい子にして待っててね。ごちそうが向こうからやってきたんだから、美味しく頂かないとね。今夜は熊鍋だね!」
みーよが張った光の障壁を出て、あたしもずんずんと熊公(さんづけとか、もういいや。どうせ肉にするんだし)に向かって歩いて行く。
歩きながらスリング、石3つを取り出す。
とりあえず先制攻撃は、人間様の権利だしね。
スリングに石を納め、2、3回転も回せば最大速度。
ブンブン唸る音に、熊公、足を止めた。
あら、ビビりさんなの?
近づかないと、アンタの爪も牙も当たらないのよ?
熊公は目が悪いと踏んで、鼻っ面を狙って、一撃目を放り込む。
寸で顔を逸らされたので(かわすなんて生意気な)、頬の横辺りに石が当たる。そこじゃ、ノーダメね。
まあ、それはそれでいい。一瞬でも顔がそれて、視界が遮られたんでしょ?
もう一個、スリングに石を仕込みながら、一気に駆け寄せる。
熊公、あたしの方から駆け寄ってくるとは、思ってもいないらしい。
こういうのは、ビビった方が負けって決まってんのよ。
立ち上がり、威嚇しようとする熊公。
遅い遅い全然遅い。
あんたが四つ足で駆け出したら、人間のあたしは全然敵いもしないんだけど。
その威嚇の格好、自分の方がデカいんだと見せつけるその恰好のままなら、二本足で走り慣れているあたしの方がはるかに速い。
それなら、オークの方がなんぼかマシだわね。
振り回したスリングを、石を入れたままで熊公の左膝に直撃させる!
スリングの分だけ距離を保てるので、悲鳴も上げずに振り下ろしてきた爪なんか、なんなく避けられる。
デカい身体ごと覆いかぶさってくる、その鼻づら目がけて。
至近でスリングを、石を入れたままで叩き込んでやった。
「グォッ!」
直撃。
やっと鳴いた。痛いよね、そうだよね、急所だもんね。
ひるむ熊公の、同じ鼻づらに二撃目。
嫌がって横を向いた、その反対側に回り込んで。
後ろ足の膝部分、さっき立ち上がった時にくれてやった一撃を、もう一発。
直撃!
デカイのが痛みとともに怒りに燃えて猛り狂うのを見るのは、サイコーに気持ちいいっ!
で、痛みより怒りが勝ったのか、こっちに向き直って身構える熊公。
そうそう、そうじゃないとね。逃げないでいてくれて、ありがとう!
左手に一個残した石を、熊公に見えるように放ってやる。
また何か投げられたのかと、一瞬ひるんで顔を逸らす熊公。
だよね、怒りで我を忘れるけど、刻まれた痛みは、とっさに出ちゃうんだよね。
知ってる。
でも、自分より強い奴が世の中にいるって事も、覚えといてね。
ま、もう遅いけどね。
逸らした顔の陰の部分から、あたしは熊公に迫る。
手には隊長オークの短刀。スリングは地面に捨てた。
本能的に振りかざした熊公の腕をやりすごし、脇の方から首筋に短刀を突きつける。
でも、この姿勢じゃ刃が入らない。
もう片手をどこかに引っかけたい。
あ、おあつらえ向きなのがあるね。
しかもご丁寧に、穴まで開いてるわ。
軽くジャンプして、熊公の奥の方の耳を左手で掴み、指ごと差し込んでがっちり捕まえる。
腕力で自分の身体ごと引き上げて、熊公の背中に半分馬乗りになる。
これで、力が入る。
暴れようとするその首元に、短刀を突き刺した。
軽く抵抗されたけど、所詮は首筋。鍛えにくいんだよね、ここ。
刃が入ってしまえば、後は引き裂くだけ。
頸動脈もイったと思う。熊公の首元を半分ほど切り裂いた。
うん知ってるよ、まだまだ動けるんでしょ?
とっとと飛び降り、倒れて潰されるのを防ぐ。
こっちをものすごい顔で睨みつけ、怒りに任せて最後の突撃かな?
でも、左脚がびっこを引いていて、あたしまで届かない。
さっき、徹底的に同じところを痛めつけてあげたからね。
突き出された牙、その上にある鼻づら。
もう、散々、徹底的に痛めつけたその鼻に、短刀を突き刺してあげた。
ビクン、と震えて、あたしを睨む熊公。
人間なら、最後に何か一言、とでも聞いてあげるんだけど。
ゴメンね、あたしには、あんたは美味しそうなお肉と毛皮にしか見えないんだわ。
ま、首を落とすのも心臓を突き刺すのも、お肉の味を悪くしそうなんで、このまま見守ってあげる。失血死でキレイに死んで頂戴。どうせ血抜きするから、解体作業も楽なんだわ。
ピクピクと震え、それでも何か言いたそうに息をわななかせながら、熊公は懸命に死と闘っていた。
さしずめ、あたしはあんたの「告死天使」って所かしらね。
ぶわっと広がっていた毛並みが、なだらかになった。
必死で呼吸していたけど、今、止まった。
目の力が失われ、焦点が広がって合わなくなった。
この辺の、森の主だったらしい熊が、今、死んだ。
……なんて、感傷にふけっている場合じゃないんだわ。
さ、解体解体ッ!
クマ鍋クマ鍋ッ!
毛皮もステキ、あまり傷付けずに仕留めたから、高く売れると思う。
熊の心臓も肝臓も、薬の材料になるから高値で取引されるんでしょ?
熊ちゃん、キレイに捌いてあげるからねっ!
熊鍋は、熊料理は、それはそれはもう美味しかった。
みーよが出してくれたダッチオーブンに、味噌鍋のタレをたっぷり入れて、簡易コンロの火力を全開にして煮立たせる。グツグツいったら火を弱めて、
みーよがどこからか取ってきた薬草(らしい。食用にもなるのだとか。初心者の冒険者はこういうのを摘んでくることから始めるみたいね)を先に入れて、後は解体した熊公の肉をどんどん入れていく。
あと、コンロとフライパンを出して貰って、心臓と肝臓はちゃんと火を通してスライスしてステーキだね。他の内臓は無理だけど、この辺は新鮮ならイケルはず。
う、旨い!
「ビールないの?」
「一応、あるけど、アーリューシャイン様が……」
言うと思った、みたいな顔のみーよ。
お酒は二十歳になってから?
はん、こんな異世界で、そんなこと言わないでよ。
「付き人への感謝だから、構わないそうです」
お、話が分かるね、さすが女神ちゃん!
ヘンなポーションなんかより、こっちの方がスゴク……
「もー郁ちゃん! 女神さまの悪口はっ!」
あーメンゴメンゴ、悪気はないのよ悪気は。
謝り倒して、出して貰った缶ビールの冷たさと美味しさときたら!
熱ッツ熱ツの熊の肝臓の苦みを堪能して、ビールの苦みで流し込む。
ホックホクの熊の心臓の弾力を味わって、ビールの冷たさで流し込む。
合間にガツガツと熊の肩肉やモモ肉やアバラ肉の茹でたヤツを平らげつつ、再びビールを堪能する。
旨いっ!
なんて、なんて旨いんだろう!
うーん、あたし、生きてるわぁ!
「熊の左手は、はちみつをしゃぶるから美味しいって聞くけどね」
コロニーに暮らすあたしたちは、こういう肉を食べる機会は殆ど無い。
ただ、お嬢様なみーよは、そういう経験ありそうな気もする。
オーナーでポンスケなあたしの父ちゃん(みーよのパパでもある)は、あたしの事を娘だというけど、高級料理に関しては、まだ朝日寿司しか連れて行ってくれないし。
みーよ曰く、郁ちゃんは食べ過ぎるからだと思うよ? って言われた。
「わたしも、こういうのは食べた経験はないよ?」
無いのか。そうなのか。
真面目なみーよは、ウーロン茶を飲んでいる。付き合い悪いなー
ビール位、いいじゃないのさー
「しばらく、食料には困らないわね」
熊肉を十分に堪能して、残りは女神さまに奉納された。必要に応じて出してくれるみたいね。
毛皮も高く売れそうだし、今日は大漁大漁!
たくさん闘って、たくさん食べて、たくさん呑んで。
うん。本能だね。ものすごく、眠い。
「なんか来たら、起こしてね」
いや、気配を感じたら起きるけどね。
「うん、おやすみー」
夕闇が深く沈む中。
あたしは野生の獣のように、テントの中に潜り込み、満たされたお腹を抱えたまま、深い眠りについた。
(つづくっ!)




