133.でもあたしの方が断然大きいもんね。ふかふかふわふわだもんね
立てる。歩ける。
ふらつかないって、いいね。
制服に着替えて、防具も付けて。
退出のご挨拶にいったら、日を改めてまた来て欲しい、だって。
報酬の話がしたいけど、まだ清算が終わっていないらしい。
りょーかいだよ。
イーシュに、明日から朝稽古を再開できると思うので、これたら来て欲しいというと、絶対行きますと張り切っていた。
ちなみに、彼が付き人として復帰してからは、教会周辺のゴロツキたちは、もう近寄ってこなくなったんだって。
あたしが怒ったから、もあるけど、イーシュの存在がとても大きいらしい。
そこらへんのチンピラなら何人いても、いないと同じなんだとか。
ホントに?
今度試してみます? でも師匠ホントに強いからなあ。
なんか謙遜してるけど、瞳の奥には自信あり、の文字。
へえ、ぜひぜひ、やろうやろう。そういうの大好きだよ。
~ ・ ~
青の教会を出ると、お日様が傾き始めている時刻だった。
ホントに丸二日間、寝たままだったらしい。
いや、二日でいいのかな? 自信ないや。
お腹は、実はあんまり空いていない。
寝ているときに栄養補給されてるような、気がしないでもない。
でも、単に気が張っているだけかもしんない。
街の雑踏の中をてくてく歩いていると。
なんか、大通りが騒がしい。
ひっくり返ったままの大きな亀が、50センチ位かなぁ、宙に浮かぶ大きな布に乗ったまま運ばれている所に出くわした。
亀の全長は約10メートルって所だと思う。幅が5、6メートル。
結構重そう。2トン? 3トン? 投げるとか持ち上げるとか、まあ無理だね。
なんで浮いてるんだろう、無理じゃん。
突き出た頭や手足には、濃い緑と薄い緑がシマシマなマーブル状に混ざり、所々に警告色なショッキングイエローが混ぜ込まれている。
甲羅は灰に近い緑。腹の部分の甲羅は薄い黄色。
手足はごっついンで、普通に歩けそうな感じだね。
ま、ひっくり返されたら終わりだけどね。
んで。
うん。
生きてるね。
亀、生きてるわ。
だって動いてるもん。
これ、どーするつもりなんだろ?
ひっくり返された腹の甲羅の部分に、ちょっと立派な造りの、ん-武道服でいいのかしらん、布なのになんか硬質っぽい感じの上下に身を包んだ、頭のデカいハゲなおっさんが胡坐をかいている。
鼻から真横にピンと張った髭。
顎からも下の方にピンと張った髯。
細い目。低い鼻。
やや黄色みがかった肌の色。
うん、黄色人種だね。それも中華系。
ま、この世界で人種のルーツをたどるのが意味あるのか知らないけど。
布を引いているのは、中東系かしらん。全身を薄黄色の布で覆っていて、顔は特に日焼けでも気にしているのか、目元以外はすっぽり覆っているね。しかも口元にはひらひらしたバンダナ? を付けている。
頭にはターバン。長袖ローブの腰元を同色の帯で結んで、色違いのショールを肩に掛けている。
なんていうか、全身を豊富な布で包んでいる感じ。
うん、布人間ってとこだね。
で、コイツがでっかい亀を乗せた布を引っ張ってる。
多分、浮かせてもいる。
どうやってんの? どうなってんの?
その周囲をウロチョロキョロキョロしているのが、どう見ても猫人間。
うん、ネコの姿をした、人間。
共通語理念に聞いてみたら“ワー・キャット”だって。
ワーは、獣人。
言葉の後ろが、獣の種類ってわけね。ネコだからキャット、当たり前か。
頭の上に生えてる、大きめの三角形なネコ耳。
髪の毛? は朱色。結構ぼさぼさで、量が多め。
大きな目の中の瞳孔は縦に伸びていて、まさにネコの目そのものだね。
人間っぽい鼻先がピンクに染まっていて、そこだけネコになってる。
時折開く口元には、ビッシリと小さな牙が見えかくれ。うん、ネコだね。
おまけに、ちゃんと細く横に伸びたネコのヒゲまで生えてるよ。
でも、人間っぽく見えるのは、立ち居振る舞い姿格好が人間そのものだから。立って歩いているだけで、もう人間にしか見えない。
まあ、若干、というか、結構な猫背。いっそ四つ足で走った方が速いんじゃないの? という予測は、多分合ってると思う。
手は、ネコだね。モノを掴めるようには見えない。
まあ、頑張れば、イケるのかな?
足先も、ネコ。靴も履いて無いし、その方が楽そうに見える。
一応、使い古したジーンズ生地かなぁ、チョッキみたいなものを羽織っている。お尻は丸出し。気にならないというか、ネコのそれだしね。
ピンと立った尻尾が、左右にユラユラと揺れている。
太い黄色と黒のボーダー模様に、お腹の部分だけ白い毛で覆われている。
トラの模様じゃない。あくまでもネコだね。
ネコが、こっちをみてる。
あたし、ガンなんか飛ばしてない。
ユラユラしたしっぽが気になっただけ、とか言いたいけど。
もう、向こうは獲物を見る目になってるね。
ん-やり過ごしたい。おうちに帰りたい。
どうも、街中を歩くと、変なのに出くわす可能性が高いなぁ。
なんて弱気は禁物。
何時如何なる時でも、常在戦場の精神を持っていないとね。
ネコが、すすっと寄ってくる。
自然に見物の人ごみが左右に分かれて、あたしの前に道ができる。
もう、面前。敵意は、今んとこ、無い。
「お前、誰にゃ?」
身長はあたしより頭いっこ下。ただ、猫背だからなぁ。
なので、下から睨みあげられてる感じ。
あたしが上から見下ろす格好になるから、見えちゃうんだよね、うん、中身が。
意外におっぱいデカいな。尖がってるし、乳首見えそうだゾ?
でもあたしの方が断然大きいもんね。ふかふかふわふわだもんね。悩殺合戦はあたしの完勝だね。
「おい、無視すんにゃ!」
「無視はしてないけど、失礼な相手にチャンとご挨拶する義理も無いんだわ」
うん。
正直、コイツはどうでもいい。威勢はイイけど、大したことは無い。
それより、大亀の上に胡坐かいてるオッサン。
なにもの?
ネコに目を付けられた辺りから。
背中がゾクゾクしてるんですけど。
あえて、視線を逸らしてるんだよね。この、あたしが。
睨み合いをしたく無い相手だなんて、なんか、逃げてるみたいでイヤなんだけど。
「にゃんだとぉ!」
うわ、なんか突っ掛かって来るなぁ。
アンタはどうでもいいけど、あのオッサンにコッチの手の内を見せたくない。
むしろ、ソッチの手の内を見ておきたい。
うん、ネコなんだし。
背中に廻した腰袋から、スリングと石を一個だけ取り出す。
にゃあにゃあウルサイにゃんこの前で、これ見よがしに、スリングに石を仕込む。
左右にブラブラと振ると、ネコが喰いついたように視線を泳がせる。
半信半疑だったけど、ホントにこんなので注意を逸らせるんだ。
右に左に大きく振って、飛びつこうとするネコをひとしきりからかって。
おっさん目がけて、かるぅく投擲。
ネコが勢いよく、放り投げた石を目がけて跳びかかっていく。
胡坐をかいたままのオッサンの手が、なんかしなった。
速くてよく見えなかった。
空中で、石が砕け散った。
何よ、それ?
「にゃにゃにゃ?」
目標を急に失って、空中でキョロキョロするネコ。
「いきなりなご挨拶だな、娘」
硬質的な、低い声。
ヤルなら、うん、ここだね。
相手を睨む。
「躾のなってないペットを放置するような男に、言われたくないね」
ひっくり返った大亀の上に乗るオッサンに向かって、ゆっくり歩きだす。
背中のビリビリ感が、どんどん強くなってくる。
止めろ、戻れ、帰れ、逃げろ!
全身の骨が、そう叫んでいる。
そうだね、それが賢いね。
でもね、こういうケンカを売られたまま、ハイそうですかって帰れないんだわ、あたし。
「威勢がいいな、娘。儂を誰だか知っているのか?」
「知らないね。ペットの躾が出来て無いって事だけは分かるよ」
「にゃにゃにゃあ!」
お、ペットのネコがお怒りだね。両手のネコ指から爪が出て来たよ。
「いいの? 止めないなら、ソイツ殺すけど」
「それは困るな。おい、ペルージャ、やめとけ」
オッサンの言葉に、ピクンと反応するネコ。
ペルージャ? そんな気品ある名前には見えないんだけどね?
どうしようかと逡巡。
こっちをジトっと睨む。
「ご主人様の所に帰んな。あたしも面倒はゴメンなんだよね。ソッチも凱旋の途中なんでしょ?」
うーという顔をして、そそくさと大亀の所に行き、ジャンプしてオッサンの側に座り込んだ。
あくびして、その膝の上にごろんとうずくまる。
「面倒を掛けたな、娘」
「いいよ、じゃ」
片手を振って、そのまま別方向に歩き出す。
群衆も、固唾を呑んで見守っていた、けど、何も起きなかったんで、空いたスペースを埋め始めた。
場を離れるに従って、背中のビリビリが薄くなっていく。
ホント、何者なんだろう?




