113.そうか、ゆっくりも、結構大事な事なんだね
「青き清浄の調べにおいて、目覚めなさい!」
「青き清浄の調べに則り、静まり給え、感情浄化!」
アオイの杖が、お父さんの手が、それぞれ青く輝く。
光に照らされて、白い顔の女性が、カッと目を見開く。
「マイアミ!」
「承知!」
うわ、急に殺気が飛んできた。
肩を掴んだマイアミじゃなく、足を掴んだあたしの方を睨んでいる。
目が吊り上がり、ニヤリと笑ってるよこの人!
アオイやお父さんの光なんか、気にも留めてないね。
ヤバイ、本格的にヤバイ。
「全員、離れて!」
アギトナイフを躊躇いなく抜いた。
白い顔の女性が、マイアミを吹っ飛ばして起き上がると同時に右腕を振り回してくる!
ナイフの背で受け止めた。
骨が折れる感触。でも彼女は痛がるそぶりなんか見せない。
折れ曲がった腕がぐにゃりと曲がり、そのままあたしの顔に爪を立てて引っ掻いていった。
気にしてる余裕なんかない。片手で彼女の首を抑えに行く。
相手の腕が伸びてきて、あたしの首を狙いに来るけど、肘を跳ね上げて背後に逸らす。
そのままベットの上に、彼女を押し潰すように抱き付いた。
ナイフは手放せない。場合によっては首を搔き斬らないとダメだ。
向こうの腕は折れてるから、そんなに使えないでしょ?
でも、使えないよねと決めつけちゃダメかもね。
なんて、そんな余裕はないので、腕で首を抑えながら、尻で彼女の腹を抑え込む。
あたしの両足をそれぞれベットの脇に廻し、足を縁に引っ掛けて固定。
彼女の足はバタバタするけど、当面は大丈夫だと思う。脚を引き上げて自分の体の正面に廻したり、あたしの首に引っ掛けるような格闘技術は無いもんだと思いたい。
無いよね?
それやられると、いよいよアギトナイフの出番が来ちゃうね。
斬った手足って、この世界では繋げられるのかしらん。
ってか、出血多量のショックで、さすがに死んじゃうだろうね。
彼女が空いた片手で、いや、折れたはずの腕も使って、あたしに殴りかかってくる。
見た目はか弱そうな女性なのに、なんて力なんだろ。そんな下からの態勢なのに、おっかさんの肩たたきより強烈だわ。
行けるかな。
ホントはもっと弱らせたいけど、そうするべきだけど。
「マイアミ、腕を抑えられる?」
「やってるが、くそっ!」
あん、この役立たずめ。
「もひとり、加勢して。少しは出来るところ見せな」
「は、はい!」
お、いい返事だ。
元気な方の腕の抵抗が、弱まったね。
これなら、イケルか。
「おっかさん、ナイフ預ける。床に捨てるから、拾って。ダメならあたしに手渡して。殺すから」
「あいよ」
ガランと金属音を立てて、あたしの手から重みが抜けた。
こっちの手は折れてるんでしょ。変な抵抗はやめてよね。
と、元気な方の手を離すなぁ! 男ども、ちゃんとやんなよ!
やばい、がっちり髪の毛掴まれた。
うわぁ、髪ごとぶん投げられる!
そっちの髪を掴み返し、頭ごと引き寄せる。
あたしを吹っ飛ばすなら、自分の頭も吹っ飛ぶよ。
超至近で、あたしと、患者の女性の顔をしたそれはもう沢山いるオークどもが、睨み合った。
彼女の瞳に、そう映った。そう、感じた。
全 員 、 殺 す
殺気を送り込んでやる。
わずかに、あたしの髪を掴む腕が緩んだ。
今だ。
腕を、足を、一気に絡ませる。
蛇が獲物に瞬時に絡みつくように。
「アナコンダっ!」
がっちり掴まえた。もう絶対に離さない。
彼女の身体に巣くうオークどもが藻掻くけど、藻掻いたその分、締め上げていく。
「あ゛、あ゛あ゛……」
息がキツクなったらしく、呻き始める。
やっと、ここまで来たわ。
抱えた腹に、力を込める。
中で律動するナニカが、出口を求めて藻掻き始める。
「吐くわ。桶お願い」
さっと出された桶に顔を突っ込ませると、白い、というより、熟成でもされてんのか、黄色みがかったドロドロした液体が、口の中から零れ落ち始めた。
吐き出しきれないのか。呼吸がマズイね。
「いったん離す。鎮静がいると思う」
おっかさんに、こういうのは焦らないでやるもんだ、とか言われたんで、ちょっと判断に迷う。
迷わないのがあたしのいい所なんだけどなぁ。
「やってる、でも無理。まだ影響が強すぎる」
アオイの悲痛な声。そんなに悪いの?
そっか、杖が彼女の体内に刺さっていない。というより、入らないんだ。
彼女の身体が痙攣し始めている。ヤバイ、窒息で殺しちゃう。
「落ち着きな」
おっかさんの声。
何する気?
彼女の口に、え? 自分の口を押し当ててる?
「ん、んんん……」
まさか、吸い出してるの??
あの汚くて臭い穢れた液体を⁈
「ペッ、どうだい?」
あ、息をし始めてる。
「通じる? 呼吸して。そう、そうだよ、吸って、吐いて……」
あんなにガッチガチだった身体が柔らかくなり始めている。
「いける? 頑張りどころだよ、さ、吐くよ」
今度は、スムーズに吐き出し始めた。詰まった部分が、吸い出されて抜け落ちたみたいだ。
ゆっくり呼吸させて、吐かせて。
落ち着きだすと、自分の身に起きたことを思い出せるようになって。
その様子を、おっかさんが、じっと観察している。
「イーシュ」
「はい」
飲み口が細くなっている、小さな透明の器(多分、ガラスだと思う。この世界にガラス、あるんだ。しかも細工が細やか)を彼女の口に当てて、少しずつ飲ませる。
「アオイ」
「はい」
さっきと違う、落ち着いた声。
青く輝く杖が、彼女の体内にゆっくりと入っていく。
不思議そうに、彼女がぼんやりとその様子を見ている。
「ミヨ」
「はい」
みーよが、骨折した腕に治癒を掛け始めた。骨折は治せないんじゃなかったっけ?
「ルブラン、どうだい?」
「無理すれば、もう少しいけるが……そういうのは、嫌なんだよな」
「いや、あたしゃ直接の奇跡は使えないからね。その辺に文句はつけないよ」
「いや、君の意見を尊重しよう。青の調べよ。彼女にひと時の安らぎを、メディケーション!」
彼女の瞳がゆっくりと閉じて、体の力が抜ける。
「イクミ、そのまま寝かしておやり。イーシュ」
「はい」
コップに入った水を手渡され、おっかさんが口をゆすいで、桶に吐き捨てる。
あたしも、意識を失った彼女をベットに寝かせて、身体を起こした。
と、急に腰が抜けて、床に倒れ込んだ。
「よくやったね、いい腕だ。でも、まだ若いね」
上から、にやりと笑うおっかさんに、手を差し伸べられた。
うん、そうだね。アンタがいなければ、彼女は死んでたね。
そうか、ゆっくりも、結構大事な事なんだね。
伸ばされた手を握り、立ち上がりながら、あたしはおっかさんに尊敬の念を抱いた。




