108.ア ナ コ ン ダ ぁ !
アオイがお父さんと、ついでにマイアミを呼びに行ったみたいで、彼らが戻ってくる。
その前に、みーよは光の奇跡でシャワールームとコーヒーセットを片付けていた。これ、出すのも片づけるのも超簡単。ホントにスゴイね。
「いや、本当に助かります。まさかここまでお手伝いして頂けるとは。いっそ、娘の付き人になっては頂けませんか?」
うわ、親子揃って同じ反応かー
「だ、ダメよお父さん。私じゃこの人の面倒なんか見られないんですけど」
「そ、そうですか。残念です」
うん、アオイじゃ無理だと思う。でも、先に自分が勧誘してたなんて事は、お父さんには言わないんだね。
「無理なお願いとは承知しているのですが、他の女性たちを人族の元に還すお手伝いをお願いしても、宜しいのですか?」
「気まぐれでやってるわけじゃない、けど……」
決めるのは、あたしじゃない。あたしからも、お願いはするけど。
「ええ、マム先生の意向でもありますから。微力ながら、手伝わせて下さい」
大丈夫らしい。良かった。
「武神トルモルト様に照覧して頂く所存です。これもまた、武の一部」
マイアミ、アンタ殆ど役に立ってないじゃん。まあ、いないよりはマシだけど。
「あ、ありがとうございます」
お父さんは、ある程度決めていたようで、女性たちの中でも割とふくよかな一人を選んで、アオイと頷き合った。
「うん、そうだね」
「五分五分だが……いこう」
「ミヨ、私たちで感情洗浄と精神浄化を掛け続けるから、回復を頼んでもいい? オークの影響が抜け落ちる間、彼女がかなり辛いことになるから」
「分かった」
「マイアミさまとイクミは、彼女を抑えていて下さい。瞬間的ですが、彼女がオークの怪力を宿しますので」
「承知した」
「ん-技を使ってもいいの?」
さっきの子は小さかったけど、彼女はそうもいかないね。
「技、ですか?」
「そ、無力化するんでしょ? 彼女の肉体が持ちこたえる程度だけど。止めちゃえば、みーよが癒してくれるんだよね?」
「いいよ、何とかする」
アオイが、技ってなあに? みたいな顔で見ている。
マイアミも、それは一体? みたいな顔で見ている。
アオイはともかく、マイアミには見せて無かったっけ。
無かったね。
「分かりました。では、始めます」
親子で頷き合って、祈りの姿勢を取る。
手が、杖が、青く光り始め、理力とやらが宿っていく。
「感情洗浄!」
「精神浄化!」
アオイの杖に照らされ、お父さんの手をかざされて、ふくよかさんの身体がビクンと跳ね上がる。
「マイアミ!」
「承知!」
あたしが足側、マイアミが頭側を抑え込む。
うわ、凄い力だ。全身で抑え込んでるのに、身体ごと持っていかれそうになる。
マイアミも、両腕を抑えてるのに、持ち上げられそうになってるよ。
「あ゛、あ゛あ゛……」
うつろな目が、あたしを睨む。ぽっかり空いた口が、あたしに噛みつこうとしている。
ポンチョごと両足を抱え込んでるのに、ちぎって蹴り飛ばしにきそうだね。
マイアミも、抱えた両腕ごと振り回されている。何とか両脚を広げて踏ん張ってるけど、危ない事この上ない。
アンタの身体はどうでもいいけど、術者だけは守ってよね。
「出力を、上げます!」
アオイが叫び、青い光がさらに強くなる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
彼女の叫びもさらに強くなり、ついにマイアミが吹っ飛ばされる!
そのまま身体を起こし、あたしに掴みかかってきた。
「もう、だらしないんだから!」
ヤラれる前にヤルしかないね。
こっちからも飛びついて、頭と背中に腕を回す。
脚も絡めて、暴れ出すのを封じる。
頭の後ろから廻した腕を齧られてるけど、ガードグローブのおかげで歯は通らない。でも、自分の歯を折ってしまいそう。
「なんか口に咬ませられる?」
言いつつ、お腹に廻した腕で、締め上げていく。
あたしの顔は、彼女の横で様子を見守りつつ。
廻した腕で、彼女の両腕ごと頭と腹を締め上げる。
足もしっかり絡めて、暴れさせない。
「こ、これを……」
ん? 誰だ? マイアミじゃない男の声だぞ?
でも今はどうでもいい。
「手が離せない。アンタがやって。ガードグローブ外すよ」
腕を軽くひねって角度を変え、彼女の口から防具を外す。
「あ、痛ててて!」
なにやってんの、自分が咬まれてるのか!
「大丈夫?」
「い、いや、抜けた。大丈夫」
最低限の仕事はしたのね。
「す、スマン、遅れた」
マイアミ、復帰したのね。
「みーよ、このまま締め上げるからヒールお願い。マイアミ、この人を締め上げるから手加減の合図よろしく」
なんかザワめいたけど、構ってられない。
少しでも力を抜くと、彼女が暴発しそうだ。
「ア ナ コ ン ダ ぁ !」
あたしの密着系の必殺技。まさに大蛇のように締め上げる。
こんな相手に使う技でもないんだけど、いや、こんな相手だからこそ使う技だね。
頭や腕や足は、絡めて動かなくさせれば別にいい。
首絞めも、そんなに簡単に決まらないというか、あたしがそっちに腕を一本使うと、相手の腕もフリーになるんだよね。
でも、抱えたままの腹は別。
相手の呼吸に合わせて締め上げていく。呼吸というクッションがなくなれば、その分締め上げを強くする。やがて息が出来なくなり、抵抗が収まっていく。
筋肉の抵抗が薄れれば、そのまま肋骨もへし折りにかかりたい。
その様子を、相手の顔を観察しながら行っていくのが、アナコンダ。
まさに、締め上げて窒息させて肋骨を砕いて呑みこむ大蛇の技だね。
基本的には、手加減なんかしない技。
一度極めたら相手を完全にへし折るまで止めることはない技なんで、こういう状況では様子見のレフェリーは必須だね。
ふくよかさんの肉体とは思えない、バッキバキに固い固い筋肉が、あたしの蛇のような締め上げを喰らって必死にもがいている。
もがけばもがく程、締めはキツくなっていく。もがいて緩んだ部分を締め上げていくからね。
堪えた呼吸を、ついに吐き出したその隙間を、さらにキツく締め上げると。
息が上がり、真っ赤な顔が、だんだんと青くなっていく。
ゴツゴツしていた筋肉が緩み、本来のふくよかな脂肪質の身体に戻っていく。
「ヒール掛けてるよ。死なせたりしないよ!」
「死にそうに見えるが、まだいけるぞ!」
「おっけ。アオイ、どう? 極めきれそう?」
「行けます! 青き清浄の調べよ! 今一度の奇跡を! 奏で、響け、打ち鳴らし、彼女を人族の元に帰したまえ! 精神浄化!」
さっきの少女の時とは台詞が違うみたいだけど、状況に応じて調整してるのかしらん。
ああ、ホントにそうみたい。アオイの青く輝く杖が、ふくよかさんの胸に今度はめり込み、突き刺さっているじゃない!
うわぁ痛くない、んだね。刺さってるけど、傷ついているわけじゃない。どーなってるんだろ??
ふくよかさん自身が杖の光を受けて青く輝き始め、急に身体が脱力する。
相変わらず、何事か呻いているけど、狂気の叫びではない。
口にガッチリと咥えていたものを放した。
あ、この人、吐きそう。
「桶を頂戴。吐くわ」
さっと出された桶。出した子は、若いあんちゃん。中坊のシュランよりちょっと上で、高3のあたしよりちょっと年下かな。うん、中3から高1って感じ。
ゲルマン系な目元の深掘りは、お父さんの遺伝かしらん。割と細身で肉付きが良くないのは、家庭環境というより栄養状態のせいかもね。
そんな観察してる場合じゃない。
ふくよかさんが、それはそれは盛大に白い液体を桶にぶちまけ始める。さっきの小柄な少女より身体が大きいので、量も多いって理屈?
「よし、一旦呼吸だ。吸って、吐いて、吸って、吐いて。苦しいよね、頑張りどころだ。さ、行くよ」
吐いた分、引っ込んだ腹を締めてあげると。
再び白い液体を吐き出し始めた。
存分に吐かせて、もう一度呼吸させて。
3回繰り返したら、大分落ち着いてきた。
震えている。うん、分かるよ。
「……殺して……」
「どうしてもダメなら、殺してあげる。今はダメだよ」
「お願い、殺してぇ!」
おっと、暴れ出そうとするのね。
でも、もうオークの怪力は埋め込まれていない。たやすく自由を奪える。
「鎮静させる? もう少し粘ってみる?」
アオイの指示を仰ぐ。
「行けるところまで、粘りたい」
「おっけ。ほら、胸の所を見て御覧?」
ふくよかさんが、言われて初めて気が付いたみたいに、自分の胸に突き刺さっているアオイの杖を見つめる。
彼女が吐いた白い飛沫がべったりと掛かっているが、少しも揺るぎがない。
「死なせるのは、簡単。いつでも出来るよ。今でも、すぐに出来る」
「じゃ、じゃあ……」
「だから、どうしてもダメなら、ちゃんと殺してあげる。苦しませずに、楽にそうしてあげる。あたしは、オークにとっての告死天使なんだって。だから、アンタにも、死を告げてあげるよ。でも、それは今じゃないんだ」
「今じゃない……なんでよ……」
「アンタが、オークとして堕ちていくのか、それとも人族に還るのか、その境目だからだよ。それは、アンタ次第」
「そ、そんな……」
彼女の目から、涙が溢れ出す。
なんで自分がこんな目にあわなきゃならなかったんだろう。
もう、嫌だ、楽にして欲しい。
そういう思いがこもった涙が、どんどん溢れ出していく。
「オークが、憎い?」
「……憎い、憎くてたまらない、でも……」
「憎いなら、アンタ自身がオークになる必要はないよ。アンタの代わりに、あたしがオークどもを殺してあげる。約束するよ」
「で、でも……」
あたしは、抱えていた手を緩めて、片手を自分の腰の後ろに廻す。
アギト・ナイフを、ゆっくりと抜いて、彼女の前に晒した。
「アギト・ナイフ。悪鬼を食すナイフ。もう、随分と奴らの血を吸わせ、肉を断ち切ってきたよ」
「キレイ……」
磨き上げられた刃に、彼女の顔が映し出されている。
「コイツに映るアンタの顔がオークになるなら、あたしが殺してあげる。
でも、アンタが人族に還るなら、あたしがアンタの代わりにオークどもを殺してあげる。約束するよ」
「約束……」
彼女の声に、理知が宿り始める。
アオイが頷き、あたしはナイフを収納する。
アオイも、杖を彼女からゆっくりと引き抜く。傷一つなく、血も付着ていない。ホント、いったいどういうカラクリなんだろう?
お父さんも、今までかざしていた手を、いったん止めた。
「これからが、本当に厳しい闘いになるでしょう。でも、あなたなら必ず、人族の元に還ることが出来るでしょう」
「は、はい……」
「さ、疲れたでしょう。少しの間、お休みなさい。メディケーション……」
お父さんが手をかざすと、ふくよかさんは再び眠りについた。
全員、ほっと一息つく。
「……ふう、お見事でした。あなた、本当に青の調べの才能がありますよ」
心底感心したように、お父さんがあたしを褒める。
ん-あたしの場合は、とにかく相手の観察だからね。応用してるだけだよ?
「郁ちゃんは、渡しませんからね?」
お、珍しくみーよが嫉妬?
心配しなくても、アンタの側を離れたりしないよ?
で。
チョコチョコ現れている君。もしかしなくても。
「あ、姉がお世話になってます」
「もーちゃんとご挨拶しなきゃダメなんですけどー!」
やっぱり、弟君だね。
「こらアオイ、そういう下町な言葉遣いは改めなさいと、何度言ったら分かるんだ!」
「あ、お父さん居たんだっけ?」
「居たんだっけ、じゃない!」
あらあら、親子喧嘩ですかー
後でゆっくりやってくださいね。
それよりなにより。
「弟君、真っ赤っ赤の付き人たちに木っ端みじんにヤラレタんだって? 詳しく聞かせて?」
こっちの話の方が重要でしょ?
ん? 弟君、顔が真っ赤だよ。
その真っ赤じゃなくて、あっちの真っ赤な方の話を聞きたいんだけど?
「う、う、うわあああぁぁぁん!」
あら、ダッシュで逃げていったよ。
な、な、なによぉ、あたし、まだ何にもしてないよ?
みんながあたしを見る目が、なぜか冷たい。スゴク冷たい。
「これは確かに、私じゃ面倒見切れないんですけどー」
「でしょ? わたしも、内心は困り果ててるのよ」
「あれだけ患者に親身に接することが出来るのに、なぜ……?」
「いや、思い切りがイクミ殿の良さであって、だな……スマン、かばいきれん」
な、な、なによぉ!
あたしが何したって言うのよぉ!
ちょっと話を聞きたかっただけでしょお‼




