106.青い調べよ、彼女の中で奏で、響け、打ち鳴らせ!
最初、住宅棟に案内されたから、出来れば女性たちの事は見せたくないのかと思ってた。
でも、そこまで隠すつもりはないらしい。
なんでか、マイアミも付いてきてるし。
教会棟は、座席ではなく、ベットが整然と置かれている。
換気は明り取りの窓からなされているようで、よどんだ空気みたいなものはない。清潔なシーツが敷かれていて、かなりきちんと管理されている。
全部で20脚。その半分が埋まっている。
あたしの寝巻と同じ、ポンチョスタイルで、全員が眠っていた。
教壇にあたる中央のステージに、青い光を放つ杖を掲げ、祈りの姿勢を取っている聖女がいる。
あたしたちの事にも気づいていないようだね。
「瞑想の理力を行使しています。辛い患者には、睡眠や麻痺を使う場合もあります」
牧師? 神父? じゃない、えっと、ルブランだ、が説明してくれる。
「積極的に治すって事はしないの?」
「本人がそうしたいと願うなら、その手助けは出来ます。ただ、それはとても辛い道のりなのです」
意識がないのに?
「定期的に目覚めの理力を行使して、意思の確認を行います。その時が一番大変ですけどね」
あー思い出して絶望したり暴れたりするって事ね?
「制御や平静の理力を用いる場合もあります。そうしないと、オークたちを求めて暴れだすのです」
禁断症状か。ぞっとするね。
「毒抜きみたいな事、しないの?」
「胎内に宿したオークの子供たちは全て“突然の死”を掛けて処分しています。それ以上の事は、当人が死ぬほど苦しい禁断症状を乗り越えるだけの意志の強さを持っているか、それでも人族の元に帰りたいと思えるかに掛かっています」
へええ。
「もっと簡単に、浄化だっけ? そういう魔法みたいなもので何とかなると思ってた」
「魔法ではなく、理力ですね。彼女たちはどちらかというと、呪いにかかったような状態ですので」
呪いにかかってる?
「オークの持つ、異種族の女性を屈服させ支配する、闇の魔法です。オークの成獣ならば誰でも持っている彼らの体液そのものが、一種の魔法なのですよ」
なによそれ、心底腐ってるって事じゃないのさ。
あたし、最初はオークの肉って食べられるんじゃないかって思ってたけど、とんでもないわね。
「元オラクルの聖女、マム・エンデバスは、本当に素晴らしい方でした。ここ数年で、オークの支配下に晒されながら人族の元に還って来たのは、彼女位のものだと記憶しております」
へえ、マムちん、結構スゴイ人なんだ。
「もうちょっとだけ、聞いてもいい?」
難しい話しかしない人かと思ってたけど、意外と物事を尋ねやすい人なんだよね。人柄なのかな?
「奴隷商人たちは、なんで彼女たちを欲しがるの?」
「オークの支配下に晒された女性たちは、男性をとても受け入れやすい身体に変えさせられています。意識が人族のそれではないのですが、隷属の魔道具を用いたり、薬物を定期的に摂取させて意識を混濁化させるなど、様々な方法を用いることで、強制的に働かせることが出来るのですよ」
ん、男に身体を売る商売ってことね?
「その筋からは、大変に人気があるそうです」
ぐえぇ。男って奴は、ホントに救いようがないなー
「体が丈夫で、妊娠の心配も無く、とても積極的に求めてくる上に、日々の食事の心配もほとんどしなくて良い。人族の尊厳を踏みにじる行為である、ということを除けば、彼らにとっては理想的な性奴隷なのでしょう。
……中央の貴族の中には、捕えたオークに奴隷の女性をあてがい、人工的にそうした状態にすることがなされていると聞きます」
うわーなんかムカついてきた。あの連中、やっぱり全員ぶん殴っておけば良かった。
「心配なさらなくても、あの連中に彼女たちを引き渡したりは致しませんよ。当教会の存在意義にも関わることですからね。全員、まっとうな仕方で葬還致します」
そっか。アンタがなんか、いい人で良かったよ。
「あれ? ミヨ?」
教壇で祈っていた青の聖女様が、今気が付いたみたいに、みーよに声を掛ける。
「お疲れ様。どう? 順調?」
「うん、ありがとう。今回のポーター制度の収入とか、ミヨに貰った治療代とかあるんで、一息つけてるよ」
「そっか、良かった。わたしたちに何かできる事無いかな、と思って」
「大丈夫だよって言いたいけど、お願いしてもいいかな?」
「あ、アオイ、この人たちは……」
「お父さん、そんなツマラナイ意地を張ってる場合じゃないでしょ? 私一人じゃ無理だよ」
「い、いや、しかし……」
「こういうのは、持ちつ持たれつだよ。私たち、そうやって冒険者ギルドの中でやってきたんだから」
あら、お父さん、ちょっとなんか悔しそうな、でも嬉しそうな。
ま、野良聖女ズの苦労ぶりは、聞いてはいるからね。
働いても無報酬とか、ね。
「で、なにしたらいい?」
「瞑想は使えるのよね? ミヨに代わって貰う間に、私がお父さんと一緒に感情洗浄や精神浄化を掛けてみる。多分、この子は、人族に戻せると思う」
アオイの目の前で眠る少女は、あたしが最後に抱えて脱出した娘だ。
「いいよ。瞑想なら大丈夫」
みーよは教壇で祈りの姿勢を取り、杖を白く光らせる。
「光の女神アーリューシャイン様、どうかこの子たちに安らぎの光をお与えください。メディケーション!」
杖が柔らかく光りだし、周囲を照らす。
交代でアオイが教壇を降り、眠る少女の元に行く。
「マイアミさま、もしよろしければ、彼女を支えて下さいますか。目覚めを用いますので」
「心得た」
マイアミが少女を抱きかかえ、お父さんの名前なんだっけ、る、る、ルブランだ、と、アオイが、それぞれ祈りの姿勢を取る。
ちなみにお父さんは杖とか持っていない。素手で祈るんだね。
「では行きます。青き清浄の調べにおいて、目覚めなさい!」
杖が青く一瞬輝き、少女の瞼がピクリと動いた。
「う、うむぅ……」
目が開くと同時に、マイアミの腕の中から逃れようと身をよじっている。
結構、強い力らしい。マイアミが必死に取り押さえている。
「青き清浄の調べに則り、落ち着き給え。感情洗浄!」
お父さん(名前覚えられそうにないや)の祈りで、少女がビクンと跳ねた。
マイアミが抑えきれず、腕から抜け落ちる。
そのまま、みーよの所へ走り出そうとしたので、あたしが即抱え込む。
お、凄い力だね。こりゃマイアミじゃ無理だわ。
でもね、アンタ小さいからね。
足を地面から引きはがし、バタバタさせる。
あたしに気が付いたのね。逆にあたしを捕まえに来るのね。
細い手足に力が漲っている。まともに掴み合いなんかゴメンだわ。
背中越しに腰を抱えているので、ちょっと体から離す。
そうすると掴む所があたしの腕しかないので、それを剥がしにくるんでしょ?
ごめん、ちょっと乱暴にするね。
本当は地面に叩きつけるんだけど、そこまではやらないからね。
床に引落し、お尻で少女の腰を押さえつける。足はバタつかせてもいい。
そのまま首根っこを押さえつけてコントロール。
必死に伸ばす手を捕まえて、背中越しに捩じり上げる。
無理に暴れると、腕が折れるよ?
おっと関係ないのかーそりゃ困るね。んじゃ身体に押し付けて動かないようにする。
もう一本の腕も、と、捕まえたっと。こっちはそのまま抑えたままでいいかな?
少し体をずらして、少女が呼吸できるようにしてあげる。
「す、スマン、助かった」
「いいよ、これはアンタじゃ無理だわ」
「武神教会トルモルトの師範代を上回るとは、いい腕をしている」
「知ってはいましたけど、本当にお強いんですね」
お父さんとアオイに感心されちゃった」
って、マイアミって師範代なの?
うそでしょ? あんなに弱いのに?
「今、ものすごく失礼なことを考えただろう」
「べっつにー」
今はそんな話をしている場合じゃない。
「そのまま抑えて置いていただけますか? オークの力を埋め込まれているのに、たやすく打ち砕かれているという状況は、理力がとても通りやすいのです」
「お安い御用だよ」
少女はなんとかあたしの拘束を逃れようと踏ん張ってるけど、無理だね。その態勢じゃロクに力は入らない。
ものすごい怪力だと、あたしごと持ち上げちゃったりするんだろうけど、さすがに体重差もあるし、出来っこないね。
「青い調べよ、彼女の中で奏で、響け、打ち鳴らせ! 精神浄化!」
アオイの杖が青く強く光る。その杖の先端を、少女の頭に押し当てた。
「あ゛、あ゛ぁ……」
少女の中で、ナニカが彼女の意識と激しくせめぎ合っている。
必死にもがいているけど、あたしの拘束は完璧なので解けることは無い。
そのナニカが、逃れ道を求めて暴れまわっているみたいだ。
「オ、オェエ……」
白い液体を吐き出し始めた。
「マイアミ、こっちの腕を抑えて」
「承知した。う、うおぉ」
床に押し当てただけの腕だからね。しっかり押さえといてよね。大丈夫かあぁ?
空いた腕で、少女の喉を掴み、呼吸路を確保する。
抵抗がみるみる小さくなったので、マイアミに離すように合図して、そのまま背中越しに抱き起す。腹に手を伸ばし、胸の方向にぐっと押し上げると、盛大に白い液体を吐き出し始めた。
「よし、いいよ、一回呼吸して。そう、そう、もう一回呼吸して。いいね、じゃ、行くよ」
なんか言葉が通じるようになってきてる。
ガチガチに硬かった身体が、少女の柔らかさを取り戻しつつある。
そのまま柔らかくなった腹に伸ばした手を、もう一度上に押し上げる。
「う、うぇえええぇ」
今度は少し少な目に、白い液体を吐き出した。
「よーしよし。また呼吸だ。吸って、吐いて、吸って、吐いて……行くよ」
もう一度吐かせて、呼吸させて、吐かせて、呼吸させて。
もう、出ない、出し切ったかな?
「よーしよし、よく頑張った、偉かったよ」
背中をさすってあげると、えぐっえぐっと震えている。
制服が汚れちゃうな、ま、いいか。
正面に抱きなおして、背中をさすりながら頭を抱え、ギュッと抱きしめてあげると。
小刻みに震えながら、それでも抱き返してくれて、あたしに顔をうずめて泣き出し始めた。




