第四十五話 角来道場へ
放課後。
桜がけ対策の授業を終えた晴真たちは、学園を出て角来道場へ向かっていた。
昨日の昼休み。
弓月と桜華、そして愛理の間で起きた小さな騒動。
最後は桜華の、
「では今日、角来道場へ来てください!」
という一言で話がまとまり――。
晴真、愛理、道満、与一。
そしてなぜか、その後ろには刀也までついてきていた。
与一が呆れたように振り返る。
「刀也。」
「お前も行くのか?」
「当たり前だろ!」
刀也は胸を張った。
「俺は全部の武術を身につけるのが目標なんだから!」
「角来流なんて聞いたら行くしかねえだろ!」
「はいはい。」
与一が慣れた様子で流す。
すると道満が、そのさらに後ろを歩いていた迅へ目を向けた。
「迅。」
「お前も行くのか?」
「こんな機会、そうそうないだろ。」
迅は当然のように答える。
晴真が感心したように笑った。
「迅君、そんなに修練に熱心だったっけ?」
「違う。」
即答だった。
迅は前を歩く愛理を見る。
「俺は――。」
ニヤリ。
「弓月と桜華が愛理にやられるところを見に行くんだ。」
そして愛理の肩をぽんと叩く。
「頼むぞ、愛理。」
「なにそれ!」
愛理が睨む。
「最低じゃん!」
すると――。
「迅様は最低ですね。」
小さな声が続いた。
愛理の肩の上。
そこには桜花がちょこんと座っている。
最近。
桜花は愛理が近くにいると、かなりの確率でその肩の上にいる。
どうやら愛理が――。
飴。
最中。
饅頭。
金平糖。
などをちょくちょく桜花へ与えているらしい。
完全に餌付けされていた。
「桜花まで!?」
迅が悲鳴を上げる。
「お前らな!」
「俺があの二人にどれだけ酷い目に遭わされてるか知らないから、そんなこと言えるんだぞ!」
「人のいとこを悪く言うな!」
与一がすぐに言い返す。
迅が振り返った。
「元はと言えば、お前のせいだからな、与一!」
「なんでだよ!」
「なんで俺なんだよ!」
そのやり取りに。
「あははは!」
皆が一斉に笑う。
そんな一行には――。
紅葉と小夜も加わっていた。
道満が隣を歩く紅葉を見る。
「紅葉も体術に興味があるのか?」
「えっ?」
紅葉が一瞬固まる。
晴真も小夜を見る。
「小夜ちゃんも?」
「角来流、見てみたかったの?」
「え……。」
小夜も言葉に詰まる。
その様子を見た刀也、迅、与一。
三人が顔を見合わせる。
そして。
「お前らも大変だなぁ。」
「だな。」
「本当にな。」
紅葉が思わず叫んだ。
「本当ですわ!」
「え?」
晴真が目を丸くする。
紅葉は慌てて口元を押さえた。
「な、なんでもありません!」
その横。
小夜は顔を赤くしながら――。
こくり。
なぜか小さく頷いた。
愛理がニヤニヤしながら小夜へ近づく。
そして小さな声で囁いた。
「晴真君、女子に人気あるでしょ?」
「……え?」
「頑張らないと。」
ポン。
愛理が小夜の背中を押す。
「わっ。」
小夜がよろけながら晴真の隣へ出た。
晴真が心配そうに覗き込む。
「小夜ちゃん?」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。」
小夜は少し迷ってから話しかける。
「晴真君。」
「最近……忙しそうだね。」
「ああ。」
晴真は苦笑した。
「桜がけの授業もあるし。」
「将門流にも行ってるし。」
「体術もやって。」
「月桜の世話もあるからね。」
「でも――。」
晴真は笑う。
「楽しいんだよ。」
「毎日、新しいこと覚えられるから。」
「そうなんだ。」
小夜も嬉しそうに微笑む。
その時。
晴真が何かを思い出した。
「あっ!」
「そうだ!」
晴真は鞄を探る。
「小夜ちゃんに渡したいものがあったんだ。」
「私に?」
「うん。」
晴真が取り出したのは――。
二本の短い霊木棒だった。
小夜が不思議そうに見る。
「これ……?」
「歴博さんに頼んで作ってもらったんだ。」
晴真が一本を手に取る。
霊力を流す。
すると――。
シュン。
霊木棒から光が伸びる。
先端に刃が形成され。
一本の薙刀へと変化した。
「わ……。」
小夜の目が輝く。
晴真がもう一度霊力を流す。
刃が消え。
今度は棒状の霊装が伸びていく。
杖。
さらに短くすれば棍。
晴真が笑った。
「一葉さん、二葉さん、三葉さんたちが作ってたでしょ?」
「薙刀から杖に変えられる武器。」
「あれを霊装武具で再現してもらったんだ。」
「一葉さんたちにもいろいろ教えてもらって。」
「小夜ちゃん用に調整してもらった。」
そして二本の霊木棒を差し出す。
「どうぞ。」
小夜は驚いて晴真を見る。
「……私に?」
「うん。」
「小夜ちゃん、薙刀使うから。」
「こういうのあったら便利かなって。」
小夜は両手で受け取った。
「ありがとう。」
「忙しいのに……。」
晴真は不思議そうに首を傾げる。
「別に大したことしてないよ。」
「小夜ちゃんが喜ぶかなって思っただけだから。」
にこっ。
晴真はいつものように笑った。
小夜は霊木棒を胸元へ抱える。
――ああ。
やっぱり。
こういうところなんだ。
小夜は思う。
晴真は。
自分がどれだけ忙しくても。
誰かが喜んでくれると思えば、それを面倒とは思わない。
自分の時間を惜しまない。
誰かの笑顔を――。
自分のことのように喜ぶ。
――だから。
私は。
晴真君のこういうところが――。
「晴真!」
後ろから声が飛んできた。
小夜の思考が吹き飛ぶ。
「わっ。」
全員が振り返る。
そこには一人の少年が立っていた。
「道満!」
「愛理!」
晴真が驚く。
「清盛さん!」
将門清盛だった。
清盛は少し不満そうに歩いてくる。
「なんだよ。」
「角来道場に行くなら俺も誘ってくれよ。」
愛理が呆れる。
「遊びに行くんじゃないよ、兄ちゃん。」
「いいだろ別に。」
「角来流なんて滅多に見られないんだから。」
すると清盛は刀也を見る。
「お前。」
「刀優のいとこの刀也か?」
「はい!」
刀也がすぐに姿勢を正した。
「立身刀也です!」
「姉ちゃんから聞いてます!」
「清盛さん、刀優姉ちゃんと互角なんですよね!」
刀也の目が輝く。
さらに道満を見る。
「あの道満を倒した人……。」
「……。」
道満が少しだけ眉を動かす。
「その言い方はやめろ。」
しかし刀也は止まらない。
「清盛さん!」
「今度、俺にも稽古つけてください!」
「俺に?」
清盛が自分を指差す。
「良いのか?」
「俺、剣は使えないぞ。」
「問題ありません!」
刀也は胸を張る。
「俺は全部の武術を身につけて!」
拳を握る。
「いつかクシナダ様みたいになるんです!」
一瞬。
清盛が目を丸くする。
だが――。
すぐに笑った。
「良いじゃん、それ!」
「え?」
「頑張れよ。」
清盛は刀也の肩を叩く。
「俺で良ければ、いつでも相手するぞ。」
「本当ですか!?」
「ああ。」
刀也は固まった。
いつもなら。
この目標を口にすると。
迅が笑う。
与一が呆れる。
道満が「無茶だ」と言う。
晴真ですら苦笑する。
だが。
清盛は笑わなかった。
無理だとも言わなかった。
ただ。
頑張れ。
そう言った。
刀也の瞳が輝く。
「兄貴……。」
「ん?」
「今日から清盛さんは兄貴です!」
「おいおい。」
迅が呆れる。
「急に兄貴増やすなよ。」
しかし。
清盛は今度は迅を見る。
「あれ?」
「お前、雷華さんの弟だろ?」
迅が少し驚く。
「姉貴を知ってるんですか?」
「知ってるよ。」
「麻倉雷華。」
学園高等部。
麻倉衆の若き実力者。
そして――。
『学園最速の女子』
と呼ばれるほどの俊足を誇る少女。
「ってことは。」
清盛が迅を見る。
「お前も速いのか?」
迅は少し照れたように鼻を擦る。
「まあ……。」
「まだ姉貴に比べたら全然ですけど。」
「そうか?」
清盛は笑った。
「でも頑張れば、いつか雷華さんより速くなれるだろ。」
迅が止まる。
「……。」
そして。
「兄貴!」
「お前もか!」
与一が叫ぶ。
また笑いが起きた。
◇
そんなことを話しながら歩いているうちに――。
一行は角来道場へ到着した。
「おお……。」
晴真が思わず声を漏らす。
大きな門。
長い塀。
古い木材を使いながらも、隅々まで丁寧に手入れされている。
門柱には大きく――。
『角来流剛柔体術』
と記されていた。
その奥には巨大な道場。
敷地内には修練場や武具庫まで見える。
歴史。
格式。
名門。
門の前に立っただけで、それが伝わってくる。
愛理が口を開けた。
「……こりゃ勘違いするわ。」
昨日。
弓月と桜華が町道場である将門流へ抱いていた感覚。
実家がこれなら。
そう思ってしまうのも、少しだけ分かる。
晴真が門の前へ立つ。
「すみませーん!」
「桜晴真です!」
すると愛理が横から口を挟む。
「晴真。」
「こういう時は――。」
胸を張る。
「たのもう!」
「たのもう!」
与一がすぐに止めた。
「道場破りじゃないんだから!」
その時。
「おお!」
奥から豪快な声が響いた。
「やっと来てくれたか!」
大柄な男が歩いてくる。
角来剛乃介。
角来流剛柔体術の現当主。
「晴真!」
「はい!」
バン!
剛乃介の大きな手が晴真の肩を叩く。
「ぐえっ。」
「待っておったぞ!」
そして後ろを見る。
「……うーん。」
晴真。
道満。
愛理。
与一。
刀也。
迅。
小夜。
紅葉。
清盛。
桜花。
「ずいぶんいっぱい来たな!」
豪快に笑う。
「まあいい!」
そして道場の奥へ振り返った。
「柔次郎!」
「この子たちも頼むぞ!」
「はいはい。」
穏やかな声。
道場から一人の男性が現れる。
すらりとした長身。
無駄のない引き締まった体。
爽やかな顔立ち。
鏑木柔次郎。
佐倉陰陽学園で体術を担当する教師。
そして鏑木与乃の夫であり。
弓月の父でもある。
角来剛乃介とは従兄弟にあたる。
その実力は剛乃介にも劣らず。
かつては角来流の後継候補に名前が挙がるほどだった。
だが。
自分の存在が後継問題をややこしくすることを嫌い。
与乃との結婚を機に鏑木家へ婿入りした。
学園では――。
『細マッチョイケメン先生』
として女子生徒から妙に人気がある人物でもある。
柔次郎はまず与一を見る。
「与一。」
「はい。」
「すまないね。」
「弓月がまた迷惑を掛けたみたいで。」
与一は苦笑する。
「伯父さん。」
「大丈夫です。」
柔次郎は愛理を見る。
「君が将門流の子かな?」
「はい!」
愛理が答える。
「娘たちが失礼なことを言ったらしいね。」
柔次郎が頭を下げる。
「本人たちも反省している。」
「許してやってくれるかな。」
「ぜ、全然!」
愛理が慌てる。
「全然気にしてません!」
紅葉が小さく呟く。
「分かりやすいですわ……。」
小夜もくすくす笑う。
愛理は頬を少し赤くしながら髪を整えた。
「イケメン先生に謝られちゃ、仕方ないでしょ。」
「聞こえてるぞ。」
与一が言う。
愛理は姿勢を正す。
「柔次郎先生!」
「今日はよろしくお願いします!」
「ああ。」
柔次郎が笑う。
そして清盛を見る。
「なんだ。」
「清盛も来てたのか。」
「はい。」
清盛も楽しそうに笑う。
柔次郎の目が少しだけ鋭くなる。
「じゃあ今日は――。」
ニッ。
「みっちりやらないとな。」
清盛も同じように笑う。
「お願いします。」
そのやり取りに晴真たちが少しだけ背筋を伸ばす。
清盛が晴真たちへ説明した。
「中等部に上がるとさ。」
「選択授業で体術を取った場合、柔次郎先生に教えてもらうんだ。」
「そうなんだ。」
晴真が頷く。
その時。
清盛が周囲を見る。
「そういえば。」
「剛快さんは?」
すると――。
「なんだぁ!?」
道場の奥から大声が響いた。
「清盛!」
「今日はうちの道場に来てくれたんか!」
清盛が笑う。
現れたのは。
剛乃介にも負けないほど大柄な青年。
高等部一年。
角来剛快。
紅桜寮監督生。
そして――。
剛乃介の長男だった。
清盛が笑って手を上げる。
「えへへ。」
「道場破りに来ました!」
「おう!」
剛快が笑う。
「じゃあ後で、みっちりやらんとな!」
「お願いします!」
晴真は二人を交互に見る。
そして剛乃介と剛快を見る。
「……。」
顔。
体格。
笑い方。
肩を叩く癖。
――そっくりだ。
その剛快が晴真を見る。
「おお!」
「君が桜晴真君か!」
「はい!」
「親父のお気に入りの!」
バン!
「よろしくな!」
「うっ。」
また肩を叩かれる。
晴真は思った。
――やっぱり親子だ。
完全に同じだった。
続いて。
剛快の視線が道満へ向く。
「おっ!」
「君は道隆先輩の弟の道満君か!」
「兄をご存じなんですか?」
道満が少し驚く。
「知ってるも何も!」
剛快は胸を張る。
「道隆先輩には、いつも世話になってる!」
「そうなんですか。」
道満の表情が少し明るくなる。
「うむ!」
剛快は力強く頷く。
そして。
「数えるのを諦めるくらい――。」
ニカッ。
「全敗中だ!」
「……。」
道満が固まる。
剛快は豪快に笑った。
「いやあ。」
「毎回挑んでるんだがな!」
「一回も勝てん!」
「それでも嫌な顔一つせず、いつも相手をしてくれる!」
「本当に良い先輩だ!」
道満は少し照れたように笑う。
「兄らしいです。」
すると。
隣にいた清盛が――。
「ちなみに。」
自分を指差した。
「その剛快さんに全敗中なのが俺。」
晴真。
道満。
刀也。
迅。
与一。
愛理。
全員の視線が。
清盛。
剛快。
そして。
道満へ移る。
「……。」
道満が嫌な予感を覚える。
刀也が指を折り始めた。
「つまり……。」
「道満に勝った清盛さんが。」
「剛快さんに全敗で。」
「その剛快さんが道隆さんに全敗……。」
迅が頷く。
「世の中、上には上がいるな。」
与一も頷いた。
「分かりやすい。」
道満が眉間を押さえる。
「なぜ俺を基準にする。」
剛快が大笑いした。
「ははははは!」
「面白いな、お前たち!」
その横。
角来剛乃介も。
鏑木柔次郎も。
清盛も笑っている。
そして。
柔次郎が道場の中央へ歩き出した。
「まあ。」
「せっかくこれだけ集まったんだ。」
ゆっくり振り返る。
「今日は角来流がどんな体術なのか。」
「実際に身体で覚えて帰ってもらおうか。」
その言葉に。
愛理が拳を握る。
桜華との約束。
将門流と角来流。
名門と町道場。
どちらが上かを決めるためではない。
互いの技を知り。
互いから学ぶための――。
初めての交流が。
今。
始まろうとしていた。




