わたしの考えた最高の幸せ 6
「乳オバケのわりに、器は小さいのう。負けの美学というやつを覚えるつもりにはならんのか。自分の育てた弟子が」
「ヨウくんは弟子じゃないから」
「似たもの師弟か。タイヨウちゃんはかわいらしいんだがな」
レン姉が首をかしげる。
「一応きいておいてやるが……乳オバケはその感情がなんなのかわかっているのか?」
「負けず嫌いとしか」
「愛情だ。年齢に見合ってないレベルのな」
首をかしげたまま、レン姉がだまってしまう。
「母性の間違いじゃ」
「そう思うのならそれでもいい。ぼくの感覚が必ずしも正解とはかぎらないんだから」
ただし……ひとつだけたしかなことは。
乳オバケはタイヨウちゃんを自分の弟子ではないと否定をした。
「母性ならば弟子だと認め、負けることもひとつの愛情のようなものだと」
「はっきり言えよ」
「長生きはするものだな。完全無欠だと思っていたレンカちゃんのかわいいところが見られるなんて」
「続きやろうよ。あの世に案内してやるからさ」
「タイヨウちゃんも罪なことをしてくれたのう」
今の乳オバケを怪我させないなんて。
歯をむきだしにするようにセラフが笑った。
「本当にいいの。もっとわがまま言えばいいのに」
「さっきシノハに意地悪なことしたから、わがまますぎるのは駄目かと」
「タイヨウらしいわがままだとは思うけどね」
家に帰るまでなんでもタイヨウの言うこときいてあげる。
の返事が……いっしょに帰ってほしいか。
そもそもタイヨウとふたりだけで帰る予定だったはずだけど。
やめよう。やめよう。
タイヨウなりに自分にプラスになる選択肢をするようになっただけでも進歩だし。
なんか今日は……調子が悪そうな気がするし。
わがままの回数制限は決めてないから。
「一応、言っておくけど。なんでも言うこときいてあげるにも限度があるからね」
「さすがに金持ちにしてくれ……とかは」
シノハのゆるやかなローキックをタイヨウが簡単にガードするも不思議そうにしている。
「わざと? もしかして高度なわがままだった?」
シノハの怒っているような表情を見て、なにかを察したのかタイヨウが目を泳がせた。
「今のはわざとじゃないが。わかっていてもシノハにそういうわがままは言えない」
「言えないんだ……言わないじゃなくて」
地雷を踏んだかとでも心配そうな表情をしているタイヨウを、シノハは。
「手を洗わせてくれないか。わがまま権利で」
さっきヨモギスカッシュの缶を握りつぶし、べたべたになっている手を見せながら黒髪の彼が主張をした。
「今だったら、わたしがべたべたのタイヨウの手を洗ってあげる権利もつかえますけど」
「ありがたいけど、遠慮させて」
タイヨウがびくつき……後ろをふりむく。
その先には。
「どうかしたの?」
視線の先にいた存在。自分に殺気を向けられたと勘違いするほどのなにかしらの感情の正体や名称に気づいていたのであろうが。
「おれの気のせいだっただけだよ」
タイヨウは首を横にふり、おそらくは選択し……無視をした。
「あと、さっきの言葉は本音だから」
「なんの」
「シノハが大好きってこと」
「ごめん。きこえ」
意地悪そうな笑みを浮かべるシノハに、タイヨウがそっとちかづき。
「シノハが大好き。それと、あんまり意地悪されると本当に我慢できなくなるからやめてほしい」
火色の髪の彼女の耳元でささやく。
「今だって……本当は」
「わたしはべつにいいけど」
けろっとしたような、おだやかな顔つきのシノハがふだんどおりに。
もお、なんで……こんな成長はやいのよ。
もう少しの間ぐらい、こっちに主導権を握らせておいてくれても。
「タイヨウ……かっこつけるんだったら、そういうかわいらしい顔じゃないほうがいいんじゃない」
はずかしそうな表情のタイヨウを見てかシノハがにやつく。
「また意地悪するかもしれないぞ」
「安心して。わたしもタイヨウが大好きだからさ」
にこやかな笑顔をつくる火色の髪の彼女から黒髪の彼が後退りをするように距離をとるも。
「なんで逃げるのよ」
シノハが軽やかな動きで追いかける。
「性格が悪くなってませんか」
「ネコをかぶるのをやめただけでしょう。わたしもタイヨウも」
恋人同士……とまでは言えないか。
友達とは言えないだろうし、親友と言うほど割り切れてない気もする。
純粋な友情なんて呼べない下心が多すぎるしな。
今のわたしとタイヨウの関係は。
まぶたを閉じたシノハが。
「やめよう。やめよう」
思考を放棄することを願うようにつぶやく。
「にしても、タイヨウも女の子に触りたいみたいな欲があったんだね」
「おれの命日にしたいのか」
唇をとがらせているタイヨウ。
軽く笑い、シノハが否定するような動作をした。
「んーん、大好きな男の子の意外な一面が見られてうれしくなっちゃっただけ」
「ものは言いようだな」
べたべたしてないほうのタイヨウの手を握ろうとしたが避けられてしまい、シノハが不満そうな顔をする。
「なんで避けるの」
「条件反射みたいな感じで、つい」
火色の髪の彼女がむっとした表情を見せた。
「円堂さんのキスもその条件反射で」
ぐいっと……タイヨウに腕をひっぱられて体勢をくずしたシノハを抱きよせ、やわらかな唇を。
「納得してくれた?」
奪わず、ぼうぜんとしている火色の髪の彼女からゆっくりと離れた黒髪の彼が目をそらす。
「異性として好きじゃない……女の子だったとしても、武術が得意でも。奪われるときがあるから気をつけようって話」
「今のは、奪ってあげるべきじゃないかな」
男の子のタイヨウの気持ちはわからないけど我慢とかしてないの?
シノハがぎこちない口調で続ける。
「意外と技術がいるっぽいので」
「我慢じゃん! それに技術なんかなくていいからお互いにさっさと上書きしたほうが」
目を見開いたままシノハがかたまる。
タイヨウが首をかしげた。
「お互いに……上書き? ということはシノハも」
青みがかった熱とともに襲いかかるようにシノハが両手で、タイヨウの顔を固定しつつ唇を奪う。
火色の髪の彼女の怒りのこもってそうな目と合い黒髪の彼は動けず。
「今のなし。忘れて」
キスによって頬を赤くしているのであろうシノハの言葉に対してか、タイヨウが小さくうなずくも。
「タイヨウの嘘つき」
ふたたび黒髪の彼は唇を奪われた。
さっきよりもキスの時間はながく。
かすかに音色が。
「今のも。円堂さんのも……なにもかも上書きして忘れさせて教えてあげるから覚悟しといて」
なんでタイヨウのほうが女の子みたいにかわいい反応してんのよ。
わたしがむりやり襲っているみたいじゃん。
「我慢できなくなるからさ、やめてよね」
文句のような台詞を口にしながらシノハは、どうしたらよいのか戸惑っている様子のタイヨウに三度目のキスを。




