わたしの考えた最高の幸せ 2
「おれがいくから、シノハは待っていてくれ」
「今は委員長でしょう」
「ごめん……つい」
手をはなしつつ、タイヨウが唇を動かす。
黒髪の彼からのなにかしらの台詞やアクションを期待していてかシノハの目つきが変わっていた。
「なに飲みたい?」
シノハにききつつ……タイヨウの視線は一瞬だけレン姉へ動く。
「オレンジジュース」
「ヨウくんのを半分もらう予定」
レン姉はヨモギスカッシュでいいですね。
タイヨウが口パクで確認をした。
「ヨウくんが半分飲んでくれたヨモギスカッシュが一番いいかな。そんなに飲めないし」
さすがにもう、ひとりで飲みきれ。
「間接キスがはずかしいのか? かわいいねー」
レン姉に口パクで返事をせず、タイヨウは。
シノハが後ろをふりむいた。
「だれもいない。円堂さんと口パクで会話でもしていたと思っていたのに」
「さすがにわたしもしーちゃんに気づかれないほどのスピードで移動しつつ、会話はできないよ」
ヒオリの言葉に納得したからか、シノハはなにも言わない。
タイヨウがセミロングの黒髪の彼女のいるほうをできるだけ見ないように顔をそらす。
「なんで円堂さんのほうを見ないの?」
「円堂さんの」
「わたしはいつでも、あの呼びかたでいいよ」
「エンちゃんの名誉……のためですかね」
気配を消したレン姉がヒオリの身体をまさぐっているところが見えていないシノハが首をかしげる。
「なにか隠して」
「いろいろと変だとは思うけど、今日だけはなにもきかないでくれ。頼む」
シノハの両手を包むように握りしめ……ひざまずいたような体勢のタイヨウがおねがいをする。
「円堂さんの呼びかたについても?」
「それはあとで話す。いっしょに帰る途中ででも」
「だれとだれが?」
「シノハと……おれですね」
リアクションしないようにしているのか、ふだんとは少しちがう顔つきのシノハ。
火色の髪の彼女が動揺をしているのであろうタイヨウの顔を見下ろして。
「わかったから、はやくいってあげたら」
「ありがと」
軽い感謝の言葉を並べ、イナラを追いかける直前タイヨウがレン姉にすばやく口パクをしていた。
「さすがに今の面白いヨウくんを見せてもらって、一番のお気に入りちゃんにイタズラをするのは外道でしょう」
「まだ自分が外道じゃないと」
「ヨウくんもいなくなったことだし、もう抵抗してもいいと思うんだけど。なついちゃったのかな」
ヒオリがレン姉に返事をしようとすると。
「タイヨウになにかアドバイスでもしたの?」
シノハがセミロングの黒髪の彼女に声をかけた。
「ヨウくん、モテモテじゃん」
レン姉がにやつく。
「女の子と接するイロハを教えてあげただけ」
「風邪でもひいた? うっすら顔も赤いし、いつもの言葉のキレがなさそうだけど」
もしタイヨウがときめかせるようなことを言ったとか思っているのなら勘違いだから。
はずかしげもなく無自覚に天然で女の子が思わず反応しちゃうような台詞が出てくるだけだから。
などと、かつての経験を思い出すようにシノハが語っている。
「レン姉さんの教育のせいですか?」
「どちらかというとクモちゃんじゃないかな。自分の一番大好きな男の子が、ほかの女の子に嫌われるなんてゆるせない……みたいな矛盾した感情からの教育?」
「業が深いというか。欲深いですね」
個人的には、どこにでもいる女の子が考えそうなレベルのものだけどね。
レン姉がフォローするような言葉を口にした。
「欲深いつながりで言うんだけど、ヒオヒオは意外と質素なんだね。肉食獣ちゃんのわりには」
「どこが」
「胸のほうはかなりの欲深さを」
また虫を見つけたのかとでも思っているようで、見えないなにかを追いかけまわしているヒオリの姿をシノハはだまって……しばらく観察していた。
「恋愛もだけどさ、やっぱり追いかけられるほうがたのしいよね」
「マゾヒストじゃないのでわかりかねます」
動きがとまってしまい、さっきよりもさらに苦しそうに呼吸をしているヒオリが舌打ちをした。
「いじめられるの好きじゃなかったっけ?」
「男の子限定ですよ」
「男子じゃなくて、男の子って言うんだ」
レン姉があきらかに煽ってきていると感じてか、ヒオリは反応せずシノハのいるところへもどる。
「おかえり。虫はつかまえられた?」
「つかまえるつもりなんてない。近くにこないように追い払っているだけだから」
「燃やしてあげようか」
「たぶん……むりだと思う。この辺りすべて火の海にしても逃げられるレベル」
「どれだけすばやいのよ、その虫」
虫のほうがまだかわいらしいぐらい。
とヒオリがレン姉を横目で見ながらつぶやく。
ゆっくりと大きく……セミロングの黒髪の彼女が呼吸をくりかえす。
自分の胸のあたりをヒオリが見ているのを不思議に思っているのかシノハが首をかしげた。
「しーちゃんって胸……じゃなくて自分の得意分野でだれかに負けたときとかどんな気持ちになる?」
話の流れとはまったく関係のない質問だったためか返事をするまでタイムラグがあるも。
ヒオリの顔つきがしおらしいものに見えたのか。
「一時的に悔しいとは思うけど。冷静に考えれば、自分よりも優れているところはだれにでもあるよねとか気づく感じじゃない?」
シノハなりの持論であろうものを伝えていた。
「タイヨウと武術の試合でもして負けたの?」
「そんなところ。しかも、にーくんが手加減をしていたのもわかって……さらにへこまされた感じ」
「にーくん?」
タイヨウのニックネームに関することをシノハが口にするもヒオリに変化はない。
「タイヨウのフォローをするわけじゃないけど……手加減したというより、相手が女の子だから本気で殴ったり蹴ったりできないとか」
「そういう部分の話でもないと思う」
しーちゃんでもわからないのか。
わたしが上手く質問として言語化できてないからちがう答えになっているのか。
たぶん……後者なんだろう。
上手く言語化できてないからこそ、しーちゃんにわたしはきいているんだし。
うなり声をあげつつヒオリが正面から、シノハにもたれかかるように密着する。
「わたしのほうが大きいのにな」
「灰にされたいようで」
火色の髪の彼女の心臓の音がきこえてか……セミロングの黒髪の彼女が小さくあくびをしていた。




