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泥まみれのフィスト  作者: 色飴 遥火
異界からの案内人
19/23

この世で一番 4

「笑えるような話はしてないつもりだが」

「失礼。ただ単純に……その入院をされている方と金剛ミカゲさんの覚悟というものには、雲泥うんでいがあると思ったんです」

 言葉としては同じですが、その性質などはまるで別物……とてもじゃないですが。

 ギペンテが口を閉じる。

 地雷を踏んでしまったようですね。

「おそらくは、お前の言っていることのほうが的確てきかくなのだろうが。それでも相手の精一杯の覚悟を軽んじていいことには」

「では、ぼくと金剛ミカゲさんとではどうでしょうかね」


 覚悟というよりは、相手を完全に殺せるかどうかというものに話はそれてしまいますが。

 ミカゲがからをふるわせる。

 死。

 円堂えんどうヒオリが常に求める、殺し合いと呼んでいるものとは比べものにならない。

 これまでに何度も命をドブに捨てるような闘争とうそうをくり返してきた……ギペンテの底知れない。

「さすがですね。そこまでの深層しんそうのぞきこめるほどのレベルで全身をふるわせるていどとは」

 大量の冷や汗をかいていたことに、ミカゲはようやく気づいた様子。


「話を戻しましょう。今のを感じ取ったうえでまだ入院をされている方と」

「同じだ。時間がもったいない」

「意外と強情なようで」

「そちらの意見を完全に否定したいわけじゃない。たしかに覚悟とやらの差はあるのかもしれないが、気持ちの強い弱いで勝敗は決まらないだろう」

 気合を入れるためかミカゲが声を張りあげる。

「勝ったほうが強いんだからな」

「ふふっ、まったくそのとおり。やはり……あなたもおもちゃとして合格レベルです」

「そのおもちゃに負け」


 ミカゲが全身全霊で警戒し、ほんの少しの油断もなかったことはギペンテが一番理解をしていた。

 それでも屈強な彼の腹を、自分の腕がつらぬいていることは必然だと言っているかのようにギペンテが笑みを浮かべる。

「心臓を狙ったんですがね。とっさに」

「悔しくなさそうだな……殺せなかったのに」

「相手が金剛ミカゲである以上はこのていどの攻撃で殺せると考えるほうが安易で失礼なのでは?」

 ギペンテの表情が変化した。


「イカれたあいつも同じようなことを、言っていたか。相手を殺せないから勝てないとかどうとか」

 ミカゲの腹をつらぬいている右腕をひきぬこうとするがびくともしないことに、ギペンテは。

「対戦相手を殺せないのは事実だが。こちらが殺すつもりでやっても死なない相手ならば話はべつだ、この技をつかえる日がくるとはな」

 ギペンテの目でさえも、かろうじて見えるほどのスピードのミカゲの蹴りをなんとか左腕でガードをしている。

 にやりとギペンテがうれしそうに笑った。


「見事な蹴りですね。先程さきほどの竜巻蹴りとは比べものにならないほどの威力……全身がしびれて」

 自分の血塗れの右腕が見えてか。

 ミカゲが腹の力を抜き、動けないように拘束していたはずの自分の右腕を自由にしたことを不思議に思っていてか。

「今の蹴りは、相手を動けなくするのが目的のものだ。はるかに格上の相手だから……つうじるかどうか不安だったが問題なかったようだな」

 そして、リクエストではなかったんだろうが……こたえてやろう。


 腹から大量の血をらしながらミカゲが身体全体を勢いよく右回転させていく。

 あまりのスピードにミカゲの姿が消えたように。

 ふたたび姿が見えたと同時に、屈強な彼の右足の数えきれないほどの回転かいてんきゃくが……ギペンテの身体に鈍いメロディを叩きこむ。

太刀たちかぜ

 飛び道具としての側面そくめんが強い、竜巻蹴りと双璧そうへきをなすきんきょの回転脚。もうひとつの必殺の技の名をミカゲが口にする。


 ギペンテがふらつき、視線をあちこちに動かす。

 ようやく見つけたかのように……ミカゲのほうをまっすぐに。

 右足の竜巻蹴りによる、無数のレーザービームのような風圧がギペンテに向かう。

 ガードをして……ダメージを最小限になるように受けとめつつミカゲの動きを確認。

 背後をとろうとしたミカゲのほうへとギペンテが身体の正面をすばやく向け……屈強な彼を迎え撃つように左足の蹴りをくりだす。


 完璧かんぺきにガードをしたが、ミカゲの右腕から音が。

 にやりとギペンテが。

「なにを笑っている……命のやりとりをしているんだぞ!」

 ミカゲの野太く気迫のこもった声にギペンテが、身体をびくつかせ……動きがとまる。

 そのすきを見逃すことなくギペンテの横腹にミカゲの右足のまわしげりが入った。

 骨の折れるような音。

 ギペンテが口を大きく開け、あきらかにダメージがあった様子を目にしても屈強な彼は笑わない。


 ほんの一瞬だけ、ミカゲはどこか悲しそうな表情をしたが……すぐに目つきを鋭くする。

 屈強な彼の左足の蹴りがギペンテの顔を勢いよく蹴り上げた。

 間髪かんはつをいれずミカゲが右の拳をみぞおちに。

 体勢をくずしたままのギペンテがとっさに上げた右足で屈強な彼の右の拳を防ぐ。

 視線がぶつかる。

 示し合わせたように……同時にミカゲとギペンテそれぞれの左足の蹴りがはげしく交差した。


「真剣な……命のやりとりでしたね。ミカゲ!」

 ギペンテにパワー負けをした、ミカゲが体勢を。

 右回転。

 今の左足の蹴りは……動けな。

 身体全体を右回転させるミカゲの姿が消え。

 鈍いメロディ。ギペンテが屈強な彼の必殺の技である、太刀風をまともに。

 腹から大量の血を噴出させているミカゲを見てか顔をゆがめたギペンテが唇を。

「なぜ笑う? もう、その状態では太刀風をつかえないと油断しているのか」


 弱々しいはずのミカゲの声に、ギペンテが身体をふるわせる。

 屈強な彼が身体全体を右回転させていく。

 血を撒き散らす。

 鈍いメロディ……ギペンテがふらつき、膝をつきかける。

 まさか、まだ。

「命のやりとりをしているんだ。自分の命さえも、なくなる覚悟がなければ勝てるわけないだろう!」

 三度目の太刀風。

 辺りに飛び散り、付着をしていくミカゲの大量の血液。

 もう……動けるわけが。


 ギペンテが目を見開く。

 ミカゲの異常性……勝利に対するであろう執念に恐怖してか思わずギペンテは声を。

 四度目。

 回転の勢い、肉体の限界もあってかミカゲは倒れこみそうになるも……即座に立ちあがり。

 かろうじて立っているギペンテをにらみつける。

 五度目はなかった。

 呼吸をととのえ、ギペンテは気絶したままで自分をにらみつけているミカゲの堂々とした姿を見た。


「ぼくはやはり間違ってませんでしたね。ミカゲ、あなたほどの覚悟をもった人間がそうそういるわけないでしょう」

 勝利したはずのギペンテはまったく笑わない。

 未だに、にらみつけてきているミカゲに。

「もしも……ミカゲ、あなたがトラウマもなくそれほどにおやさしい生きものでなければ」

「ないものねだりをしてもしかたないだろう。それに武術の頂点はそこまで甘くはない」

 ミカゲの唇は動いていない。

 だが、たしかにギペンテの耳にはそう言っているであろうミカゲの声がきこえた。

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