狡猾な狼は詐欺師の如く裏をかく
龍兵がHALO降下を成功させてから約2時間半が過ぎた頃。
静寂を破る様にして展開が少しだけ進んだ。
「報告します!敵の物と思わしき残置物を発見しました!!」
伝令である天使が興奮混じりに報告すると、アティルーナは手招きして地図の前に立たせ、具体的な位置を問う。
「場所は何処だ?」
「この地点であります!」
広げられた地図内を指差して具体的な位置を示すと、持っていた品物を映したクリスタルを展開してホログラムの如く物品を映し出していく。
其処に映し出されたのは敵……龍兵が切り離して放棄したパラシュートと、残置された酸素ボンベと酸素マスクの一式であった。
そんな初めて見る品からアティルーナは即座に確信する。
「間違いなく奴の痕跡だな」
それだけ言うと、アティルーナは今回の件で連れて来た同僚とも言えるアイコーンの一柱の方を向いて命じる。
「漸くお前の仕事だ」
その言葉に顔を上げたのは、狩りを司る女神……ザミルであった。
ザミルにアティルーナは続けて命じる。
「痕跡を辿って追跡。見付けたら必ず報告するなら、手を出しても別に構わん」
その命令に彼女、ザミルは意外そうにして驚きを露わにした。
「あら?珍しいわね……堅物の貴女が私の好きにして良いって言うなんて」
アティルーナは軍を率いる将であり、参謀たる軍師でもある。
そんな戦の神が、報告さえすれば自分の好きに動いても良い。
そう命じる事は滅多に無い。
それ故、ザミルは好奇心から問う。
「何故、貴女は貴女らしくない事を言ったのかしら?」
「貴様の事は嫌いだが、貴様の狩りの腕は認めてる。だからこそ、獲物を好きに追わせる方が見つけやすいと判断した」
最後に「それだけの事だ」と、締め括ったアティルーナにザミルは納得した。
そして、龍兵の残した手掛かりのある地点まで翼を広げて飛んで行くのであった。案内役の戦天使に誘われる形で……
そうして30分後。
ザミルは獲物の痕跡を興味深そうに眺めていた。
「コレは何かしら?巨大な布の塊?それにこの金属と触った事のない感触のコレは何に使うものなのかしら?」
巨大な布の塊……パラシュートと、金属と触った事のない感触のコレ……金属とゴム等で出来た酸素ボンベと酸素マスクのセットと言う、初めて見るソレ等を興味深そうに見詰めると、ザミルは其れ等を手に取って匂いを嗅ぎ始めた。
「この布の塊は空の匂いがする。この初めての手触りの何かからは空気の匂い……もしかして、金属は空気を入れる容器で空気が無い所でも動ける様にするのかしら?」
初めて目の当たりにするパラシュート。それに酸素ボンベと酸素マスクの組合せを匂いから感じた事をそのまま口にすると、今度は分析していく。
「移動を始めた足跡はある。なのに、何処から来たのか?それの足跡が何故か無い」
普通なら。何処からか来て、此処が通過地点ならば、その足跡が残ってる。
だが、ザミルの目に映る足跡はこの場から歩き始めた様な足跡しか残っていない。
「まるで此処から歩き始めたみたいね。方角は北北東へ向かってる」
一先ずは足跡を辿って追跡をする。
そう決めると、ザミルはその場に居た戦天使に命じる。
「アティに伝令。奴は北北東へ向かって歩いている。それから、1時間か2時間以上前に歩き始めてると……」
「解りました!!」
その内容を覚えると、天使は空を飛んでアティルーナの元へ伝令として急行する。
そんな伝令を見送ると、ザミルはもう一人居た天使を伴って足跡を辿って追跡する。
足跡の感覚は常に一定で、足取りに乱れは無かった。
そんな足跡から獲物がどんな存在なのか?想像すると、ザミルは少しだけ期待外れと言った様子であった。
大きな痕跡を残してる。
オマケに足跡も残したまま移動してる。
獣の方が獲物としてはマシね。
そう断ずると、ザミルは思い出すと共に疑問を口にする。
「それなのにアティは何で脅威と見てるのかしら?貴方、どう思う?」
ザミルから話を向けられると、天使は戸惑ってしまう。
そんな天使に悪戯っぽいを笑みを浮かべ、早く言え。そうせっつけば、天使は恐る恐る答える。
「かの大罪人は主神が居られる宮殿に攻撃をし、更にはその中に居た同胞達を多数殺害。その上、主神に大層な無礼を働いたからだと思われます」
「派手にやったのね。まぁ、そんな大それた事をすれば、アティが本気で挑むのもやむ無しね」
ザミルはアティルーナが獲物……蒼木龍兵に対し、本気で殺さんとしている事に納得する。
だが、同時に引っ掛かるモノを覚えた。
「そんな奴が不用心に痕跡を残す?急いでるのかしら?足跡の感覚的には急いで進んでる様に感じるわね」
「と、言いますと?」
天使が首を傾げて問うと、ザミルは気分良さそうに答える。
「奴が急いでる意味は恐らくだけど、自分が追われてると最初から前提として考えてる。だから、獲物はアティが自分を待ち構えてるとも察してる」
獲物。もとい、龍兵が自分が追われている事やアティルーナが待ち構えている。
そうした仮説を立てると、天使はまたも疑問を覚える。
「それなのに奴は逃げていないのですか?」
「其処は獲物に直接聞いて。私は面白そうな獲物を狩りに行くだけよ」
呑気ながらも獲物が只者ではない。
そんな楽しみを感じながら返すと、ザミルは早足に歩みを進めながら足跡を辿っていく。
そうして暫く歩みを進めて約8キロの距離を行くと、足跡がパタリと消えていた。
ザミルは狩人として周囲を見て廻る。だが、獲物……龍兵の痕跡は何処にも見当たらない。
それ故に首を傾げてしまう。
「痕跡が何処にも無い?小細工の痕跡も無い?」
その呟きに天使は思った事をそのまま口にする。
「まるで此処で消えたみたいですね」
そんなポロっと漏らされた言葉にザミルは空気の匂いを嗅ぎながら確信する。
「えぇ、そうとしか言えないわ。貴方、悪いけど直ぐにアティに報告しに行って標的が完全に消えた。とね……」
「解りました!」
天使が直ぐに空を飛び立って伝令として闇夜に消えると、ザミルは本格的に自分の追う獲物が狡猾極まりない狼。そう理解すると、笑みを浮かべるのであった。
「面白くなって来たわね」
笑みと共に漏らすと、ザミルは此処から先や周囲に龍兵と言う狡猾な狼は居ない。そう判断し、自分もアティルーナの元へ帰るのであった。
その頃。完全に姿を消した龍兵は此処から数十。
否、数百キロメートル離れた地点にある別の宝珠がある場所に居た。
「やっぱ、ポータルってデタラメ極まりないな……相手の事を完璧に無視して此方の都合が良い様に動き回れるんだから」
そう独りごちると、龍兵は歩みを進めてファルサルとは別のダンジョンへと足を踏み入れていく。
龍兵が別のダンジョンに来てる理由は此れも、HALO降下開始30分前に遡る。
「降下の10分前に出力を上げたポータルをファルサルから数百キロメートル離れた地点に展開してくれ」
「それを陽動にファルサルへ向かうのか?」
ミンが問うと、龍兵は否定した。
「いや、ファルサルへ向かう事自体が陽動だ」
その言葉にミンが珍しく首を傾げると、共に居たプロパテールも首を傾げてしまう。
そんな2人に対し、龍兵は解説する様に理由を述べていく。
「敵はブツがある全ての地点を監視している。だから、その監視を撹乱すると共に油断を誘う」
「その為にファルサルに行く。そう見せかけ、別のダンジョンへと向かうのかね?」
「そうだ。連中には俺がファルサルへ確実に向かうと思わせる。だが、実際は警備と監視が緩んだ別の地点……即ち、陽動で開けたポータルのどちらかにあるブツの在り処に向かう」
龍兵の狙いはアティルーナが陽動と判断し、重要視しなくなった箇所にある宝珠であった。
アティルーナが自分の行動からファルサルを目指す。そう判断する事を見越し、龍兵はファルサルへ向かう足取りを敢えて取る。
そうして2時間掛けて約8キロ進んだ所で、龍兵はポータルを利用して陽動で開けた数百キロメートル先のポータルの地点に移動。
そうする事でアティルーナの裏をかき、更には無防備な地点を悠々と進む事を選んでいた。
そんな作戦を当たり前の様に立案する龍兵にミンは感心しながらも呆れてしまう。
「君は本当にたちの悪い詐欺師だな。アティルーナが意気揚々とファルサルを君の墓場にしようとしてるのを他所に悠々と別のブツを奪って帰るんだろ?アティルーナにすれば、いい面の皮だ」
感心混じりに呆れながらも、ミンは何処か愉快そうであった。
そんなミンを他所にプロパテールは龍兵に尋ねる。
「つまり、ファルサルには行かないの?」
その問いに龍兵は悪怯れる事無く答えた。
「あぁ、行かない。敵が明らかに軍を率いて待ち構えてる所にノコノコ足を運ぶなんて自殺行為じゃん。そんなバカな理由で死んだら、目も当てられねぇんだわ」
酷い言い草であった。
だが、龍兵の作戦は詐欺師の如く悪辣ではあるが、合理性と確実性に満ちていた。
だからこそ、ミンは龍兵をたちの悪い詐欺師と言った。
しかし、龍兵にすればコレは未だ序ノ口であった。
「ミン……コイツは力を半分取り戻すと、どれだけ脅威だ?」
「ふむ、そうだな……君にご執心なアティルーナ嬢を容易く倒せる程度には脅威だ」
ミンの言う通りであった。
3つ目の宝珠を取り戻し、それを彼女……プロパテールが取り込めば、創造神としての力を半分近く取り戻せる。
半分とは言え、創造神なのだ。
その力は強大である事に代わりは無い。
そんなミンの言葉に龍兵は邪悪な笑みを浮かべる。
「そりゃあ良い。ソレが本当なら、俺の作戦は予定よりも早く片付く」
そう宣うと、龍兵は愉快そうにしながら脳内で作戦計画を大幅に修整していく。
そんな事を思い出しながら龍兵はダンジョン内を進むと、愉快そうに嗤う。
「偽者の神様……人間が如何に邪悪で嘘つきで性格悪いか?解ったか?ザマァ見ろ」
そう漏らすと、龍兵は静かに歩みを進めて行くのであった。




